相席について
 




 「御相席お願いします」というのはお店でよく聞く言葉。「御相席、よろしいですか?」もお店でよく発する言葉。しかし、それ以上の展開をするということはまずない。混雑しているから仕方なく相席したのであり、本来なら歓迎される事態ではない。見ず知らずの人とご一緒してどうするのさ?というのが、まあ一般常識と言って間違いあるまい。

 その店も混んでいた。老舗中の老舗であり、交通の便は駅の真ん前というポジション、しかも日曜の夕食時だった。観光客やら地元の人間やらでほぼ満席だったのも当然である。飲み屋なのに食券を買って、店員が席に案内してくれないシステムなので、人でごった返す店内を右往左往。やっと見つけた空席は、8人がけのテーブルに2人連れと1人客と3人連れが座ったところでの残り2席だった。専有面積はもちろん狭いのだが、それよりも料理を載せた器がそれなりに立派で、料理が来た順にとっとと食べちゃわないと他のお客様のご迷惑だった。僕の連れは「北海道ノート」に頻出するTs、久々に会ったこともあるけれど、それよりも絶対的に距離が近いので、料理をせこせことつつきながら飲み始めた。

 間もなく、僕もTsも疑問に感じたことがあった。相席している人々の構成である。3人連れは勝手に飲んでいるからいいのだが、1人客と2人連れはだいぶ話が弾んで?いるようだ。最初は同一グループなのかと思ったが、身なりが明らかに違う。1人客は近所のオヤジで、2人連れは観光客だろう。それがなぜか一緒になって喋っている。相席した人が意気投合しちゃったのかな、くらいにそのときは感じていた。

 そのうちに相席していた人々は次々と帰ってしまい、8人がけを僕たち2人が使うことになった。こりゃ広い。今までせまっ苦しかったので愉快なものだ……という喜びもつかの間、今度は5人のグループが席に着いた。こういう小グループと一緒になってしまうと、こちらの話もロクにできないような盛り上がり方をしてしまうことがままある。幸い、若者というのはちょっと無理な男女グループだったので、なかなか落ち着いた雰囲気のテーブルとなった。周囲は喧噪とバカ騒ぎなのだが、僕たちがいるテーブルはオトナの雰囲気だ。下品な飲み会ではなく、僕たちは談笑、お隣グループも談笑。もっとも、僕たちは2人だけなのだから、大騒ぎなぞするはずもない。

 Tsがトイレに立ったタイミングで、お隣グループの1人が話しかけてきた。あの、失礼ですが先ほどお話しされてた中に北海道の地名が出ましたけど……と。



そういや、以前の北海道旅行の思い出話したっけ?Ts札幌勤務時代の思い出話もしたっけ?いくら大騒ぎしているわけではないとはいえ、なんにせよ飲み屋でのバカ話である。別に深い話でもなかったからうろ覚えだったため、とりあえず、はあ、という程度の返事しかできない僕。
「いや、実は我々北海道から仕事でこっちに来たものなんです……静内なんですけど」。えぇ?もう何年も前になるけれど、僕たちは静内に行った。その近くに友人がいることもあり、思い出深いところだ。冗談でその友人の名前を出してみると、恐ろしいことに名前を聞いたことがあるという!たまたま仕事で3日ほど東京にいらして、それでこの老舗に飲みに来て、そして僕たちと相席して……「縁は異なもの味なもの」のは言うが、これほどの味が出るものかとの驚き。トイレから戻ってきたTsも、北海道の人と相席したのが信じられない様子だ。その後、その人たちがお帰りになるまで北海道限定のローカルな話題で盛り上がった。相席っておもしろいもんだねぇ、たまにはしてみるもんだねぇなどと話す僕とTs。

 続いて席に着いたのは初老の夫婦だった。すると、旦那さんが席に着くなり話しかけてきたのである。こうやって相席の人としゃべるのがこの店の伝統なのか?今までいろんなところで相席をしたことがあるけれど、これほど相席の見ず知らずの人としゃべることはあるのだろうか?ともかく、その旦那さんは店の近所で生まれ育ったという方だったので、地元ローカルの話題で盛り上がる。これがまたすごい。僕は比較的郷土愛のある人間だからいいのだが、Tsは幼少のみぎりからちょこちょこ引っ越していたせいで、そんなに地元に郷土愛のある人間ではない……と思っていたのに、おっちゃんと話が弾む弾む。北海道ローカルから地元ローカルまでの距離500マイルを一気に飛び越え、気づけば完全に地元の昔話だ。

 飲んでいると人恋しくなるからだろうか、飲み屋で見ず知らずの人と、ちょこちょこっと話すことはある。僕から話しかけることはないのだが、話しかけられればそれなりに応じる。でも“それなり”の範囲を出たことはなかったはずだ。それを大いに踏み外したわけだが、こんな世の中でこういう店がたまにあってもいいと思った。どの店もこんなだと鬱陶しいだろうが、たまにだから余計にいいと思ったのだろう。

 だから、今でもできる限り相席をしたくない僕なのである。
 


2004/02/01

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