野火止用水緑道・本多緑道
(歩行日ー2002/11/27)

清瀬駅(西武池袋線)→野火止用水緑道→本多緑道→平林寺→野火止緑道→遊歩道→志木駅(東武東上線)
(約13キロ)
































平林寺ー臨済禅寺の古刹
いまから約600年前、岩槻(埼玉県)に岩槻城主太田道真(道灌の父)が創建。
その後、江戸前期に川越城主・松平伊豆守信綱・輝綱父子によって、現在の埼玉県新座市野火止の地に移された。
松平信綱を始め松平家代々の菩提寺。
約三万坪を有し、天然記念物の雑木林など、武蔵野の面影を色濃く残す。

野火止用水ー江戸時代初期(1655年)川越藩主松平信綱は、野火止台地の開発に伴い、生活・灌漑用水を確保するために、玉川上水から3割の分水を許され、野火止用水を開削。
現在の東京都小平市から、平林寺を経て、埼玉県志木市の新河岸川に至る。全長25キロ。

野火止用水の二回目、今回は、清瀬駅から、平林寺を経て志木駅へと歩く。

清瀬駅下車。南口に出て、正面右側の道を進む。途中から斜めにまっすぐ進むと、野火止用水の流れる水道道路に出る。野火止用水は、車の往来の激しい水道道路の右側に、せせらぎとなって流れる。緑道は時には用水を挟んで、時には用水と道路の間に、整備され、進む。清瀬駅までの用水には、両岸に雑木が、大木となり、木陰を作っていたが、水道道路沿いの用水は、まだ小さいモミジが、木陰を作るほど大きくない。その用水には、やはり鯉がたくさん。

水道道路は、交通量が多く、時には話し声が聞こえないくらい。緑道が整備されている事が幸い。小金井街道を歩くときの怖さはない。用水の水は、変わらず、綺麗に澄む。匂いはさほど感じられない。

しばらく進むと、西武池袋線の踏み切り。踏切を越えて尚も進む。回りには、畑が顔を出し、遠くには雑木林が見える。やはりここは武蔵野。快晴の元、心浮き立つ思い。足取りも軽く、進む。

30分くらい進むと、用水は水道道路と別れる。そこは、野火止史跡公園。用水も、本流、平林寺へと流れる平林寺掘と別れる。平林寺掘は雑木林の茂る野火止史跡公園の中、更に小さな流れとなって進む。我々はフェンスもない本流沿いに進む。周りは畑が増え、遠く雑木林を臨みながら、長閑な田園の中を進む。

雑木林が始まる頃に、本多緑道が始まる。桜並木と雑木林が続く緑道。落ち葉を踏みしめながら、木漏れ日を浴び、進む。雑木林のトンネルの本多緑道は、新座市の総合体育館を過ぎ、産業道路に突き当たって終わる。右に回りこみ、二つ目の信号を渡り、関越道の上を越える。野火止用水も、また、関越道の上を進む。

関越道を渡ってすぐ左側、用水沿いに、短い緑道が始まる。緑道沿いの無人販売所で柿を買う。緑道を抜けると、平林寺横の陣屋どおり。交通量はやはり多い。車を避けながら、平林寺のモミジを愛でながら進む。

平林寺の総門を入ると、運慶作の仁王像を配した山門。萱葺きの何とも素晴らしい門。お天気も良い事もあり、三脚片手のカメラマンの多い事。

紅葉は、少々過ぎ加減。古木は散り、茶色の落ち葉で足元を埋める。赤い絨毯は、今年は望めないらしい。それでも、進むにつれ、モミジが顔を出し、人々が群れている。緑の中、ひときわ紅葉が映える。



赤いもみじに群れるカメラマンから離れて、地面に這いつくばるおじさん。見ると、低い楚々としたもみじを撮るところ。日差しやら、問題ありと、しばらくおしゃべり。デジカメでの撮り方を教えてもらう、が、???ゴメンナサイ、おじさん!

境内の紅葉を愛でながら一周。まだまだモミジは、見頃である!(平林寺・参照

バスを待つ人を尻目に、平林寺の周りをまわり、平林寺裏の伊豆殿掘へ。用水沿いには、野火止緑道。伊豆殿堀はせせらぎ、平林寺の雑木林の下、深く流れる。

右側は国の天然記念物に指定されている平林寺の雑木林、そして左側は、畑が広がる。雑木林は紅葉し、午後の日を浴びて、黄金色に輝く。緑道の土の道は、足に、心地よく、疲れも感じない。何とも長閑な道である。

野火止緑道は、川越街道で終わる。だが、その向こうには、遊歩道が更に続く。野火止用水沿いには、看板は多く見られたが、同じものばかり、個々のものは殆どない。緑道の始まりも、終わりも不明である。もう少し、案内図が欲しいもの。この遊歩道も、名前も見当たらない。

遊歩道は、畑の中、そして、工場・住宅街を進む。野火止の緑道と比べて、趣を異にする。蛇崩川緑道の三軒茶屋裏のような感じである。それでも、車の往来もなく、排気ガスに悩まされる事もなく、まっすぐに進む幸せ。

遊歩道は、志木駅の傍まで続く。志木街道に出て、少し行けば、そこはもう、東武東上線の志木駅。今日はこれでお終い!