物忘れについて
 


 最近、とみに物忘れが激しくなってきたような気がする。ついさっきのことだが、1分前にやったことを忘れてしまった。まあ、ちょっとした物をどこに置いたのか忘れてしまったのだが、物が大きかったのでかなりショックである。あちこち探し回った挙げ句、なんとその物は元あったところにあった。つまり、1分前にはなにもしていなかったわけだ。元から移動していない物をどこに置いたかと探し回っているわけであるから、本当にどうにもしようがない。ショックの上塗りである。僕は元々無駄に記憶力はいいほうで、自分でもどうかと思うような些末なことを覚えていたりする。そのくせ、肝心なことを忘れてしまうのだからたちが悪い。出がけに出そうと思っていた郵便を出し忘れることなんかしょっちゅうで、あるときなんか振り込みの期限を過ぎてしまったことだってあった。大事には至らないものだったから良かったけれど、あまり気分のいいものではない。

 大学院生なんてやっていると、授業でやったことをかたっぱしから覚えるといったような、受験勉強みたいなことはもうやらない。わかんなくなったら、資料を見ればよいのである。それでも必要最低限のことは覚えなきゃならないし、もちろん必要以上に覚えておいて損はない。しかし、それが本当に苦手になってしまった。一度勉強したことを忘れない頭が欲しい、なんていつも思っているのだが。

 つい先日のこと。ちょっと古代ギリシャの哲学について問題となった。そんなに難しい内容ではなくて、高校の世界史の授業レベルのことである。世界史は得意科目だったし、受験でも大いに点数を稼がせてもらったのだが、それでも必修の超基本レベルのことを忘れていたのだ!あれだけ勉強したのにもかかわらずだ。たぶん、日常生活ではまったく不要な知識であることは間違いないが、それでも一度覚えたことを忘れてしまうことの悲しいことといったらない。世間的にはまだ若者と言われる年代なのに、いったいどうしちゃったことだろう。

 実は、こういった雑文も忘却と記憶の間で書かれている。というのも、僕はこういった原稿を寝る前に布団の中で考える。アウトラインとか「この表現は使おう!」ということをあれこれ考えるのだが、一晩寝ると忘れてしまう。まあ、忘れちゃう程度の文章を公開することもあるまいと思っているからいいのだが、それでも寝る前はあれほど「このネタはいける!」と自負したものが、起きてみりゃすべて忘れていたりしてガッカリである。それでもメモなどはとらないわけだから、ある意味確信犯ではあるのだが……

 「人間は考える葦である」とはパスカルの言葉だっただろうか。考えることがあるから、当然忘れることも存在する。しかし、忘れたことは忘れる程度のことだったと単純に開き直れるほど、僕は人間ができていない。逆に、どうしても蓋をしてガムテープして記憶の底に沈めて忘却したいことなんかが、どうしても忘れられなかったりする。潜在意識云々とか難しい理論がいろいろあるのだろうけど、本当にヒトって不思議なものだと思う。

 ……とまあ、こんな雑駁な雑文はご覧いただいた直後に忘れていただいて結構なんだけど。



2003/06/10

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