平和問題ゼミナール2000/4/29

「憲法改正を考えるー過去の議論と新しい「論憲」ー」

報告者 倉内 聡 (鹿児島大学大学院人文社会科学研究科法学専攻M2年)

 

T 憲法改正とは

1.憲法改正の手続

・憲法…国家のあり方・運営の基本に関する規範であり、高度の安定性及び永続性が求められるが、その反面において、政治・経済・社会の動きに適応する可変性も不可欠。憲法はそれ自身の中に改正の手続について規定しているのが普通である。

・憲法改正…憲法所定の手続に従い、憲法典中のある条項につき、修正・削除・追加し(部分改正)、または新たに条項を設ける(修正増補)行為。

・日本国憲法の改正手続…第9章第96条に規定。

 第96条(改正の手続、その公布)

@この憲法の改正は、各議員の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に

提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

A憲法の改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

・改正に必要な三つの手続…国会の「発議」、国民の「承認」、天皇の「公布」

@国会の「発議」

発議…国民に提案すべき憲法改正案を決定すること――内閣は改正案の発案権を有するか

A国民の「承認」

承認の方法…「特別の国民投票」または「国会の定める選挙の際行はれる投票」

      ――国民投票などについて定める法律はいまだ制定されていない

B天皇の「公布」

「国民の名で」…憲法改正が主権者たる国民の意思によって行われることを明らかにする

 

2.憲法改正の限界

・憲法改正の手続に従えばいかなる内容の変更もゆるされるのか…改正無限界説と改正限界説

?改正無限界説…改正手続によればいかなる条項についても改正できる

 根拠@社会状況に応じ法は変わり得るもので、憲法も例外ではない

   A憲法の条項のなかで改正可能なものと不可能なものとを区別することはありえない

   B主権者たる国民の意思に従えばいかなる条項でも改正可能である 

?改正限界説…改正には限界があり、それを越えた場合もはや改正とみることはできない

 根拠@憲法そのものの同一性・連続性を失うことから、憲法の基本原理は変更できない

   A自然法上の原理にかかわる規定は改正できない

・日本国憲法における改正の限界…国民主権原理と人権保障原則

・平和主義と憲法改正手続の改正に限界はあるのか

 …96条の国民投票手続は、国民主権の直接かつ根本的な発動手続でありその否定は許されない

 …平和主義は改正権外だが、第9条2項(戦力不保持)の改正まで不可能であるわけではない?

 

U 過去の憲法改正問題―憲法調査会を中心に―

憲法改正問題の発端

対日占領政策の転換…非軍事化と民主化→共産主義に対する極東の防壁へ

占領権力(アメリカ)からの再軍備要求と日本の支配層の天皇制国家への復帰構想

憲法改正をめぐる動き

全面的な憲法改正論の展開…わが国の独立回復以後

1951年講和条約締結、安保体制の成立  52年保安隊創設  54年自衛隊へ改組

543月自由党憲法調査会発足  11月「日本国憲法改正案要綱」公表

544月改進党憲法調査会発足  9月「憲法調査会報告書」公表

55年7月鳩山内閣において憲法調査会法案が国会に提出されるが不成立

5510月社会党の統一  11月保守合同による自由民主党結成

566月再度提案された憲法調査会法成立

578月岸内閣の下で憲法調査会が発足

601月安保条約改定

647月憲法調査会が最終報告書を池田内閣に提出

憲法調査会

憲法調査会…憲法調査会法により設置、憲法を検討し関係諸問題を調査審議、内閣に報告

憲法調査会の活動…3つの段階から成り立つ

1段階:日本国憲法の制定経過について調査…憲法が「押し付け憲法」であるかどうか

2段階:日本国憲法の運用の実際を調査…憲法が国情にそうかどうか

3段階:第1・第2段階をふまえて、改憲の要否についての審議・調査

改憲派が調査会の圧倒的多数を占める

4.提出された最終報告書(本文1200頁、付随文書4300頁)

諸問題に関する見解を多数意見と少数意見に分け同等の扱いで列挙…改正論者の意見はほぼ網羅されているが、改正反対論者の意見は必ずしもすべて挙げられているとはいえない。

日本の憲法はいかにあるべきか

  @日本国民が自主的に制定する憲法

  A人類普遍の原理とともに、日本の歴史・伝統・個性・国民性に適合する憲法

  B世界の動向に対応する姿勢に立ち、かつ現実的、実効的な憲法

戦争放棄について

@独立国家の理念に立ち、かつ国際政治の現実に即して、自衛権に基づく自主的防衛の原則とともに国連その他の集団的安全保障制度によるべきである。よって改正が必要。

A第9条の理想を維持しつつ、国際政治の実現に対応する政策を見出すところに日本の防衛体制が作られるべきである。したがって第9条を改正する必要はない。

B第9条の下では、自衛権の存在、自衛力の保持、集団的安全保障制度への参加等が認められるか疑問があり、国政上に問題・弊害が生じている。したがって改正を要する。

C第9条の解釈・運用に問題があるとしても、現に第9条の運用によっていちおうの自衛体制がとられている。よって第9条は改正しないほうがよい。

 

 

5.改憲論の変容

?50年代改憲論

・対米ナショナリズムと「おしつけ憲法」論

再軍備と改憲の分離:「再軍備→改憲」論…戦前の軍国主義復活への強い懸念

――占領権力に不当に「おしつけ」られた憲法を廃し、「自主的憲法」を制定すべき

   「国際平和→日本の独立→米軍の撤退」のための再軍備

憲法の全面「改正」論…天皇の「元首」化、軍隊の保持、人権の制約、内閣の権能拡大など

?60年代改憲論

天皇元首化論の後退

9条「改正」論の展開…対米ナショナリズムの後退、解釈改憲論の台頭

6.改憲論の挫折

平和と民主主義を体現した憲法典への支持が極めて強かった。

「安保」の衝撃…60年安保闘争は支配層の予想をはるかに上回る。

9条の明文「改正」消極論の台頭…支配層の憲法政策「解釈改憲」「実質的空洞化」

国民へ浸透した「憲法」…〔安保+自衛隊〕(=平和)+経済生活+民主主義+自由

 

V 憲法改正をめぐる最近の動き

190年代改憲論の展開

90年の湾岸戦争…国際的軍事協力への道を開くべき

90年代改憲論の論理@冷戦の終焉→「新しい時代」→憲法改正をめぐる国民的論議の必要性

           A冷戦の終焉→地域紛争→自衛力保持とそれによる「国際貢献」

           B経済大国→「国際貢献」

カンボジアPKO派遣後の憲法議論の再活発化…90年代改憲論の目的実現直後

「護憲的改憲論」の登場…日本新党の改憲論。現行憲法の基本原則を堅持しつつ憲法改正に慎 

             重に積極的に取り組む。――従来の改憲論とは全く異なると強調

「護憲政党」社会党の憲法政策転換…「護憲」から「創憲」?へ。自衛隊を合憲と認める。

94113日読売憲法改正試案の発表…46年の同じ日『新憲法読本』

「新憲法をしっかりと身につけ新憲法を一貫して流れる民主主義的精神を自分たちのものとする ことによって、われわれははじめて平和国家の国民としてたち直ることができるのである」

290年代改憲論の特徴

自衛隊の合憲化にとどまらず、その海外出動に焦点

憲法「前文」と国連の強調…「国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う」

             …国連の旗の下での自衛隊の出動は憲法の理念に沿い、違憲ではない

護憲論の風化…社会党、公明党の憲法政策転換

改憲論の担い手の拡大…保守的党派から共産党以外の全党派、経済界、新聞社など各分野へ

「政治改革」「政界再編」との不可分性

「平和基本法」構想…改憲派・護憲派双方からの提唱

 

 

 

3.憲法調査会

97年超党派の憲法調査委員会設置推進議員連盟結成

993月自民党、民主党、公明党、自由党、改革クラブの幹事長が衆議院に具体案協議を要求

729日衆議院本会議において憲法調査会設置法成立

2000120日衆参両院に憲法調査会設置、2月相次いで第1回会議開催

憲法調査会の内容…衆議院50名参議院45名の委員で構成

         …「日本国憲法について広汎かつ総合的に調査を行う」

         …議案提出権がない

         …調査期間はおおむね5年程度

国会に憲法調査会が設置された意義…国権の最高機関において憲法論議が行われる

                 …内閣設置と違い議論に超党派性

調査会における議論…改憲、護憲、論憲と立場ごとに異なる

          …現憲法の制定過程や新憲法制定など早くも対立が浮き彫りに

          …第9条だけでなく環境権、プライバシー権などの新しい項目も

調査会における参考人の意見聴取…法の遵守をまず調査すべき(長谷川正安氏)

                 感情的な「無効」議論は排除すべき(高橋正俊氏)など

 

W 総括・私見

過去の議論と最近の改憲問題…根本的に変わっていない

改憲論にはいまだに「おしつけ憲法」論

議論の中心はやはり第9条…現在の議論は自衛隊の違憲性を考える必要はないのか

憲法調査会のあり方…はじめに「改憲」ありき、ではない

憲法について議論し、その理念を生かすも殺すも「国民の不断の努力」が必要である。

 

 

 

参考文献

佐藤幸治 『憲法〔第3版〕』 青林書院

芦部信喜 『憲法』 岩波書店

渡辺治 『日本国憲法「改正」史』 日本評論社

渡辺治他 『「憲法改正」批判』 労働旬報社

平野武 澤野義一 井端正幸編著 『日本社会と憲法の現在』 晃洋書房

法学セミナー編集部編 『憲法の近未来をどうする!?』 日本評論社

佐藤功 「憲法改定問題の展望―憲法調査会を中心にー」 文献選集日本国憲法13 三省堂

多田実 「憲法調査会と各政党の動き」 軍縮問題資料No.2352000.5)宇都宮軍縮研究室

法学セミナー No.4851995.5)、No.5452000.5) 日本評論社

法学教室 No.2322000.1) 有斐閣