蒸し暑きプロレスの夜

隣町にプロレスがやってきたので見に行くことにした。深夜のテレビでときどき見ては、巨漢たちの肉体のパフォーマンスを楽しんでいたのだが、生では見たことがなかった。それはどんな感じがするものだろうか。妻はいっしょに行くことを拒絶した。小5の長男は行ってみたいといい、小3の次男は見たくないといった。

6月の終わりのその日は蒸し暑かった。梅雨はまだ明けておらず、しかし雨も降っていない、蒸し暑い日だった。夕方、長男を車に乗せ、会場である隣町の体育館へと向かう。

「ごはんはどうするの?」
「向こうについたらまずチケットを買って、それから何か食べよう」

会場に近づくと、プロレスを見に行くらしい人々がたくさん舗道を歩いている。会場の近くの川沿いに用意された駐車場には車がたくさんとまっている。車を留めて体育館まで歩いてくると、すでに大勢の人が集まっていた。

体育館の入り口から続いている人の列

体育館の入り口からは長蛇の列が延びていた。とりあえず最後尾につく。そこにいる人たち全体から、うきうきする気分が感じられる。10代、20代の若者が中心だが、子供や年配の人もかなりいる。女性も意外と多い。我々の後ろに並んだ二人の女性は高校生のようだった。イブニングドレスのような服を着ている女性すらいる。家族連れも多いようだ。立ち見席なら大人2500円、子供1500円と手ごろな値段だから、たまには珍しいものでも見に行こうかという感じで来た家族も少なくないのかもしれない。

ダフ屋もいたし、どう見ても堅気ではない姿格好の男たちも数人かたまって立っていたりした。そこへ、別の非堅気の人がやってきて「どうもすみませんでした」などといいながら万札を差し出していた。何のお金だろう。

並んでしばらくしてから、入り口の隣にチケット売り場があるのを発見。どうやらそこでチケットを買っておく必要があるらしい。子供を列に残してチケットを買いにいく。立ち見のつもりだったが、指定席にした。今日は取引先から入金があったのだった。

中に入るとロビーにはパンフレット、ポスター、ジュース、ハンバーガーなどの売店が並んでいて、その周りは人でごったがえしていた。ハンバーガーとジュースを買い、自分たちの席へ向かう。

人が座りはじめた観客席に囲まれて、体育館の中央に青いリングが設置されていた。気分が盛り上がってくる。リングの第一印象は「案外小さいなあ」。距離があったせいだろうか。しかしそれほど大きな体育館でもなく、客席最上段である立見席からでも十分観戦が楽しめそうだった。我々の席は2階観客席の前から2列目。まあまあのところだ。双眼鏡を持ってきていたが、なくても十分見ることのできる距離だった。

6時半すぎ、テレビでよく見知っているリングアナがリングに上がり、この街でやるのは17年ぶりであること、観戦上の注意などを話し、最後に、「せっかくこの会場に来たのだから、思い切り楽しんでほしい」という。確かにそうだと心の中でうなづく。

第一試合は新人どうしの試合らしい。テレビでは見たことのない選手がリングに駆け上がった。しかしその肉体は堂々としたものだった。その肉体と肉体とが組み合う。技を出すとき、技を受けるときには、獣のような声を出す。その声はテレビで見ているよりもはっきりと大きく聞こえる。リングに叩きつけられたときの音も迫力がある。技の一つ一つが、やはりテレビで見ているよりも痛そうに見える。これが生の迫力というものだろうか。しかしテレビカメラを通した演出のない生の光景は、その光景そのものが痛々しい感じもした。鍛え上げた体の男たちが、別段うらみあっているわけでもないはずなのにお互いを痛めつけあう。それを大勢の人たちが見ている前でショーとして行う。そういうことの痛々しさだ。

おそらくそんな感じを与えたのは、彼らが新人だからだろう。第二試合に登場した人気者の選手たちは、華を感じさせた。表情や動きで我々を楽しませた。派手な技や、自ら手を叩いて拍手を求める自己アピールなどで、上手に山場を作り、会場を盛り上げるのだ。客席の中でも、立ち上がったり、手を振ったりする人が増えてくる。華麗な技が決まったり、選手が危機を脱出するのに成功したりすると、客席から拍手に加えて足踏みの音なのか、地鳴りのような音が響いてくる。

会場内のようす

途中で休憩が10分だけあった。その前に、市長と衆議院議員の挨拶があった。興行の収益の一部が福祉事業へ寄付されたので、そのお礼の挨拶を市長が行った。衆議院議員のほうは、この街での興行の実現に力を貸したということらしい。選挙ポスターでおなじみの顔の議員がリングで手馴れた挨拶を披露してみせていた。

第3試合くらいまではジュニアと呼ばれる軽量の選手たちの試合だった。そのあとはヘビー級。ヘビー級となると、迫力もまたいっそう増してくる。テレビで知っている選手ばかりになる。知っている選手が出てくると、それだけも嬉しい。その選手が、得意技や得意のパフォーマンスを見せると、会場全体から歓声があがる。

後半のほうになってくると、選手がリングアナのマイクを取ってのマイクパフォーマンスも出てくる。「おい、○○! おめえ、なーにカッコばかりつけてやがんだ、このバーカ」などというセリフがマイクで拡声されて会場内に鳴り響く。言われた選手は、怒ったそぶりで相手につっかかっていこうとする。それを他の選手が抑える。会場は大喜びだ。選手たちが本気で喧嘩しているわけではないことは皆わかっている。しかし戦いを盛り上げるその演出が楽しい。

最後の試合は、その前の試合が終わった直後に、最後の試合に出る選手たちが乱入するかっこうで始まった。前の試合の一方の側と同じグループの悪役レスラーが乱入してきたのだった。グループ間の抗争は、このプロレス団体のプロレスの味付けとして欠かせないものとなっている。抗争があれば、戦いは盛り上がる。結局この試合、どっちが勝ったのか、よくわからなかった。しかし楽しめたからそれでいいのだ。

 

リングの熱戦

すべての試合が終わったのは8時半ころだった。約2時間、見ていたことになる。

「おもしろかった?」
「うん。」
「でも真似をしたらだめだよ。」
「うん。のどかわいた。」
「あとでジュースを買おう。」

こうして我々のプロレス初観戦は終わった。

(2000.6.30)

[戻る]