鎌倉・吉屋信子邸
(2001/11/2)


藤沢→(江ノ電)→長谷駅→長谷寺→光則寺→吉屋信子邸→和田塚駅→(江ノ電)→鎌倉→(横須賀線)→北鎌倉→円覚寺→北鎌倉→鎌倉→藤沢(約4キロ)



吉屋信子邸が公開されるのに合わせて鎌倉探訪。

藤沢から例によって江ノ電。これに乗ると旅が始まるような気がする。

七里ガ浜辺りまで来ると海が見える。今日の海は凪いで、珍しくサーファーもいない。少々寂しい気もする。













長谷寺。残念ながら今日は花が少ない。ツワブキ、キクが少々。門前には椨(たぶ)の大木が何本かある。

長谷観音、阿弥陀さまをお参りする。ここには、双葉山、常の花が寄贈の石がある。丈夫石とある。

長谷寺から、光則寺に廻る。87歳の老師から、日蓮上人、日郎上人のお話を伺う。山の上に上ると、日郎上人がお篭りをした洞窟、「土の籠」がある。

このお寺は、梅の古木が多い。門前の梅は300年との事。咲くのが精一杯で、実はならない由。カイドウの狂い咲きが一輪、大木の上に。大賀ハスも咲くという。

鎌倉文学館への道を行く。今日は寄らない。文学館への一本前の道を右に入る。その狭い道を行くと、吉屋信子邸がある。

吉屋信子、「女人平家」「徳川の夫人たち」などの作品で知られる女流作家である。この吉屋信子邸は吉田茂邸などを設計した、吉田五十八氏の設計になる。昭和37年築。

塀が素晴らしい。南側に一枚板の腰板塀が、トキ色の塗り壁との対照がなんとも言えず、心憎い。館名碑は里見ク氏の揮毫(きごう)。

簡素を第一としたとの事であるが、設計が吉田五十八氏である。そこここに、贅を凝らしてある。柱は全部、杉材、そして角つぶし。扉はケヤキの一枚板。床框も、少し上がって作られ、またもや見事なけやき。そして玄関の凝ったつくり。

北側にしつらえられた書斎には特注と思われる大きな机。窓が広く開けられ、天窓からも明りが来るようになされ、北の庭を見ながらの執筆であったろうか。

庭には築山が造られ、東屋が設けられている。そこには木々が茂り、見事な石組みとともに、水も流れていたのであろうか。

今も住いとして使われているためか、空気が温かい。人の温もりを感じる家である。吉田五十八氏設計のソファに座って、いつまでも居たいような・・・

吉屋邸から江ノ電、和田塚駅へとでる。鎌倉駅デ、横須賀線に乗り換え、北鎌倉へ。

円覚寺、年に一度の虫干しをかねての公開である。雪舟、応挙、夢想国師など重要文化財が並べられ、目を奪われる。

国宝、舎利殿のなんともいえない姿のよさ、庵の点在する境内を歩き、山に囲まれた円覚寺の静けさに心洗われる思い。

北鎌倉からまた横須賀線で鎌倉へ。そして江ノ電で藤沢に向かう。車内は鎌倉散策を終えたおばさん族で一杯。我々をも乗せ、江ノ電はキーコーと行く。

次は、鎌倉のどこへ行こうか?