追悼・宮脇俊三先生




 宮脇俊三先生が2月26日に亡くなった。ネット上でこの情報をたった今知ったわけなのだが、大きな衝撃が僕を包んでいる。人間いつかは死を迎えるわけだけれど、やはりいつまでも長生きしていただきたかった方だ。残念、という一言では済まされないものを感じている。


 宮脇俊三という人を、みなさんはどれくらいご存じだろうか。僕も直接お会いしたことはない。もっと平たくいえば、宮脇先生は「作家」である。要するに僕は宮脇先生の著書に傾倒していて、その愛する作家が亡くなったことに深い哀しみを感じているわけだ。


 宮脇先生は、当代の「紀行作家」の第一人者であるといっても過言ではあるまい。紀行作家といっても、特に鉄道旅行の第一人者だったわけである。宮脇先生の処女作『時刻表二万キロ』を僕が手にしたのは、たしか小学校中学年の頃だった。僕は普通より重症の部類に入る鉄道ファンだったわけだが、たまたま本屋で見つけたそれに、大きな影響を受けた。すなわち、いい年をした大人(当時、すでに先生は大企業の常務取締役である)がせっせと国鉄に乗り、未乗区間をせっせと片づけて喜んでいる姿に驚いた。また、その軽快な文章にもどっぷりとはまった。いつか全国の国鉄路線を制覇してやろうという希望を、僕に植え付けるには十分な著作だったのである。その後、先生は会社を辞められて専業の作家となられたわけだが、より精力的に鉄道に乗り、そして僕たちに新たな旅の話を提供して下さった。僕がまだ行ったことのない場所の紀行文から、どれだけの情報を得たことだろう?どれだけ参考にしたことだろう?僕が鉄道に興味を持ち続けた上、廃線跡巡りなどを始めてしまったのも、先生の著作に大きく影響を受けているからに他ならない。


 旅行が好きという人は世の中に多いことだと思う。しかし、「鉄道限定」となると話は別になると思う。先生は飛行機に乗るたびに不運に見舞われ、鉄道に乗るたびに元気を取り戻すという、まさに「鉄道の申し子」だったわけである。その先生の文章が読みたくて、 僕が買った先生の著書は30冊以上。その先生の新たな文章がこれで読めなくなるのかと思うと、本当に寂しい。僕の旅行記だって、先生を超えるのは不可能としても、少なからず目標にしていたところがあったから。

 宮脇俊三先生、いままで本当にありがとうございました。お疲れ様、ではなく万感の思いを込めて「いってらっしゃいませ」と申し上げます。


2003/03/03



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<僕が所蔵している宮脇先生の著作(順不同)>

・時刻表二万キロ
・駅は見ている
・日本探見二泊三日
・中国火車旅行

・シベリア鉄道9400キロ
・インド鉄道紀行
・時刻表昭和史(以上角川文庫)
・汽車旅12ヶ月
・最長片道切符の旅
・終着駅は始発駅
・終着駅へ行ってきます

・旅の終わりは個室寝台車
・殺意の風景
・線路のない時刻表
・旅は自由席
・途中下車の味
・線路の果てに旅がある
・ヨーロッパ鉄道紀行(以上新潮文庫)
・鉄道旅行の楽しみ(集英社文庫)
・豪華列車はケープタウン行き
・韓国・サハリン鉄道紀行
・汽車旅は地球の果てへ
・椰子が笑う 汽車は行く
・時刻表おくの細道(以上文春文庫)
・車窓はテレビより面白い(徳間書店)
・汽車との散歩(新潮社)
・古代史紀行
・徳川家康歴史紀行5000キロ(以上講談社文庫)

・『旅』20009月号 「特集 宮脇俊三の世界」(JTB