講演 [核をめぐる危機とチャンス〜ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ 核の惨禍から廃絶へ]      木村 朗(鹿児島大学教員、平和学専攻)

 

第五福竜丸平和協会主催3・1ビキニ記念のつどい開かる

(リード)

ビキニ水爆実験被災53周年の3・1ビキニ記念のつどいは、二月二四日、第五福竜丸展示館からほど近い夢の島マリーナ会議室にて開かれました。

つどいには六六人が参加、冒頭に主催者を代表して第五福竜丸平和協会の川崎昭一郎会長から「科学者と核廃絶〜パグウッシュ会議50年に想う」と題する特別報告がありました。

つづいて鹿児島大学の木村朗さんを講師に、一時間十五分の講演と三〇分余の質疑応答がおこなわれ、核兵器問題、戦争が絶えない今日の国際情勢を考えあうつどいとなりました。以下に講演の要旨を掲載します。文責 編集部

 

 

「世界」を読み解く視点

私はビキニ事件が起きた一九五四年の小倉生まれです。小倉は二番目の原爆が長崎ではなく小倉に投下される予定であったということで今日のテーマとなっているヒロシマ・ナガサキ・ビキニとも関連するめぐり合わせを感じています。

私は旧ユーゴスラヴィアの政治外交史、とりわけ(旧)ユーゴと(旧)ソ連の対立をテーマとした国際政治、国際関係論を専門分野としており、現在は原爆投下問題の見直しをはじめ、「九・一一」(米国同時多発テロ事件)以降のアメリカと世界秩序の動きなどを研究テーマとしています。

さて、一見複雑にみえる国際政治も実は単純に見ることが可能なのではないかと考えています。今、アメリカはこれまでいわれてきた「抑止するための核」から「使うための核」へと転換し、核を使った先制攻撃もありうるという危険をつくりだしています。なぜこのような状況なのか、その根本原因をつきとめて、発想の転換が行われるならば危機をチャンスに転換できるのではないでしょうか。

また、ソ連が崩壊し冷戦が終結したといわれたとき、世界は平和になると考えられました。しかし巨大な軍事同盟機構のNATOは残り、アジアでは日米安保条約が再定義されて存続しています。これらのことは、国際政治の主体を「政府」「国家」というレベルだけで見てもその根本原因はわからないのだと思います。国家の政策に影響力のある組織や集団、勢力の意志との関係を見ていく必要があります。

 

ヒロシマ前、ナガサキ後

ハンガリーからの亡命物理学者で、マンハッタン計画にも携わったレオ・シラードは、日本の原爆投下をやめさせようと米大統領にはたらきかけた人です。

これが拒否されて実際に日本に原爆が投下されることを知って、「これまで人類にとっての禍いはナチス・ドイツだと考えて原爆開発に協力してきたが、現在もっとも世界にとって禍い・脅威となる存在になりつつあるのはアメリカだ」と訴えました。

そして、「降伏寸前の日本に対して、無警告で原爆攻撃を行えば、アメリカの国際的信用、道徳的地位を失墜させることになろう」と批判しました。

さらに「戦後の核の国際管理を通じた核廃絶の実現は不可能になる、ソ連の原爆開発は必ず早まるだろうし、また際限のない核軍拡競争が行われるだろう」と指摘しました。このシラードの「予言」は不幸にも現在の世界で実現してしまいました。冷戦終結後の今日も数万発の核兵器が存在し、「作られた脅威」を前提に不必要な兵器の蓄積と保有が行われているわけですが、これはまったく愚かであると同時に狂気でもあると思います。

原爆の投下は軍事的に不必要なだけでなく道徳的にも許されない非人間的な行為です。アメリカでは、日本の加害問題やパール・ハーバー(奇襲攻撃)とからめて原爆投下を論じたりしますが、原爆のような無差別大量破壊兵器の使用を正当化することは、本来、どのような国家であろうと、どんな状況・理由があろうとも許されない、全否定されるべきものです。

広島・長崎への原爆投下についても、これを避けるための選択肢は、いろいろな時点でありました。しかしボタンの掛け違いが連続しておこったといえます。

第一に「幻のナチスの核」に怯えて原爆を開発した、という原点。これを否定しない限り核抑止論は克服できません。第二にナチスの核開発断念の情報がもたらされた時点でアメリカも核開発を中止するという選択肢があったはずです。また、日本の降伏の見通しが明確だった状況で投下する必要はないと判断する第三の選択肢もありました。

ここにアメリカが自らの戦争犯罪を隠蔽するために作り出した「原爆神話」―原爆投下による早期終戦、人命救済―の捏造が見えてきます。

 

死の商人=軍産複合体の影

さらにいえば、原爆投下は避けられただけではなく、意図的に、ある特定の目的をもってなされたともいえるのではないかと考えられます。そのひとつは新型兵器の実戦使用と人体への影響を調査する千載一遇の機会とするとらえかたです。

イギリスのブラッケット教授は、「(日本への)原子爆弾の投下は、第二次大戦の最後の軍事行動であったというよりも、むしろ目下進行しつつあるロシアとの冷たい外交戦争の最初の大作戦の一つであった」と指摘しています。実際のところ、シラードが予言したようにソ連に原爆開発を急がせ、敢えて「冷戦」を世界的規模で発動することになっていったわけです。

ここに見えてくるのは、核軍拡競争を引き起こすことを利益とした人々(勢力)の存在があったのではないか、ということです。

軍需産業、兵器商人などとも呼ばれる軍産(学)複合体=「死の商人」の存在に注目すべきです。この軍産(学)複合体の主要企業の代表がマンハッタン計画の暫定会議に参加していたという情報もあります。これまでにも指摘されているように原爆開発=マンハッタン計画では実はなかったという視点(放射能兵器開発計画とするのが正確)に立つと、核軍拡の悪循環に陥ったほうがかえって好都合だと考える存在=勢力があったことも納得がいきます。

第二次世界大戦後、アメリカが関わったほとんどの戦争の背後に「死の商人」が強く影響していたと考えられます。彼ら「死の商人」は、戦争は最大のビジネスチャンスと考えているのです。

 

対テロ戦争の虚構性

「九・一一」についてもしかりです。現在の混沌・混乱を意図的に発動するためになされた事件であったと考えるいくつもの証拠が出てきつつあります。そして「対テロ戦争」という思想を立ち上げ、幻の冷戦が終結した後に、新しい幻の戦争を作り出したのです。

現在、北朝鮮の情勢も危機が去ったかのように一般に言われていますが、実は必ずしもそうではありません。アメリカが軍産(学)複合体の思惑のまま、無秩序な混沌状況に突き進んでいく選択肢も残されています。もちろん危機を回避し、東アジア共同体のような多国間安全保障を確立することも可能であり重要です。

 

危機からチャンスへの転換を!

アメリカはまたNPT体制の機能不全も目論んでいます。またアメリカの妨げになるのならば「国連も潰してしまえ」という考えもでてきています。さらには小型戦術核兵器の研究開発を推し進め、通常兵器との一体化も推進しています。これらの現状を見ていくと、国際情勢を悪化させている主要な原因を作り出しているのはアメリカです。

突出した軍事大国であるアメリカは、チョムスキーの言葉を借りるならば、「世界最大のならずもの国家」といえるでしょう。これを支えているのがヨーロッパではイギリスであり、アジアでは残念ながら日本です。

    *

このような状況にたいして、大量破壊兵器委員会(ハンス・ブリクス委員長)は「核兵器を生物・化学兵器とともに国際法上で非合法化すべき」だとする提言を行いましたし、昨年九月には中央アジア非核地帯条約が調印されました。東北アジア非核地帯の追求とその実現は、ピースデポの梅林さんが提言するように3+3(韓国、北朝鮮、日本、中国、アメリカ、ロシア)の構想で、非核国への核攻撃の禁止の確約から地域の非核化を作り出していく可能性を持っています。

日本でも「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」「劣化ウラン兵器禁止を訴える国際大会」が開催されました。また秋葉広島市長、伊藤長崎市長も参加する世界平和市長会議の動きや、中堅国家構想、新アジェンダ構想、非核自治体宣言都市運動、無防備都市宣言運動など、市民レベル、地域レベルでのさまざまな取り組みや提言がおきています。核兵器と国家の間の矛盾を逆手にとった市民の抵抗を具体的な形にして、新たな展開を作り出すことは可能なのです。

 

情報操作へのカウンターパンチ

核軍拡の歴史と「九・一一」を研究していると、共通の問題点として実感するのは、政府や権力と一体化したメディアによる情報操作、(不都合な)真実の歪曲や捏造です。そして事実と正反対の「都合のいい神話」が創出されていきます。

これらに対抗するためにはメディアリテラシー(情報を読み解く力)が必要となってきます。

以前、伊丹万作氏(脚本家、映画監督)が敗戦後に書いた「だまされる者の責任」を読みました。だまされたから責任がないということにはならない。だまされる側の責任こそが問われなくてはならない。知らなかった、やむをえなかったというのは、みずからの責任をまっとうしようとする姿勢を放棄したことになる、というものです。

今、地域から市民が主体となって平和を作り出していくという発想が重要です。そして横のネットワークをひろげていくことが大切だと思います。さらに権力から独立した、市民による独立メディアの形成が急務だといえます。すでにその芽生えはありますが、ネットなどで市民発信のメディアが成長することで、軍産(学)複合体や情報操作に対抗していくことができると思うのです。

(きむらあきら/鹿児島大学法文学部教授・長崎平和研究所客員研究員、平和学・国際関係論専攻)

 

■つどい参加者のアンケートから

「このままつき進めば必ず第三次世界大戦が起こり核兵器が使われ人類が滅亡するような時がくることを実感しました。危機感を持って反核をいい続けたいと思います」(50代)

「大きな視点でさまざまなことがハッキリ見えてきました。どんな行動をおこしたらよいか、一市民として知りたいと思います」「60代」

「複雑に見えるが本質は単純。そして背景に何があるのかがよくわかりました」(50代)

9・11 第五福竜丸のことなど知らないことばかりで胸のふるえる思いで聴きました。今こそ声をあげなければと決意しております」(80代)

                                                                                                                          (『福竜丸だより』334号、2007年3月1日発行)