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5月24日 モーニングコールは7時。身体は疲れているのだが、時差ぼけの関係か、 案外すっきりした目覚めだ。8時にみんなで朝食を取るため、ロビーへ降り、 レストランへ。朝食は話には聞いていたが、パンにジュースにカフェオレ (または紅茶)だけで、それぞれの皿に小さなフランスパンと丸いパンが 乗っているのみ。テーブルの真ん中には、ジャムにバター。 ジュースはオレンジかグレープフルーツ。カフェオレは、ホットコーヒーと ミルクがそれぞれ別々のポットに入っていて、それを自分の好みでブレンドする らしい。「こちらの人はカフェオレは朝しか飲みません」と添乗員Nさん。 小さなフランスパンは固めで、ちぎるのに苦労する。食べてみると・・別に それほどでもない味。うーん、ウチの近くのパン屋の方が美味しいかもと思ったり する。さらにNさんが、「現地の人はフランスパンを縦に長く切って、そこに バターやジャムを塗って食べてます」と言うので、早速NARUが挑戦したの だが、果たして食べやすいのだろうか?ちょっと疑問。簡単な朝食を終え、 今日のスケジュールなどを確認して部屋へ戻り、準備をして今日の観光へ出発。 大きなバスが待っていた。 ![]() ![]() ![]()
バスに乗り込み、まずはフルヴィエールの丘に向かう。細くてくねくねした道を、 バスは器用に登って行く。車窓から見たリヨンは、古い石の街、という印象。 街の所々で可愛いディスプレイをしたお店やら、おしゃれな花屋さんやら、 果物が箱ごと並べられている八百屋さんとか、何せ外国の街らしいものがたくさん あり、「ここは外国なのねー」と段々実感が沸いてきた。今日は金髪ロン毛の 小室哲哉って感じのニコラさんが、「・・・が見えますので、ご覧してください」 と不思議な日本語でガイドをしてくれる。
さて、バスはフルヴィエールの丘に到着。フルヴィエール寺院の横を通り、 展望台からリヨンの街を一望する。少しかすんでいる街はそれでもとても広く、 たくさんの人の生活を感じさせる。来る前に、「週刊地球旅行」という本で見た 景色と同じ景色が、目の前に実際広がっていた。本ではイタリア国境の山、 モンブランまでも眺められる、とあったのだが、今日はどうも見られない ようだった。 「じゃあ、トイレに行きたい方はご案内します」とのことで、近くのお土産屋 さんの奥にあるトイレに数人で行く。私が最後に入ると、個室は満室のようで、 ドアもすべて閉まっていた。仕方ないので空くのを立って待っていると、 そこへ外人(ってこっちもだけど)のおばさんが二人。私の顔と閉まっている トイレのドアを見て、英語で「いっぱいなの?」と言う(多分ね)ので、身振りで 「いっぱいです」とやってみた(通じた)。少しして、「本当にいっぱいなの? ここは空いてないの?」という感じで、その1人の外人おばさんが近くのトイレの ドアを開けると・・空いているではないか!どうも私が勘違いしていたようで、 おばさんは私を見て「空いてるじゃないの。あなた入るの?どうするの?」と言う (多分ね)ので「ソーリー」と謝ってその個室に入った。 すると、何と、便座がなーい!!!! トイレ本体はあるのに、(普段私たちが腰掛けるプラスチック部分の)便座が ないのだ。いや、詳しく言うと、あった形跡はあるのだが、取り外されてそこの 部分だけないのだ。「これって、イタズラ?で、でもおばさんは別に何も気にして なかったみたいだし・・。このまま出るのも何だし・・」と私の頭はいきなり パニック。そして結局「あー、もー、やっちゃえ!!!」と日本から持ってきた 「便座除菌クリーナー」で陶器部分を猛烈に拭き、さらにトイレットペーパーを 駆使して事を成し終えた。 出てから、「他の人のところの便座はどうだったんだろう・・」と思ったのだが、 まだ親しくない人にそんなことも聞けず、仕方なくNARUに「便座がなかった・・」 と小声でつぶやく私であった。
さて展望台での撮影タイムを終え、フルヴィエール寺院の中へ。19世紀後半に建てられたこの寺院の 大きく高く広い内部には、いたる所に美しい絵や 像があり、初めて見るヨーロッパの寺院に、 ただ感動するばかり。ステンドグラスや金の モザイク画、外部の装飾の細かさなども素晴らしく、 「芸術」の力に圧倒されてしまう。 次に訪れた、近くの古代ローマ遺跡では、 半円形の劇場跡で今でもコンサートなどが時々行われるようで、古い石の遺跡の 中に新しいライトやステージがセッティングされていて、古い文化と新しい文化の 融合を感じさせる。
さて、バスは丘から下り、私たちは旧市街に行き、街を散策。街の中では、各ビストロのテラスの テーブルセッティングの色合いがとても美しく、 思わずうっとりする。 旧市街では、建物の間に細い「トラブール」と 呼ばれる抜け道があり、昔は織物業者が品物を 雨で濡らさないように利用していたそうだ。 このトラブール、なかなか細く暗い道で (今は電気が灯くようにスイッチが入り口にあった)、これは家の入り口 じゃないの?というような木の扉を開けて入って行く。中には小さな中庭があり、 それぞれの部屋(今も住んでいる人がいる)へ行く階段などもあったし、今は ビストロの裏手にあたる場所で、ランチ間近のいい香りが漂って来る場所も あったし、現在のリヨン市民の生活も少しうかがえる感じがした。 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 |