上海2

上海についてから数日後、私は誕生日を迎えた。その祝いを兼ね、宿泊していたホテルで知り合った旅行者たちで和平飯店で飲むことになった。メンバーは多国籍に渡っていた。お人よしでかわいい米国人女性、いつもクールでストーンズを愛するそのボーイフレンド、生真面目そうなイギリス人カップル、ちょっと怪しいドイツ人カップル、そして我々日本人三人。

友人のKは、テーブルについたメンバーの中でもっとも美しかったドイツ人女性に向かって「自己紹介させてもらいたい」と迫った。Kとは高校時代からの付き合いだが、そのように女性に対して積極的に振舞うのを私は初めてみた。その女性は確かに並みの美しさではなかったから、彼がそのように豹変したのもわからないではなかった。しかし残念なことにドイツ人カップルは、少し我々と話しただけで、「じゃ、今夜は楽しんで」くらいの挨拶をしてどこかへ行ってしまった。

それでも私のほうは、異国の地で、異国の人たちに、誕生日を祝ってもらえて幸福な気分だった。つたない英語でその気持ちを皆に伝えた。

イギリス人カップルの男性のほうは、背筋がまっすぐと伸びていて、戦争映画で見るイギリス兵のような感じがした。そこで「あなたはイギリス人らしいイギリス人だ」と言おうと思った。しかしどうも自分が言った言葉は「あなたは正真正銘の本物のイギリス人だ」というニュアンスになってしまったらしい。彼はいきなり立ち上がって「ありがとう、ジェントルマン!! きみも本物の日本人だ!」と力強く言い、私の手を握り、これまた力強く握手してきたのだった。

米国人の女性はアリソンといって、以前日本で生活したこともあったらしい。いつも笑みを絶やさず、我々に対して驚くほど親切だった。我々が上海の浦江飯店のカウンターで「泊めてくれ」「いや部屋はない」という押し問答をしていたとき、「ロビーで泊まらせてもらう方法もあるわ」と声を掛けてくれたのが彼女だった。上海での思い出は、アリソンと強く結びついている。

我々が日本に戻ってからしばらくして、私のところへアリソンから電話があったらしい。日本にいるということだった。私は外出していて、当時同棲していた女性が電話に出たのだ。その後、アリソンはKにコンタクトを取り、二人は交際するようになったのだった。

誕生日の夜、ホテルで下着姿のままトイレに向かうと、例のイギリス人がやはり下着姿で歯を磨いていた。彼は「こんな姿ですまない」と恥ずかしそうに言った。こちらもそういう姿を見てしまったことが申し訳ない気がした。そしてなんだか自分まで恥ずかしい気持ちになった。私は「いや気にすることはありません。今夜は皆さんのおかげで楽しかったですよ」と言いたかったのだが、うまく英語にできず、あいまいに首を振り、あいまいな笑顔を浮かべるしかなかった。こうして、本物のイギリス人と本物の日本人は、楽しい一日を少々の羞恥心でもって締めくくったのだった。

(2000.4.14)

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