はじめに
T コソヴォ紛争の歴史的背景とその特徴
(1) コソヴォ問題の歴史的背景
−資料年表を参照− (2)武力紛争へのエスカレート @穏健派による独立運動の限界と急進派の台頭 ・デイトン和平合意におけるコソヴォ問題の位置付け ・EUによるユーゴの承認(96.4) →コソヴォ解放軍(KLA)の台頭 Aアルバニアからの大量の武器流入 Bゲルハード・米国駐ユーゴ特別大使の発言 (3)コソヴォ紛争の特徴 ・国内統治の正統性を欠いた「弱い国家(weak state)」で生じた内戦 ・内戦特有の特徴 犠牲者の大部分が民間人、大量の難民と国内避難民 ・隣国を巻き込んだ国際紛争に拡大する危険性のある内戦 cf.アルバニア、マケドニア、モンテネグロ、ギリシャ、トルコU 安全保障及び平和維持における国際機構 (1)国連による集団安全保障 @武力による威嚇又は武力の行使の禁止−国連憲章第2条第4項 ・包括的な性質の禁止であり、例外の余地を認めていない A国連憲章第2条4項の例外 ・国連憲章第51条の個別的自衛権と集団的自衛権 自衛権が認められるのは「武力攻撃」の場合のみ ・国連憲章第7章に基づく強制措置 憲章に規定された形での強制措置は実施されていない →実際には、安保理が加盟国の武力行使を許可する形で実施されている 国連が加盟国に武力行使を下請けにだす方式(subcontract) cf.湾岸多国籍軍 ・第53条の地域的取決・機関による強制行動 (2)国連平和維持活動の誕生と発展 @伝統的平和維持活動 cf.第一次国連緊急軍(UNEFT) A多機能型平和維持活動 cf.国連カンボジア暫定機構(UNTAC) B軍事的強制措置を伴った平和維持活動 cf.国連ソマリア活動(UNOSOMU)、国連保護軍(UNPROFOR) (3)国際機構としての国連の普遍性と優越性 ・国際社会のほとんどの国家が加盟国である ・国連憲章第103条の憲章義務の優先
※ 軍事的強制措置を発動する権限に関しては、国連が優越する
V コソヴォ紛争への国際社会の対応 (1)国連による紛争解決の試み ・安保理決議1160(98.3.31) 憲章第7章に言及しつつも、平和に対する脅威を明白に認定せずに武器禁輸を決定 ・安保理決議1199(98.9.23) 「安保理は、本決議と決議1160が要求する具体的措置が採られない場合、この地域にお ける平和及び安定の維持又は回復のために、更なる行動及び追加的措置を考慮すること を決定する」 ・安保理決議1203(98.10.24) 憲章第7章に言及し、OSCEと新ユーゴ政府との協定(10.15)、NATOと新ユーゴ政府との 協定(10.16)を歓迎 (2)OSCEによるコソヴォ検証団(KVM)の派遣 ・任務が多岐にわたる、野心的な試み ・実効性の問題 要員数が2000人と予定されていたにもかかわらず、実際には800人程度の規模で活動 (3)米英仏独伊露から成る連絡調整グループ ・安保理外での大国間協調 ・ランブイエ和平会議の開催 (4)G8の関与 (5)旧ユーゴ国際刑事裁判所 ・ミロシェヴィッチ大統領を「人道に対する罪」で起訴 (6)政府間・非政府の人道援助機関による人道援助活動 ・難民及び国内避難民への人道援助 (7)日本政府の対応 ・人道援助機関への支援 ・難民への緊急援助 ・アルバニア及びマケドニアへの無償資金協力
W NATO新戦略概念とコソヴォへの軍事介入 (1) 冷戦後NATOの変容 ・新戦略概念の採択(91.11) ・国連への協力 cf.ボスニアにおける空軍力の提供 ・独自の平和維持活動の実施 cf. ボスニアにおけるIFOR(和平実施軍)及びSFOR(和平安定化軍)の展開 ・東方拡大プロセスによる加盟国の増加 ・設立50周年と新戦略概念の改訂 「同盟の戦略概念(The Alliance's Strategic Concept)」(99.4)における「非5条事態へ の対応作戦(non-Article 5 crisis response operations)」
⇒大規模侵略型の紛争に備えた軍事同盟機構から、地域紛争等の多様で不確実な脅威へ対処す るためのの危機管理型の機構へ
(2)NATOによるユーゴ空爆の問題点 @国連憲章に違反する空爆 ・集団的自衛権の行使? ・国連安保理決議によって認められた活動? ANATO空爆は人道的介入論で正当化できるか? (i)一般的な人道的介入合法説 根拠−人道的介入は国連憲章第2条4項の例外 −人権保護は国際法の目的と一致 条件−人権、特に生命への危険が存在するか、急迫していること −その他の手段がなく、国連の行動も期待できない −人権保護以外の目的を持たない −目的と用いられる武力の均衡性 国家実行−自衛権の行使や在外自国民の保護等の正当化理由と共に行われた (ii)国連による人道的介入 大規模な人権侵害、難民の大量流出、国際人道法の重大な侵害等の人道的事項を「平 和に対する脅威」と認定し、軍事的強制措置を加盟国に許可 (iii)NATOの主張する人道的介入論 ・ユーゴ政府による安保理決議違反と和平案の拒否 ・深刻な人道的危機の存在 ・民主主義、人権、法の支配といった価値の擁護と欧州の不安定化の防止 →人道的介入を唯一の根拠とした武力行使
※しかし、人道を理由とした武力行使や介入が国際法的に認められている訳ではない −第2条4項は武力行使の包括的な禁止を意図 −不干渉原則は、友好関係宣言(1970年)や国際司法裁判所によるニカラグア事件判決(1986 年)でも確認
cf. 国際司法裁判所によるユーゴからの仮保全措置申請の却下 安保理における武力行使非難決議の否決
B国連安保理の迂回 ・安保理常任理事国自らが安保理での審議・手続を無視することの問題 →NATOは、中国とロシアの拒否権が存在しない安保理か? →安保理の正統性だけでなく、国連の正統性をも傷つける C冷戦後NATOの存在意義を証明するための軍事介入 ・NATOの東方拡大、NATO設立50周年、新戦略概念の改訂 「非5条事態への対応作戦」のデモンストレーション ・NATO主導による介入へのこだわり →コソヴォ紛争の解決よりもNATO側の都合が優先 →紛争解決に向けたロシアの協力を困難にした cf. 旧ユーゴスラヴィア解体におけるEC(欧州共同体)の国家承認政策 D中途半端な介入 ・空軍力に頼り、地上軍の派遣を最初から除外することの問題 →コソヴォのアルバニア人を保護するという「人道的」視点に欠けた介入 E甚大な人的・物的コスト ・NATOによる民間施設の爆撃と誤爆 ・空爆実施にあたっての目的と、用いられたいられた武力の程度が均衡しているか F新兵器の実験 G環境破壊 ・NATOによる劣化ウラン弾の使用 ・化学工場の破壊によって生じた水質汚染等の環境破壊 おわりに 〈コソヴォ和平の今後の課題〉 (1)コソヴォにおける民主的自治政府の設立 ・アルバニア人内部における急進派の勢力を抑え、穏健派の勢力をどの程度まで伸長できるか ・コソヴォにおけるセルビア人の保護 (2)平和構築における国際社会の長期にわたる支援の必要性 安保理決議1244(99.6.10)に基づく国連コソヴォ暫定行政支援団(UNMIK)とNATO主導の平和維持 活動(KFOR) 〈国連とNATOの関係〉 (1) 国連は安全保障・平和維持に無力か 予防外交、平和創造、平和維持、平和構築における機能強化により、強制的軍事活動を発動 する機会を最小限にすることが課題 (2)国連とNATOとの相互協力 @機構文化の違い NATO;軍事的なクレディビリティーを優先 A国連による厳格な政治的・法的コントロールをNATO側が受け入れることが不可欠 B武力行使に関するアカウンタビリティーの要請 〈内戦防止のための予防外交〉 一国内における貧困や飢餓及び大規模な人権侵害、国内統治の在り方等の問題を、安全保障の 問題としてどの程度まで国際社会のアジェンダとして取り上げることが可能か →「人間の安全保障」への視点 →国内における弱者のニーズを充足する形での内政不干渉原則の再考