ひょんなことから、『裏北海道ノート』の“ネイティヴ北海道弁ヴァージョン”を、Ts君が作ってくれました。せっかくですから、ここに公開します。途中に懇切丁寧な注が入っていますが、これまたTs君の御尽力のたまものです。どうもありがとう。ポイントとなるところは文字色を変えてあります。せっかくですから関東共通語ヴァージョンと並べて、北海道弁を味わってみてくださいね。


裏北海道ノート 「前夜祭」 8/20(Fri)


おっと、日付が変わってしまったんだわ。夕食はみんながやってきて酒盛りになること間違いないんだべ。早めに寝ておくべか、そったらことを考えていた12時30分、電話が鳴り響いた。誰だべか?こったら時間に。待て、東京からの緊急連絡かもしれないべさ。
「はい、もしもし?」
「もしもし?Oでした

あら?Oさんだべ。確か木曜のうちに渡道して、友達のところに泊めてもらうとかぬかしてたな。
「いまどこさ?泊めてもらったんでなかったのかい?」
「断られた。今千歳駅前のローソンの駐車場」

はあ?断られたかい?きっと友達のところには女がいるに違いない、それでレンタカーの中で一夜を明かす決心をしたところだとか。夜勤明けでそのまま飛行機に乗って来たそうで、PHSの電波事情はバッチリだが、声が頼りないんだわ。 なまら不憫に思えたし、こったら時間に電話してくるのはきっとうちに泊めてくれとぬかすことなんだべさ。気を利かして提案した。
「したらさ、うち来るかい?」
「行ってもいいよ」
 ※注:「なまら」は「超」と同じ意味なので
    この場合は不適切かもしれない。また、
    「ぬかす」はそのことばの雰囲気からか
    あまり多用されていない

間髪入れずに返ってきたことばに、普段は温厚な俺が怒った。
「何!?その返事は!『行ってもいいのかい?』が正解だべ!何て失礼なんだ!」
ゆるくない失礼をばいたしたのさ!お邪魔してもよろしかったべか?」
 ※注:「ゆるくない・・・!」は普通に言うべき。直しようがない。
    なお、「ゆるくない=大変」は「つらい」「苦しい」の意味。
    また、北海道弁は標準語より敬語表現が発達していない傾向に
    あるので、敬語を使おうとするとどうしても標準語表現になる
    ことになる

打てば響くようなタイミングだが、ちっとも心に響かないたどたどしい敬語を連発するOさん。武士の情けだ、泊めてやるべか。 1時30分、Oさんがレンタカーで到着した。さっきのことは忘れてとりあえずビールで乾杯だべ。おや?ちゃんと冷やしたのにぬるいな。
「あー、ぬるいねOさん。いや申し訳ないね」
「うん、ちょびっとぬるい
 ※参考:「冷えてない」を表現したいときは
     受動態「冷やさってない」が妥当

したらぬるくてもうまい日本酒にしよう。売り言葉に買い言葉だべ。
「えー? 日本酒ですか、Tsさん。俺、夜勤明けなんだけどさ。千歳からマチまで眠くて力つきそうだったのに・・・」
 ※注:「マチ」は主として札幌市内各地から
    市街中心部を指すときに使う言葉。
    ただし札幌通勤圏では使用したところ
    で間違いとは言い切れない
有無を言わせずコップに透明な酒を注ぐ。根室の地酒「北の勝」。色も透明なら味も喉越しも透明だべ。つまみはなくてもスルスルとしみ込む。 酒は心の潤滑油、会話は弾む時間は過ぎるべ。気がついたっけ北国の短い夜が明けようとしていたんだわ。
「まずいよ、Oさん、こったら状態で千歳までみんな迎えに行けるのかい?俺だって今日出勤なのに」
「はっはっはあ、困ったねえ」
 ※注:「○○したっけ」は「○○すると」「○○したら」の意味。
    「○○したっけさぁ」というように使うこともできる。した
    がって「○○したが」のときには使用できないのが定説。
    「まずい」は「あずましくない」で代用できるが、「居心地
    が悪い」や「ふさわしくない」が本来の意味なので、この場
    合はまず使わない。また、どうしても心や体のどこかに引っ
    かかるときは「いずい」を使うが、この場合にはそれこそ
    「あずましくない」ので使わない
 ※用例:「グラフと説明文のレイアウトがあずましくない」
     「寝不足でコンタクトを入れるとどうもいずい」

もはや役に立たないOさん。時計は5時を回っているべ。あと3時間で酔いをさまして俺は会社へ、Oさんは後発のみんなを迎えに千歳空港に向かわなくてはならないっしょ。そうこうしているうちにOさんは寝袋をかぶって寝てしまったのさ。俺は寝たらまず遅刻するべさ。やむを得ず水を飲み、牛乳を飲み、コーヒーを飲み、何とかアルコールを排除しようとするべさ。ヨーグルトを食べ、トマトを丸かじりし、お茶漬けで朝飯を済ませるべ。 やんや、後発隊はそろそろ羽田に集まってくる頃だべ。連中に伝えておかなければなるまい。電話をかけてユーモアたっぷりに緊急事態を伝えたつもりだったが、どうも酔っぱらいのバカ電話としか受け取ってもらえなかったらしい。 結局Oさんは沈没したまま、睡眠20分の酒が抜けきらない俺は出勤することにした。午前中いっぱいで休みを取って後発隊を案内しよう。 正午頃自宅に戻るとOさんは俺の(!)布団から出てきて、 「おはよう」
 ※注:「やんや」は「いやいや」の音便。標準語訳は
    間投詞「あちゃー」が適当。
    「バカ」は単体では「たくらんけ」とも言うらしいが、聞いたことがない

この一言で怒りは頂点に達し・・・そうになったが、興奮のあまり俺は不整脈を起こしてしまったのさ。どこまでこの人は神経を逆なでするのか。 みんなは小樽にいるとのこと。したらOさん、酒は抜けたかい?みんなを迎えに、レンタカー小樽まで頼んだよ。 小樽までのR5は混雑していたんだわ。さて、他の人がたはどこにいるんだべか?
「あっ、ピッチ忘れた」

ウソだろOさん?忘れんなよそったら大事なもの。誰の携帯番号もわからないっしょや。もはやこうなっては怒りも感じないわ。小樽に着くと、ただ1人携帯の番号を覚えているMに公衆電話からかけるべ。
「Sさんの電話番号教えて欲しいんだけどさ、いまどこ?」
「いま函館」

あれ?ひとり室蘭に行ったはずだと思っていたのに函館?まあいい、彼のことだべ。何か深い考えがあってのことだべ。彼にSさんの番号を教わって、早速電話してみたっけ・・・間違い電話だわ。情けないけどさ再度電話するべさ。こうしてやっとSさんにつながった。居場所を尋ねると寿司屋の向こう側だという。そったら説明でわかるかい!小樽に住んでるわけでないっしょ。 ・・・それでも結構楽に見つかった。いやいや、皆さん聞いてくださいよ、この男のしでかした悪事の数々・・・てなわけで再会を祝したのであった。
 ※注:この場合の「いやいや」はそのまま生かした方がよい

(了)

『1999北海道ノート』入口に戻る