人物・地名・用語集
アンボワーズ AMBOISE
フランス中部アンドル・エ・ロアール県東部、ロアール川左岸の城下町。フランソワ一世の招待でダヴィンチはこの町のクルーの館で晩年を過ごした。
ヴィンチ村
VINCI
イタリア フィレンツェとピサの間、アルバノ山の斜面にあるダヴィンチの故郷。レオナルドダヴィンチ博物館もある。
ヴェネツィア VENEZIA
イタリア北部のヴェネト州の州都。「アドリア海の女王」として栄えた水の都。サン・マルコ広場、サン・マルコ寺院、ドゥカーレ宮殿、リアルト橋などの名所がある。ダヴィンチは1499年、ここにしばらく滞在した。アカデミア美術館には有名な素描「ウィトルウィウス的人間」がある。
フィレンツェ FIRENZE
イタリア中部にあり、「天井のない美術館」と讃えられる花の都。メディチ家の隆盛に支えられたルネッサンス発祥の地。ドゥオモ、メディチ家礼拝堂、ポンテヴェッキオ、ウフィッツィ美術館、アカデミア美術館など多くの観光名所があり、ミケランジェロ広場から街全体が一望できる。ダヴィンチは移動を繰り返していたが、数十年間この街に住んでいた。
フローレンス→フィレンツェ
ベニス→ヴェネツィア
マントヴァ MANTOVA
北イタリア・ルネッサンスの中心地の一つ。スペリオーレ湖、メッソ湖、インフェリオーレ湖に囲まれる。ダヴィンチは1499年、ここにしばらく滞在した。
ミラノ MILANO
イタリア北部のロンバルディア州の州都。イタリアン・ファッションの発信地。ドゥオモ、ヴィットリオ・エマヌエーレ二世のガッレリア、ブレラ美術館などの観光名所があり、ダヴィンチに関わるものではサンタマリア・デレ・グラツィエ教会、レオナルドダヴィンチ記念国立科学技術博物館があり、スフォルツェスコ城北の塔アッセの間の装飾も彼の作である。スカラ座の前のスカラ広場にはレオナルドダヴィンチの像が立つ。ダヴィンチは人生の多くの時間をフィレンツェとこの街で過ごした。
ローマ ROMA
イタリアの首都であり、ラツィオ州の州都でもある永遠の都。バロックの劇場。映画「ローマの休日」で有名な真実の口やスペイン広場のほか、トレヴィの泉、サンタンジェロ城、コロッセオ、フォロ・ロマーノなど、街全体に名所がひしめく。世界最小の独立国家ヴァチカン市国にはサンピエトロ寺院やヴァチカン美術館がある。
フィウミチーノ空港
Fiumicino Aeroporto
別名レオナルドダヴィンチ空港とも呼ばれる。ローマ市内から約40km。日本からはミラノを経由して約14時間で到着する。
レオナルドダヴィンチ空港→フィウミチーノ空港
ルーブル美術館
フランス。「モナリザ」、「岩窟の聖母」、「聖アンナと聖母子」、「洗礼者聖ヨハネ」蔵。
ウフィッツィ美術館 Galleria degli Uffizi
イタリア フィレンツェ。ヴァザーリの設計によるルネッサンス美術の世界最大の宝庫。第15室がダヴィンチの部屋。「受胎告知」、「キリストの洗礼」、「東方三博士の礼拝」蔵。
ヴァチカン美術館 Musei Vaticani
ヴァチカン市国 ローマ。歴代の法王が集めた美の殿堂。「聖ヒエロニムス」があるのは絵画館。見逃し注意。システィーナ礼拝堂にはミケランジェロの「最後の審判」が描かれている。
アカデミア美術館
Galleria dell'Accademia
イタリア フィレンツェ。ミケランジェロの「ダヴィデ像」(本物)がある。
レオナルドダヴィンチ記念国立科学技術博物館 Museo Nazionale della Scienza e della
Tecnica,Leonardo da Vinci
イタリア ミラノ。ダヴィンチ生誕500年を記念して設立された。ダヴィンチのノートに書かれた発明の一部を再現して展示している。
ナショナルギャラリー National Gallery
イギリス ロンドン。「岩窟の聖母」蔵。「聖アンナと聖母子」のカルトン蔵。
チャルトリスキ美術館 Czartoryski Museum
ポーランド クラクフ。かつての貴族チャルトリスキ家に伝わる美術品が納められている。「白貂を抱く婦人」蔵。
ヴェッキオ宮殿 Palazzo
Vecchio
イタリア フィレンツェ。ダヴィンチが壁画「アンギアリの戦い」を描いたが失敗。
スフォルツェスコ城
Castello Sforzesco
イタリア ミラノ。14世紀にヴィスコンティ家が建て、スフォルツァ家が15世紀半ばに改築。ダヴィンチやブラマンテも建築に携わった。アッセの間の天井画はダヴィンチ作。
フランス学士院図書館
フランス パリ。パリ手稿A〜Mを所蔵。
ウィンザー王室図書館
イギリス ロンドン。ダヴィンチの手稿の一部を所有。
ヴァチカン宮殿の図書館
「ウルビナス・ラティヌス手稿1270」(=「絵画論」)所有。
大英博物館
イギリス ロンドン。ダヴィンチの手稿の一部を所有。
ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館
イギリス ロンドン。ダヴィンチの手稿の一部を所有。
トリヴルツィアーナ図書館
イタリア ミラノ。ダヴィンチの手稿の一部を所有。
トリノ王立図書館
自画像を含むダヴィンチの手稿の一部を所有。
マドリッド国立図書館
ダヴィンチの手稿の一部を所有。
手稿
ダヴィンチは1万ページ近い手稿を書き残したが、現在ではヨーロッパ中に散逸してしまった。現存する手稿は、持ち主や保管場所などから、次のように分類される。アトランティコ手稿、トリヴルツィオ手稿、鳥の飛翔に関する手稿、パリ手稿A〜M(アシュバーン手稿I、IIを含む)、解剖手稿、ウィンザー紙葉、アランデル手稿、フォースター手稿I、II、III、マドリッド手稿I、II、レスター手稿。
アトランティコ手稿 Codex Atlanticus
ミラノ アンブロジアーナ図書館蔵。1119枚。16世紀末に彫刻家ポンペオ・レオーニによって集められた最大のレオナルド手稿集。様々な機械や謎の自転車のクロッキーなどを含む。
トリヴルツィオ手稿
ミラノ トリヴルツィアーナ図書館蔵。51枚。語学、建築など。
鳥の飛翔に関する手稿
トリノ王立図書館蔵。20枚。鳥の飛翔の分析など。
パリ手稿A
フランス学士院図書館蔵。97枚(アシュバーナム手稿IIを含む)。水の動きの研究など。
パリ手稿B
フランス学士院図書館蔵。100枚(アシュバーナム手稿Iを含む)。現存する最古の手稿。ヘリコプターなどを含む。
パリ手稿C
フランス学士院図書館蔵。30枚。
パリ手稿D
フランス学士院図書館蔵。10枚。光学など。
パリ手稿E
フランス学士院図書館蔵。82枚。力学、鳥の飛翔など。
パリ手稿F
フランス学士院図書館蔵。98枚。水の研究、天文学、光学、地質学、鳥の飛翔などについて。
パリ手稿G
フランス学士院図書館蔵。95枚。ミラノやローマでの活動記録、野菜の形態学、力学、幾何学など。
パリ手稿H
フランス学士院図書館蔵。142枚。渦巻きと潮流の浸食効果についての研究など。
パリ手稿I
フランス学士院図書館蔵。139枚。ラテン語文法、予言・寓話集など。
パリ手稿K
フランス学士院図書館蔵。128枚。エウクレイデス幾何学の研究、建築、解剖など。
パリ手稿L
フランス学士院図書館蔵。95枚。旅行記など。
パリ手稿M
フランス学士院図書館蔵。96枚。
解剖手稿
ウィンザー王室図書館蔵。200枚。16世紀末に彫刻家ポンペオ・レオーニがまとめた。解剖図など。
ウィンザー紙葉
ウィンザー王室図書館蔵。455枚(56枚は解剖手稿と重複)。16世紀末に彫刻家ポンペオ・レオーニがまとめた。解剖図など。
アランデル手稿
大英図書館蔵。154枚。物理学、数学など。
フォースター手稿I
ロンドン ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館蔵。51葉。エウクレイデス幾何学、水力学など。
フォースター手稿II
ロンドン ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館蔵。158葉。力学、装飾用の結び目・編み目、建築など。
フォースター手稿III
ロンドン ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館蔵。89葉。メモなど。赤チョークでの記述が多くみられる。
マドリッド手稿I
マドリッド国立図書館蔵。192枚。機械理論など。
マドリッド手稿II
マドリッド国立図書館蔵。157枚。フィレンツェでの活動、スフォルツァ騎馬像の習作など。
レスター手稿 Codex Leicester
ビル・ゲイツ夫妻個人所蔵。36枚。レスター卿が所有していたが、1980年オークションによりアーマンド・ハマーに売却され、1994年にはビル・ゲイツが購入した。56葉。水の動き、地学、天文学の研究など。
ハマー手稿→レスター手稿
ゲイツ手稿→レスター手稿
絵画論
絵画は他の芸術より優れているという思想が記されたダヴィンチの手稿。死後、弟子のメルツィが編集し、後に「ウルビナス・ラティヌス手稿1270」としてヴァチカン宮殿の図書館に納められた。
スフマート
グラッシという透明な顔料を塗り重ねて色調と明暗のグラデーションを作り、輪郭を微妙にぼかすという「線も境もない、煙のような手法」。
テンペラ画
乾いた漆喰に鉛白と呼ばれる下地を塗り、その上に、卵黄、亜麻仁油などを混ぜた不透明の水性絵の具で描く壁画の描き方。細かな描写が可能だが、画面が膜状になるのて、はがれやすい。
フレスコ画
漆喰が乾く前に、水性の絵の具で描く壁画の描き方。絵の具が壁にしみこむので劣化しにくいが短時間で描くことが要求される。
アーマンド・ハマー
1898〜1990。石油会社経営、美術商。ロサンゼルスにダヴィンチ研究機関アーマンド・ハマー・センターを創立。1980年、レスター伯爵の所有していたダヴィンチの手稿を240万ポンド(11億6200万円)で購入。
アラビエーラ Albiera
義母。フィレンツェの名門アマドーリ家。ダヴィンチが12歳の時に死亡。
ヴァザーリ Giorgio Vasari
1511〜1574。ミケランジェロの弟子。画家、建築家、伝記作家。「イタリアの最も秀でたる建築家、画家、彫刻家の列伝」の中で、レオナルドのことも多く記している。未完成に終わったダヴィンチの壁画「アンギアリの戦い」とミケランジェロの壁画「カッシーナの戦い」の上に「ピサ攻略」を描いた。ウフィッツィ美術館を建築。
ウィトルウィウス Marcus Vitruvius
Pollio
紀元前1世紀のローマの建築家。ダヴィンチに影響を与えた。「建築書」
ヴェロッキオ Andrea del Verrocchio
1436〜1488。ダヴィンチの師匠。フィレンツェの彫刻家、画家。本名はチオーネであるが、後にヴェロッキオ(=本当の目)と呼ばれるようになった。彼の工房はメディチ家の注文を数多く受け、ダヴィンチの他にもボッティチェリ、ペルジーノ、クレディなど数多くの芸術家を育てた。「キリストの洗礼」、「バルトロメオ・コレオーニ(騎馬像)」、「海豚を持つ少年」
カテリーナ Caterina
実母。ダヴィンチが生まれて数ヶ月後にヴィンチ村を離れ、修道院で窯の製造をしていたアントーニオと結婚した。
ガレノス
紀元2世紀の医者。ガレノスの学説は、長い間絶対的な権威を持っていたが、ダヴィンチが自ら観察して描いた解剖図や手稿にはこれを否定するものが多く含まれていた。
サライ Salai
1480〜1524。ダヴィンチの弟子。本名はジャーコモ・カプロッティで、「サライ」とは小悪魔という意味のあだ名。盗癖があったが、ダヴィンチはそれを知りつつ観察を続けて、盗んだ日付や金額などを記録していた。ダヴィンチの遺言により、ミラノの土地を相続。
ジャーコモ・カプロッティ→サライ
ジュリアーノ・ディ・メディチ
Giuliano de' Medici
1478〜1516。ダヴィンチのローマでの庇護者。教皇レオ10世の弟。ヴァチカンのベルヴェデーレの工房をダヴィンチに与えた。ロレンツォ豪華王は、パッツィ家のクーデターで弟(1453〜1478)を殺され、この年に生まれた三男に弟と同じジュリアーノという名を付けた。
ジョヴァンニ・ディ・メディチ→レオ10世
セル・ピエーロ Ser
Piero
ダヴィンチの父。フィレンツェの公証人。
タッコラ Taccola
→マリアーノ・ディ・ヤコポ
チェーザレ・ボルジア
Cesare Borgia![]() |
1475〜1507。政治家、建築家、軍事技術者。残忍な手段で教皇領の拡大につとめた。 |
チェチリア・ガッレラーニ
ダヴィンチが肖像画を描いた。16歳でルドヴィーコ・イル・モーロの愛人としてミラノ宮廷にあがる。
ビル・ゲイツ
マイクロソフト社会長。1994年、アーマンド・ハマー氏の所有していたダヴィンチの手稿72ページを3000万ドル(30億円)で購入。
フィリッポ・ブルネレスキ Filippo
Brunelleschi
1377〜1446。フィレンツェの建築家。ダヴィンチに影響を与えた。サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の建設に携わったが,完成前に死去。ヴェロッキオの工房に引き継がれた。
フランソワ1世
Francois I![]() |
1494〜1501。フランス王。ダヴィンチの晩年の庇護者。1515年ミラノを占領。 |
フランツェスコ・ディ・ジョルジョ
Francesco di Giorgio
1459〜1501。シエナの技術者。ダヴィンチの素描と同様の図も多く見られ,ダヴィンチに影響を与えたと思われる。
フランツェスコ・メルツィ
Melzi
1493〜1570。ダヴィンチの弟子。後に養子となる。遺言により、ダヴィンチの書き残したすべての手稿と、所有するすべての書籍、芸術に関する道具、肖像画などを相続。
ペルジーノ
Perugino![]() |
1446〜1523。画家。ヴェロッキオの弟子。ラファエロの師匠。 |
マキャベリ Machiavelli
1469〜1527。政治家、歴史家。ダヴィンチの友人。チェーザレ・ボルジアのもとでダヴィンチとともにロマーニャ地方を旅した。「君主論」「ローマ史論」
マリアーノ・ディ・ヤコポ Mariano di
Iacopo
1382〜1458。シエナの技術者。鷲鼻だったためかタッコラ(Taccola=コクマルカラス)と呼ばれる。「技術論」などにダヴィンチの素描と同様の図も多く見られ,ダヴィンチに影響を与えたと思われる。
マルカントニオ・デラ・トッレ
ダヴィンチと共に人体解剖研究を行った哲学者。
ミケランジェロ・ブオナロッティ
Michelangelo Buonarroti
1475〜1564。ダヴィンチのライバル。彫刻家、画家。「ダヴィデ像」、「最後の審判」
ミリオロッティ
Migliorotti
音楽家。レオナルドの友人。レオナルドとともにフィレンツェの使者としてミラノに派遣された。
ラファエロ Raphael![]() |
1483〜1520。宮廷画家。ダヴィンチ、ミケランジェロと並び賞されるルネサンスの巨匠。 |
ルイ12世 Luis XII
フランス王。ミラノを占領。第二ミラノ時代のダヴィンチの庇護者。
ルーカ・パッチョーリ Luca
Pacioli
1445〜1514。数学者、フランシスコ会修道士。ダヴィンチの友人。1445年イタリア中部の山村、サンセポルクロに生まれる。著書「神聖比例論」にダヴィンチが挿し絵を描いている。
ルドヴィーコ・イル・モーロ
Ludovico Il Moro
1451〜1508。ミラノの専制君主。第一ミラノ時代のダヴィンチの庇護者。本名はルドヴィーコ・スフォルツァ。髪、目、肌が黒かったので、「イル・モーロ(=黒い人)」と呼ばれた。
ルドヴィーコ・スフォルツァ Ludovico Sforza→ルドヴィーコ・イル・モーロ
レオ10世
1475〜1521。ジョヴァンニ・ディ・メディチ。教皇。フランス軍をイタリアから駆逐したが、その後フランソワ1世に破れた。ルターを破門。ラファエロを重用。
ロレンツォ・イル・マニフィコ→ロレンツォ・ディ・メディチ
ロレンツォ豪華王→ロレンツォ・ディ・メディチ
ロレンツォ・ディ・クレディ
Lorenzo di Credi
1459〜1537。画家、彫刻家。ヴェロッキオの弟子。
ロレンツォ・ディ・メディチ
Lorenzo de' Medici
1449〜1492。「イル・マニフィコ(=豪華王)」と呼ばれたフィレンツェの当主。