nagareru

夕なぎの記憶

essay202209

足かせが取れたこの夏、暫くぶりに満喫された方も大勢いらっしゃるのではないでしょうか。ところで皆さんにとって夏と結びつくロケーションはどんなところですか?

僕は、やっぱり海沿いの町。それにはティーンエイジを海と山に囲まれた環境で伸びやかに過ごした我が母の影響が大きい。彼女の一番幸せだった記憶が、幼い日の僕に夏ごとに海で過ごす時間を与えてくれたのだから。潮騒を遠くに聴きながらトンビの声の下で過ごす夏休み。それが今度は僕の夏のスタンダードになった。山を駆け巡りそのまま海に飛び込んだっていう実に楽しそうなエピソードそのままに、気がつけば僕はここに居るのだから。遊び心の遺伝っていうのはこんなふうにして受け渡されるのかもしれないな、と思う。大人が楽しそうだったら、子供はその理由を知りたくなる。そうでしょ?

夕なぎのひと時が心地良い理由をご存知ですか?トップライトからお茶の時間まで、容赦なく"てぃだがなし"の浴びせてくる光線を反射しながら、無数の飛沫を舞い上げいたるところで沸き立つ波が踊る大海原。胸をすくような光景は圧倒的で、リンクするように僕のうちに湧きあがるエネルギーで向かい合っても、その一部に飲み込まれてしまう。生の輝きの中で、まるで感光してしまったフィルムのように僕は真っ白になって、やがて疲れ果ててしまう。

夏の日の終わりを告げるように水平線に近づく時。露出オーバーだった視界が徐々に適正に近づいてきて、波もまた満足したかのようにその力を解いておだやかさを取り戻す。海は胸に染みるような青色を自ら放ち、情報量が抑えられた分だけ僕に居場所が与えられる。その時その場所にだけ生まれる、全てを許されたスペース。そこにいながらどこかにいるようなそんなせつなを漂う。一瞬にして永遠、自由になった心には、所在ないことがむしろ心地よいのだ。

一昨年の秋に始めたオンラインでのパフォーマンス。リアル公演が絶対だった僕がたどり着いたテーマが、"夢のほとり"で。すべての音楽が生まれてくるホームスタジオのピアノの前、そしてその音楽が聞こえ始めるお気に入りのアウトドア。現実とファンタジー、その間を行き来するように、お招きできない場所に皆さんをお連れするというもの。ホームコンサートを実現したり、皆さんの一番居心地の良いところで参加してもらえたり、真新しい音楽と一緒に暮らしてもらえたり、ここでしか実現しない喜びがずいぶんと見つかった。

レコーディングでしか使えなかった多重録音という表現がビジュアライズされて、目の当たりにしてもらえることが嬉しい。その可能性を追いかけていたら、これってもしかして僕の頭の中の秘密基地に皆さんをお連れしているのかも、そんな気がしてきた。パフォーマンスのこの夏の名残りを惜しんでもらって、お別れに奏でたこの曲"夕なぎの記憶"で皆さんにも自由になってもらえたらいいな。

2022.9.9

今月の曲「夕なぎの記憶」

purelove

アルバム「PURE LOVE」2002年発売