ふじやと・くさぶえの道緑道
(歩行日―2002/4/24)
あずみ野駅(田園都市線)→センター北駅(市営地下鉄3号線)→大塚・歳勝土(さいかちど)遺跡→山田神社→ふじやとの道→山田富士公園→くさぶえの道→徳生公園→牛久保公園→山崎公園→烏山公園→中川駅(市営地下鉄3号線)(約12.5キロ)

あずみ野駅から市営地下鉄3号線に乗り、
センター北駅下車。横浜市歴史博物館の立派な建物脇を進み、前方に広がる緑へと向かう。国指定の大塚・歳勝土(さいかちど)遺跡公園である。約2000年前(弥生中期)の人々のムラ(大塚)とその墓地(歳勝土)を中心とした遺跡である。
坂を登っていくと、子供達の声。駆け下りてくる。頂上には、何校もの小学生、中学生が、校外授業なのか。高床式の倉庫の前での説明を、一緒に受ける。
竪穴式住居の向こうに見える、観覧車が不思議な光景である。
公園の一角に、都筑民家園、旧長沢家住宅がある。なんとも立派な民家である。岡本や次太夫堀民家園と比べても、この長沢家の大きさは群を抜いている。長沢家を過ぎ、竹林の中を進むが、道が今ひとつ確かではない。丁度通りがかった人に尋ねるが、どうも違うようである。もう一度道を戻り、係りの人に尋ねる元に戻れと言う。結局、公園入口に戻り、一般道を行く。
車の通りが多く、少し脇道を行く。地図を片手に、探しながら行く。この辺りには竹林が多く、公園内にもたくさん筍が出ていた。フキもたくさんでている。欲しいが我慢、道を進む。坂を登り、進むと、何のことはない、先ほど、係りの人に道を聞いたところである。グルッと廻ってしまった。
ふじやとの道緑道に何とかでることが出来、住宅街の中を進む緑道を進む。ふじやとの道は徳生公園の方に進むが、我々は反対の道を進む。すぐに緑道は終わり、また一般道。車もあまり通らない。ここは港北ニュータウンに入らないのか、古くからの民家が多い。
中原街道とぶつかる所に鳥居。山田神社である。見上げるとずっと階段、別の道は車も多そうなので、
頑張って登る。この辺りの鎮守の森、鬱蒼と木々の茂る、古い神社である。そこに上がる階段もまた古めかしい。お参りをし、境内で遅い昼食。暑い日に、木々をわたる風が心地よい。鳥の声がし、なんとも静かな佇まい。
神社から裏道を緑道へと下りる。住宅外の花々に誘われるように、暫く進み、緑道へと歩を進める。ふじやとの道である。木々はまだ小さく、木陰を作らず、また、花も少ない。彩りの少ない道であるが、土の道が心地よい。あとは、分かれ道ごとにある案内図を見ながら進む。
暫く進むと右側に山田富士公園。山田富士が見える、とあるが、どれなのか。鬱蒼と茂る小山を登ってみる。人もあまり通らない道には、藤の花が散り始めている。その藤の花は木を巻き登り、はるか上のほう。
頂上を進むと、あった、山田富士。富士信仰の富士塚である。土まんじゅうのような富士塚、グルッと廻って頂上へ。富士信仰の頃のこの富士塚は、一番高いところであったろうが、この頂上よりもニュータウンのマンションははるかに高い。
緑道へ下りる道はたくさんの桜である。桜咲く頃は、山の側面はピンクに染まることであろう。
緑道をなおも進むと、急に開け、徳生公園。そこにある池には、人々が集う。池をグルッと廻って、振り返ると、そこはまた聳えるマンション。住民にとっては、この池のある徳生公園は、オアシスであろう。

緑道沿いには、せせらぎが顔を出す。その音を立てて流れるせせらぎ沿いに進む。この緑道は、草花が極めて少ない。時折出会うウツギが緑の中に彩りを添える。
牛久保公園を過ぎると、せせらぎで遊ぶ子供達の姿。聞いてみるとザリガニを捕っているという。その熱心な様は、なんとも嬉しい図である。糸に
スルメを結び付け、葦の中に住むザリガニをバケツに一杯捕っている。帰りには、放して帰るという。
牛久保公園からの道には、ハクウンボクなど白い花木が並木を作る。午後の日に、白さが際だつ。
緑道を山崎公園へと進む。これまでの公園、緑道と異なり、こ
こは藤の花、そしてツツジが鮮やかである。その中の池では、釣りをする大人と子供。ブルーギルを釣ったと子供が見せてくれた。つり大会の張り紙もある。運動場、プールを回る緑道を進み、鬱蒼とした森
の中へ。案内図を見過ごし、もう一度戻る。
緑道も車道にぶつかるところで終わり、その道を進んで、烏山公園へ。ここも小山、登ってみることにする。頂上からは何も見えない、降りる途中で、ランだろうか、黄色い花を見つける。保護をしていると、立て札もある。
小山の上り下りも多く、また気温も上がり、少々疲れたので、あざみ野駅まで歩くの早めにし、中川駅に出る。今日はこれでお終い。