METビューイング R.シュトラウス楽劇『ばらの騎士』(2010年2月2日)




指 揮 : エド・デ・ワールト
演 出 : ナサニエル・メリル


《キャスト》

元帥夫人    : ルネ・フレミング
オクタヴィアン : スーザン・グラハム
ゾフィー     : クリスチーネ・シェ−ファー
オックス男爵  : クリスティン・ジグムンドソン



前回の『ホフマン物語』と同様、新宿ピカデリーで観賞しました。
スクリーンはNo.6ではなく、大きなNo.1のホールでした。

この作品は、オペラといっていいのですが、19世紀後半にワーグナーが作曲した一連の作品群らと同様、オペラよりもっと大きな総合芸術的な作品ということで「楽劇」(Musikdorama) と呼ばれていますが、このリヒアルト・シュトラウスの作品も一般には「楽劇」と呼ばれています。
初演は1911年1月26日、ドレスデン宮廷劇場です。(私の誕生日と同じ日だからこんなにもこの作品に心惹かれるのかしら?)
『サロメ』、『エレクトラ』で世を騒がせたこの作曲家の新作『ばらの騎士』は欧州楽界の注目を浴び、各国から見物人がドレスデンに押し寄せ、臨時の『ばらの騎士』列車がベルリンとドレスデンの間を走ったそうです。

今回このMETの上演が成功しているのは、エド・デ・ワールトというオランダの指揮者の力量がすばらしかったからでしょう。 一つ一つの音楽のフレーズが歌に沿って優しく包み込むように流れているのです。 高貴な雰囲気の音楽をとても上品に表現していました。
彼は時々NHK交響楽団の客演にも来ています。 昨年4月にも指揮していました。 メトのオケも完璧に彼についていっていました。  楽団一人一人本当にすばらしい演奏でした。
メトロポリタン歌劇場のオーケストラの潜在能力のすごさが改めてわかりました。

この音楽はウイーンにおける貴族社会を舞台にした世紀末的芸術作品ですので、どうしてもウイーン風音楽というものを意識しないわけにはいきません。 音楽全体がいつもウイーンの香りを漂わせているのです。

私はこの作品が大好きで深い思い入れがあります。
カラヤンの指揮するザルツブルグ音楽祭(1960年)でのライブ収録の映画『ばらの騎士』を見たときからです。
私が大学生だった当時の銀座ヤマハホールでよく上映されていました。 
数え切れないくらい見に行きました。
二期会の研究生だった頃、第3幕の3重唱のハイライトを元帥夫人は私、オクタヴィアンは青木美稚子、ゾフィーが日越喜美香で歌いました。
それぞれが思い思い心情を歌い上げるクライマックスです。
オーケストラとオクタヴィアンとゾフィーは4分の3拍子で書かれ、元帥夫人だけが4分の4拍子という少し複雑になっている部分もあります。 そのような部分は初め練習するときは難しく感じますが、合わせていくうちにその複雑さが音楽の深さに繋がっていくのですから、うまく書かれていると感心させられます。

元帥夫人は心を決めて、オクタヴィアンにゾフィーの元に行くように促します。
この部屋を後にするとき少し寂しさを残したような気持ちを背中で演技して、左手を差し出してオクタヴィアンに別れの挨拶の口づけをさせて立ち去るのです。
手の出し方、口づけをされたときの背中での演技などを、それこそ何回も練習したものです。
見に行っては少しでもこんな風な演奏に近づきたいと思い研究しました。

その後上野の東京文化会館で1月26日に上映されたことがあり見に行きました。
元帥夫人の寝室のベッドにオクタヴィアンと二人で戯れているシーンから始まり、最後の三重唱(シュワルツコップ、セリナッチ、ローテンベルガー)までどのシーンも胸をときめかしたり、胸を締め付けられるような想いに涙しながら見たものです。
この映像は、一昨年カラヤンの生誕100年記念番組でNHKでリニューアル版で放映されましたね。

また1974年9月だったと思いますが、東京文化会館で、カルロス・クライバーの指揮する『ばらの騎士』も見ました。
ギネス・ジョーンズ
が元帥夫人を演じました。 余談ですがこの時、舞台の幕が開き、演奏が始まってすぐに大揺れの地震があり、余りに揺れたので演奏がストップしてやり直ししたことがありました。
こちらはバイエルン国立歌劇場の公演です。
やはりウィーンを舞台にしていますから、『ばらの騎士』といったらウイーン、ミュンヘン、ドレスデンなどのドイツ、オーストリアの歌劇場と決まっているのです。

前回聞いたフランス物の『ホフマン物語』がパリ・オペラ座で、というのにたとえられるくらいです。
そういうウイーンの伝統や慣習を背負っている作品なのです。

音楽についていえばやはりこういった独特な雰囲気を持っている作品は、たとえ名門とはいえ現代のアメリカMETで演奏されるのは大変困難なことなのです。
しかし今回の『ばらの騎士』についてはさにあらず、アメリカ人キャストが多い中すばらしい上演になりました。
METでこんなに素晴らしい『ばらの騎士』が見られたのは、このエド・デ・ワールトのおかげといっていいでしょう。

ウイーン世紀末の貴族社会が舞台ですので、この「貴族」風演技というのも難題です。
細かい点をいうと、やはりフレミンググラハムらアメリカ人の貴族的振る舞いを、シュワルツコップユリナッチの演技と比較しては気の毒ですね。 彼らの域に達するのは難しいのではないでしょうか。 しかし音楽は素晴らしかった!
アイスランド出身のオックス男爵役クリスティン・ジグムンドソンも最初は高音が厳しかったのですが次第に喉があたたまり完璧になって行きました。 私は全くこの人を知りませんでしたがとてもいいバスだと思います。

元帥夫人のルネ・フレミング、オクタビアンのスーザン・グラハムはオーディションに受かった同期なので親しく、気心も知れていて相手役としてとても息の合った演技、演奏ができると言っていました。
ルネ・フレミングはこの役を最も得意といているだけあって、凛とした佇まい、色気、優雅さそして女性の深層心理を上手に表現して心を揺れ動かすような感動を与えてくれました。
スーザン・グラハムは17歳の役どころ、アップで映るとこれは無理がありすぎますが仕方のないことですね。
でも立ち振る舞いは初々しく、男らしくかっこよかったです。柔らかい声質で素敵でした。
ゾフィー役のクリスチーネ・シャーファー(昨年ヘンゼルとグレーテルに出演)は若干声質になじまない部分がありましたがうまく対応し二人についていき、最後の三重唱、二重唱は見事でした。 とても可愛らしいゾフィーでした。
ファーニナル役は、往年の名バリトン、トーマス・アレン が演じまだまだこれだけ歌えるのかと感心しました。
彼はイギリス人で貴族の片鱗をうまく表現し、しっかり脇を固めていました。

今日の素晴らしい演奏でまた沢山の想い出も甦り、満たされたしあわせな気持ちになりました。
まさに演奏は一期一会ですね。
私も歌い手の一人としていつも全身全霊で取り組みたいと思っています。