さて、本文の方はあのように終了したわけなのだが、これでは僕の雲南旅行記は終わらないのである。実は、まだ書き足りない。えぇ!?と驚かれるかもしれないが、まとまった量のネタがあったのと、本文のどこに入れるのか迷ったネタがまだあるのだ。それを御披露したいのである。順不同に、いろんな人から聞いたいろんな話をランダムに並べることにする。それでははじまりはじまり。
中国語についての簡単なうんちくは、本編の冒頭に述べたとおりである。そこに付け足す話。
いわゆる“中国語”には、2種類の中国語があると言われている。いわゆる北京語と広東語だ。厳密にはどの地方で分かれるのか知らないのだが、北京語は北方で、広東語は南方で使われている、くらいに理解していただきたい。この2つの言語は、とんでもなく違う。東京弁と関西弁の違いなんてものではない。両者はまるで発音が違うので、口語ではまるで通じないほどだ。何かの折に広東語の発音が書かれた本を見たことがあるのだが、見なれた中国語会話の例文に、見なれない、とんでもない発音が書かれていたことを覚えている。ホントに広東語ってのは違う国の言葉みたいなんだな、と思った。僕が大学で習ったのは北京語だから、広東ではしゃべることができない。
そして今回の旅行である。雲南省は圧倒的に南方、間違いなく広東語圏だろうと思った。つまり、僕のダメダメ北京語はまず通じないはずである。どうせ通じないんだからと復習をしなかったのだが、現地に行くと使ってみたくなるのは人情というもの。そこで、折をみてしゃべってみた。その最初が、本文でも触れた「トイレはどこですか?」なのである。ダメモト以前の、通じないはずの言葉が通じた・・・?特にジェスチャーを加えたわけではないから、僕の言葉が通じたようだ。自分で喋っておいて、あれれ?なんで?が印象。
この理由は明解だった。「北京語は標準語。テレビのニュースはみんな北京語です。普段は広東語を喋っている人も、北京語が分からないわけがない」だって。言われてみれば確かにそうだけど。
そんなわけで、中国語をちょっとでもかじったみなさん!遠慮なくみなさんの発音をぶつけてみましょう。だいたいの発音があっていれば、中国全土で通じるはずです。ちなみに雲南省の方言は北京語に近いので、よけいに通じるそうです。
第2話 電話の普及 〜“電話”と“ケータイ”〜
帰国して数日、新聞を読んでいたら「中国の携帯電話の出荷台数は1億5000万台で、1カ国の普及数としては世界一。2年後には3億台に」という記事が出ていた。すでに日本の人口以上のケータイが出回っているのである。まあ、モトモト人口があまりにも違うのだが、それにしてもすごい数だ。思い出してみると、いろんなところでケータイを手にしている人を見た。都会だけでなく、いろいろなところで誰もが当たり前のようにケータイで喋っていたのである。
添乗員さんも中国のケータイを持っていたので、見せてもらった。僕が5年くらい前に持っていたような、シンプルな電話だ。もちろんインターネット接続機能なんかついていないし、着メロもまったく大したことはなく、そしてデカいのだが、それでも十分に使用に耐えうるモノだ。日本のケータイはいろんな機能が充実し過ぎていると僕は常々思っているので、機能的にシンプルな中国のケータイが気に入ったのだが、そんな電話がどんどん出回っているのである。町中で見かけるケータイの広告には“携帯電話が明日を変える”みたいな、ありふれた文句が並んでいた。
ところが、バスで郊外を移動していたとき。中国はいろんなところ(民家など)の壁に、いろんなスローガン(標語?)が書かれているのだが、その中に“電話の保有が経済を開く”“電話の保有がお金持ちへの第一歩”などという趣旨のモノを発見した。ケータイを持つだけでおおげさな、と思った。ちゅーか、こんな見事なまでの農村地帯に、電波は届くのかね?
そこでふと気づいた。ひょっとしたら、これはケータイではなく一般回線の話ではないか・・・?とても失礼かつ勝手極まりない想像なのだが、電話の普及がまだまだの地域があって、そこでは一般回線を引こうよ、と呼び掛けられているのではないか・・・?
一方でケータイ、一方で一般回線。実にいろいろな世界が、同じ国土の中にある。
第3話 中国人の日本人観 〜東北と、それ以外の地域の差異〜
ある中国人から聞いた話。どうしてそんな話になったのかが思い出せないのだが、中国人は日本人をどうみているのか、ということを教えていただいた。
いきなり結論を述べると、大多数の中国人は日本人を好意的に見ている、とのこと。かの戦争で国土がボロボロになったのに、そこから世界有数の国への経済発展を遂げた。それは賞賛に値するし、尊敬せずにはいられないものであるようだ。僕は戦争どころか、戦後の復興期もまるで知らない世代だけれど、第三者(しかも外国人)に言われると、やっぱりウチの親の世代ってのはスゴイのね、と思ってしまう。私見だが、現代の中国は目覚ましいほどの経済発展を見せているわけだから、日本の戦後復興期をお手本に考える人もいるのではないだろうか。
ところが、である。日本人をまったく好意的に見ていない中国人がある地域にかたまっている、という。中国東北部、その昔“満州”と言われた地域である。この話をしてくれた中国人は、気を悪くしないで下さいねとくり返してから、その理由を教えてくれた。
中国残留孤児、という人がいる。戦争によって中国に残るハメになった人、残らざるを得なかった人、いろいろな問題と事情がそこにあるのは、みなさんもご存じのことだろう。そう、残留孤児という人たちは、“敗戦国”の人である。中国に大迷惑をかけ、そして戦争に破れたのが日本だ。そんな敗戦国の人を、中国人はわざわざ預かって自分の子どものように育ててくれた。だから、現在でも残留孤児のみなさんという人々が健在であり、しかも帰国の念を持って生活しているのである。
しかし、残留孤児の人々の帰国がままなっていないのも、みなさんはご存じのとおりだろう。肉親判明率は年々低下し、現在では日本での対面調査も大幅に縮小された。もちろん、残留孤児の人々の国籍回復はかなわないことが多い。
そう、ここが問題なのだ。なんで日本という国は、私たちがキチンと育てあげた自国民をひきとらないの?肉親が分からなくたって、あなたの国の国民でしょ?戦争は不幸だった。それはしかたない。しかし、戦後もわざわざ残留孤児に不幸を強いてしまっていて、しかもそれが今に至っている。そんな国を信用できるわけがない。東北の人はこう考えているんです・・・
これは真実の言葉であろう。この話を聞いたときに、僕は返す言葉が出なかった。あなたは中国残留孤児の問題を、どう考えますか?