目黒で妹のフラメンコを見る

先日、妹がフラメンコを習っているスタジオの発表会があり、そこで妹の踊るのを初めて見ることができました。というかフラメンコ自体、生で見るのは初めてで、興味深かいものがありました。

会場は目黒区民センター内の100席程度の小さめのホール。客の入りは6割くらいでしょうか。7対3で女性のほうが多いようでした。朗々とした歌声とともに幕が上がると、ステージの奥に歌を歌う人とギターを弾く人が椅子に座っていました。最初に登場したのは初級のクラスの人たちです。十数人はいたでしょうか。みんな女性で、年齢は20〜30の間くらいでしょう。ジプシー風のきついメイクと派手な衣装で踊る十数人の女性を前にして、僕は見に来てよかったと思ったしだいです。

しかしなぜこの人たちはフラメンコを踊るのか、そんな疑問が沸き起こってきました。ふつうの日本人の顔をした彼女たち(おそらくふだんはOLや主婦としてごく普通の生活を送っているであろう彼女たち)が、それ風の化粧をし、それ風の衣装を着て踊るのを見ると、違和感を覚えるわけです。踵を踏みならしスカートをまくり上げ激情をあらわにして踊るフラメンコは、日本的なものの正反対にあるような気すらします。なぜそういうものを選んだのか。ステロタイプの結論かもしれませんが、正反対のものだからこそ魅かれるということなのかもしれません。ふだんは抑えている自分を、フラメンコを踊るときには思いきり表現できるわけですから、その気持ち良さもひとしおのはず。妹の話しによると、日本はフラメンコが盛んな国だそうです。フラメンコ教室は全国各地にあるし、本場のダンサーによる公演もしばしばあります。なにか日本人にはフラメンコに魅かれる理由があるはずです。自分を抑えなくてはならない日常のありかたがその理由なのかもしれません。

妹は4番目あたりのグループで登場しました。あとになるほどうまい人が登場するわけですが、妹は初級と中級の間くらいといったところのようです。妹が小学生のころにこっちは大学に行くために家を出たので、妹については子供のころのイメージが強いのです。それがこうしてステージの上でフラメンコを踊っているのを見ると、「ああ、この子も大人になったんだなあ」という感慨を覚えます。田舎の両親にも見せてあげたいものです。

あとのほうになると、登場する人は上手なのですが、こっちがだんだん飽きてきてしまいました。踊りだけで二時間弱はきつい。これに物語が加われば、つまりオペラやミュージカルであれば、物語の面白さで客を引っ張っていけるのかもしれませんが。それでも、踊りに熱中するあまりスカートの下のペチコートまでいっしょにまくり上げてパンティを完全に見せてしまう踊り手もいたりして、それが男性客にちょっとした目覚ましになったかもしれません。僕は家族といっしょだったので、かえって目のやり場に困るという感じだったのですが。

発表がすべて終わってから楽屋を訪ねました。楽屋は衣装を付けたままの女性たちが行き交って華やかな反面、ことが終わったあとの哀愁も漂うようでした。化粧を落していない妹は別人のようでした。僕は妹に簡単に感想を伝え、激励してやりました。

初級者から上級者までの踊りを続けて見たので、フラメンコがうまいということがどういうことか、少しわかったような感じがします。と同時に妹がプロになるにはまだかなりの努力が必要であることが、素人なりになんとなくわかりました。妹のほうはそれはもっと明確に認識していることでしょう。悔いの残らないよう全力で挑戦してもらいたいものです。

1996/1/29

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