「今なぜ有事法制なのか−“戦争国家”・“警察国家”への道を許すな!」

木村 朗(鹿児島大学法文学部・平和学専攻)

1.             今、なぜ有事法制なのか−日本は「独立国家」か

有事法制(戦時)法制の本質的性格=「日本の周辺地域で軍事行動(先制的軍事介入)を起こす米軍を、後方から強力に支えるための仕組み」、有事における自衛隊の指揮権は米軍に握られたままである!
       北朝鮮「核疑惑」問題(1994年)、北朝鮮によるテポドン発射事件(1998年)、不審船侵入問題(1999年)、米国同時多発テロ事件(2001年9月)、武装不審船「撃沈」事件(2001年12月)による国民の不安感の高まりを利用!
       自衛隊の海外派兵を可能とする法的枠組みの整備−PKO等協力法(1992年)、日米安保共同宣言(1996年)、新ガイドライン=「日米防衛協力のための新しい指針」(1997年)、周辺事態法(1999年)、2001年の対テロ特措法(=「米軍等支援法」)および自衛隊法改正
       日本での有事法制へ向けた動き(1954年の自衛隊創設以前に制服組主導で密かに始められていた−纐纈厚「戦後有事法制論議の軌跡」『世界』2002年5月号参照)=1965年の「三矢研究」(正式には「昭和38年度 統合防衛図上演習」)、1977年の「法制化を前提としない研究」への着手(防衛庁)、1981年の第一分類報告(「防衛庁所管の法令」)、1984年の第二分類報告(「他省庁所管の法令」)、第三分類の報告「所管省庁が明確でない事項に関する法令」だけが未完で今日に至っていた。
       ア−ミテ−ジ報告=「対日政策提言」(2000年10月)の性格−集団的自衛権行使のための憲法解釈の変更と有事法制(特に情報管理法制)の整備・確立への強い「期待」の表明

 

2.             何のための有事法制か−日本は「法治国家」か

有事法制の本質は、集団的自衛権の行使(=米軍との軍事行動の一体化)と自衛隊の国軍化を可能とするための「軍事最優先の法体系」であり、憲法改悪の先取りと国民総動員体制への第一歩を意味する。既成事実と「安保(戦争)法体系」による「憲法(平和法)体系」の二重の意味での否定!

※ 「備えあれば憂いなし」(小泉首相)=「攻撃は最大の防御なり」(シャロン首相)

       「新しい戦前」の到来−「何を(誰を)何から(誰から)どのように(どんな手段・方法で)守るのか」

       国民の避難・保護は後回し=「国民の生命、財産を守る点が先送りされた欠陥法案だ」(野中広務元幹事長国民の生命、身体、財産を保護するための措置を盛り込む「事態対処法制」は2年以内に整備

3.             「有事」とは何か−誰がそれを決めるのか

「有事」とは「戦時」に他ならない。またその形式的な決定・判断は日本の首相(実質的には自衛隊の制服組か!?)が行うことになっている。しかし、より本質的には、日本に「(有事の)決定権」はなく、事実上、米国政府・米軍が代わって行うことになる。

「事態の判断は、国際情勢、相手国の意図、軍事的行動などを総合的に勘案してなされる」(小泉純一郎首相)

       合法的装いをした国家(政治)権力の暴走(+プラス)群集心理の恐ろしさ

       「軍事同盟」の本質とその危険性−日米安保は「自発的な(植民地型)従属同盟」

(有事における自衛隊の指揮権は米軍に握られたままである!)      

 

4.             シビリアン・コントロールの危機

「シビリアンコントロール」(文民統制)は単に法的枠組み作りを指すのではない、政治に対する国民の信頼が不可欠

       制服組の発言権の強化と背広組との関係の逆転

       武器使用基準のなし崩し的緩和の危険性

       「防衛省」への昇格(『防衛白書』で初めて言及)が意味するもの

       「影の政府」を求める声とその狙いは何か

 

5.             「世論(情報)操作」から「言論(情報)統制」へ

1985年のスパイ防止法・国家機密法(自民党・挫折)1987年の朝日新聞襲撃事件、1999年の「盗聴法(通信傍受法)」と「改正住民基本台帳法」、2001年の自衛隊法改正(とりわけ「防衛機密」規定の導入)、2002年のメディア規正法案

       「権力のメディア化」=「メディアの権力化」の同時進行(辺見庸)

       戦争とプロパガンダ、平時の有事(戦時)化=臨戦体制の恒常化

       「自主規制」から「メディア・コントロール」へ−「盗聴」「監視」「検閲」の強化(「内部告発」の禁止と「密告」「スパイ活動」の奨励)

       メディア規制3法案は「予防的言論弾圧法」「国民の“知る権利”制限法」である

 

6.有事法制3法案(「武力攻撃事態における国の平和と独立並びに国民の安全確保法案」(武力攻撃事態法案)案・自衛隊法改正法案・安全保障会議設置法改正)の特徴と問題点について

@「武力攻撃事態」( 武力攻撃が「発生」「発生する恐れ」「予測」と三つに細分化)とは何か−定義のあいまいさと政府の裁量権・解釈権の拡大
※ 「戦略的なあいまいさ」=「あえてあいまいなままにしておく方が効果的な抑止力となる」(防衛庁幹部)

       「(武力攻撃事態は)周辺事態との併存はあり得る」(中谷防衛庁長官)→「日本有事」に発展しそうな「周辺有事」が起きれば、地方自治体は協力を義務付けられる!? [大規模なテロも[『武力攻撃事態』に含まれる](政府筋)!?、「(公海上の自衛隊艦船や民間船舶への攻撃について)組織的、計画的な攻撃と認定できるかどうかが問題。わが国への武力行使に当たるという場合も排除できない」(福田官房長官)

       「朝鮮半島有事でも台湾海峡有事でも、日本に対する反撃が予想される地域は北九州沿岸から日本海沿岸地方、沖縄と周辺の離島です。そこをどう防衛するか、防御陣地をいかに構築するかが重要になるため、その地域の住民には有事法制の規制がかかってくることになります。在日米軍基地がある場所に反撃してくることも考えられます。岡本篤尚・広島大助教授(憲法、法政策論)
A       自衛隊の武力行使について
 「武力攻撃を受けた場合は武力行使できる。そのために自衛隊はある。しかし予測する段階で武力の行使など必要ない」(小泉首相)
   B 首相官邸への権限集中と行政権の肥大化

C 議会の体制翼賛化−形だけの国会承認

D 消える地方自治−「指示権」と「代執行」

※ 「首相は地方公共団体に指示し、従わないと代執行できるが、具体的にどんな場合を想定しているか」(伊藤氏)「避難勧告で住民を移送する時、自治体の態度が決まらなければ国が直接やる場合もある」(片山虎之助総務相)
※ 指定公共機関(日本銀行、NHKなど公共的機関や電気・ガスなど公益事業を営む法人)の役割と政府によるコントロール−「どの機関が入るかは政令で定め
る。機関の意見も聞いたうえで決めていく」(片山虎之助総務相)

E     民間業者への業務従事命令と罰則規定−国民の「責務」か「協力」か

※ 「罰則は主として積極的な行為、義務の履行を確保するためのものではない。妨害等を行わないという不作為を要求し違反する行為に課すなど公共の福祉を確保するための必要最小限の制限として憲法上許される」「本人の内心には関係ない。わざと物資を隠匿したり、使用できないようにしたりする悪質な行為に基づいて考える」(中谷元防衛庁長官)−いわゆる「良心的拒否」も罰則対象になる

D     戦時における「言論統制」−NHKなど放送・新聞・出版機関への規制強化

「(有事における軍事情報の漏えい防止策について)秘密情報の必要最小限の秘匿を考えないといけない。罰則(のある法律)にするか、国会の議論を踏まえて考えないといけない」(福田官房長官)→「影の政府」の設置!?
E     民間防衛」という名の「国民(住民)統制」・「市民(相互)監視」
「国民の被害を最小限に抑えるには、住民が互いに協力しながら、自らの手で助け合うことが不可欠」(防衛庁)、「国民が被災者の搬送などに協力することを想
定している。このために必要な組織や平時における訓練のあり方について、仕組みを考えたい」(福田官房長官)→「戦前の隣組のように住民が相互監視することになりかねない」
※ 「国民の安全や生活を守る部分は実は、国民への規制の程度が一番強くなります。国民生活の安定となると国民経済の統制も入ってくるので、食糧や物資の生産・配給管理が行われるかもしれない。基本的人権の制限という面でいうと今回の法案は頭出し程度で、本体は今後やって来るという点はぜひ押さえておいてほしい。」岡本篤尚・広島大助教授(憲法、法政策論)
 

7.             今後の展望と課題−テロ対策や武装不審船対策、米軍への支援に関する法令、私権制限のための本格的法制への対応

  「合法的装いをした国家(政治)権力の暴走」をいかに防ぐかが、今後の最大の課題−「軍事力と警察力の一体化」、「集団的自衛権と集団的安全保障の意図的混同」が大きな問題

 

※ 原発施設の被害防止など国民保護のための法制や、物品・役務の相互提供など米軍支援に関する法制等は、2年以内を目標に整備する。

 2000年12月の防衛庁と国家公安委員会による治安維持協定を46年ぶりに改正−「政府から治安出動命令が出された場合に警察と自衛隊が円滑、かつ連携して任務を遂行する」、沖縄県警と自衛隊が今月にも「治安出動」協定締結 
 日本が周辺地域の安全にも積極的にかかわる国に変わるのかどうか、これこそ有事法制で最大のポイント−「軍事か、非軍事か」の選択こそが重要!
「戦闘機や艦船を使って上陸し攻めてきた敵に戦闘機や戦車で応戦するという古い戦争観は通用しない。テロで国中をパニックに陥らせてから攻撃したり、いきなりミサイルや生物・化学兵器で日本の戦闘能力を奪うシナリオが考えられる。冷戦後の有事の中心と見られるテロへの対処をなぜ後回しにしているか」(自由党・東祥三氏)
「武力攻撃事態以外の緊急事態への対処についても、一層、改善強化するための施策を講じることとしている。後回しにするとの指摘は当たらない」(小泉首相)
「テロ・不審船対策は現行法制の運用を改善することでかなりの部分まで対応できる」(防衛庁幹部)
「外国軍の日本への上陸侵攻を想定した『本土決戦型』は冷戦時代の遺物です。今日、その可能性は万に一つもありません。今後2年間に『事態対処法制』が制定されるかどうかは、周辺事態時の自衛隊の行動に対するリアクションがあるかどうかによるでしょう。報復としてのテロが頻発したりすると、間違いなく全面的な統制の方向に進むと思います。 」岡本篤尚・広島大助教授(憲法、法政策論)