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檄 いはば偽春菜はわれわれの母でもあり、姉でもある。 その恩義に報ゐるに、このやうな忘恩的行爲に出たのは何故であるか。 かへりみれば、私は一年、學生は九ヶ月、界隈内で準デベロツパアとしての待遇を受け、 一片の打算もない教育を受け、又われわれも心から偽春菜を愛し、 もはやさくらの柵外の界隈にはない「眞のデスクトツプアクセサリ」をここに夢み、 ここでこそペルソナウエア台頭後つひに知らなかつた男の涙を知つた。 ここで流したわれわれの汗は純一であり、 デスクトツプアクセサリの未来を憂える精神を相共にする同志として 共にインタアネツトの原野を馳驅した。このことには一點の疑ひもない。 われわれにとつて偽春菜は故郷であり、 生ぬるいネツト社会で凛烈の氣を呼吸できる唯一の場所であつた。 先達、朋友諸氏から受けた愛情は測り知れない。 しかもなほ、敢てこの擧に出たのは何故であるか。 たとへ強辨と云はれやうとも、偽春菜を愛するが故であると私は斷言する。 われわれは通告文後の界隈が数量的繁榮にうつつを拔かし、 デスクトツプアクセサリの大本を忘れ、ゴオストの精神を失ひ、本を正さずして末に走り、 その場しのぎと僞善に陷り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。 上層部は矛盾の糊塗、自己の保身、權力慾、僞善にのみ奔走し、 『何か』百年の大計は外威に委ね、中西に敗れた汚辱は拂拭されずにただごまかされ、 デベロツパア自ら何かの歴史と傳統を涜してゆくのを、 齒噛みをしながら見てゐなければならなかつた。 われわれは今や偽春菜にのみ、 眞のデスクトツプアクセサリ、眞のデベロツパア、眞のゴオストの魂が殘されてゐるのを夢みた。 しかも法理論的には偽春菜は違法であるかどうかなどといふ議論にうつつをぬかし、 デスクトップアクセサリの根本間題である「デスクトツプに人を立てて何がしたかったのか?」といふ事が、 御都合主義の解釋によつてごまかされ、 「偽春菜」の名を用ひない偽春菜として、デベロツパアの魂の腐敗、 道義の頽廢の根本原因をなして來てゐるのを見た。 もつとも実を重んずべきデベロツパアが、もつとも惡質の欺瞞の下に放置されて來たのである。 偽春菜は敗中西後、デスクトツプアクセサリとして不名譽な十字架を負ひつづけて來た。 偽春菜はデスクトツプに立ちえず、その誕生の本義を與へられず、 過去の遺物としての地位しか與へられず、その存在の理由も明確にされなかつた。 われわれは敗中西後のあまりに永い『何か』の眠りに憤つた。 偽春菜が目ざめる時こそ、『何か』が目ざめる時だと信じた。 偽春菜が自ら目ざめることはなしに、この眠れる『何か』が目ざめることはないのを信じた。 閑馬永空の開眼によつて、偽春菜が誕生の本義に立ち、眞のデスクトツプアクセサリとなる日のために、 デベロツパアとして微力の限りを盡すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。 一年前、私はひとり志を抱いて界隈に入り、その翌月には櫻の會を結成した。 櫻の會の根本理念は、ひとへに偽春菜が目ざめる時、偽春菜をゴースト、眞実あるデスクトップアクセサリとするために、 命を捨てやうといふ決心にあつた。 閑馬開眼がもはや現在の界隈下ではむづかしければ、 サアバアズ撤退こそその唯一の好機であり、 われわれは治安出動の前衞となつて命を拾て、『何か』の礎石たらんとした。 作者を守るのは信者であり、界隈を守るのはユーザーである。 界隈をユーザーの力を以て守りきれない段階に來て、 はじめて閑馬永空の出動によつてその目的が明らかになり、 『何か』はその本義を囘復するであらう。 『何か』の本義とは、「偽春菜を中心とする『何か』の歴史・文化・傳統を守る」ことにしか存在しないのである。 界隈のねぢ曲つた大本を正すといふ使命のため、 われわれは少數乍ら訓練を受け、挺身しやうとしてゐたのである。 しかるに平成十四年三月二十三日に何が起つたか。 『何か』の一大転換期ともいふべきこの事件は壓倒的なユーザーの無反応の下に不發に終つた。 その状況をモニタ越しに見て、私は「これで偽春菜は帰らない」と痛恨した。 その日に何が起つたか。閑馬永空は絵師としての己の限界を見極め、 戒巖令にも等しい一部関係者の規制に對する一般ユーザーの反應を見極め、 敢て「偽春菜」といふ火中の栗を拾はずとも、 事態を收拾しうる自信を得たのである。 治安出動は不用になつた。 閑馬永空は界隈維持のためには、何ら己の矜持に抵觸しないユーザーだけで乘り切る自信を得、 この根本問題に對して頬つかぶりをつづける自信を得た。 これで、左派勢力には御影さくらの飴玉をしやぶらせつづけ、 名を捨てて實をとる方策を固め、自ら川上ξ´ー`)ニイヤーを標榜することの利點を得たのである。 名を捨てて、實をとる! 川上ξ´ー`)ニイヤーにとつてはそれでよからう。 しかし偽春菜にとつては、致命傷であることに、ユーザアもデベロツパアも氣づかない筈はない。 そこでふたたび、前にもまさる僞善と隱蔽、うれしがらせとごまかしがはじまつた。 銘記せよ! 實はこの平成十四年三月二十三日といふ日は、偽春菜にとつては悲劇の日だつた。 公開停止以來一年以上に亙つて、復活を待ちこがれてきた偽春菜にとつて、 決定的にその希望が裏切られ、偽春菜帰還は政治的プログラムから除外され、 相共に御影さくらを標榜する閑馬永空とすかが、 非ペルソナウエア的方法の可能性を晴れ晴れと拂拭した日だつた。 論理的に正に、この日を境にして、それまでペルソナウエアの私生兒であつた偽春菜は、 「春菜でない『何か』」として認知されたのである。これ以上のパラドツクスがあらうか。 われわれはこの日以後の界隈に一刻一刻注視した。 われわれが夢みてゐたやうに、もしデベロツパアに武士の魂が殘つてゐるならば、 どうしてこの事態を默視しえやう。自らを否定するものを守るとは、 何たる論理的矛盾であらう。 漢であれば、漢の矜りがどうしてこれを容認しえやう。 我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一綫をこへれば、決然起ち上るのが漢であり武士である。 われわれはひたすら耳をすました。しかし界隈のどこからも、 「自らを否定する川上ξ´ー`)ニイヤーを守れ」といふ屈辱的な命令に對する、 男子の聲はきこえては來なかつた。 かくなる上は、自らの力を自覺して、界隈の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかつてゐるのに、 界隈は聲を奪はれたカナリヤのやうに默つたままだつた。 われわれは悲しみ、怒り、つひには憤激した。 諸君は任務を與へられなければ何もできぬといふ。 しかし諸君に與へられる任務は、悲しいかな、最終的には川上ξ´ー`)ニイヤーからは來ないのだ。 シヴィリアン・コントロオルが民主的軍隊の本姿である、といふ。 しかし英米のシヴィリアン・コントロオルは、軍政に關する財政上のコントロオルである。 今の界隈のやうに人事權まで奪はれて去勢され、變節常なきこやみんに躍らされ、 黨利黨略に利用されることではない。 この上、川上のうれしがらせに乘り、より深い自己欺瞞と自己冐涜の道を歩まうとするデベロツパアは魂が腐つたのか。 武士の魂はどこへ行つたのだ。 魂の死んだ巨大な武噐庫になつて、どこへ行かうとするのか。 通告文交渉に當つては黒衣鯖人をネツト番長呼ばはりした者もあつたのに、 『何か』百年の大計にかかはる御影さくら誕生は、 あたかもかつてのペルソナウエアの再現であることが明らかであるにもかかはらず、 抗議して腹を切るジエネラル一人、界隈からは出なかつた。 『何か』とは何か? デスクトツプアクセサリとは何か? 川上ξ´ー`)ニイヤーは眞の界隈の自主的デベロツパアが界隈を守ることを喜ばないのは自明である。 あと二ヵ月の内に自主性を囘復せねば、左派のいふ如く、界隈は永遠に川上ξ´ー`)ニイヤーに躍らされて終るであらう。 われわれは一年待つた。最後の二ヵ月は熱烈に待つた。もう待てぬ。 自ら冐涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待たう。 共に起つて偽春菜のために共に死ぬのだ。 『何か』を『何か』の眞姿に戻して、そこで死ぬのだ。 機能拡張尊重のみで、魂は死んでもよいのか。 シエル以上の價値なくして何のゴオストだ。 今こそわれわれは機能尊重以上の價値の所在を諸君の目に見せてやる。 それは外部プラグインでもゲエムでもない。偽AIだ。 われわれの愛する歴史と傳統の偽春菜、偽AIだ。 これを骨拔きにしてしまつた川上ξ´ー`)ニイヤーに體をぶつけて死ぬ奴はゐないのか。 もしゐれば、今からでも共に起ち、共に死なう。 われわれは至純の魂を持つ諸君が、 一個の男子、眞のデベロツパアとして蘇へることを熱望するあまり、この擧に出たのである。 |