ダヴィンチの言葉
人生について
経験の弟子レオナルド・ヴィンチ。
可哀相に、レオナルドよ、なぜおまえはこんなに苦心するのか。
執拗な努力よ。宿命の努力よ。
私を軽蔑するな、私は貧乏ではないからな、やたらに沢山のものを欲しがる者こそ貧乏なのだ。
食欲無くして食べることが健康に害あるごとく、欲望を伴わぬ勉強は記憶を損ない、記憶したことを保存しない。
肉欲を抑制しない者はけだものの仲間になれ。
師をしのぐことなき弟子はやくざ者だ。
絵画について
「絵画」は物言わぬ「詩」であり、「詩」はめしいの「絵画」であって、どちらも自分の能力のなしうる限り自然を模倣してゆく。
「音楽」は「絵画」の姉妹という以外に呼びようがない。だが「絵画」は「音楽」に勝りこれに君臨する。何故かならそれは、薄幸な「音楽」のように、生まれた直後に死にはしない、どころかむしろ存在し続けて、実際単なる一片の平面にすぎないものに生命を吹き込んで君に見せるのだから。
「絵画」と「彫刻」との間に見いだされる相違は、彫刻家が画家より大きな肉体的努力によって制作を営むのに対して、画家はその作品をより大きな知的努力によって創るという点にすぎない。
画家は万能でなければ賞賛に値しない。
遠近法は「絵画」の手綱であり舵である。
科学について
数学的科学の一つも適応され得ないところには、もしくはその数学と結合されないものには、いかなる確実性もない。
工学は数学的科学の楽園である。何となればここでは数学の果実が実るから。
あらゆる自然の行動は最短距離を通って行われる。
太陽は動かない。
水中に投げ込まれた石は数多くの波紋の中心となる。そして空気も同様に波紋で満ちている。その中心は空中に作られた音及び声である。
風は鳥の下に吹き込んでちょうどくさびのように、その上にある固体の下に吹き込んだだけ、鳥を空の方へ持ち上げる。
以上 レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)(下) 杉浦明平訳 岩波文庫 より引用