羽村堰・多摩川
(歩行日ー2003/5/10)

牛浜駅(JR青梅線)→玉川上水緑道→加美上水公園→玉川上水緑道→羽村市郷土博物館→旧下田家住宅→羽村取水堰→水神社→一峰寺→阿蘇神社→多摩川→河辺駅(JR青梅線)(約14キロ)

玉川上水は、昨年羽村堰まで踏破し、ここは、二度目。玉川上水緑道の最後の部分から、少し多摩川を、遡ってみよう。

牛浜駅スタート。住宅街を通り抜け、新奥多摩街道を越え、玉川上水へ。残念ながら暫くは川沿いに歩くことは出来ない。奥多摩街道沿いの歩道を歩く。

途中、中福生公園に立ち寄る。丁度アヤメが盛りと咲き誇る。木道を配し、風情申し分なし。もう少し広ければ、と思うのは、私だけだろうか。

奥多摩街道は、途中から玉川上水沿いに走る。歩道は、上水と反対側。上水沿いには歩くことが出来ない。また、街道は交通量が激しく、大型車も多いので、狭い歩道は、少々心細い。交番を目印に上水を渡り、左側を歩く。

上水沿いの道は、舗装の広い道から、段々と狭くなり、砂利道の緑道となる。喧騒の奥多摩街道から、一挙に山奥に来た感、水の音、鳥の声に心慰められる。クヌギ・コナラなどが茂り、上水も静まり返る。木漏れ日に、川面がきらきらと輝き、水は、清く澄んでいる。心まで爽やかになるよう!

暫く進むと、左側に雑木林の加美上水公園と出会う。鬱蒼と茂る公園内には、遊歩道も作られているようだが、一人では心細いので、上水沿いの緑道を歩く。途中、なんと鶏の鳴く声が。そして、10羽近くの鶏、一際大きい雄鶏の立派な事!

公園を過ぎると、大木の桜並木が続く。道も広くなる。段丘を示すように、奥多摩街道は上のほうを走る。時折聞こえる、車の音。こちらは、人も通らない、静かな道、左を眺めると、木々の間からは、多摩丘陵の山々が遥かに霞んで見え隠れする。

桜並木が終わる所が、羽村取水堰。その前に、人・自転車専用の羽村下橋を渡り、対岸に渡る。対岸を眺めると、新緑と見間違うように、白い花を一杯につけたニセアカシアが河川敷一杯に植わっている。その甘い香りに誘われるように、橋を渡り、対岸を羽村市郷土博物館へと歩く。

ニセアカシアの茂る河川敷は、鳥の楽園。そこここで鳥の声が!キジのような声までもする。バードウォッチングの人の姿も。10分ほど歩くと、郷土博物館。玉川上水の仕組みと歴史、羽村の生活史、羽村生まれの中里介山に関する資料などが展示されている。博物館の裏には、旧下田家住居が復元されている。次太夫堀公園や岡本民家園の住居よりも小さいようである。だが、この住居には、入り口横に行水場が設けられ、すのこの敷かれた行水場の下には、水を受ける桶が埋め込まれ、水を無駄にしなかった先人の知恵に感心。外側からは、雪隠と思われたが、雪隠・風呂場は別棟と言う。

庭には、中里介山ゆかりの赤門が移築されている。大菩薩峠の著者、中里介山は羽村市の生まれ、新聞に「大菩薩峠」を連載するも、未完に終わっている。この赤門は、徳川幕府に仕えていた眼科医鈴木家の門を、昭和10年に介山が譲り受けた物。江戸中期の創建と言われ、本郷にある赤門にも匹敵すると、介山は自慢していたと言う。

またニセアカシアの茂る河原を眺め、土手道を戻る。土曜日とて、家族連れの姿が多く見られ、河川敷では、バーベキューが何軒も。橋を戻り、羽村取水堰へ。この堰は、多摩川上流から切り出す青梅材を江戸に搬出する筏乗りにとって、羽村堰は最大の難所だったと言う。堰の筏通し塚、と相対するように、玉川兄弟の像が立っている。

取水堰から玉川上水が分水されている。丁度つつじが両側に咲く上水は、澄んだ水を満々と湛え、静かに流れていく。

上水から階段を上がり、新奥多摩街道へ。街道沿いに少し進むと、右側に、水神社がある。玉川上水が完成した時に水神宮として祭られたもの。交通量が激しく、近くには行けず、道を挟んでのお参り。

水神社を過ぎ、川ぞいに道をとる。土手の道、右側には親水公園、左側には、レクリエーション公園が作られている。右手に、田んぼが見える。ちょっと回り道。

田んぼの中に、傘を被った説明板が見える。近寄ってみると、大賀ハスを植栽していると言う。残念ながら、花が見られるのは、7月から8月にかけて。この辺りは、北側の段丘から湧き出す水と南に面して広がる、白木と呼ばれる低地。羽村市内唯一の水田で、チューリップ・睡蓮などの植栽が盛んに行われている。田んぼの一角には、ハマナスまで!

田んぼから、お寺の楼門が見える。一峰寺、鐘楼門である。この鐘楼門は1800年頃の建立で、江戸時代の典型的な入母屋造りの建物である。前面の松が少々邪魔なのだが・・・僅かに見えるお寺の鐘。

門前から、多摩川のほうへと向かう。土手に、突如として鳥居が洗われる。阿蘇神社南参道、とある。神社は、先のほうらしく、何も見えない。参道を進む。参道は、土手の道、河原には、木々が茂り、ピクニックの家族連れが、幾組みも。
人々の向こう側には、多摩川が流れる。

暫く行くと、阿蘇神社へ登る階段。阿蘇神社は平将門の勧請と伝えられる古社。度々改築・修理が行われ、現存の本堂は、十七世紀の物とされる。撮るな、と聞こえたのは、空耳か。

神社から土手道に戻らなかったために、住宅街を回り道となる。ぐるっと回って、やっと河原に下りる急な階段を発見。だが、少し河原を歩いただけで、また回り道。多摩川も上流に行くと、河原歩きも難しいようである。

ぐるっと回って、たどり着いた多摩川沿いの道。山々は煙り、吹く風も心なしか冷たいようである。川ぞいの競技場では、サッカーに興じる人々、そして川遊びをする人、釣りをする人など、思い思いに休日を楽しんでいるよう。

土手道が終わりになったので、河辺駅へと北へ向かう。ここでも、段丘である。多摩川は段丘の狭間を流れる。駅へと出るには、その段丘を登らざるを得ない。ジグザグと坂を登り、道を進む。線路沿いに、暫く行くと、そこが河辺駅。今日はこれでお終い。