湘南新宿ライン体験記

 

2001年12月7日(金)快晴

 この日は、天気予報では北風の強い一日となるはずだった。ところが、朝からのそよそよ程度の微風はまるで厳しくない。それどころか天気が良すぎて、かえって暑いくらいだ。そんなお天気の日だったので、僕は神保町に本の買い出しに行くことにした。滅多にないことなのだが、“天気がいいから本の買い出しだ!それで勉強しよう!”という思いにかられていて、異常なまでの気合いを入れて自宅を出発したのである。ところが、魔が差したのは買い出しが終わった直後のことだった。このまま帰るのももったいないよなぁ・・・ふと時計を見ると時間はまだ14時、空はどこまでも青い。気合いを入れたのは1時間ほど前のことだったのに、自分向けの、非公開でコッソリと入れた気合いなんてモノはまるでアテにならない。そうだ、新宿湘南ラインに乗ってみよう。新宿から横浜に向かうよりも、せっかくだから横浜から新宿に乗りつけてみたかったので、横浜まで移動してから乗ってやれ、都営線と京急を乗り継いで・・・往復で2時間がせいぜいだろ・・・?まったくの思いつきから、この“旅”はスタートした。これは、ホントに往復で2時間ほどの、ホントに小さな“旅”の記録である。

 ここで、簡単でも「湘南新宿ライン」について説明せねばなるまい。関東在住の方でもごく一部(多くは神奈川県民)以外にはなじみのない響きかもしれないが、“湘南新宿ライン”は、さる12月1日に行われたJR東日本のダイヤ改正で登場した運用である。新規に開業したわけではなく、今までは高崎線や宇都宮線から池袋まで直通させていた列車などを延長する形で、横浜以南まで列車が走るようになったのだ。池袋からは埼京線を利用して新宿・恵比寿へ、その先は大崎から本来なら貨物線である線を経由してから横須賀線に入り、最終的に横浜・大船方面へと向かう。こういう路線の運用なのだが、実はこの区間を走る列車というのが初登場したわけではない。以前から東海道線の特急「踊り子」の中には、湘南方面からこの路線を経由して、新宿まで足を伸ばしていた列車があった。その区間に特急だけでなく鈍行列車も走らせようという目論見なのであるから、一見目新しそうではあるものの、ホントはそんなに目新しくないように思える。だがしかし。ダイヤ改正前に横浜から新宿まで鈍行で移動しようとするならば、東海道線で品川まで行き、そこから山手線に乗り換える必要があった。それが乗り換えなしになった上、最大で11分も時間が短縮されるという。これぞまさに“湘南新宿ライン”効果だ。ダイヤをせっせと(自主規制)たJR東日本の、久々のヒットだと(僕は)思う。それに、東北・高崎線から直接東海道線に乗り入れるという、いわば“掟破り”がついに行われることになったのだ。このタブーについて論じるのは端折らせていただくが、ウチの近所でおもろいダイヤ改正が行われた、ということは事実だ。だから、乗りに行ってみたいと思ったのである。

 まず、向かったのは都営地下鉄の神保町駅。横浜に移動するのに、都営三田線で三田へ、乗り換えて都営浅草線で泉岳寺へ、さらに京急線に乗り換えての横浜入りを目論む。地下鉄と私鉄を乗り継ぐわけだから、神保町から横浜までのきっぷは、お値段高めの510円。ムムッ、某チェーン店で今ならセール中の牛丼(並)が2杯食べられる・・・

 神保町から三田までは10分ちょっとである。読みかけの本に没頭する間もなく三田駅到着。すぐに浅草線ホームに移動すると、成田と羽田を結ぶエアポート快特(京成3700系)がやってきた。これは羽田空港に行ってしまうので、さすがに乗るわけにはいかない。で、次の直通快特三崎口行きに乗車。クロスシートの京急車を期待したが、やってきたのは京急車でもロングシートの車両だった。旅気分が出ないのだが、たかが横浜まで行くだけで旅情を求めるのは、いささかやりすぎというものだろうか。

 地下にある薄暗い泉岳寺駅を出発して、どんどん一気に高架まで駆け上がると、そこが品川駅である。さすがは京急のターミナル、平日の真っ昼間だというのに、品川駅はけっこう混んでいるように見える・・・実はホームが狭っ苦しいだけなのだが、乗客がどっと乗り込んできた。僕は個人的に京急ファンであるので、混雑は苦々しいものの、盛況はうれしい。まったくファンの心理などというものはろくなものではない、と自分でも思う。

 少々停車ののち出発。列車は快晴の都内を南下する。最初の停車駅は京急蒲田、羽田空港への接続駅だ。ちょうど空港からの列車が到着したようで、「那覇空港」と書かれた手提げ袋を持ったサラリーマンが乗ってきた(袋の中はウィスキーに見える。泡盛じゃないの?)。キョロキョロすれば、他にも全国各地の手提げ袋を持った人々が・・・いない。そんなに都合良くいるわけない。ブリーフケースを下げた出張帰りと見受けられる人がほとんどだ。まあ、平日の真っ昼間だもの。

 僕の乗った列車は“快速特急”という種別に違わぬ高速で、アッサリと横浜駅にすべりこむ(駆け込むと言った方が適切か)。ここは品川よりも乗降客が多い上にホームが狭いので、とってもゴミゴミしている。人をかき分けながら、なんとか改札の外へ。近くで売っている「豚まん」にちょっと魅かれる。そこで、やっと横浜についたような気がした。まあ、東京から横浜程度の距離を、気合い入れて移動する人なんて少数だろうが。

 いよいよ湘南新宿ラインに乗れる。いきあたりばったりで乗車することになるわけだから、最大20分待つ覚悟だった(湘南新宿ラインは1時間に3本の運行である)。だが絶妙の接続、あと7分ほどで列車がやってくるようだ。心の準備がイマイチだが、仕方あるまい。乗車ホームは東海道線ホームでなく、新川崎・西大井を経由するので横須賀線ホームだ。工事中でなんとなく薄暗い構内をてくてく歩く。

 ホームにあがると、ちょうど1本前の列車が発車したところだった。すぐにホームにアナウンスが響き渡る。営業が始まってまだ間もないせいか、間違えて乗車することがないようにという配慮だろうけど、断続的にやかましいほどのアナウンスが流れている。だが、ボンヤリ聞いていてもどこかぎこちないアナウンスだ。「次の列車は、湘南新宿ライン、籠原行きです。横浜を出ますと、恵比寿・渋谷・新宿方面に参ります。新宿・東京・千葉方面には参りません」・・・ん?

 やってきたのは、東北・高崎線に充当されているE231系だった。まだまだ新車だから、車内はこぎれいで明るいのが好ましい。車内はというと、座席がだいたい埋まるくらいだ。僕は個人的趣向のために立っていることにして、さっそくキョロキョロしてみる。ホームと車内との過剰なまでのアナウンスで、どうやら乗り間違えた人はいないらしいが、グッスリ寝ている人が1人。大丈夫かな?その他、睡魔はいたるところで活動中だ。こんな午後ののんびりした空気が流れる中、列車は順調に北上する。僕は久々の横須賀線の車窓を楽しむのだが、基本的に乗り馴れない区間なので、どうもしっくりこない。さらに、この列車は恵比寿まで止まらず、新川崎と西大井は通過する。本来の横須賀線ではありえないことなのだが、やはり乗り馴れないので、通過することにもまるで感動が湧かない。神奈川在住横須賀線ユーザーの鉄道ファンだったら、新川崎と西大井を通過するだけで大騒ぎなのではないだろうか。もっとも、これは快速に乗れば容易に満たされることなのだが。

 さて、いよいよ“ライン”を踏み越すときが来た。西大井の手前から列車は速度を控え、駅から2分ほどで、足下からコトコトとポイントを踏み越す音が聞こえてきた。本線は進行方向右手に大きくカーブするのだが、こちらは下り線を踏み越し、本線のさらにインをつく形で右方向へのカーブある。でも、本線のカーブがかなりゆったりしているので、こちら側が急カーブというわけではなく、ホントにフツーにポイントを過ぎただけに思える。しかし、以前なら貨物と特急の専用線であったはずの線路に、アッサリと横須賀線の線路と別れて入り込んだわけである。

 分岐してからの付近は急ピッチで路盤を整備しなおしたのか、あちこちにバラストが積んであった。車窓は特に面白みのない住宅地なのだが、その中を突っ切るこの道床がピカピカなので、新規開業した線路のようだ。そんな堂々とした路線を走り、線路が左カーブに変わったところで(考えてみれば、ダイヤ改正前も少数とはいえ特急が走っていたのだから、路盤整備不行届きなんてことがあるわけがないのだが)、JRの大井工場の一角をかすめることになる。そこで僕が見たものは・・・「つばめ」だ。これは重要文化財と言ってもいいかもしれない。えび茶色の車体で、かの特急「つばめ」に連結されていた一等展望客車だ。ずっと保存されていたのか復活したのかまでは、実は知らない。でも、後尾に「つばめ」のマークをつけた客車が鎮座ましましていた。その隣には“クモヤ90”を始めとするやはりえび茶色の古い電車が留置された一角が・・・一瞬のことだったので呆気にとられる間に過ぎてしまったが、大井工場に留置してある車両には要注意である。たぶん何かのイベント時にのみ使用されるのだろうが、こういった“遺産”をキチンと保存することは重要だ。それを拝めるのも、“湘南新宿ライン”開業の恩恵かもしれない。

 列車はゆるやかにカーブを進む。途中、先ほど別れた横須賀線本線のガードをくぐると、右手から山手線がやってくる。そのまま並走しようかというタイミング、そこはもう大崎駅だった。僕が乗ったこの列車は大崎駅には停車しない。いや、“大崎駅は存在しない”といった方が正確かもしれない。そもそも“湘南新宿ライン用のホーム”がないのだから仕方ないのだが、構内では大掛かりな工事が行われていた。どうやら“湘南新宿ライン”用のホームができる模様である。それが完成して列車が停車するようになると、当然ながら停車時間が発生するため、横浜から新宿までの区間では実質のスピード・ダウンとなってしまう。でも、便利になることは確実だ。さらに、山手線と東海道線も少しは空くかもしれない・・・僕がこの恩恵に預かることはまずないが。

 そんなことを想像しているうちに、列車は恵比寿駅埼京線ホームへと滑り込んだ。横浜から恵比寿まで直接乗り付けることができるなんて、やはりなんだかとても不思議な気がした。

 

 

2001/12/11

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