日帰り札幌雪まつり!


 「嘘から出た真よねぇ〜」とは、隣席のオフクロの言葉である。

 まったく突然、札幌雪まつりを見物に行くことになった。テレヴィのニュースで「雪像づくりが本格化」なんてやってたのが5日前で、ここにはもう飛行機に乗っている自分がいる。なんだか信じられないし、どっかの番組のような唐突さはある。でも、とにかく僕は1週間前にはまったく考えていなかった、札幌雪まつりに行くことになっちゃったのである。同行するのは、もとい僕が引率するのは言い出しっぺでありスポンサーでもあるオフクロだけ、しかも諸般の事情により日帰りである。北海道に日帰りというのはかなり頭の悪いことに思えるが、実はそうではない。だって、飛行機はポコスカ飛んでいるし、墜ちなければ80分ほどで千歳空港に着いちゃうのだ。大学の授業と同じような時間で北海道なのだ!

 さて、僕の旅行記は事前準備をくどくど書くのが恒例なのだが、今回はネタがない。なんせ、日帰りだから特に準備するものはないのである。予想最高気温は氷点下5度とのことだから、しばれるようなこともあるまい。念のためスキー用のタイツをリュックにしまうが、それよりもフツーのガイドブックの方が重要だろう。ぶらぶら歩き用の地図がついたガイドブックがあればいいのだ。あとは手袋だけは持っていきましょう。

 と、書いてしまってからはたと考えた。札幌雪まつりには、読者の中にも行ったことがある人はいるだろうし、ニュースでも毎年恒例お約束情報として流れまくっていた。そんなに詳しく説明しなくても、みんな知ってるのでは・・・?でもまあ、行ったことのない人の便を図るために、ちょっとだけ雪まつりに関するうんちくを。

 まず、会場は3ケ所に分散している。巨大な雪像がどーんと並んだ「大通会場」、氷像メインの「ススキノ会場」、ちょっと離れた自衛隊の駐屯地内で、雪の滑り台なんかも作られている「真駒内会場」(地下鉄南北線自衛隊前駅下車)。これらを1日で全部まわるのはそう難しいことではないが、僕は無理をせずに「大通」と「ススキノ」だけを見ることにした(どちらも札幌駅から歩いて行ける)。

 で、肝心の見物決行日としては、開幕前日がお勧めである。雪像はほとんど完成しているし、特にイベントをやっていないので観光客も少なく、ゆっくり落ち着いて見物できるからだ。もちろん、夜にはライトアップもしてくれる。大雪像前の各種イベントが目当てでないならば、ぜひ開幕前日に・・・ということで、僕たちも開幕前日の雪まつりツアーとなったのである。

 しかし、札幌も近いものである。朝の8時前に自宅を出発して9時の飛行機に乗り、新千歳空港から「快速エアポート」で36分。11時半にはもう札幌駅前に立っていたのだ。そう、「ラーメンを食べにちょっと札幌まで行ってきた」なんてのは、落語の世界だけではないのだ。現実にも、やってみたら大したことのないことなのかもしれない。

 札幌駅前は小雪が舞っていた。でも、そんなに気になる程度ではないし、それもいつしか止んでしまったほどだ。気温は氷点下5度、手袋をすれば問題のない気温である。さすがに耳が冷たいが、がまんできないほどではない。つまり、絶好の観光日和と言っていい状態なのである。そんな中まずは昼飯と、ススキノのラーメン横町に向かう。駅前通りをひたすら南下すればいいだけの話だ。札幌市内の道はヒーティングされているので、凍結していず歩きやすいし、歩道と車道の境だけなんとかすれば、危険を感じることもないはずだ。地下鉄ではさっぽろ駅(地下鉄はひらがな表記)からすすきの駅(やっぱりひらがな)まで2駅ほどだが、歩いたって大した距離ではない。初めて札幌に来た方は、散歩がてら歩いてみるといいだろう。

 実は、こんなことを書いている僕も、札幌をマトモに歩いたことがないのである。なんせ、札幌市内ではビール園詣でばかりで、それ以外の観光スポットにはまるで行ったことがない。テレビ塔然り、時計台然り、北海道庁然り。だから、オフクロの添乗員という名目ではあるのだが、自分の観光もしっかりと兼ねているのである。

 駅からぶらぶら歩くこと20分、ススキノに着いた。その交差点から、南東に半条づつ(<長いうんちくコーナー>札幌市内は基本的に碁盤の目なので、丁目の表記は数字だらけである。南北の境界は大通で、そこから南北に離れるにしたがって、南北それぞれ1条・2条と数字が増えてゆく。同様に東西の境界は創成川通りで、こちらは“丁目”で表記する。サッポロビール園は北7条東9丁目、ススキノ交差点は南4条西3丁目。ラーメン横町は、南4.5条西2.5丁目くらいに位置している。<終わり>)の行ったところにラーメン横町があった。本当に道幅が狭く(2mくらいか)、確かに“横町”である。横町の長さは50mくらいだろうが、そこにラーメン屋がビッシリと軒を列ねている。どこがおいしいか?そんなのは一目瞭然、“行列ができているか、客が誰もいないか”というどっちかなのだ。でも、いっぱい並ぶのはイヤだったので、ちょっとだけ並んで入れそうな店に決め、そこで味噌チャーシューメンを食べてみた。味噌がちょっと甘めなのがおもしろいが、特に驚くような味ではなかった。並んだほうが正解だったかもしれない。

 ラーメン屋のすぐ近く、ススキノ交差点から南に向かって、札幌雪まつりのススキノ会場がある。会場といっても、駅前通り(片側2車線)の中央寄り1車線づつをつぶして、そこに像を並べている、という格好である。ここの会場は氷像がメインで、ほとんどのものが製作中であった。ちょうど職人(製作者・・・?なんていうんだ?)が、氷の固まりに線を引いたものを、グラインダーや電気ノコギリで削っているところを見ることができた。でも、そんなに簡単に氷像はできない。氷に引かれた線を見ると、まだまだ完成には時間がかかりそうだ。きっと開幕当日に合わせて作業しているのだろうと考え、その場はすぐに後にしてしまった。

 駅の方に戻ること7〜8分。ススキノ交差点から北に4条(地下鉄1駅ぶん)行くと、そこが大通公園で、雪まつりの大通会場である。テレビニュースなどで一番取り上げられ、大雪像が並んでいるのを御存じだろう。1丁目会場(テレビ塔前)から12丁目会場(札幌市資料館前)まで、1.5kmほどにわたる長い会場になっているのである。まず僕たちはテレビ塔に昇って、会場を一望してみることにした。

 テレビ塔は、東京タワー(もしくは通天閣)みたいなのを想像していただければ、当たらずとも遠からず。展望フロア(有料)があって、大通公園だけでなく、札幌市近郊を一望できる。東京みたいに、やたらと高いビルが林立しているわけではない(ビルは多いけど)ので、眺めはなかなかのものだ。東は夕張の山が霞んでちょっとだけ、西には大倉山のシャンツェが見える。北は辛うじて日本海が、南は藻岩山に樽前山。そして、眼下には人口1,824,502(今年元日現在)の都市・札幌と、札幌圏全体での人口が200万人を超える地域が見渡せる。北海道の人口が570万人ほどだから、全道の3分の1強の人口が集まる地域をいっぺんに見渡せるのだ。北日本最大の都市を一望できるこの快感!観光スポットとしてはかなりベタな場所ではあるが、やはり外せないと思う。

 テレビ塔を降り、大通会場を見物することにした。まずは大きな氷像が1つ、なんと“太宰府天満宮”である。氷を削って神社を作ってしまうという企画を、最初にしたのは誰だろう?階や回廊まで忠実に作られ、あんな細さでよく折れないものだと感心するしかない作りである。その周りには小雪像が並んでいる。ここで注意してほしいのは、札幌雪まつりといえば、自衛隊が作る巨大な雪像がイメージされるだろうが、市民が作った小雪像・中雪像も数多く並んでいるのである。美術系専門学校生が作ったものあり、学校のクラブ単位、果ては個人(家族)まで。市民が参加できて、かつ主役となれる(迫力では大雪像に負けるが、それぞれが脇役ではなく主役なのだ)これだけの祭りってのは、他にあまりないのではなかろうか。

 開幕前日にしては人出が多いと思ったが、身動きが取れないようなことはない。一部の雪像では最終チェック(照明のセッティングや、イベントの打ち合わせ、カメラテストなど)が行われてて近付けなかったりしたが、ほとんどの雪像には近寄り放題、写真撮り放題、もちろんタダである。今年の大雪像は「ヨサコイソーラン」「トレヴィの泉」「JAL提供ミッキーマウス」「長嶋監督の胴揚げ」「日光大猷院殿」など。逆光だったのであまり写真が撮れなかったのだが、いくつか御覧いただこう(撮影はすべてオフクロ)。


太宰府天満宮の氷像

長嶋監督胴揚げ(左のジャビット君は似てるけど、監督は・・・)

トレヴィの泉

 

 個人的には、やっぱり大猷院殿が一番気に入った。寺社の細かい作りをしこしこ作業するのは容易ではないだろうし、実際に雪像を作っている自衛隊のみなさんが、そんなに寺社の造りに通じているとは思えない。それでも雪像はできてしまうのである(後に新聞で雪まつりの記事を見ていたら、雪像の設計にはかなりの測量技術が必要なのだそうである。崩れたら危険だし、なによりも相当の技術がないと、ホイホイと大雪像は作れないのだそうな)。しかしまあ、とにかく丹念な作業であり、“忠実”で“繊細”なのである。

これがその日光大猷院殿。照明取付中である。

 

 一方の中・小雪像。ピカチュウとドラえもんは安定した人気を誇っているが、それよりも絶対的に数が多かったのが“ハム太郎”。なんのキャラクターだか知らないのだが、会場のあちこちで目についたことから、人気が出ていることが分かる。それと、妙に気になったのは“アフロ犬3部作”。犬がアフロヘアーになっているのだが、妙に可愛い。その3匹が分かれた会場に置かれていたので、次はどんなものがくるのか、楽しめてよい。それと、見事な頭蓋骨下半分の雪像があった。タイトルは「Oh!歯〜〜!」(声に出して読んでみてください)。雪像を作るだけでなく、そのテーマにも遊びが見える。肩の力を抜いて、作り手・観客ともに楽しもうぜ、みたいなメッセージが隠されている、というヨミは深読みだろうか?でも、雪像だけたったかたったか見て行くような忙しい人は(それが悪いとは言わないけれど)、この遊びの存在に気づくことができまい。それはもったいない気がする。

同時開催の“国際雪像コンクール”より、タイ国チームの作業。
タイって雪が降るのかなあ?

 

 大通会場を見物し終えると、再びベタな観光を再開することにした。まずは北海道庁旧本庁舎へ向かう。大通会場を5丁目まで戻り、そこから北に2条ほど行けばすぐである。旧本庁舎とはいえ、道庁の会議などで使われている現役バリバリの建物だから、敷地内に入れるかちょっと心配だったが、正面で巨大な雪だるま(台座に“試される大地”だとか“北方領土返還”なんて書いてある。ちょっと不粋)に迎えてもらい、れんが造りの建物を鑑賞する。僕は建築学に造詣があるわけではないのだが、雪だらけのそこらへんと相反するれんがの色が印象的だ。夏には周辺の建物の中に埋もれてしまうのではないかと思うが(注・「初夏などあのレンガ色が若葉に実に映えるのだ」=Ts氏談)、それだからこそ冬に見物できてよかったと思う。

妙にかわいい雪だるまと、その奥が旧本庁舎。

 

 それから時計台(北1西2)に行ってみた。こちらは完全にビルの谷間の中で、あれ?これだけ?みたいな気がしてしまう。そんなに大きな建物ではないので、裏側から周りこんだ僕たちは、一瞬だがどこにあるのか気づかなかったほどだ(それはさすがにマヌケだけど)。なんてネガティブな第一印象を吹き飛ばす事態(?)が起った。

「カーーン    カーーン    カーーン」

 鐘の音だ。時計を見るとちょうど3時、なんとちょうどいい時間に来たことだろうか。これが札幌市民憲章に「わたしたちは時計台の鐘が鳴る札幌市民です」(資料提供・Ts氏)とうたわれた鐘の音なのだ。お寺の鐘ではないので長く鳴ることはないが、音の長さと、音と音の間が心地よく感じた。単なる鐘でないか、と思われる方があるかもしれない。しかし、ふと気づくと鐘の音が聞こえてくるなんてことが、大晦日の除夜の鐘以外にあるだろうか。我らが台東区の区歌も「鐘は上野か 桜に蓮に」で始まる。鐘の音が印象的だというのは、大いに誇りたいものだ。

 こうして観光を切り上げ、三越でおみやげを買った。僕は何気なく覗いた六花亭(バターサンドを売っている店)で、昨年の北海道旅行でハマッた“醍醐”を発見した。もちろん即買いしてその場でむしゃむしゃ食べてしまった。チーズケーキの香りと酸味がほのかにするお菓子である。要冷蔵なので、なかなか東京には持って帰れないのが残念だ。

 16時半に、そろそろ空港に戻るべく、駅に向かってぶらぶら歩き出した。今まで書かなかったが、札幌中心部は地下道が発達している(札幌駅地下からススキノまでと、大通公園下)ため、わざわざ地上を歩く必要はないのである。でも、せっかくだから地上を歩く。空はだんだん暗くなってきて、ちょっと寒くなってきた。と、再び大通会場の脇を通りかかると、もうライトアップが始まっている。これは完全に暗くなってからがきれいだろうが、僕たちに残された時間はほとんどないのが残念である。札幌市民にしてみればいつものお祭りなのかもしれないが、やはり僕たち本州の人間にとってみれば、うらやましいことこのうえないお祭りなのだ。もうちょっと見たいなと思うのは、やはり自然の感想というものだろう。

 夕食は新千歳空港のレストランだった。向かいにはもちろんオフクロ、もう感想をあーだこーだしゃべっている。費用は全部親もちという変わった親孝行(?)だったが、満足していただけたようでよかったよかった。それにしても、このサケ・イクラ丼とビールがうまいのなんの・・・

 自宅に戻った後、インターネットで新聞を読んでいると、「札幌雪まつり、開幕に向けて準備万端」という記事があった。ライトアップされた、大通会場の画像が載っていた。6時間ほど前までこの場にいたのかと思うと不思議な思いが、完全にライトアップされた夜の雪像が見られなかったと思うと残念な思いが。札幌雪まつりは、僕に両極端な感想を持たせるものであった。

2001/02/14(雪まつり閉幕翌々日)

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