中江兆民『三酔人経綸問答』を読む―日本平和思想の源流―          

 

2002年1月26日 平和問題ゼミナール

                         志學館大学  出原政雄

 

T @NHKの「歴史誕生」という番組で放送された「ワレ亜細亜ノ民ナリ、―中江兆民、明治政府と対決す―」(ビデオ)を鑑賞する

*中江兆民の略歴を参照。

A若干の史料を使って、中江兆民と岩倉使節団とのアジア認識の違い、兆民の小国主義平和論について説明する。

U 『三酔人経綸問答』の構成

1)『三酔人』は、現在岩波文庫に収録されているが、読みやすいように工夫がなされている。全文にフリナガを振り、しかも現代語訳をつけた。

2)『三酔人』の歴史的位置は、第一に明治20年(1887)の作品であるということ、第二に洋学紳士君と東洋豪傑君と南海先生という三人の登場人物によって構成される問答体の系譜に連なる。<問答体>といっても、『論語』のように先生と弟子と言う上下関係でもなく、プラトンの著作のように11答形式ともちがって、対等の関係のもとでの発題と討論によって構成されている。

3)『三酔人』は、西欧列強の強圧の下で、後進国で弱小国の日本はどのような外交方針を立てればよいか、という基本テーマをめぐって三人三様の意見が提示される。

V 洋学紳士君・東洋豪傑君・南海先生の立場

(1)       洋学紳士君(「民主家」=民権主義者)の立場:非武装民主立国論。

@     役に立たない軍備の撤廃=完全非武装の提唱。急な軍拡は経済を破綻させる。それよりも他国への侵略の意思が無いことを示す方がいい。

A     弱小国=日本は、道義外交に徹する。

B     政治的進化の信奉者である紳士君は、人類が最後に到達する最高の政治形態である民主共和制の採用を主張する。

C     ヨーロッパの平和思想、とくにカントの『永遠平和のために』(1775)から多くを学び取っている。世界平和の実現と各国における民主共和制の採用、国際連盟の提唱(兆民は世界国家論)。

D     日本への侵略に対しては、非暴力・無抵抗に徹する(絶対平和主義の立場)。国家の防衛は道義に適うか。「防衛中の攻撃」も悪である。

E     日本は世界に先駆けて実験国となろう。国民にその覚悟を呼びかけている。日本が国として滅びても(世界市民主義の立場)、後世のための一つの先例となればいい。

 

 

(2)       東洋豪傑君(「侵伐家」=国権主義者)の立場:軍事大国化と中国割取論。

@     現実に戦争が存在する以上、軍事強化が大切。しかし急激な軍事大国化は不可能。

A     隣国の老大国=中国を割き取る。

B     中国引っ越し案と日本放棄論(アジア主義者の本領発揮)。

C     後進国=日本の文明化の自覚。保守派の中国への引っ越し。

(3)       南海先生の立場:平和的友好関係の樹立への努力。

@     紳士君の考えは未来のユートピア、豪傑君の考えは過去の戦略で、双方とも現在に役に立たない。

A     両者とも国際社会を弱肉強食の世界として固定化するが、国際社会のニ面性(パワ―・ポリティックスと国際法の拡大)とその可変性への注目が大切。

B     日本への侵略に対しては、国民的総抵抗で対処する(ナショナリズムの意識)。ゲリラ戦と民兵制の採用。

C     世界各国との平和友好関係の樹立への努力と大幅な軍縮。

 

W 国際認識における理想主義と現実主義

  紳士君のような理想主義(超現実主義や原理主義)と豪傑君のような「現実主義」=擬似現実主義(現実認識の一面化や現実追随主義や軍事的観点の優越)との両極文化を乗り越えて、南海先生に示唆されているような「ほんとうの現実主義」を身につける必要がある。

 

参考文献

(1)      木下順次ほか編『中江兆民の世界―「三酔人経綸問答」を読む―』(筑摩書房、1977

(2)      丸山真男「『現実主義』の陥穽」『増補版現代政治の思想と行動』(未来社、1964

(3)      加藤周一「風向きの変化と日本の現実主義」『加藤周一著作集第八巻』(平凡社)