(タイトル)
世界秩序の掌握に失敗したアメリカ
(筆者)
木村 朗(きむらあきら・鹿児島大学教員、平和学専攻)
(リード=前文)
国際法を無視して「一国覇権主義」に突っ走ったアメリカ。失いつつあった国際社会 での支配的影響力を回復し、「新
しい帝国秩序」を構築しようとしたが、この試みは失敗し、孤立化の道を突き進んでいる。
アフガニスタン戦争に続いてイラク戦争に「勝利」したブッシュ政権は、最大の国 益確保のため、これまでの同盟関係
や国際機構との関係を全面的に見直した。必要ならばその時々に「アラカルト有志国連合」や「第二の国連」を作って対
処する姿勢を いまでも変えていない。
イラク戦争突入まで、あたかもアメリカは、「新しい帝国秩序」の形成に走っているかに見えた。「帝国」には大きくわけ
て大英帝国型の「帝国国家化」と、古代ローマ帝国型の「世界帝国化」があるが、9・11事件以降のアメリカの場合は、後
者の ローマ帝国型である。
その「アメリカ(ブッシュ)の最大の敵は、他ならぬアメリカ(ブッシュ)であ る」。「唯一の超大国」でも「新しい帝国」を建
設するだけの能力と条件を整えていなかった。ネオコン(新保守主義者)が描く中東「民主化」ドミノ理論も幻想にすぎ ず、
「アメリカ帝国」が「虚構の帝国」であったことが明らかとなりつつある。
今世紀は「国連の世紀」
国連、国際世論、同盟国・友好国との関係、そして国内世論の動向などを深く観察 すれば、実際にはアメリカの国際的
孤立とブッシュ政権への信頼・支持の一層の低下は明白であり、「幻の帝国」の没落はすでに始まっているといえる。
例えば、クリントン政権の国防次官補だったジョセフ・ナイは、「『アメリカ帝 国』という概念はパワーが拡散している今日
の世界では非現実的であり、新たな単独行動主義者のあまりにも軍事力に偏った安全保障路線が長期的に破綻するの
は目に見 えている」と指摘している(「アメリカ帝国の虚構」『論座』八月号)。 また、ソ 連崩壊を予言したフランスの歴史
学者エマニュエル・トッドは、『帝国以後』(藤原書店)の中で、「アメリカは真の国力である経済力で根本的な惰弱さがあり、
世界支 配を完成しつつあるどころか世界の統治権をすでに失いつつある」と「アメリカ帝国 の衰退」をより鮮明に分析し
ている。
イラク開戦前に国連の権威をないがしろにし失墜させたアメリカが、イラク「占 領」で泥沼にはまり込む中で、国連の権
威にすがろうとしている姿勢こそ、そのことを如実に物語っている。米軍が司令官が米国人である条件で国連統率の多国
籍軍を検 討中との報道も基本的にこの延長線上にある。
国際社会にとって、いま最も重要な課題は、「世界のアメリカ化」ではなく「アメ リカの世界化」であり、二一世紀を「アメリ
カ(帝国)の世紀」から「国連(世界政府) の世紀」にすることであろう。この点で、「ヨーロッパのドイツ化」ではなく「ドイ ツの
ヨーロッパ化」を実現させたEU(欧州連合)統合の経験が、アメリカを中心とする一国覇権秩序とは異なる、より有力な「も
う一つの世界秩序」の将来的なモデル となる可能性を提示している。
「帝国」に没落の兆し
ここまで触れたように、イラク「戦後」の「アメリカ帝国」には没落のさまざまな 兆しがあらわれている。
まず第一に、米欧の分裂とNATO(北大西洋条約機構)の機能不全だ。イラク戦 争で生じた米欧間の亀裂の修復はいま
もほとんど進んでおらず、NATO内部での対立はかなり深刻だ。そうした中で、独仏連携を中心にヨーロッパのアメリカ離れ
が加速されつつある。これは、単にイラク問題をめぐる対立・軋轢を超えた、冷戦以降の 世界秩序のあり方をめぐる理念の
根本的な対立から生じている。
アメリカは、イラク開戦にあたり、加盟国の合意形成を重視するやり方を破棄して 単独行動に踏み切った。これは、「NAT
Oに対する事実上の死亡宣告」(三浦元博著「『帝国』の幻影−大西洋同盟の挫折」=『世界』今年六月号)に等しいものだっ
た。アメリカの傲慢な対応は、既存の軍事同盟よりも、問題ごとの「有志国連合」を 重視する姿勢から鮮明になった。
しかし、こうしたアメリカの自国中心の構想・戦略は、同盟国に全面服従を強いる もので、その結果、アメリカへの不信感を
増幅させ、NATO自体の存続を危機に陥らせるにいたった。
次に、国際的な信頼・正当性の喪失と国際社会からの事実上孤立した点が挙げられ る。米英両国が主張したイラク攻撃の
最大の根拠であった大量破壊兵器の脅威が、実は操作された虚偽の情報であったことが明らかになるにつれ、アメリカは国
際社会の 信頼を急速に失いつつある。
国際社会で孤立深める
アメリカは、国連安保理での独仏などの反対に直面し、最終的にイラクへの武力行 使を容認する国連決議を欠いたまま、国
際的孤立状況の中で大義・正当性の全くないイラクへの攻撃を強行した。これは、アフガニスタンに続く「ブッシュ・ドクトリ ン」(
先制攻撃によって潜在的脅威となっている相手国の体制転換を実現させる予防 戦争戦略)の全面的実践であった。
しかし、米英両国のイラクへの「侵略戦争」については、イラク開戦前に世界的規 模で高揚した反戦・平和運動の中から米英
両国の「戦争犯罪」(劣化ウラン弾などの非人道的兵器の大量使用問題を含む)を告発する動きがすでに生まれている。
イラク「戦後」に、中東・アラブ諸国・地域ばかりでなく世界各地で見られる民 衆・市民レベルでの反米・嫌米感情の急速な高
まりも、アメリカの国際的な孤立の反映にほかならない。
さらに、アメリカ国内での景気の悪化と国際社会でのドル相場の下落が追い打ちを かけている。イラク戦争の戦費二〇〇億
ドル(●●円)強や毎月約四〇億ドルかかる 駐留費が重荷となり、アメリカの国家財政・経済状況を急速に悪化させているから
だ。アメリカ国内の経済状況は、IT(情報通信)バブル崩壊の後遺症から依然抜け出せず、史上最悪の貿易・財政両面での「
双子の赤字」となっており、今後のドル本 位制崩壊と世界同時デフレさえ懸念されている。
昨年の貿易収支は、四三五二億ドルと過去最大の赤字となった。今後一〇年間で三 五〇〇億ドル規模となる減税の実施や
国防関連費の増額で、本会計年度(昨年一〇月か ら一年間)の財政赤字は三〇〇〇億ドルを超える見通しだ。
また、経常収支の赤字も、今年は全体で五〇〇〇億ドル(名目GDPの約五%程 度)以上になることがほぼ確実な情勢だ。こ
うしたアメリカ経済を反映し、国際機軸通貨ドルの価値も徐々に落ちている。アラブ・中東諸国を中心に、ドルに代わって ユーロ
を石油取り引きの国際決済の通貨として扱うケースも見られる。実は、この動きを阻止することが、アメリカのイラク攻撃の主な
理由の一つであった!のだ。
最後に指摘したいのは、ブッシュ大統領への国民の支持率低下だ。アメリカ国内で は、イラク「占領」が長引くなかでイラク国
民から予想外の反発・抵抗を受けて米兵の死傷者が毎日のように出ている現状に対する不満のあらわれだ。
ギャラップの調査によれば、イラク「戦後」に現地の状況が泥沼化する中で行なわれた八月の世論調査では、ブッシュ再選を
望まないとする回答が四九%にのぼり、再選支持の四四%を上回った(『毎日新聞』八月二五日)。
ブッシュ政権は国民の支持をつなぎとめるために、「情報操作(終わりのない嘘)」と「偽りのテロとの戦い(終わりのない戦争)
」をこれまで通り続けざるを得ないところまで追い込まれている。
このような状況の中で注目されるのが、日本の動向である。これまで通りの米国追 随一辺倒を変えずに「新しい帝国秩序」の
中で「第二のイギリス」を目指していくのか、あるいは明確な理念・構想に基づいた主体的な外交政策を展開して国連を民主的
かつ平和的な「多元的世界秩序」に貢献するのか、が今日ほど重要な意味をもっていることはない。 しかし、日本政府は、これ
までアフガンに続いてイラクに対して行なわれた国際法違反の「侵略戦争」を終始一貫して支持し、米国主導の不当な「占領行
政」にも自衛隊を派遣して積極的に加担しようとしている。
(『週間金曜日(9・112周年特集)』2003年9月5日号に修正して掲載)