神代植物園・中仙川遊歩道
(歩行日・205/11/2)

成城学園前→(バス)→千歳烏山→(京王線)→つつじヶ丘→(バス)→神代植物園→仲仙川遊歩道→野川→成城学園前(約11キロ)

久し振りのウォーキングである。深大寺植物園の秋のバラが綺麗と聞き、また気になっていた遊歩道を探しに歩く。

久し振りに天気に恵まれた神代植物園、入園券を買う行列。やはり中高年が目立つ。入り口を入った途端に目に入る菊花展。見事な鉢が並んでいる。そして勿論カメラマンも沢山。







人の波に釣られて歩くと、バラ園。朝方の冷えの為か、花びらも少々傷んでおり、秋のバラも終わりかと諦め・・・いや、奥の方には、綺麗なのが沢山残っている。秋の日を浴びて、黄色、赤、白などのバラが咲き誇っている。

花を愛で、香りを楽しみ、バラを堪能して、持ってきたお弁当を広げ、しばし休息。暑いくらいの秋の日差しも、木陰に入ると上着が必要なほど、爽やかである。三脚を広げた中高年の男性の姿が目立つ。絵を描いている人もちらほらと見える。

バラ園から深大寺門へと向かう。深大寺、前回来た時は修復中で、全容を見たのは初めてである。お参りをし、水生植物園へと向かう。深大寺とバス通りを挟んで、水生植物園があり、その奥に、深大寺城址があると、案内図にある。初耳である。

深大寺城は、天文6年(1537年)3月扇谷上杉朝定が北条氏綱に奪われた江戸城脱会など退勢挽回を目指して古城を再築したものの、その効果を発揮することなく同年7月に廃城となった、とある。現在は、腰郭、土塁、空堀などが残っている。

水生植物園を入り、右上の小道を進むと、腰郭と見られる平地、その奥には、土塁・空堀が大木の向こうに見ることができる。国分寺崖線の高見に建てられていたこの城からは、眼下に野川が見られ、また現在の水生植物園となっている湿地帯と、見渡せた事が伺える。その湿地帯には、現在も田んぼが作られ、刈られた稲が干されており、風情を見せる。

水生植物園を後にし、バス通りの坂道を登り、道を渡り、右折、中央道直前左にある階段を登り進むと、「雑木林のこみち」砂利が敷いてあるとは言え、土の道。通る人影も無い静かな道である。が、直ぐそばを走る中央道の騒音は、凄まじいものである。階段を下ると、せせらぎが流れている。そして又階段を上り、道なりに進む。中央道際の道を進み、右折、中央道上の道を渡り、左折。中央道沿いに、暫く進む。明治大学島岡球場角のバス通りを過ぎ、次の道を左折、道沿いに進む。住宅街を暫く進むと突き当たるので、左折、すぐの道を右折進む。畑に突き当たるので左折、畑を廻るように直ぐに右折。畑の端に、突如現れた、中仙川遊歩道、今日はここを進む。

彼岸・お盆への多磨墓地への墓参りの途中、目にしていた中仙川遊歩道の文字。やっと見つけたのである。大部分が調布市を流れる中仙川、多摩川の支流であり、調布市入間町(いりまちょう)での側に合流する。上流部分は暗渠となり、遊歩道が整備されている。

遊歩道は、住宅街をうねうねと進む。木々の植えられている所もあるが、変化の無い、少々面白みにかける道である。そして、所々に立つ「中仙川遊歩道」の看板。これならば、道に迷うことも無い。

中仙川遊歩道は、甲州街道・調布市東入間川一丁目で、突如姿を消す。そして中仙川は、「いるまがわ(入間川)」と名を替え、細い流れを地表に現す。







入間川沿いには道は無く、甲州街道を渡り、京王線つつじヶ丘駅方面へと南下する。京王線の踏切を渡り、なおも、南下。道なりに進む。住宅街を進む道は、中仙川遊歩道よりも緑も多く、武蔵野の大木のケヤキも所々に見ることができる。途中の農家でカラスウリを見つけるものの、高く、また人の家、泣く泣く諦める。

調布市入間町二丁目のバス通りを渡り、入間川沿いの道を進むが、また道沿いの道は途切れる。右折し、野川へと出る。雨の多かった秋のためか、何時になく水量も多く、水音が、少々暑い日差しに、心地よく響く。野川遊歩道を進み、成城町へと入る。国分寺崖線の上に位置する成城の町、崖線上の道を進み、成城学園前駅へ。今日はこれでお終い。