ModelGraphix誌2000年5月号
「前略 あさのまさひこ様」

実はこの文章は、取材の後にあさのさんに出したメール(勢いで書いたものなのでこれよりもっと長くて読みにくいもの)が基になっています。そのメールを宮脇センムとかMG編集部とかに回覧している内に、そういう話になった、と担当の人に聞きました。うひ〜!!はずかち〜!!

 先日は「フィギュア本舗」の撮影にご協力いただきましてありがとうございました。ビデオを見ての率直なご意見をぜひうかがいたいと思っています。

あさのさんはインタビューで「WSCの概念は誰でも理解できる簡単なものだ」と言っておられました。確かにプレスリリースを読めばGK業界のスカラシップというか『スター誕生』みたく才能ある新人の手助けをするのね、みたいなことは誰でも(それこそ門外漢の私でも)理解できるものでした。私も「WSCはGK界のスター誕生か」なんて書いたんですが、じつはいまちょっと違うかなぁと思っているのです。

 たとえば『スター誕生』では誰もが認めうるスペック(容姿・歌唱力等)によって合格者が選ばれるので、どこが優秀かをことさらに提示しなくても視聴者はその結果を受け入れることができます。いっぽうWSCは作品が飛ぶように売れる作家の中から選んでいるわけではなく、むしろ「売れていない=才能が認められていない」人たちのほうから選んでいます。なので「こいつがすごい」と選んだだけでは理解できない人がほとんどです。したがって選ぶ側が「こいつのここがすごい」とあらかじめ説明=解釈してあげる必要があります。つまりWSCは作家と作品とあさのさんの「解釈」と三点セットで「こういう才能もアリだよね」と提示するものであり、そこが『スター誕生』とは違う点だと思います。

 思うにWSCとは「才能」を提示するというよりむしろその才能を評価するための「価値観」を提示するためのシステムとして機能すべきものなのではないでしょうか。つまり現在のGK業界を支配している唯一絶対の価値観「人気キャラを原作の画に忠実に立体化するのがいちばんエライ」に対するアンチテーゼ、それこそがWSCの本質ではないかと、私は思うのです。

 このWSCという方法論が機能するようになれば、購入する=才能を享受する側は多様な価値観を、そして(むしろこっちが重要でしょう)作品を創る=才能を供給する側はより多くの居場所を獲得できます。かつてのちびすけマシーンさんのようにWFで肩身が狭い思いをしている才能に「そのままでOKだよ」と言ってあげる、それがWSCの本義だろうと思います。

 現状の忠実立体化絶対主義ではマーケットがハナから閉じているので、GK業界はそのなかで縮小再生産を繰り返すことしかできず、遅かれ早かれ自家中毒で壊滅するのは明らかです。その前にリスクを冒してでも行動を起こすことの意義はとても大きいと思います。以前あさのさんが言っておられた「未来の自分の生活環境を少しでもよくしたい」とはそういうことですよね。

 WFはこれだけ大きくなった現在も、アマチュアイズムを色濃く残したファンのためのイベントとしていい形で機能しています。しかしそれを守る苦労も知らずに甘えるだけのディーラーが存在しているのもまた事実です。そんななかでもクサることなく、新しい才能に対して少しでも居心地のよい場所を作る努力をしているあさのさんや海洋堂さん、その他WF運営関係のみなさまの努力には本当に頭が下がる思いでいっぱいです。私は私なりの方法で微力ながらお手伝させていただこうと取材を重ねてきましたが、じつは先日WFで取材させていただいた第6回で『フィギュア本舗』が終了することになってしまいました。私としてもこれからというところで非常に残念なのですが、また別の形で協力できる方法を模索していきたいと思います。WFとWSCがますます御発展していくことを心よりお祈り申し上げております。それでは。

野田真外拝

追記 今度飲みに行きましょう、ぜひ。
(文/野田真外 初出・株式会社大日本絵画『ModelGraphix』2000年5月号)

方舟に戻る 原稿TOP