平和問題ゼミナ−ル報告レジュメ(2001年11月24日)

「“米国同時多発(9・11)”テロの背景と日本

−憎しみと報復の連鎖を断つために、いま何が必要か−」

木村 朗(鹿児島大学法文学部、平和学・国際関係論専攻)

はじめに

 今回のテロ事件と米・英による報復戦争が提起した最大の問題は、1.世界秩序のあり方、2.軍事同盟とは何か、という二つの問題である。いま、この問題を根本から問うことが、21世紀の国際社会とわたしたちの課題である。

1.“米国同時多発(9・11)テロ”事件の意味と背景

(1)                          対米テロ事件の衝撃とそれが意味するもの

A.アメリカ“安全(全能)神話”の崩壊=「アメリカのイスラエル化(米国本土の戦場化)」(1941年、1957年、2001年)

B.「力による平和」、「国家(軍事力)中心の安全保障」の無意味化−“軍事力によって市民(国民)の安全は守れない”

 

(2)                          なぜアメリカが狙われたのか(アメリカはなぜそれほど憎まれるのか?)−対米テロは「原因」か、それとも「結果」か?

@    グロ−バリズム=アメリカ流資本主義の世界化の矛盾とそれへの抗議−世界的な貧困、飢餓、抑圧、差別の拡大・激化

A    米国の「単独行動主義(ユニラテラリズム)」への不信と反感−唯一の超大国としての「覇権主義」、「絶対的優位性」の追求(ミサイル防衛の推進、ABM制限条約の撤廃、CTBT条約の死文化、京都議定書への批准拒否、世界人種差別会議への背信、小型武器の規制強化への反対、生物化学兵器禁止条約への批准拒否、国連PKOからの撤退、敵対的な北朝鮮・中国政策への転換など)

B  米国ブッシュ政権の偏向した中東政策−イスラエルへの一方的肩入れ、イラクへの異常なまでの憎しみと一方的な経済・軍事制裁など)への怒りと反発、中東・湾岸・バルカン・中央アジア地域への利権と覇権の拡大(石油・天然ガスなどの天然資源への支配と軍事基地網の新たな形成)

(3)                          「テロ」とは何か、またどのように評価すべきか?

    「テロ」と「暴力」との関係は?

    「無差別テロ」と「解放(抵抗)闘争」を区別できるか?

    「集団によるテロ」と「国家によるテロ」はどう違うのか?

    「暗殺」をどう考えるか?

    「自爆テロリズム」の根源は?−背後にある「絶望」と「憎悪」

2.米英によるアフガン「報復戦争」と「反テロ国際包囲網」

(1)「新しい戦争」とは何か

@対米テロは「新しい戦争(21世紀最初の戦争:NEW WAR)」か?

・国家対テロ集団の「非対称戦争」、「見えない(敵との)戦争」

A    アフガニスタンへの「報復戦争」は正当か?

・「テロ行為」は「凶悪犯罪」で「戦争行為」ではない−警察・司法力によって「人道に対する罪」として断罪すべき

   「報復戦争」は明らかな過剰防衛、「自衛権」の濫用

     「軍事報復」は、国際法上で禁止されている「武力復仇」あるいは「先制自衛」にあたる。国連憲章は国際紛争の平和的解決を義務づけ(23) 、武力行使・威嚇を一般的に禁止している(24) 。二つの例外が、国連による強制措置(74243) と、個別的・集団的自衛権である(51)。1970年の「友好関係宣言(国連総会決議2625)」は、「国家は、武力行使を伴う復仇を慎む義務を有する」とした。

     NATOの新戦略概念(1999年4月)は、加盟国の集団防衛ばかりでなく、NATO域外における地域・民族紛争、テロ行為やサボタージュ、組織犯罪等のへの対処、すなわち「非5条型危機への対応」の重要性を強調している

・「正義の戦争」、「人道的空爆」は幻想−目的と手段の不均衡

(「テロ撲滅・再発防止」を大義名分とした形での「劣化ウラン弾」、「クレスタ−爆弾」などの使用、相次ぐ「誤爆」と「戦術核兵器」使用の示唆)

(2)「二つの世界秩序」の衝突

A.「新しい帝国」の出現か? B.「アメリカ帝国の崩壊」の始まりか?

・米国の「単独行動主義」と新しい「擬似国際(協調)主義」−「世界新秩序」のもとで「絶対的主権者」として君臨!?

    「十字軍」と「聖戦(ジハ−ド)」−「文明の衝突」か?

    「正義と自由を守るための戦い」(「善」と「悪」の戦い)か?−「無法」と「正義」の一致、「正義は力」ではなく「力は正義」

    米国の軍需産業と石油資本(メジャ−)の暗躍!?

(3)「反テロ国際包囲網」体制の構築をめぐって

@新しい「警察国家」と「監視社会」の登場か?

    「テロ撲滅」を大儀名文とした自発的な「人権」・「民主主義」・「自由」の制限を正当化できるか?(暗殺の事実上の容認、盗聴の強化、予防拘束の拡大)

    大統領・連邦権限の強化(上院の承認不要の戦略核削減、テロリストの特別軍事法廷、テロ容疑者の拘束期間の延長、テロ容疑での身柄拘束数の非公開)

    「エシュロン(諜報探知活動システム)」の暗躍とその強化

Aメディアと戦争報道のあり方をめぐって

    戦時下の報道統制の始まり=「情報・心理戦」としての「新しい戦争」→愛国心・ナショナリズムの高揚、国内のイスラム教徒や反戦・平和運動への迫害と嫌がらせ、国内外の報道機関への統制の強化(執拗な自粛要請とあからさまな締め付け)

    オサマ・ビンラディンは本当に首謀者か?−情報証拠開示の不透明さと戦時下同然の「情報(世論)操作」、

    なぜ米国は9・11テロ事件を未然に防げなかったのか?

(9・11テロ事件の犠牲者は、ある意味で、ブッシュ米政権による二重の政策の誤りの犠牲者でもある)

※ 湾岸戦争は、米国の「挑発による過剰防衛」(ラムゼイ・クラーク米元司法長官『ジョージ・ブッシュ有罪』柏書房)。「真珠湾攻撃は米国によって仕組まれた罠であった」R・B・スティネット著『真珠湾の真実』。

    米国は本当にビンラディンを裁判にかける意思があるのか?

B「反テロ国際包囲網」形成にともなう矛盾・ジレンマ

    「ならず者国家」の取り込み−従来の政策とのズレの拡大

    「核不拡散」の流れに逆行するパキスタン・インドへの制裁解除

3.対米テロとアフガン「報復戦争」への日本の対応をめぐって

(1)「湾岸戦争のトラウマ」と「はじめに自衛隊派遣ありき」

日本外交の主体性は?−相も変わらぬ「思考停止」と「白紙委任」

(2)「テロ対策特措法」および「自衛隊法改正」、「国連PKO方改正」の特徴と問題点

    戦後初めての「戦時」における海外派兵の実施−「米国の戦争」に積極参加

    「集団的自衛権」の事実上の行使−崩された「専守防衛」と憲法の死文化

4.「国際社会」(あるいは、わたしたち)は、いま何をなすべきか?

(1)「国際社会」とは何か?−「欧米社会」であってはならない!

(2)現在の歪んだ「世界秩序」の根本的転換に向けて何が必要か?

−「暴力(報復テロ)と憎しみの連鎖」を断つために−

・「軍事力(国家)中心の安全保障」という発想・思考からの転換がすべての出発点(「人間の安全保障」、「市民(民衆)による安全保障」、「地域から(下から)の安全保障」という視点・考えの採用・導入とその具体化が最重要)

    世界的な軍縮の実現(軍事費の大幅削減と武器輸出禁止の厳格化、軍事同盟の見直しとその解消)

・クロ−バル化の負の側面である「構造的暴力(貧困、飢餓、差別、抑圧など)」の克服−エネルギ−・資源の世界的再配分と価格の適正化、先進諸国の生産・消費活動および生活様式の根本的見直し、温暖化問題などの環境問題への取組

    国際紛争の平和的解決という基本原則の確認とその強化

(「大国」の「二重基準」の是正、国連の民主化と機能強化、国際刑事裁判所の設立、国際的な情報秩序の民主的再編など)

    紛争の未然防止(「予防外交」の推進)と難民救済・民族和解の実現(公平・平等な教育・メディアの実現・保障)

    中東・パレスチナ問題の包括的解決の再構築、アフガニスタンの復興、イラクの国際社会への復帰、中東・湾岸諸国の民主化促進、

 

<参考文献>

     松井芳郎「米国の武力行使は正当なのか」(『世界』2001年12月号)

     藤田久一「“報復”と国際秩序−変質する“自衛権”の概念、対テロ“戦争”含めるのか−」(『朝日新聞』2001年10月20日付け)

     西谷修「これは“戦争”ではない−世界新秩序とその果実−」(『世界』2001年11月号)

     岡本篤尚「テロ対策特別措置法案・自衛隊法改正案の問題点」

(URL: http://www.jca.apc.org/~kenpoweb/houan_QandA.html )

・チャルマ−ズ・ジョンソン著『アメリカ帝国への報復』(集英社、2000年6月刊)

・「挑戦招いた『力』の突出」(『毎日新聞』2001年9月13日付)