平和問題ゼミナール(97.7.19)

 

旧ユーゴスラヴィア紛争と国際社会の対応

報告者 千知岩 正継

 

1.スロヴェニア戦争とクロアチア戦争(1991年6月〜1992年2月)

    スロヴェニア戦争

    ・ECが調停団を派遣(91.6/28)

     →ブリオニ協定の成立(91.7/18)

       スロヴェニア共和国の自由が認められ、連邦軍は撤退

   クロアチア戦争

→サイラス・ヴァンス(ユーゴスラヴィア担当特別代表)によるヴァンス提案

     停戦合意、国連PKOの派遣問題

  ハーグにおけるEC主導のユーゴ和平会議(91.9)

   ・イギリス、フランス 対 ドイツ、イタリア

   ・即時停戦とユーゴの一体性の保持を基本姿勢としつつ、緩やかな主権国家連合案を提示

    →ミロシェヴッイチ政権の反対にあい失敗

   国家承認の問題

   EC内の見解の対立

  ・ドイツ対イギリス

     ドイツによるスロヴェニアとクロアチアの国家承認(91.12.25)

→クロアチア内のセルビア人マイノリティーの人権擁護を無視

     ドイツに引きずられたECによる、クロアチアとスロヴェニアの国家承認(92.1.15)

・バダンテール委員会の報告を無視したクロアチア承認

→戦闘を終結させることができないばかりか、クロアチア内のセルビア人問題をなんら解決することができない

     ・ボスニア・ヘルツェゴヴィナ戦争への扉を開く

 

2.ボスニアへの紛争拡大

    ボスニアの国家承認

     国民投票をセルビア人がボイコットしたたにもかかわらず、ユーゴからの独立を宣言

     →セルビア人の意向を無視した独立

    米国主導の承認

     ・ECによる承認(92.4.6)

    ・92.4.7、米国による承認(スロヴェニア、クロアチアも含めた一括 承認)

       ボスニア内戦の激化

 

 

 

    国連による紛争解決の試み

    ・安保理決議(以下SCRと略)713に基づきユーゴ全域への武器禁輸措置を発動(91.9.25)

・新ユーゴへの経済制裁発動(SCR757、92.5.30)

  ・旧ユーゴ国際裁判所設立(SCR827、93.5.25)

 

    国連保護軍(UNPROFOR)の活動 

  クロアチア

  a.UNPROFORを設立(SCR743、2.21)

    任務・クロアチアからの連邦軍撤退の監視

  ・国連保護区(UNPAs)の非軍事化の監視

  ・国連保護区(UNPAs)の警察の監視

  b.UNPROFORの任務にピンクゾーンの監視を追加(SCR762、92.6.30)

  c.UNPROFORの任期延長(SCR807、93.2.19)

  →憲章第7章に言及しているが、要員の安全および移動の自由を確保することを目的としている

  d.SCR871(93.10.4)により、UNPROFORの任期延長と、任務の遂行にあたり、安全と行動の自由の確保を目的として武力行使を含む必要な措置を自衛上とることが認められる

  e.SCR94.3.31空軍力行使

  f.SCR981(95.3.31)に基づき、国連クロアチア信頼回復活動(UNCRO)が設立される

  ボスニア

  a.サラエヴォ空港の安全確保の目的で、同空港およびその周辺地域にUNPROFORを展開(SCR761、92.29)

  任務・空港の安全確保

  ・空港活動の監視

  ・人道援助物資および要員の空港から市内への通行の安全確保

b.SCR776(92.9.14)によるUNPROFORの任務拡大

     追加された任務

・ ボスニアにおける国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の人道援助を支援し、特に要請されれば輸送を警護する

・UNHCRの承認の下で他の人道援助機関にも保護を与える

・国連の施設を保護する

c.SCR819(93.4.16)により、スレブレニッツアとその周辺を安全地帯に指定(safe area)

d.SCR824(93.5.6)により、サラエヴォ、ツヅラ、ジェパ、ゴラジュデおよびビハチも安全地帯に指定

e.SCR836(93.6.4)による、UNPROFORの任務の拡大強化

追加された任務

・安全地帯に対する攻撃の抑止

・安全地帯の停戦の監視

・セルビア人勢力の安全地帯からの撤退の促進

・重要拠点の確保

・安全地帯の住民への人道援助活動

→安全地帯に対する砲撃、武力侵入、行動の自由に対する妨害に対しては、UNPROFORが自衛のための行動として武力の行使を含む必要な措置をとることが認められる

→加盟国が安全地帯およびその周辺で空軍力の行使を含む必要なあらゆる措置をとることを認める

f.SCR998(95.6.16)に基づき、UNPROFORの一部として緊急対応部隊の追加

g.SCR1035(95.12.15)により、UNPROFOR終了

 

マケドニア

a.マケドニア大統領の要請に応じて800人程度の要員を派遣(SCR795、92.12.11)

 →マケドニアにおけるUNPROFORの設立

 →武力紛争が起こる前のPKOによる予防展開

任務

・マケドニアの安定を害し領土保全に脅威となるような国境周辺の事態を監視

b.国連予防展開隊(UNPREDEP)に名称変更(SCR983、95.3.31)

 

※安全地帯の問題点

 なし崩し的な武力行使容認

実効性の問題

・そもそも戦闘を目的として設立された訳ではない軽武装のUNPROFOR 要員に、装備の強化なしに、その能力をはるかに越える任務を付与することの問題

・中途半端な要員の増援

UNPROFOR司令官モリヨンの見積もり;75,000人

ガリ事務総長の安保理への要求 ;34,000人

安保理による承認 ;7,600人

・抑止力の限界としての空軍力

→近接航空支援と空爆に対する報復として、地上のUNPROFOR要員が 攻撃にさらされる

→UNPROFOR要員を人質として差し出すのに等しい

・ムスリム人勢力による安全地帯の軍事的利用

→本来非武装であるはずのを安全地帯隠蓑にして、攻撃の準備を行 い安全地帯から出撃

・安全地帯の境界線の不明確さ

国連と地域的取極の協調と対立

・NATO(北大西洋条約機構)とWEU(西欧同盟)の協力

→国連によるユーゴへの武器禁輸および新ユーゴに対する経済制裁に協力するため、アドリア海で監視活動を始める(92,7)

・NATOによる近接航空支援(close air support,クロス・エア・サポート) →国連の要請によりゴラジュュデで初めて行われる(94.4.10,11)

・NATOによる空爆(air strike)

→サラエヴォ空爆(94.9.22)

・空爆を巡る対立

→NATO内の対立:欧州諸国 対 米国

→政治的解決を重視する国連と軍事的解決を優先するNATOとの対立

 

3.三つの和平案

 クティリェロ案(92.3)

・ボスニアは三民族から成る一国家

・三民族に第三者を加え、5年という年月をかけて領域の設定を行う

・三民族のカントン(州)から成る連邦国家を目指す

イゼトベゴヴィチが、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの一体性の保持 にこだわり、署名を撤回

 ヴァンス・オーエン案(93.1)

・内戦前の民族分布に基づき、10の州から成る連邦国家を形成

・三勢力がそれぞれ三州の知事職を確保する

・サラエヴォは三勢力による特別州として非軍事化する

ボスニアのセルビア人議会の承認を得られず無効

 オーエン・シュトルテンベルク(93.6)

・セルビア人とクロアチア人の発案に基づく

・内戦による実行支配地域に基づいて三民族別の国家連合を形成する

イゼトベゴヴィチが数々の条件をつけ、事実上の拒否

  

4.米国の対応

 ブッシュ政権

・ユーゴ統一を支持

・ECに解決を任せ、関与をできるだけ避ける

・ボスニア承認の主導権をとる

 →ブッシュ政権の積極的関与

 クリントン政権

 ボスニアへの救援物資の空輸(93.2)

      →ほとんど効果がない

     ボスニア政府に対する武器禁輸措置の解除を求める

   米国主導の二分割案(94.3)

・ボスニア政府、クロアチア人勢力およびクロアチア共和国政府を当事者とするボスニア二分割案

 →ボスニアのムスリム人およびクロアチア人両勢力の間に連邦国家、 そのボスニアとクロアチアとの間に緩やかな連合を形成する合意 を達成させる

 

5.米国主導の和平

・米国主導のNATOによるセルビア人勢力支配地域への爆撃

  ・オハイホ州デイトンにおける和平交渉(95.11)

   →コンタクトグループの分割案(94.7)に基づく領土配分

・パリで和平協定に正式調印

6.デイトン和平以降のボスニアと戦後復興

   ・米国主導のNATOによる平和実施部隊(IFOR)の展開

   ・欧州安全保障協力会議(OSCE)による選挙

   ・IFORから和平安定化部隊(SFOR)へ

 

7.メディアと国際社会の対応

 セルビア悪玉観に彩られた報道

・クロアチア人勢力とムスリム人勢力による民族浄化等の非人道的行為がほとんど報道されない

・大々的に報道されたサラエヴォの青空市場砲撃事件(94年2月)

 →民間人を巻き込んだ砲撃は、戦闘が開始されてからは日常茶飯事であり、このケースもその一つであるが、とりわけ大きく報道された

国際メディア戦争に勝利したスロヴェニア、クロアチア、ボスニア

・ボスニアの惨状を誇張し、国際社会の同情を買うボスニア政府

・ボスニア政府の自作自演

国連安保理決議および各国の意志決定に対してメディアが与えた影響

・メディアに触発された(国際)世論に答えるための対症療法的な対策

→人道的および軍事的観点からというよりは、国内外の政治状況を意識した政策

→合理性に欠け、紛争を解決できないばかりか、逆に激化、長期化をもたらす

・メディアによる影響にもかかわらず、ソマリアの場合と違い、ボスニアへの地上軍派遣を控えた米国

 

 

〈感想〉

 旧ユーゴ紛争における人的・物的被害を考えると、国際社会の中途半端で公正さを欠く介入のために現地住民が強いられた犠牲はあまりにも大きすぎる。また国際社会、とりわけ欧米諸国も、各国独自の国益から足並みがそろわず紛争を解決できないばかりか、逆にその思惑とは矛盾する代償を支払うはめになったといえよう。具体的には、欧州諸国は自国のUNPROFOR要員を危険にさらすことになり、また米国のリーダーシップなしでは依然として欧州の紛争を自ら解決することができないという限界を露呈することになった。さらに、米国にしてみれば、大規模な地上軍を展開をするという義務を負うことになったのは、それを公約していたにせよ、好ましからざる選択だったに違いない

 最後に、4年間にわたる悲惨な戦い果、ユーゴの民族間に憎悪が生じてしまった現在では、真の和平を定着させるには相当の時間が必要となるだろう。その上、和平を定着させるための国際的な部隊を長期間駐留させるとなると、その経費も相当なものになると想像される。だが、その経費も世界各国の軍事費の総計と比べれば微々たるものであろう。ただし、もし国際社会がその経費でさえも惜しみ、要員派遣を渋るようであれば、ガラス細工のようにもろいボスニアの和平は崩壊してしまうだろう。


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