2001春 大・仏蘭西物語編
(その12)





 やっとバスは今日の宿泊地ストラスブールに着く。
 高速からストラスブールの市内に入る時には、
 古い列車がぽつんと置かれてあり、
 「あれがTGVの第1号なんですよ」と添乗員Nさん。
 1号があんなに雨ざらし野ざらしになっていて
 いいのかなあ、などとちょっと思いつつ、
 カメラのシャッターを押す。

 「すぐそこにはライン河が流れてまして、そこを渡るとドイツなんですよ。」と
 Nさん。さらに「今日のおまけで、ライン河を渡ってドイツに行きましょう!」
 と言うではないか!やったー!ドイツにも行ける(バスからは降りれないん
 だろうけど)!と私たちは大喜び。バスは市内を抜け、たぷたぷに水を含んだ
 大きなライン河を渡る。昔はもちろん国境の検問所があったのだが、
 今はEUになったので、スルーで通れる。以前検問所があった所はさびれた
 事務所後のような感じになっていた。バスは国境を越えてケールの街に入り、
 うきうきしながら、「ドイツらしいものはないかねー。ウムラウト、ウムラウトー」
 と探す私。

 ケール(青汁のようだ)の街は、何となくフランス
 よりもかっちりしている印象がある。そのうちに、
 バスはフランスに向けて戻ろうと横道に入った、
 のだが、そこがものすごく細い道!これはバスは
 絶対行けないよー、と思ったらパトカーが
 やってきて(多分ドイツのパトカーだと思うんだけど、
 フランスのナンバーがついているような気が・・
 しかし車はベンツ)「きゃー、ドイツのパトカーよ!」
 と喜ぶ間もなく「ここは行けないよ」との指図。

 仕方なくバスはUターンをするのだが、前述の通り細い道、しかも道路の
 両端には車が止まっている。「これって無事に出られるの?」と思って、
 日本のバスガイドのように笛を吹いて誘導してあげたい気持ちで見ていた
 のだが、そこはさすがプロの運転手ドミニク(フランスっぽい名前だよね)、
 案内なしで見事にどの車に当てることもなくUターンした。成功した瞬間、
 バスの中が大拍手!!になったことでも、どんなに大変な道だったかが
 分かる。かなりスリリングな時間であった。

 

 バスは無事、ライン河をまた渡り、フランスへ戻る。
 その国境の橋「PONT DE L'EUROPE」のすぐそばに、今夜の宿、
 「メルキュール ポント デ ヨーロッパ」がある。ゲートを抜けて入った奥には
 「ここって・・寮?」と思わせられるような、2階建てのグレーの建物。
 「ついに来たか!シャワーのみのお部屋・・」とふと横を見ると、ロシア辺りから
 来たのか、ロシア文字っぽいものの書いたバスがあり、「広いわ、ヨーロッパ」
 とつくづく思う。

 建物の中に入り、説明を受けてお部屋へ。1階の部屋だったのだが、
 案外廊下は外から見るよりは随分とキレイで、一安心。部屋もそこそこ
 キレイで、少し狭い(スーツケースが2つ広げられない)のだが、バスタブも
 ちゃんとあった。
 一休みして、ホテルのレストランへ夕食を取りに行く。夕食は鮭かマス
 (だったと思うんだけど、うろ覚え)をリースリング(ワインの種類、アルザスで
 取れるブドウを使っているので、その名前がついている)で煮込んだもの
 なので、もちろんワインもリースリングを頼んだ。出てきたものはクリーム系の
 ソースがかかっていて、かなり食べやすい。
 みんな「これが今までで一番美味しいかも」とか言っていた。

 夕食を終え、早々に部屋へ戻る。どうも今日はフランスのサッカーの決勝戦が
 あるらしく、TVではその中継をしていた。その決勝はストラスブールVS
 アミアンだそうで、「今日ストラスブールが優勝したら、夜中は街中すごい
 でしょうねえ」(Nさん)とのことだったので、早速見る。途中でNARUが
 「チラベルトだ!」と言っていた(ストラスブールチームのキーパーのようだ)が、
 私はサッカーが全然分からないので、誰のことだか分からなかった。
 私は風呂から出てから早々に寝たのだが、その後、夜中までフランス版
 「クイズミリオネア」を見ていたNARUによると、「クラクションの音とか
 聞こえてきたよー」とのことだった。ちなみにフランスの「クイズミリオネア」は
 「司会者は、みのもんたみたいにねちっこくなかった」(NARU談)らしい。


                           10 

11  12  13  14  15  16  17  18  19  20

21  22  23  24  25  26  27  28  29  30