【平和問題ゼミナール報告】
『文明の衝突』とその周辺
T『文明の衝突』について 1「文明の衝突か?」―――The Clash of Civilizations? *S・ハンチントン教授 がポスト冷戦期の世界を予言(『フォーリン・アフェアーズ』93年夏季号) ……「政治体制・イデオロギー対立の終焉」⇒「文明圏の対立および衝突の発生」 *議論の出発点:文明接触をめぐる将来の国際展望における西欧文明の危機認識 *文化的断層:国際社会で「文明の衝突」となってこれからの世界で力を発揮する →「西欧文明」、「儒教文明」、「日本文明」、「イスラム文明」、「ヒンズー文明」、「スラブ・ギ リシャ正教文明」、「ラテンアメリカ文明」、「アフリカ文明」 *西欧対非西欧 →普遍主義対非普遍主義をもって正統対異端における「文明の衝突」が引き起こされると指摘 2「歴史の終焉か」―――フランシス・フクヤマ氏『ナショナル・インタレスト』89年夏季号 *「文明の衝突か?」と対照的内容 ……「イデオロギー対決の終わりが、国際紛争の終焉を決して意味するものではない」 ⇒「世界の『共同市場化』が発展し、先進国間での紛争の可能性は大きく減るであろうと予測」 U文明圏の多様性 1地域主義:共通の地域的価値を実現するために共同体を作ろうとする意識的な行動、志向 *地域概念 @自然環境や地理的条件によって、共同体意識やアイデンティティが共有される範囲(言語、宗教など) A交流や組織化などの意識的な行動によって形成される地域 *地域主義の展開→超国家的機構や経済的地域統合をめざす動き 2政治経済の地域的機構 @西欧地域:欧州連合(EU:European Union)、北米自由貿易協定(NAFTA:North America Free Trade Agreement)、北大西洋条約機構(NATO:North Atlantic Treaty Organization)など Aイスラム地域:アラブ連盟(Arab League)、湾岸協力会議(GCC:Gulf Cooperation Council) Bアジア地域:東南アジア諸国連合(ASEAN:Association of South-East Asian Nations)、ASEAN地域 フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)、アジア太平洋経済協力閣僚会議(APEC:Asia Pacific Economic Cooperation Conference)など 3文明の分類 @)トインビー(英):西欧文明、ラテンアメリカ文明、アラビア・イスラム文明、インド文明、中国文 明、日本・朝鮮・ベトナム文明 A)梅棹忠夫:乾燥帯を挟んで第T文明(中国)、第U文明(インド)と外側の日本文明、第V文明(ロ シア)、第W文明(イスラム)と外側の西欧文明 B)伊藤俊太郎:日本文明、ヨーロッパ文明、中国文明、アメリカ文明、他の文明の接触 C)村山節:東西文明 の周期的交代を示す V文明の衝突 1西欧とその他の国々:異文化間の問題点(西欧:傲慢 イスラム:不寛容 中華:独断) @西欧の普遍性……非西欧圏の人々には帝国主義と思える *西欧に対する指摘→原則と行動の間にギャップが存在(偽善、ダブル・スタンダード、例外など) *西欧と非西欧との関係 @)イスラム、中華の西欧との緊張状態、敵対的になる可能性 A)ラテンアメリカ、アフリカは西欧に依存、紛争は起こらない B)ロシア、日本、インドは、西欧文明とイスラム、中華文明との間で「揺れ動く」文明 *儒教−イスラム・コネクション @)イスラム・中華文明の実力と自信の増大 A)共通の敵が存在 *西欧のなすべきこと @)大量破壊兵器と投射手段の不拡散、半拡散政策 A)西欧流の政治的価値観と制度の売り込み B)西欧社会の文化的、社会的、民族的な優越性を守る A兵器の拡散 *西欧と非西欧との軍事バランス←非西欧の西欧への対抗:大量破壊兵器、投射手段の入手 ※大量破壊兵器等を入手した国は… @)その文明圏や地域で他の国に対して圧倒的に優位に立つ A)アメリカなど諸外国が自分たちの文明圏や地域に介入するのを防ぐ力を持つ →湾岸戦争で非西欧世界の得た教訓―――「核兵器さえあれば、アメリカは戦争をしかけてこない」 *核兵器の保有 ……通常兵器による軍事力の劣勢を同等にまで高める、抑止目的(核兵器による先制攻撃の可能性) *儒教−イスラム・兵器コネクション ……冷戦後、大量破壊兵器と投射手段を開発する努力はイスラム・儒教諸国に集中 *西欧諸国の反応 ……大量破壊兵器の拡散は欧米の安全保障のうえで最も重要な問題(核不拡散政策へ) *核拡散防止について―――大量破壊兵器の拡散は勢力分散の中心的現象 西欧諸国:不拡散の推進、国際間の秩序と安定を維持するために拡散防止はすべての国にとって有益 ⇔その他諸国:拡散防止は覇権者である西欧の利益にしかつながらないと考える ↓(欧米の抑制努力は兵器増強を遅らせることはできても止めることはできない) 不拡散から反拡散へと目的の変更 B人権と民主主義 *民主政治への移行……経済発展、アメリカ・西欧の強国・国際機関の政策と行動が原因 *非西欧文明の抵抗 →イスラム諸国とアジアが最も抵抗 ⇒イスラムの復興やアジアの自信を肯定する態度にあらわれている *人権問題に対するアジア諸国の意見 …「国家と地域の特殊性や、さまざまな歴史的、宗教的、文化的背景を考慮に入れて検討されるべき」 C移民 *近代の移民→近代化と技術の進歩による大がかりな移民へ @)交通手段の発達:移住が容易・すみやか・安価 A)通信手段の発達:経済的な機会を追求しようとする意欲が高まる *ヨーロッパの移民問題……失業率の上昇、移民人口の増加、非ヨーロッパ的移民が圧倒的(80年代後半) →西欧人の脅威:移民人口の増加=「国家の独自性に対する不安」 ⇒非ヨーロッパ系移民への規制の実施(受入数の大幅削減) ※ヨーロッパ人の敵意=イスラム教徒 *アメリカの移民問題……アメリカ=移民の国、移住者をうまく同化させる方法を見つけている →アメリカ人の脅威:ラテンアメリカ人・アジア人・メキシコ人(ヒスパニック問題) ⇒非西欧人が入ってくるのを大幅に減らす方向へ(ヨーロッパの後を追う) *1つの社会を守るための費用 @)移民の流入を阻止するための直接的費用 A)既存の移民社会を抑制するための社会的費用 B)長期的に見て起こるかもしれない労働力不足や低成長率による経済的コスト 2諸文明のグローバル・ポリティックス @中核国家と文明の断層線での紛争 *異文明間紛争の2つの形 □ミクロレベル:文明の断層線で紛争が起こる □マクロレベル:中核国家の紛争が異文明の強国の間に起こる *紛争の争点 @)世界の発展のしかたや、世界的な国際機関の行動を決するための相対的な影響力 A)核不拡散、軍備制限、軍拡競争などにあらわれる相対的軍事力 B)貿易、投資、その他の議論にあらわれる経済力と福祉 C)人間(ある文明に属する国が他の文明圏に住む同族の人々を保護して他の文明圏からの人々を差 別・排除したりすることも含む) D)価値観と文化(ある国が他の文明圏に属する人々にその価値観を奨励したり強要すると価値観と 文化をめぐって紛争が起きる) E)領土(この場合、中核国家が断層線の紛争の前線に立つ) *中核国家間の戦争の起因 □お互いが断層線に隣接している場合 □地域的なグループ間の紛争が拡大(紛争の当事者を援助しようとする場合) □文明間で世界的な勢力バランスが崩れたとき ※イスラム教徒の活力:断層線紛争の原因 中国の勃興:異文明間の大戦争を引き起こす可能性 Aイスラムと西欧 *イスラム教とキリスト教の相違点と類似点 相違点:宗教と政治は一体(イスラム教)―――宗教と政治は異なった領域(キリスト教) 類似点:一神教、異教の神を簡単に信じることができない、二元論、普遍的、人類が信仰できる唯一の 正しい信仰だと主張、伝道を主張する *新たな紛争の原因と問題=勢力と文化 「誰が支配者なのか? 誰が支配されるべきなのか?」―――イスラムと欧米の争いの根元 →紛争:文明間の論点、武器の拡散、人権と民主主義、石油の支配権、移民、イスラム教徒によるテロ リズム、西欧の介入など □西欧の問題:イスラム(文化の優位を信じている、国力の劣勢が不満) □イスラムの問題:西欧(文化が普遍的と確信、広げるのは自分たちの義務だと考えている) Bアジア、中国、アメリカ *文明のるつぼ―――6つの文明に属する社会 →多極化する状況に特徴的な流動性と不確実性に満ちている □東アジア……多勢力で多文明という性質(政治体制・経済体制・経済発展の度合い) □国家間紛争の種:北朝鮮と韓国、中国と台湾、北方領土など □中国の覇権:バンドワゴニングとバランシングのどちらかの選択 *アジアとアメリカの冷戦―――「アメリカ−中国」、「アメリカ−日本」:緊張関係 □アジアとアメリカの摩擦の原因 @)利害の対立、利害が相反する問題が倍加 A)冷戦終結により利害の相違点が表面化 B)東アジア全体とアメリカの力関係が変わってきた □文化的相違点の表面化 儒教的特徴:権威・階級を重視、個人の権利や利害の軽視、合意の重要さ、対決を避けること、「面 子を保つこと」、国家が社会に優先し社会は個人に優先する アメリカ人の信念:自由・平等・民主主義・個人主義などを重視、権威に抵抗、抑制と均衡を助長、 競争を奨励、人権尊重、過去を忘れ未来を見つめず現在の利益の追求に全力をあ げる *中国の覇権:バランシングとバンドワゴニング ……東アジア:中国が支配的な勢力へ・経済発展も中国志向を強めつつある □バランシング:自国のみ、あるいは他の国と提携して、新興勢力に対し勢力の均衡を維持して自己の 安全を守り、その力を封じ込め、必要とあれば戦争をして相手を負かそうとする □バンドワゴニング:諸国家は新興勢力に追随してそれに順応し、新興勢力にとって二次的な、あるい は従属的な立場をとり、自国の基本的な利害が守られることを期待する C文明と中核国家:新たな提携 □西欧文明―――アフリカ・ラテンアメリカ・ロシア・日本・(ヒンドゥー) □中華文明―――イスラム・(ロシア)・(日本) □イスラム文明―――中華 W文明の未来 1文明間の戦争と秩序―――2010年米中戦争のシミュレーション *状況設定:朝鮮半島統合、台湾と中国本土の和解、南シナ海での石油資源開発 中国のアジア支配 ―――――― アメリカは容認できない ↓ ヴェトナムに侵攻 ⇒ 中国の勝利が確実に(アメリカの敗北) ↓ 儒教−イスラムコネクションの発動 ――― 西欧諸国+ロシア+インド (+日本の参戦) ↓ 世界政治の中心は南へ移動する 2文明の共通した特性 □文化共存のために ……普遍主義を放棄して多様性を受け入れ、共通性を追求する □平和と文明の将来 ……世界の主要文明の政治的、精神的、知的指導者たちの理解と協力いかんにかかっている 3日本の構想と選択 □日本の文明圏が他の文明から孤立するなどと悲観せずに一国で一つの文明を形成する特徴を生かして、 大きな紛争が起こらないように、国際関係のバランサーとして積極的な行動をとる X問題提起 □文明の差異が対立になり、殺戮にまでなるのか、その変化は、文明以外の政治的・経済的などの要因の 変化から説明するべきではないのか。(坂本義和氏の問題提起) □一国で一つの文明圏を形成する日本の取るべき行動とはなにか。 Y参考文献 ・Samuel P. Huntington, The Clash of Civilizations? , FOREIGN AFFAIRS. Vol. 72 No.3, Summer 1993. ・Samuel P. Huntington,鈴木主税訳『文明の衝突』集英社,1998. ・鴨武彦『世界政治をどう見るか』岩波新書,1997. ・坂本義和『相対化の時代』岩波新書,1997. ・浦野起央『国際関係理論史』頸草書房,1997. ・朝日新聞「21世紀は不安定か」,98/12/13. ・高田和男編『国際関係論とは何か』法律文化社,1998. ・二宮書店『地理統計要覧−Vol.36』,1996. ・帝国書院『新詳高等地図』,1995.