国家類型〜連邦制に関する考察(旧ユーゴを中心に)
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97.7.5 報告者 藤田 宙志
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「国家」:@国民 A領土 B実効的政府 C他国との関係を持つ能力。
「国家のたどってきた道」:国家創成期においては、国力の増強を図るため、唯一絶対的な主権を設定その下で全ての人民の統一・同質化が進められた。その結果『国民』という概念が生まれ、それによって、従来の民族としてのアイデンティティーは抑圧されることとなった。このシステムは、時を経るとともにその弊害を露呈しつつあるそこで注目されるようになったのが、連邦制に代表される新たな国家スタイルである。
2「連邦制とはどのような国家形態か」
・連邦制の典型例:『複雑な社会構成(民族、文化、宗教等)や多様な地域的利害を反映するため、緩やかな統合と分権的・分散的な政治権力を可能とするための国家制度』
↓具体的には…
・州や共和国によって構成されている。
・連邦の主権がかなりの割合で州(共和国)に分配されている(二重の統治機関を持つ)
Cf.《ライカーの説》:連邦制が登場する背景として、ある国が外敵からの侵略を防ぐため、個別に州や地域が外敵に対抗するよりは、脅威を受ける地域全体が結集して安全保障をはかろうとする結果連邦が生まれる、という説ス紛争予防・解決の際の重要な視点
※元来広い国土を持ち、多種多様な人種・民族を抱える国家で連邦制は採られているが個々の国家が持つ特色が多様であり、「これが連邦制である」という概念を見いだすことが困難である。したがって連邦制を分析する際には、複数ある側面のうちのいずれかに絞って行なうのが妥当であり、本論では、人種・民族的側面から連邦制を捉えることとする。
3 「ユーゴスラヴィアにおける連邦制度の特色」
・人種/民族問題を通してみた連邦制は、大まかに、以下の二つのパターンに分けられる。すなわち…
a全ての市民の『個人のレベルでの平等性』を優先するタイプ(米・独・オーストラリア)
bエスニック集団の権利や独自性を公的に認め、それを様々な形で組み込んだタイプ(旧ソ連・ユーゴ・カナダ)
※特にユーゴは、人種・民族別に分けられた諸区画が、分断されたまま大連合し、多数決によらずにあくまで協調と合意によって国家経営にあたる制度=多極共存型民主主義体制といえる。具体的には…
(A)連邦議会:二院制。連邦会議は、支分国における自主管理組織や社会・政治団体の代表から、共和国・自治州会議は各支分国議会の代表『団』からなる。『団』とされているのは、個々の代表ではなく、各支分国議会の代表として組織的に行動することを要請されるためス地域利害を政治的論議の場に持ち込まないためであろうが、実態は異なった。両院の平等性は尊重された。
(B)連邦幹部会:集団元首制の象徴ともいえる機関。チトー以後、前面に押し出された。各支分国議会によって選出されたメンバー8人+共産主義者同盟議長1人の、計9人により運営。議長ポストは、チトー以後一年おきに持ち回り。国を代表し、軍隊を統括する。連邦議会との関係をみると、幹部会の提案を審議する機関を6ヵ月以内と定めさらに9ヵ月たっても合意が得られない場合議会は解散し、幹部会は任期終了となるような調整機能がある。
(C)連邦執行会議:ユーゴ政府のこと。構成員は連邦会議によって、支分国平等の原則の下に選出され、これに連邦機関の役員が加わる。法案提出の際、場合にもよるが、支分国との協議が求められることがあり、その仲介役としての共和国間委員会も設立される場合がある。また緊急かつ重要な場合、幹部会に暫定措置を提案できるが、その効力が1年以内に限定されている。
※以上みてきたようにユーゴスラヴィアは『多民族国家であるということの認識の度合いが非常に高く、自治・独自性の保持に積極的であった』といえる。
☆ユーゴがこうした連邦制の特性を持つに至った背景には、コミンフォルム追放による自主管理社会主義の導入・徹底、およびチトーの存在が考えられる(成立当初は反ファシズムも)
4 「ユーゴ型連邦制の有した弊害」
・地域利害が政治的論議に優先してしまう
・自主管理社会主義が招いた経済危機
・多数者の利益と少数者の利益を同時成立させようとすることの矛盾
※ユーゴに存在した相反するベクトル
・経済危機打開を図る政策実現のための強い連邦権限の期待
↑↓
・各共和国に生じる経済格差から高まる自立の要求
以上のような点がユーゴ崩壊の要因として考えられるのでは? また、チトーという、バランス感覚に優れたカリスマに依存するような体質も問題だったのではないか。
5 「ユーゴ型連邦制と、他国の連邦制との比較」
@ソ連との比較:ソ連が敷いていた連邦制は、ユーゴとは異なり極めて集権的な要素の強い連邦制であった。その要因は…
a支配党である共産党の中央集権制という事実
b国家体制自体が次第に集権的になっていたこと
↓
重要な人事は中央で統制される、など
さらに、約120の民族を15の共和国に分けて1つの連邦に束ねていたことも、限界があったのではないか、という見方も。
こうした欠点の多い連邦制でありながらも、それを維持できた背景には、共産主義イデオロギーの神話と外敵脅威の存在が挙げられる。しかし、ペレストロイカの開始や冷戦の終決によって、これらの要因が連邦の求心力となりえなくなってしまったということがいえる。
Aアメリカとの比較:アメリカは世界で最初に連邦制度を導入した国家であり、その運営指針としては3−aで挙げたように、ある意味で、人種・民族的な権利要求を排除して、すべての集団を「市民」という単位に還元し、その市民個々人の平等性を図ることで統治機能を働かすというスタイルをとっている。
6 「連邦制を考えるポイント」:以下の点が考えられる
@連邦制を支える求心力になるものは何か
A連邦と支分国、あるいは支分国間の関係にどれぐらい自治・独自性を認め得るのか
B日本が連邦制を取り入れるとしたらどのような事態が考えられるか
『本論を通してみると、連邦制の導入において少なくとも不可欠なことは
a中央のレベルでも支分国のレベルでも「民主的」であること
b民主的思想・手続きを備えたシステムの確立ということが言えるのではないか。そこからいくと、アメリカにおける連邦制度は大変注目に値すると思われる。』
参考文献:『ユーゴ社会主義の実像』(リベルタ出版) 『NIRA 研究報告書』(総合研究開発機構) 『社会主義とナショナリズム』(国際政治学会編)、他