2000年1月5日(水)
会場:横浜文花体育館
観衆:5000人(満員:主催者発表)
午後2時55分。
開始5分前の場内は、とてもプロレス興行の会場とは思えなかった。
客の入りだけ見れば、リングサイドの関係者席以外まず満員と言って差し支えない。無名ローカル団体の初興行としては奇跡と言っても良いだろう。
しかし、その構成には普段プロレスとは何の接点もなさそうな子供やその親といった家族連れが目立った。もちろんそれ以外の、通常のプロレス開場では大半を占めているはずのプロレスファンであろう客も多いのだが、割合から言えば尋常ではなかった。
念のため断っておくが、私は子供だからとてプロレスを見に来るのは一向に構わないと思う。いや、それどころかプロレスの将来を考えれば、子供達こそが見に来るべきだとすら考えている。そういった意味では場内は喜ばしい状況と言えるのだが、ただ、あくまで「普通では考えられないほどの子供の数」だったのだ。このことについてのSTE側の感想は興行終了後のコメント等で聞き出せたので、そちらを参照していただきたい。
兎にも角にも、STEの旗揚げ興行はそんな雰囲気の中始まったのだった。
午後3時10分。
開始予定時刻から待つこと10分、社長である綾小路の巨体がリング上に現れた。「選手兼社長の綾小路です。お待たせして申し訳ありません。間もなく開始致しますので、今しばらくお待ち下さい。
それと、謝りついでといってはなんですが、開始の前にもう少しだけ、STEを代表してのご挨拶をさせていただきたいと思います」綾小路は低く響き渡る声で、ゆっくり、そしてしっかりと続けた。
「興行名に旗揚げとある通り、今回は我々STEにとって初めての興行となります。しかも所属選手全員、日本国内で試合をしたことがありません。中には試合自体今日が初めてという者もいます。言ってみれば、みなさんにとっては我々全員が新人であり、今日が全員のデビュー戦なわけです。
そんな蓋を開けてみるまで何もわからないようなモノを、わざわざ金を払ってまで見ようと思う人はあまりいないでしょう。はっきり言いまして、私も見たいとは思いません。
つまり、少しでも、例えどんなに些細なことでも、まずはみなさんにSTEというものを知っていただかなければならないと言うことです。
そこでみなさんご承知の通り、今回は入場料を無料とさせていただきました。
今日、東京の後楽園ホールでも別の団体さんが旗揚げ興行を行うと言うことを考えれば、かなり卑怯なやり方ではありますが、全ては、少しでも多くの人に来ていただき、そして知っていただくためです。
どうせ今日はタダです。損することだけはありません。ですから、どうか最後まで見ていってやって下さい。選手一同、例えノーギャラであっても一切手を抜いたりは致しません。知っていただけさえすれば、今回はそれがギャラの代わりになるのですから。
どうかよろしくお願いいたします。
・・・以上で、旗揚げの挨拶とさせていただきます」
午後3時20分。
リングアナウンサーらしき茶髪の兄ちゃんがリングに上がり、今回の興行は黒井次郎と同じく四郎の二人を除いた選手全員でワンナイトタッグトーナメントを行うこと、さらにチーム構成とトーナメントの組み合わせはすでに前もってくじ引きで決めてあり、それは一回戦の各試合前ごとに発表していくということを発表した。
そして突然場内が暗くなり、リング上の茶髪兄ちゃんだけがスポットライトによって浮かび上がった。「大変長らくお待たせいたしました。これよりSTE処女試合、『旗揚げ記念ワンナイトタッグトーナメント』一回戦第一試合を行います」
「それではまずはじめに、青コーナー側、ジャフリー・マグワイア、スペルネグラ組の入場です!」
つい先日東上プロレス主催で行われた「Bridge for the Century〜from 1999 to 2000〜」に出場したのが功を奏したのか、意外にも声援は多かった。しかもネグラに対しては、リングインしたと同時にルードにとってはこの上ない声援と言えるブーイングすらあった。
「続きまして赤コーナー、ブライアン・ゴードン、松本泰由組の入場です!」
さわやかな入場テーマとともに入場してきたゴードン・松本組。しかし、なぜか「マツモトマーン!」という声援まで聞こえた。
ちなみにマツモトマン(「Bridge for the Century」に出場した謎のマスクマン)はこの試合にはまったく関係ない。謎である。
一回戦第一試合 ジャフリー・マグワイア スペル・ネグラ VS ブライアン・ゴードン 松本 泰由 先発はジャフリーとゴードン。ジャフリーは駆け引き無視で間合いを詰めコーナ際まで追い込む。
だが、ゴードンは慌てずにするりするりとかわしにかわし、逆にジャフリーの懐に潜り込むとファイヤーマンズキャリー。
早くも松本にタッチしたゴードンは立ち上がってきたジャフリーをもう一度ファイヤーマンズキャリーでマットに叩きつけ、そこへすかさず松本がスリーパー。
すぐに逃れたジャフリーだったが、基本に忠実かつ正確な松本の攻めにペースをつかめないままネグラにタッチ。
ネグラが出てきたところでジャフリー・ネグラ組はいきなりの合体パワーボム。このままペースをつかむかに思われたネグラだったが、松本のキックとグラウンドテクニックに阻まれ、結局すぐに引っ込んでしまう。
ジャフリーは松本をロープに振り返ってきたところをリフトアップしマットに叩きつけて反撃するが、結局完全にリズムに乗っている松本にはそれも単発にしかならず、お返しとばかりのロープワークで翻弄されてしまい、またもやネグラに助けを求める。
そしてネグラは出てきた早々大技ドクターボムを繰り出しなんとか松本のリズムを崩そうとする。だが松本は余裕の2カウントで返し、さらにカットに入ろうとしたゴードンに気を取られていたネグラの顔面へ狙い澄ましたハイキックでダウンさせると、上半身を無理矢理起こして後頭部めがけて低空ドロップキック。さらにネグラがうつ伏せになったところを裏アキレス健固めを極めるが、これはロープが近過ぎたためすぐにロープブレイク。
ここで松本はゴードンとタッチ。ネグラと正面から組み合ったゴードンは難なくバックを取ると、レッグトリップ→起こしてもう一度レッグトリップとネグラをもてあそび、その体重を生かしたのしかかるようなSTF。
なんとかロープに逃れたネグラをすかさずロープに振ったゴードンは、自らも反対のロープへ走ってランニングネックブリーカードロップ。ギロチンドロップを一発入れた後、起きあがってきたネグラに正面から組み付くと見せかけてまたもやバックを取ると、今度はベリートゥーバック。しかもそのままグリップを離さずに引きずり起こし、さらにもう一発!
さらに攻め立てようとネグラを引き起こそうとしたゴードンだったが、ふと怪訝そうな顔をしてネグラの顔をのぞき込んだ。そしてレフリーに向き直り何事かを言いながら首を振る。
よく見れば、確かに倒れているネグラの様子がおかしい。完全に意識を失っているようだ。
それを確認したレフリーは試合の決着を告げた。
ジャフリー × ネグラ ( 9分48秒 ※連続ベリートゥーバック
K.O.勝ち) ゴードン○ 松本 ※ゴードン&松本組が準決勝進出
試合後のコメント:ゴードン&松本組ゴードン「最後の終わり方は残念だ。本当ならあそこから盛り上げるところだったというのにね。しかしネグラを責める気もないよ。お互い様さ」
松本「確かにネグラの油断もあったとは思うけど・・・。俺も含めて全員が変に緊張していたから。ゴードンもそう言いたいんだと思うよ」
試合後のコメント:ジャフリー&ネグラ組ジャフリー「ネグラの意識が戻ってから改めてコメントするよ」
※第二試合後の守屋&藤田組のコメントを参照。
「引き続きまして一回戦第二試合を行います。まずは青コーナー側、黒井一郎・三郎組入場!」
兄弟揃って(一番下の零以外)「Bridge for the Century」に出場しなかったためか、客席の反応は今ひとつだった。
それ以前に、不気味なのか間抜けなのか妙に中途半端な雰囲気も、観客を戸惑わせたかもしれない。
コールされたときの声援も微妙なモノだった。「続きまして赤コーナー側、ミステル守屋・にいむら藤田組の入場です!」
こちらは一転してなかなかの声援。そしてブーイング。
それに気をよくしたのか、ゴングの前にミステル守屋がマイクを取り出した。「オイオイオイ、なんかガキがウジャウジャいるなー。・・・みんなー! こーんにーちわー! ・・・・・・ノリわりぃなぁオイ。だっからガキ嫌いなんだよ。
まーいーや、可愛げのねーガキの相手するためにマイク出したんじゃねーしぃ。
あのな、さっき綾っちもちらっと言ってたけどな、今日はオレ等全員ノーギャラなんだよ、ノーギャラ! やってらんねーよな? ん? だからな、このトーナメント、オーナー権限で賞金懸けてやるよ。優勝したらひとり100万だ! うはは! 以上!」
一回戦第二試合 黒井 一郎
黒井 三郎VS ミステル守屋
にいむら藤田優勝賞金によってやる気に火がついたのかどうかわからないが、立ち上がりから積極的に攻め合う両チーム。
初っぱなから守屋が喧嘩キックを決めれば一郎はボディスラム二連発からスリーパー、飛びつき腕ひしぎにはバックドロップ。藤田と三郎に交代しても流れは変わらず、藤田が自慢の石頭で攻め立てれば三郎は巨体を生かした重量感あふれる一発で立て直す。
試合が動いたのは、守屋と交代した藤田が出てきた早々場外へ放り出されてからだった。
場外戦を挑んだ三郎は藤田を鉄柵ホイップ。しかし、赤(守屋・藤田組)コーナー近くだったため、すぐにやってきた守屋に自分も鉄柵へ振られてしまう。そこを守屋・藤田組は合体パワーボムでマットのない床へ三郎を叩きつけ、藤田のセントーンに守屋の馬乗りパンチと一気に攻め込む。しかしそこへ一郎が駆けつけ藤田の注意を引きつけると、三郎は守屋を反対側の遠い鉄柵へ力任せにホイップ。これで形勢逆転。二人がかりで藤田をいたぶる黒井兄弟。
三郎が藤田にパイルドライバーを仕掛ける間、一郎は邪魔が入らないよう守屋が振られた方を注意していたが、リングの周りをぐるりと一周してきた守屋は一郎を背後から襲撃。振り向いた一郎へ飛びつき腕ひしぎ。これはすぐに三郎の邪魔が入ったが、起きあがりざまの低空ドロップキックで三郎に反撃した守屋は、その倒れた三郎を藤田にまかせ自分は一郎に照準を切り替える。
再び形勢を逆転し気を良くした守屋は三人を残し自分だけさっさとリング上へ戻り、偉そうに観客へアピール。しかしリング下では数の上で不利になった藤田が合体ブレーンバスターを喰らってしまい、それに気付いた守屋は大慌てでリング下へ舞い戻る。とりあえず手近にいた三郎を捕まえた守屋は、必殺・守屋ンドライバー(ゴッチ式パイルドライバー)で三郎の頭頂部を薄い場外マットに突き刺し、さらに馬乗りになってパンチを連打。
一方、一郎によってリングへ戻された藤田は、その一郎に隙をついた一本足頭突きの連打で反撃。そして両脇をカッパカッパと開閉してアピール。ブーイングを浴びヤケに嬉しそうな藤田。そこへ守屋によって三郎がリングに戻され、その三郎にも一本足頭突きにいこうと頭を大きく振りかぶるが、そうそう喰らってばかりもいられない三郎はそのガラ空きになった首にカウンターで袈裟切りチョップを振り下ろし、そのままこれでもかこれでもかと連打連打。
三郎は倒れた藤田を引きずり起こすと自分達のコーナーへ振り、悠然と歩み寄ってギロチンホイップ。
そしてエルボードッロップホールド。
守屋が慌ててカットに入ろうとするも一郎に阻まれ、ジ・エンド。
一郎
○三郎( 16分48秒 エルボードロップホールド) 守屋
藤田×※一郎&三郎組が準決勝進出
試合後のコメント:一郎&三郎組一郎「勝ったな、さぶちゃん」
三郎「勝ったね、いっちゃん」
一郎「百万入ったら何食う?」
三郎「オレしゃぶしゃぶ食べたいな」
一郎「よしじゃあ、しゃぶしゃぶ目指すぞー!」
三郎「しゃぶしゃぶー!」
試合後のコメント:守屋&藤田組守屋「んっだよアイツ等! 賞金かかったとたん目の色変えやがって。オレはオーナーだぞ! 一番偉いんだぞ!? 手加減ぐらいしろっての!」
藤田「そううそう、守屋さんはオーナーなんですよ? 手加減してやってくださいよ〜」
守屋「あ? 第一試合? あーあー。最後のアレね。ま、しょうがないんじゃない? ネグラのオッサン頭薄いんだから。クッションなんにもないところにあんなの喰らっちゃなあ? 髪薄いのを責めちゃかわいそうだって。うははっ」
藤田「あ、守屋さん守屋さん。そのハゲ親父が気が付いたみたいっスよ」
守屋「オイオイ、ハゲ親父って、オマエなんかつるピカハゲ丸君じゃねえか! うはは。まあいいや、ちょうどいいから呼んできてやれ。インタビューまだやってないんだろ?」
ネグラ「ウガー! 髪のことを言うなー!」
守屋「うはは。なんか怒ってんな。スペイン語で怒られてもなに言ってんだかわかんねーっての。」
藤田「ネグラさん、怒るとまた髪抜けますよ〜?」
ジャフリー「オオ、髪が薄いのが原因じゃあ仕方ない。こればっかりは思い通りにならないからな。ハッハッハー。気にするなよ、ネグラ」
ネグラ「ウガーッ!!」
「引き続きまして一回戦第三試合を行います。まずは青コーナー側、黒井零・五郎組の入場です!」
「Bridge for the Century」に出場していた零への声援が先ほどの試合の一郎・三郎とあまり違いがなかったのは、おそらくその黒井兄弟に共通する雰囲気からなのだろう。本人も気付いているのか、怪訝そうにキョロキョロ場内を見回している。
「続きまして赤コーナー側、綾小路響一郎・高木開海組入場です!」
先ほど代表挨拶をした綾小路は悠然と入場。その巨体と相まって迫力を越えた威厳の様なものすら感じられる。
片やパートナーの高木はこの試合が正真正銘のデビュー戦。かなり緊張しているらしく、周りの(綾小路に対する)声援も耳に入っていない様だ。
一回戦第三試合 黒井 零
黒井 五郎VS 綾小路 響一郎 高木 開海 零と五郎の二人を相手にガッツンドッカンバッタンと殴って蹴って叩きつけ、ひとりだけでこれでもかと言う程に圧倒してみせた綾小路は、その一方的な流れを作ったところでようやく高木にタッチ。
綾小路の作ってくれた勢いに上手くノッた高木はデビュー戦とは思えないほど良い動きを見せる。途中、合体パワーボム、旋回式バックドロップ、拷問逆片エビ固め、マンハッタンドロップ、ゴールドクラッシャー(釣り鐘ニースタンプ)と攻め込まれる場面もあったが、それでも怯まず突っ込んでいく若さ溢れるガムシャラファイトで自分たちの側にある流れをなんとか維持し切った。
再び綾小路がでてくると場内は割れんばかりの歓声に包まれ、それに後押しを受けた綾小路は滞空時間の長いブレーンバスターでワンクッション入れると、そのパワーにモノを言わせたパワーボムホイップ!
そのあまりの威力に、五郎は完全にノビてしまった。
デビュー戦とは思えない高木の働きと、そして何よりも綾小路の桁外れなパワーが光った試合だった。
零
×五郎( 16分57秒 ※ワイルドボムホイップ
K.O.勝ち) 綾小路○ 高木 ※綾小路&高木組が準決勝進出
試合後のコメント:綾小路&高木組綾小路「開海が良くやってくれたからな、やりやすかったよ」
高木「ッス! ありがとうございまッス!」
綾小路「入場の時はガチガチだったんで、オレが先に出てペースを取った上でって。全部思い通りにいったな」
高木「ホント、すごくいいカンジで出番まわしてもらって。、これでやらなきゃ男じゃないと思ったんで。デビュー戦だからとか言うのは頭から消えてたッス」
綾小路「向こうにもうちょっと見せ場やった方が良かった気もするけどな。でも、この良い流れのまま開海にもう一回くらいは試合やらしときたかったから。まあ、五郎はあんな中でもさりげなく自分を出せてたと思うし、零は俺みたいな重いヤツなんかよりジュニアの連中とやらないとなかなか上手くいかないだろうから。零は・・・あとネグラとジャフリーもだな、次回に乞うご期待ってコトで。とりあえずは開海、次も頼むぞ」
高木「オッス! お願いしまッス!」
試合後のコメント:零&五郎組五郎「・・・うぅ(目を覚ます)。ん?・・・あ、・・・なんか、負けちゃったみたいだねえ・・・」
零「負けちゃったよ、チクショー」
五郎「まあ、綾ちゃんが相手じゃあねえ・・・」
零「アイツはいるだけで反則だよ、チクショー」
五郎「開海ちゃんに狙いを絞ればいけるかと思ったんだけどねえ・・・」
零「計算外だよ、チクショー」
五郎「でもまだ一兄ちゃんとさぶちゃんが残ってるからねえ・・・」
「引き続きまして一回戦第四試合を行います。まずは青コーナー側、キラービー、ザック・ザ・ザッパー組の入場です!」
颯爽と入場してきたキラービー&ザック。旗揚げ前からSTEJrのエースとして紹介され、正統派ルチャドールでありながら「Bridge for the Century」ではジャパニーズスタイルにも順応しその実力の一端を垣間見せたとあって、会場内(特にプロレスマニア)から期待の込められた声援を受けるキラービー。
一方のザックは、パートナーそっちのけで花道をはずれて客席通路を練り歩き、自分のグッズをプレゼントしてまわるというやたらに旺盛なサービス精神を披露していた。「続きまして赤コーナー側、レッドウォーリアー、エル・ディアブロ組入場!」
場内の声援が爆発した。何事かと場内を見回すと、この場にいる子供のほとんどがレッドウォーリアーの名を叫んでいた。
自分に声援を送る子供達を嬉しそうに見回しながら、ノリノリで入場するレッドウォーリアー。ディアブロは淡々とその後ろに続く。
後で聞いた話によると、レッドウォーリアーは誰も頼んでいないのに、自発的に今回の興行の宣伝をしてまわっていたという。ただし、一度それに同行したキラービー曰く、「ただ子供と遊んでいただけ」なのだそうだが、なにはともあれ、この場内の様子はそういった事情によるものらしかった。
一回戦第四試合 キラービー ザック・ザ・ザッパーVS レッドウォーリアー エル・ディアブロ 子供達の大声援を受けてノリノリなレッドウォーリアーは、兄弟子キラービー相手に完全に自分のペースで立ち上がりの攻防を制し、師匠ディアブロにタッチ。代わったディアブロは、レッドウォーリアーと同じく手の内を知り尽くしている弟子のキラービーをロープワークで圧倒し、さらにねちっこいグラウンドで締め上げる。
同門の二人を相手に予想外の苦戦をしたキラービーは一旦ザックと交代。
なんとか流れを変えたいザックは、ジュニアとスーパーヘビーの体格の差を利用して相手の技をひとつずつつぶしていく。
しかし若いレッドウォーリアーにはそれも有効だったのだが、ベテラン・ディアブロはそれならばと軽妙なテクニックで対抗。
それでもなんとか一方的な展開から抜け出したキラービー&ザックはここから巻き返しをはかる。しかし対するレッド&ディアブロとて、そう簡単に巻き返されるわけにはいかない。
両者の力と技、スピードとインサイドワーク、そして意地と意地。それらが互いにぶつかり合い、試合は加速度的に白熱していく。
キラービーのスーパーダイビングヘッドバット、ザックのサンダーユー(SSD)がレッドに決まれば、ディアブロはカバージョ(拷問キャメルクラッチ)、レッドもトライアングルスコーピオン。キラービーが必殺リンギーナ(メキシカンストレッチ)を繰り出せば、すかさず師匠ディアブロが「この技はこうやるんだ」とばかりにお返しのリンギーナ。ジ・レイヤー(ラックボトム)をザックが決めれば、レッドも負けじとレッドサイクロン(カンクーントルネード)を連発。
これでもかと言うほどの大技の応酬に開場のボルテージも最高潮に達する。
この30分を超す熱戦にピリオドを打ったのは、やはりと言うべきか当然と言うべきか、ジュニアのエース・キラービーだった。
ディアブロを雪崩式の後方回転エビ固めでとらえたところへカットに入ってきたレッドに、この試合4度目のリンギーナ。これがよほど上手い具合に決まってしまったらしく、レッドは一瞬で気を失ってしまう。
その間にディアブロをザックがニンジャボム(サムライパワーボム)で叩きつけ、そのアシストを受けたキラービーがラ・マヒストラル。
リングの隅で完全に気を失っているレッドがカットに入れるはずもなく、レフリーの手は3回マットを叩いたのだった。
○キラービー ザック ( 31分3秒 ラ・マヒストラル) レッド ディアブロ×※キラービー&ザック組が準決勝進出
試合後のコメント:キラービー&ザック組キラービー「相手が相手だったから良い試合が出来るとは思っていたけど、まさかここまでスイングするとはね。でも、トーナメント、それもワンナイトトーナメントの初戦でやる試合じゃなかったよね。まあ、こんな事言うとヤスに怒られるかもしれないけど、もう次の試合に負けても良いよ。それだけの試合だったから。たぶん今日一番の試合じゃない?」
ザック「キラービーはあんな事を言っているが、オレ達は次も勝ちにいく。そしてその次もだ! キラービーだって、さっきのは口だけで本当はそのつもりのハズさ。今回のベストチームは間違いなくオレ達だ!」
試合後のコメント:レッド&ディアブロ組ディアブロ「実際肌を合わせてみて、キラービーがどれだけ成長したのかがわかったよ。もう明らかに私より強い。しかし、だからといって次も同じようにキラービーが勝つとは限らない。単純な実力差だけで何度も勝てるほどルチャリブレは甘くはない。私を復帰させたことを後悔させるくらいのつもりでやっていくよ」
レッド「応援してくれた子供達のためにも勝ちたかった。みんな、ゴメンナサイ」
リング調整の為の休憩時間を挟んで、準決勝が行われた。
準決勝第一試合 ブライアン・ゴードン 松本 泰由 VS 黒井 一郎
黒井 三郎一回戦では不完全燃焼ながらエースとされるその実力の片鱗を見せた松本。そして強烈なスープレックスでネグラをK.O.して見せたゴードン。
対する一郎・三郎は一回戦には勝ったものの、これといった印象を残していない。この準決勝でもそれは変わらず、序盤こそじっくりとしたせめぎ合いだったが、徐々にゴードン・松本組のペースとなった。
中盤こそ場外戦でペースを引き戻した黒井兄弟だったが、それも結局は一時的なものでしかなく、松本の蹴りとゴードンの各種スープレックスの前にズルズルと劣勢に追い込まれる。
袈裟斬りチョップの連打やツープラトンのブレーンバスターでなんとか反撃に転じようと粘った黒井兄弟。だが、それも大した意味をなさなかったようで、結局はゴードン・松本組の余裕の勝利に終わった。
ゴードン ○ 松本 ( 23分11秒 胴締めスリーパーホールド) 一郎
三郎×※ゴードン&松本組が決勝進出
試合後のコメント:ゴードン&松本組松本「俺達は一回戦、試合が途中で終わっちゃったようなもんだったし。それに比べて向こうは勝ちはしたけど結構やられてたみたいだから。ま、これで決勝に勢いつけられただろ」
ゴードン「ヤスはグッドパートナー。そしてなによりベストファイターだ。気心も知れているから安心して組める。とてもやりやすいよ」
試合後のコメント:一郎&三郎組一郎「負けたな、さぶちゃん」
三郎「負けたね、いっちゃん」
一郎「賞金、もらえなくなったな」
三郎「もらえなくなったね」
一郎「しゃぶしゃぶはお預けだな」
三郎「しゃぶしゃぶぅ〜!」
準決勝第二試合 綾小路 響一郎 高木 開海 VS キラービー ザック・ザ・ザッパー片や一回戦からその桁外れなパワーで観客の度肝を抜いた綾小路と、今日がデビューながら気合い溢れるファイトで健闘した高木。
片やもレッドウォーリアー&ディアブロ組との白熱した激闘を制し、その波に乗っている、キラービー&ザック組
この準決勝第二試合には、嫌が応にも期待が高まっていた。
ただ、一回戦を“馴らし”の段階で終わらせてしまった綾小路・高木組に対し、キラービー&ザック組の一回戦は30分を越えている。スタミナ面では明らかに綾小路・高木組に分があった。
立ち上がりから連携を多用して綾小路のパワーに対抗、ひいてはスタミナ面での不利をカバーしていこうとするキラービー&ザック組。Wでのドロップキック、ブレーンバスターといったツープラトン技を中心に綾小路を攻め立てる。
いくら高木が健闘を見せたとは言え、それも綾小路の圧倒的な強さによって作られたリズムによるところが大きかった。つまり、綾小路を潰すとはいかないまでもある程度押さえ込むことが出来れば、ド新人高木はそうそう良い動きも出来ないばかろか逆に弱点でしかなくなると踏んだのだろう。そしておそらくその読みは正しい。
しかし、そんなキラービー&ザック組の目論見も、綾小路にはお見通しだった。
キラービーが見せた一瞬の隙をついて、力任せにパワーボムホイップ!
この一撃で、一回戦の黒井五郎と同じく完全に意識を失ってしまったキラービー。
両チームとも一度もタッチしていない序盤での、あまりにあっけない幕切れ。高木に至っては、一度もエプロンから動かないまま終わってしまったのだった・・・。
○綾小路 高木 ( 4分43秒 ※ワイルドボムホイップ
K.O.勝ち) キラービー× ザック ※綾小路&高木組が決勝進出
試合後のコメント:綾小路&高木組綾小路「悪かったな、あんな事を言ったそばから出番もやらないで」
高木「いえ、とんでもないッス!」
綾小路「一回戦終わった後『もう負けてもいい』なんて言ったらしかったんでな。そんな勝つ気のないヤツ相手に、貴重なお前の体力使わせんのもバカらしいだろ? だからどうせなら、今の試合の分も次の試合にぶつけてやれ」
高木「ッス! わかりましたッ!」
試合後のコメント:キラービー&ザック組キラービー「まだ少し頭がぼーっとしてるけど、それで良かったらコメントしますよ」
ザック「大丈夫か?」
キラービー「ありがとう。大丈夫だよ、ザック。・・・それよりもキョウのヤツ、なんだか怒ってなかったか?」
ザック「例の言葉を聞いたんだろう。確かにアヤノコージの気持ちも分かるが、それだけすばらしい試合だったという最大級の表現じゃないか」
キラービー「まあそうなんだけどね。でも、口にした時点で心のどこかでそういった気持ちが出来てしまったのも事実だよ。向こうはただでさえ開海がいたんだ、そんな心構えのヤツとやらせたくないっていうのもあったんだろうね」
ザック「なるほど、確かにな。とは言っても、過ぎてしまったことは仕方ない。気持ちを切り替えて次で頑張るしかないな」
キラービー「そーゆーことだね。ああそうそう、まだちゃんとした話ではないんだけど、TWCさんとこの『飛翔』に俺と、あと出来ればレッドもって形で参加申し込みしたんだった。とりあえずその辺もあることだし、頑張りますよ」
先の試合のあまりに意外な結末に場内が騒然とする中、いつの間にかリング上にミステル守屋とにいむら藤田が上がっていた。
守屋「オイ! 今日はもう次の決勝で終わりだけどな、今日の試合だけでオレ等がわかったなんて思ってんじゃねーぞ! いいか! 今日はあくまでお披露目だ! 本番は次からだってコト、わかってんのかテメーラ! 次からな、俺達にはスゲー人が付いてくれるんだよ! エー!? 誰だか知りたきゃ今度は金払って見に来い! わかったかエー!」
藤田「そうだぞー! わかったかー! いいかぁー、オレタチー・・・」
守屋「ユーエフーー・・・ゼローッ!」
藤田「ゼ、ゼロー!」もっともらしいことは言っていたが、本当のところは自分たちが目立ちたいだけだったのだろう。
現にそのお陰で観客は完全に引いてしまっていた。
しかし、当の二人は場内の雰囲気などお構いなし。好き勝手に言うだけ言うとサッサと消えてしまった。
なんという無責任っぷり。この興行が失敗するということは最終的には自分にも損害が及ぶということがわかっていないのだろうか?・・・それはそれとして、よくよく考えてみると彼等の言ってた内容にも気になる点がなくもない。
彼等に付いてるという“スゲー人”とは?
「ゆうえふぜろ」と聞こえた最後の台詞は?
その二つは関連があるのだろうか?
それ以前に、ただの出任せという可能性の方が高いことには変わりはないだが。
それに、なぜだかわからないがそう思っておいた方がいい。そんな気がした。
「ただいまより本日のメインイベント、『旗揚げ記念ワンナイトトーナメント』決勝戦を行います!」
控えめな拍手と歓声。全ては直前のマイクパフォーマンスの成果だ。
「まずは青コーナー、ブライアン・ゴードン、松本泰由組入場!」
ファイナリストの入場にしては寂しい声援。
しかし、事情がわかっているのか元から気にしていないのかハッキリとした理由は兎も角、入場してきた二人には気にしている様子はない。「続きまして赤コーナー、綾小路響一郎、高木開海組入場!」
2試合連続で衝撃のK.O.劇をやってのけた綾小路。その巨体が花道に現れると、場内は悲鳴にも似た歓声に包まれた。
片や一回戦で予想外の大健闘を見せた高木にも、「がんばれー!」「ア・ケ・ミ・ちゃーん!」といった暖かい声援が送られている。
決勝戦 ブライアン・ゴードン 松本 泰由 VS 綾小路 響一郎 高木 開海 綾小路&高木組。高木の新人らしからぬ健闘があったとは言え、それでもこのチームは綾小路ひとりの力で勝ち上がってきたと言っても過言ではない。誰もがそう思い、そしてそれは間違いなく的を射ていた。
しかし、綾小路にばかり気を取られていた結果、ゴードン&松本組はド新人高木に足許をすくわれる結果となった。これまで同様先発をかって出た綾小路は、開始早々、なんと150kg近いゴードンをリフトアップ!
このまさに人間離れした怪力に面食らったゴードンは何もしないまま松本にタッチ。二人がかりのバックドロップから松本がスリーパー。これは力任せに引き剥がされたが、続いてバックドロップホールド、スクリューハイキックと大技攻勢で一気にペースを掴もうとする松本。
しかしその程度では怪物にダメージを与えられないのか平然と起きあがった綾小路はお返しとばかりに、アルゼンチンバックブリーカーに担ぎ上げた状態で頭からマットに叩きつける荒技、ギガントハンマーを炸裂させる。
そのあまりの威力にもんどり打って場外に転落しする松本。
さらに追い打ちをかけようとする綾小路。
そこへ素早く駆けつけたゴードンが逆にブレーンバスターで綾小路を場外マットに叩きつけ、「ヘイ! ヤス! スタンダップ!」と松本を叱咤。
しかし、さらにそこへ駆けつけた高木が蘇生したばかりの松本を捕まえ、起きあがってきた綾小路とともに合体パワーボム。残ったゴードンを高木がパワーボムで叩きつける内に、綾小路も一回戦・準決勝で対戦相手をK.O.した驚異のパワーボムホイップで松本に追い打ち。
松本がようやくリング内に戻れたと思えば、今度はさらに綾小路のジョンスパイク、バックドロップ&チョークスラムの合体技でダメ押し。
松本もフラフラになりながらも一瞬の隙をついたビクトル膝十字からなんとか反撃に移ろうと試みるが、あまりに大技を喰らいすぎた。
最後は綾小路に「お前が決めろ!」と送り出された高木が、気合いを叩きつけるようなラリアットからボストンクラブで締め上げ、デビューしたその日にエースからギブアップを奪う大金星を上げた。
ゴードン × 松本 ( 5分47秒 ボストンクラブ) 綾小路
高木 ○※綾小路&高木組の優勝
試合後のコメント:綾小路&高木組綾小路「やったな」
高木「ッス! スパーでいつもいいようにあしらわれてた松本サンから、自分がギブアップ取れたなんて、しかも決勝っていうスゲエ試合でなんて、ホント、夢みたいッス!」
綾小路「まあ、俺達は省エネでこれたからな。成り行きで取れたってのも確かだけど、その反面、上手く条件さえ整えられればお前にだってアレくらい出来るってのがわかっただろ?」
高木「ッス! イイ経験させてもらいました!」
綾小路「これからもこの調子でガンガン頼むぞ」
高木「ッス! ありがとうございましたッ!」
試合後のコメント:ゴードン&松本組松本「・・・油断だな」
ゴードン「そうだ。我々はアヤノコージを怖れすぎていた。そして、アケミを軽視しすぎていたんだ」
松本「試合を支配していたのは響一郎だった。それは間違いなかったんだ。ただ、その中で開海があそこまでやれるとは思ってなかった・・・、いや、ただ単に開海をナメてたんだろうな」
ゴードン「優勝を逃したのは残念だが、彼らは優勝するに相応しいチームだ。素直に祝福するよ。アヤノコージ、アケミ、コングラッチュレイション。オメデトウ」
松本「『エースはお前でいく』って言われてから、余計なことに捕らわれすぎていたのかもしれない。キラービーと一緒に一からやり直しだな」
「本日はご来場いただき、誠にありがとうございました。次回は1月29日、清水が丘市民公園体育館での興行を予定しております。またのご来場、STE一同心よりお待ちしております」
午後6時5分。
開催前からいろいろと物議を醸しだしたSTE旗揚げ興行はなんとか無事(?)に終了した。
興行終了後のコメント:綾小路(社長)「決勝の前に守屋が言っていたように、今日はあくまでお披露目。本番は次から。これからウチらしさを見せて、それで金を取った上で今日ぐらい人が入るようにしないと。だから今日良かったヤツも悪かったヤツも、結局はこれからです。とりあえずは作戦第一段階成功ってところかな。
あと、子供が異常に多かったってコトですが、まあ、狙い通りと言えば狙い通りです。冬休みでもちょうど半端な時期でしょう? 暇してるだろうと思っていたし、レッドがヤケに張り切って営業・・・って言うよりも宣伝かな? かけてくれたましたし。それに、一般のプロレスファンもそれなりに来てくれたみたいですしね。
ああそうだ、遊楽園のF−Fさんの方、客入りはどんな感じです?
・・・そうですか。
ウチのバカオーナーが本決まりの前に口滑らせたせいで強引に話題もって来ちゃったところがあったしな・・・。だから本当はもう少し慎重にやりたかったんですよ。ひとり勝ち狙ってたわけじゃないんでね。
とは言え、あんまりウチが責任感じてても向こうに失礼ですよね?
何かメッセージ?
とりあえず、そのうち交流戦でもしましょうって。 まあ、これはF−Fさんに限ったコトじゃありませんが。
さて、結果は兎も角みんな自分なりに頑張ったんでね、とりあえず今日のところは賞金でみんなに何か美味い物でもオゴってやりますよ」
守屋(オーナー)「いいか! 次だ次! 次みてろよ! うはは!」
綾小路・守屋両氏ともしきりに強調していたのが、「今回はあくまでお披露目で、本番は次回から」ということだ。
実際、選手個人に対する感想は出てくるが、興行全体の感想というのはこれといって思い浮かばない。つまり、今回は“選手のお披露目”であって、団体としての方向性を示すのは次からだと言うことなのだろう。
決勝前にミステル守屋が言っていたこともある。
STE。これから注意しておかなければならない団体・・・かもしれない。