「NATOによるユーゴ空爆と人道的介入論」
報告者:千知岩
正継(九州大学大学院比較社会文化学府博士課程在籍)
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の統計によれば、いずれかの年で1000人を超えた大規模武力紛争(major
armed conflict)は1999年で27件存在したという。そのなかで国家間戦争はわずか2件にすぎず、残りの25件は内戦であったと指摘されている[1]。
このように世界中で頻発し激化する内戦を予防し解決することが、冷戦終焉後の国際社会が直面している重要な課題の一つであることは論をまたないであろう。実際に、1990年代以降、湾岸戦争という典型的な国家間戦争は別として、国際連合が加盟国に武力行使を許可したのは、ソマリア、ボスニア、ルワンダ、ハイチ、東ティモール等の内戦状況である。また同時に、欧州安全保障協力機構(OSCE)や北大西洋条約機構(NATO)、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)等の地域機構も、その地域内および周辺で勃発した内戦に積極的に関与する傾向にある。
また内戦への国際社会の対応過程において、予防外交の展開、平和維持活動の強化・拡大、民主化支援等の活動と並び、人道的介入(humanitarian intervention)の問題が注目されている。とりわけ、1999年3月、NATOがコソヴォ紛争での「人道的破局の回避」を根拠にユーゴスラヴィアに対して実施した軍事介入は国連安保理決議の許可を欠いていため、その是非をめぐり重大な論争を巻き起こした。なかでも注目すべきなのは、NATOのユーゴ空爆以降、国連安保理の許可を必要としない「一方的人道的介入」(unilateral humanitarian intervention)の権利が発展しつつあるとの議論や、新たな介入規範の創造を提起する議論が提起されていることである[2]。これらの議論の前提には、NATOのユーゴ空爆を人道的介入の理想的なモデルとして捉える認識が存在しているように思われる。また、ユーゴ空爆当時のNATO事務総長であったソラナ氏と現在のロバートソン事務総長の双方とも、NATOのユーゴ空爆を成功であったと評価している[3]。
しかし果たして、NATOによるユーゴ空爆は今後のモデルとなりうる人道的介入であっただろうか。また、人道的介入権を確立する前例となりうる成功例として評価できるだろうか。さらに、そもそも人道的介入の問題について、成功か失敗かという評価を下すだけで十分だろうか。とりわけ注意しなければならないのは、強制的な軍事力の行使を伴う人道的介入は、人道という道義的な目的のために、一定程度の軍事力行使を肯定するという側面を前提としていることである。さらに、人道的介入の問題は、内政不干渉原則、基本的人権の尊重、武力不行使原則等の国際関係の基礎をなす諸規範・原則の見直しと密接に関係していることも見落とすことはできない。人道的介入を検討する場合、これらの点も踏まえた慎重かつ多角的な検討が必要であろう。
そこで本稿では、コソヴォ紛争への対応としてNATOが実施したユーゴ空爆を人道的介入の観点から分析し、その問題点を指摘しつつ、人道的介入に内在する限界や矛盾、その可能性について考えてみたい。本稿での論述の順序として、第一に、第二次世界大戦以降の人道的介入論の展開とその特徴を概観し、人道的介入としてのNATOのユーゴ空爆の位置づけを確認する。第二に、1998年以降のコソヴォ紛争の展開を略述するとともに、コソヴォ紛争の特徴を指摘する。そして、人道的介入としてのNATOのユーゴ空爆を「合法性」、「実効性」、「正統性」の観点から検証する。最後に、本論での議論を総括し、NATOのユーゴ空爆が人道的介入に関して提起する教訓ないし問題点を指摘したいと考えている。
人道的介入論の展開とその特徴
(1)伝統的な人道的介入
「外国の一国家ないし複数の国家が自らの主導で、その国籍に関係なく、基本的人権、とりわけ人間の生命に対する権利の重大かつ大規模な侵害の防止ないしは停止を唯一の目的として、武力による威嚇または武力の行使を行うことであり、そのような保護は国連関連機関による許可または対象国の承認なしに実施される」[4]
→「一方的人道的介入」(unilateral humanitarian intervention)
(2)人道的介入のカテゴリー[5]
@「政府組織による強制的な人道的介入」(coercive governmental humanitarian intervention)
・「強制的かつ軍事的な人道的介入」(coercive military humanitarian intervention)
cf. 個別国家ないし国家集団による「一方的人道的介入」(unilateral humanitarian intervention)
「国連に許可された人道的介入」
・「強制的かつ非軍事的な人道的介入」(coercive non-military humanitarian intervention)
cf. 経済制裁、武器禁輸措置、刑事裁判所の設置
A「政府組織による非強制的な人道的介入」(non-coercive governmental humanitarian intervention)
・「非強制的かつ軍事的な人道的介入」(non-coercive military humanitarian intervention)
cf. 伝統的な平和維持活動、軍隊による災害救助
・「非強制的かつ非軍事的な人道的介入」(non-coercive, non-military humanitarian intervention)
cf. 新興国家に対する不承認
B「トランスナショナル、政府間または非政府組織による人道的介入」(transnational, intergovernmental and non-governmental humanitarian intervention)
cf. 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国境なき医師団
※本稿で議論の対象とする人道的介入は、政府組織による「強制的かつ軍事的な人道的介入」(coercive military humanitarian intervention)。また同時に、これは、「人道主義の名の下における大規模な軍事力の行使」としての「人道目的の戦争」(humanitarian war)[6]として捉えられる。以下では、別段断りがない場合、人道的介入とは、政府組織による「強制的かつ軍事的な人道的介入」(coercive military humanitarian intervention)のことを指す。
(3)人道的介入の変容
@冷戦期における「一方的人道的介入」(unilateral humanitarian intervention)[7]
・国連安保理の許可を経ない個別国家による人道的介入
cf. 1978年のヴェトナムのカンボジア侵攻、1979年のタンザニアのウガンダ侵攻
Aポスト冷戦期における「国連に許可された人道的介入」(humanitarian intervention with UN authorization)
・国連安保理が憲章第7章の「平和に対する脅威」の認定に従って許可した「人道的介入」[8]
cf. 1991年8月のイラク北部における英米仏を中心としたクルド人救援を目的とする介入、92年12月の米軍主導によるソマリア内戦への介入、94年6月のルワンダ内戦へのフランス軍の介入、94年9月の米軍主導によるハイチへの介入、92〜95年のボスニアにおける国連保護軍とNATOの活動の一部、99年9月の東ティモールでの騒乱状況に対するオーストラリア主導の介入
B人道的介入における最近の傾向
・国連安保理の許可を経ない国家集団による集団的な一方的人道的介入
冷戦期の「一方的人道的介入」への回帰?
cf. 西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)によるリベリア内戦とシエラレオネ内戦への介入、NATOによるユーゴへの介入
(4)人道的介入をめぐる国際環境の変化
内戦の頻発、人道的危機の増加、グローバル・メディアの発達、人権規範の発展、人権NGO等の活動、NGOを中心にした人権意識の市民への浸透、政治的理念および政治体制としての民主主義への支持
→人道的介入を許容する議論の増加、人道的介入の権利をめぐる議論
コソヴォ紛争の展開とその特徴
(1)コソヴォ紛争の歴史的背景とその展開
・年表を参照
(2)国際社会の対応
・国連による紛争解決の試み
武器禁輸の実施
・欧州安保協力機構(OSCE)によるコソヴォ検証団(KVM)の派遣
・米英仏独伊露から成る連絡調整グループ
ランブイエ和平会議の開催
・G8の関与
(3)コソヴォ紛争の特徴
@内戦一般に共通する特徴
・国内統治の正統性から生じた内戦
・犠牲者の大部分が民間人、大量の難民と国内避難民
・近隣諸国への影響、地域の不安定化
・紛争解決の難しさ
国際関係の基礎をなす諸原則・規範をどう解釈し、適用するか
内政不干渉原則、人権の尊重、自決権、領土保全の原則などの
A欧州における内戦としての特徴
・少数民族問題、自決権の行使による分離独立の問題をともなった内戦
・欧州のその他の紛争への影響
Bその他の内戦との相違点
・紛争当事者の非対称的な力関係
・戦争に脆弱な市民、インフラの存在
・ミロシェヴィッチ大統領の存在
人道的介入としてのNATOのユーゴ空爆の検証
―合法性、実効性および正統性の観点から―
NATOによる「人道目的の戦争」[9]を「合法性」、「実効性」、「正統性」の観点から検証[10]する
(1)「合法性」(legality)
:「合法性」とは、現行の国際法規範に合致しているかどうかを判断する基準
また、現行の国際法規範に対する違反が、新しい国際法規範の創造につながるかどうかを判断する基準
@空爆決定に関する手続きの合法性の検証
NATOによる正当化
・憲章第51条の集団的自衛権の行使
・憲章第7章に基づく安保理決議によって許可された武力行使
※・一般国際法上における人道的介入権の行使
→現時点では確立されていない
→では、NATOのユーゴ空爆は、この権利を確立する一つの前例となりうるか?
A空爆実施に関する合法性の検証[11]
・空爆標的の選択
・空爆の強度の問題
空爆に使用される兵器の問題
劣化ウラン弾の使用、クラスター爆弾の使用
(2)「実効性」(effectiveness)
:介入の目的、とりわけ人道的目的の達成度に関わる基準、人道的危機の改善に貢献できたきたか
@ユーゴ空爆におけるNATOの目的
・人道的目的:人道的破局の回避[12]
・政治的目的:全ての軍事活動の検証可能な停止および暴力と抑圧の即時終結を確保すること
;コソヴォからの軍事、警察、準軍事勢力の撤退
;コソヴォにおける国際的な軍事プレゼンスの駐留に同意すること
;全ての難民と国内避難民の無条件かつ安全な帰還および人道援助機関による難民と国内避難民への妨害なきアクセスに同意すること
;ランブイエ協定に基づいた政治的枠組み合意の設立にむけた意思を確実に保証すること[13]
A「同盟の力作戦」(Operation
Allied Force)の実効性の検証
・「同盟の力作戦」の構成
戦略的空爆、戦術的空爆
・人道的目的の達成度
難民の大量流出と、その帰結としての地域の不安定化
人道的危機の拡大
・政治的目的の達成度
B総合的な実効性の評価
・外交交渉の役割
・地上軍の派遣問題
・アルバニア人とセルビア人双方の民間人への多大なコスト
・ミロシェヴィッチ大統領の決断に左右された実効性
(3)「正統性」(legitimacy)
:掲げられた人道目的が、主に人道的な動機によって裏付けられているか
介入における公平性、国際社会に対する説明責任
@NATOの提起する人道目的
・人道的破局を回避する義務
・コソヴォにおける危機は、NATOがその設立から支持してきた民主主義、人権、法の支配という諸価値に対する根本的な挑戦[14]
ANATOの動機
・人道的破局の回避
・地域の不安定化の回避
・冷戦後における欧州安全保障におけるNATOの信頼性の証明
・米国のグローバル戦略におけるNATOの新たな位置づけの証明
B介入における公平性の欠如
CNATOの国際社会に対する説明責任の欠如
おわりに
(1)人道的介入としてのNATOのユーゴ空爆の限界
・合法性、実行性、正統性の欠如ないし低さ
・単純に成功や勝利としては評価できない
・今後の人道的介入のモデル、一方的人道的介入権の前例としては不適当
(2)人道的介入の内在的な限界、その可能性
@内在的な限界
・人道主義の道義的な担い手としての国家の役割(the role of the state as a moral agent of humanitarianism)の限界[15]
選択的関与の問題
人道目的以外の介入の危険性
人道的介入を実施するための国民の支持を取り付けることの困難さ
・人道目的と軍事的効率の両立
人道主義の名の下による軍事力行使の拡大・激化
A相対的な可能性
・国連の許可に基づく人道的介入の改善
・「トランスナショナル、政府間または非政府組織による人道的介入」(transnational, intergovernmental and non-governmental humanitarian intervention)の可能性
(3)「紛争終了後の平和構築」(post-conflict peace-building)の課題
・コソヴォにおける暫定統治と平和維持
国連コソヴォ暫定統治機構(UNMIK)、コソヴォ平和維持軍(KFOR)
コソヴォにおける民主化の問題[16]
cf. 10月に実施された地方選挙の結果をどう評価するか
・コソヴォの最終的な地位確定の問題
[1] SIPRI Yearbook 2000: Armaments, Disarmaments and International Security ( Oxford: Oxford University Press, 2000 ), pp.15–17. また、より正確に大規模武力紛争とは、政府ないし領土の支配、またはその双方の支配に関する2カ国以上の軍隊間の軍事力行使、または一つの政府と最低一以上の組織された武力集団の軍隊間での軍事力行使で、いずれかの年に戦闘による死者が1000人以上のものをいう。
[2] Antonio Cassese, “Ex iniuria ius oritur: Are We Moving towards International Legitimation of Forcible Humanitarian Countermeasures in the World Community ?” European Journal of International Law, Vol.10, No.1 ( 1999 ); Michael F. Glennon, “The New Interventionism: The Search for a Just International Law,” Foreign Affairs , Vol.78, No.3 ( May/June 1999 ).
[3] Javier Solana, “NATO’s Success in Kosovo,” Foreign Affairs, Vol.78, No.6 ( November/December 1999 ); Lord Robertson of Port Ellen, Kosovo One Year On: Achievement and Challenge ( March 2000 ) .
[4] Oliver Ramsbotham and Tom Woodhouse, Humanitarian Intervention in Contemporary Conflict: Reconceptualization ( Cambridge: Polity Press, 1996 ), p.3.
[5] Oliver Ransbotham, “Humanitarian Intervention 1990-5: a Need to Reconcenptualize ?” Review of International Studies, Vol.23, No.4 ( October 1997 ),pp.456–461.
[6] Adam Roberts, “Humanitarian War: Military Intervention and Human Rights,” International Affairs, Vol.69, No.3 ( July 1993 ), p.429.
[7] 冷戦期における人道的介入の事例、その議論については、次を参照。 Oliver Ramsbotham and Tom Woodhouse, op.cit.
[8]国連憲章第7章に基づく人道的介入に関しては、次を参照。Fernando R. Teson, “Collective Humanitarian Intervention,” Michigan Journal of International Law, Vol.17, No.2 ( Winter 1996 ).
[9] もっとも、ロバートソン・NATO事務総長は、NATOのユーゴ空爆を「戦争」ではなく、むしろ「強制外交」(coercive diplomacy)として捉えている。Lord Robertson, op.cit., pp.10–12.
[10] 本報告とは異なった観点から分析したものとして、星野俊也「米国のコソボ紛争介入―その道義性・合法性・正統性―」『国際問題』(2000年2月号)を参照。
[11] Human Rights Watch Report, Civilian Death in the NATO Air Campaign
[12] “Press Statement by Dr. Javier Solana, NATO Secretary-General following the Commencement of Air Operations, 24th March 1999.”
[13] “The situation in and around Kosovo: Statement Issued at the Extraordinary Meeting of the North Atlantic Council held at NATO Headquarters, Brusselles, on 12thApril 1999.”; “Statement on Kosovo Issued by the Heads of States and Government participating in the meeting of the North Atlantic Council in Washington D.C. on 23rd and 24th April 1999.”
[14] “Statement on Kosovo,” para.1.
[15] Nicholas J. Wheeler, “Agency, Humanitarianism and Intervention,” International Political Science Review, Vol.18, No.1 ( 1997 ).
[16] Press Release SC/6953 16 November 2000.