国分寺崖線
(歩行日ー2001/11/28)

西国分寺駅→鎌倉街道→黒鐘公園→国分寺→お鷹の道→真姿の池→お鷹の道→殿ヶ谷戸庭園→はけの道→滄浪泉園→野川公園→野川緑道→柴崎駅(18キロ)

西国分寺駅から出発である。南へ進むと、西国分寺団地の中の、ケヤキ茂り、山茶花の咲く、静かな散歩道である。

しばらく進むと、小さな武蔵野台史跡公園。片隅には縄文時代の竪穴式住居跡が展示されてある。

その先には鎌倉街道の切り通し。14世紀に新田義貞が鎌倉へと攻め上がった鎌倉古道である。車両禁止で保存されている。古道は短いが、辺り一帯は雑木が茂り、秋色の風情のある道である。

道の終わりには黒鐘公園。桜の大木が葉を落とし、「冬来たりなば、春遠からじ」蕾を用意している。武蔵野の雑木林の公園は、木漏れ日で明るく、落ち葉を踏みしめて、小山を登り、下る。

武蔵野線を挟んで、武蔵国分尼寺跡、国分寺跡がある。礎石のみが残る国分寺跡を横切り、国分寺薬師堂、万葉植物園へと向かう。境内に万葉集に登場する、植物を収集、栽培、植物名、万葉歌を示した立て札がたくさん。

植物園を出ると、お鷹の道。江戸時代に、将軍がお鷹狩りの際に通ったことから名づけられた小道には、水の澄んだせせらぎが流れ、点在する農家の古い門や屋敷林に、往時が偲ばれる。

真姿の池には弁財天が祭られ、池の水はあくまで澄んでいる。「はけ」と呼ばれる国分寺崖線からの湧水が多く、ペットボトルを持って組にきている人もいる。「生水では飲まぬこと」の立て札も。「全国名水百選」にも選ばれている。

せせらぎ沿いに、竹林を見、紅葉を眺め、樹木に覆われるお鷹の道は、静かさに満ち満ちている。

せせらぎ沿いを追いかけ、道に迷ってしまった。尋ねた人が、また違うところを教えてくれ、中央線近くまで行ってしまった。

殿ヶ谷戸庭園。満鉄総裁だった江口定條の屋敷を昭和4年、三菱の岩崎弥太氏が再整備した。崖線の地形、水を利用した、見事な庭園となっており、丁度紅葉で賑わっていた。名(?)カメラマンがの多いこと!

殿ヶ谷戸沿いの道を南に下り、はけの道へ。崖線は昔は雑木林で静かさに満ちていたと思われるが、開発が進み、家々がひしめくようにその斜面に建てられている。急な階段で上り下りをするのは、大変なこと。家々を眺めながら進む。

貫井神社を過ぎ、崖線の急斜面を登ると、滄浪泉園。この泉園は、明治・大正期に活躍した波多野古渓が、はけとその湧水を匠に取り入れて作った庭園を持つ別荘として利用されたものである。鬱蒼と茂る、自然実豊かな、この泉園には、今尚豊かな湧水で、水温は常時、16度とのこと。あふれ出る湧水は、野川へと流れ込む。野鳥も多く、また、ギンラン、キンランなど野草も数多く残っているとのこと。

崖線を下り、住宅街を抜けて、野川へと出る。前回よりもずっと上流。野川の源流は、現在は日立の研究所の中、中央線の反対側にある。

前回よりも、水量が多いように思われる。ススキの穂が出て、何とも趣のある、野川である。両側には、枝垂桜。その頃にもまたきたいものである。

野川沿いには緑道として整備された道があり、その下の川の土手も、ずっと歩くことができる。草を刈ったあとらしく、水面も見え、鴨がたくさんついばんでいる。

しばらく行くと、野川公園に出る。国分寺崖線が一番良く見られるところ。春の新緑を楽しみ、今度は、崖線の雑木林の紅葉。夕日に映え、何ともいえない雰囲気をかもし出す。東八道路を挟んで、広がる野川公園。柳も冬の支度を始めている。

その中を犬を連れた人、ジョギングをする人、散歩をする人など、武蔵野の地を楽しんでいる。羨ましい限りである。

音を立てて流れる野川沿いに、明るさを増す月とともに、しばらく下ることにする。川沿いの道は空が大きく開け、左側には、崖線に緑が連なる。その崖線も大分開発が進む。

つるべ落としの日に、野川を下るうちに、日はとっぷりと暮れ、甲州街道を過ぎ、柴崎駅に着いたのは、五時半ちょうど。今回はこれでお終い。