東京大学考古学研究室所蔵百済土器

－軽部慈恩旧蔵資料と東京大学採集資料からみた百済土器製作技法への一考察－

出典：『古文化談叢』第31集（1993）

単独で発表した資料調査の最初の1篇。その後，同じ叙述形式を踏襲した。出土地不明の収蔵資料を扱う際に，収蔵状況から由来を追求する一方，製作技法を細かく観察・記述するという2本立ての考察をする習慣はこのとき以来である。

技法に関する用語の選択に苦しんだ割には，不用意な用語が目立つ。ロクロ利用に関する学史を未消化のまま資料紹介を急いだためである。（18/Apr/2002）

1.はじめに

東京大学文学部考古学研究室に，第二次世界大戦終結以前の日本人研究者によって調査・検出された百済土器が数点所蔵されている。軽部慈恩旧蔵品と旧・東京帝国大学考古学研究室関係者採集資料と推定されるものである。これらは考古学研究室の管理する「列品室」に陳列され，既にいくつかは『考古圖編』に掲載・紹介されている。見たところ特殊な資料というわけでもなく，出土地点・出土状況や共伴資料も全く分からないが，百済土器製作技法について示唆される点があるので，改めて図・写真を公開し，若干の考察を述べることとした。

2.資料紹介

東京大学考古学研究室所蔵百済土器の履歴を語る資料は，3種のラベルと墨書による注記，さらに新旧の標本原簿（以下，旧原簿・新原簿），所蔵品カードである（第1表）。「新ラベル」は「東京大学文学部列品室」と印刷された横長（ 1.1cm× 3.0cm）ラベルで，アルファベットと数字が記されており，数字はそれぞれ異なっている。「旧ラベル」は「文學部考古學研究室」と旧字で印刷された縦長（3.3cm×2.3cm）ラベルで，全て「標409」である。「軽部ラベル」は「軽部所蔵品」等と旧字で印刷された大きめ（5.0cm×2.7cm）ラベルで，出土地・出土時期等が記されている。新ラベルは新原簿・カードと，旧ラベルは旧原簿と対応し，旧原簿の記述は1949年で終わっている。1949年4月に「史学科考古学専修科」から「考古学科」に改編された時期がこれに当たる。ラベル・原簿の新旧は新制大学の成立頃を境に交代するものと思われる。

新ラベルはほぼ連番ではあるが，標C751以前，標C753，標C754，標C759以降の資料は百済土器ではない。

いずれも旧蔵者の手によると思われる軽部ラベルと注記は，同一資料に共存しない。また，旧ラベルは注記のある土器には付されていない。軽部ラベルと旧ラベルは，蓋杯(3)以外では同一資料に共存している。旧蔵者の行為の違いが，東京大学での扱いの違いに対応しているとなれば，それは，注記入り資料と軽部ラベル付き資料が，別々の時期に東京大学あるいは旧・東京帝国大学（以下，ともに「東大」とす）にもたらされたことを示す。

旧ラベル貼付資料は旧原簿によって，1935年（昭和10年）10月12日に考古学研究室で標本登記された「軽部慈恩贈」「土器並土器蓋」3点であることが分かる。蓋杯(3)に軽部ラベルが付されていないのは，平底壺の「土器蓋」と考えられていたためであろう。

軽部旧蔵資料以外の広口壺(5)・三足杯(4)は，旧ラベルが付されていないが，広口壺(5)が『考古圖編』第九輯（1935）図版二三に掲載されていることから，戦前のうちに東大にもたらされたことがわかる。原田淑人による『考古圖編』第九輯「序言」には，「多くは本室関係の駒井江上田澤諸君を始め余輩の知友が親しく現地で採集したもの」とあり，同輯掲載資料には駒井和愛・江上波夫・田澤金吾らが関わったものが多かったようだ。ひとまず東大採集資料としておこう。

なお，カードはこの5資料を全て「公州」出土としているが，旧蔵者による軽部ラベルや注記には「扶余」とするものもあり，カード作成時の錯誤と思われる。

以下，軽部慈恩旧蔵資料と東京大学採集資料とに分けて，資料を提示する。なお，参考資料も含めて通し番号を与え，図中の番号と対応させた。

第1表東大所蔵百済土器のラベルと注記
東京大学によるもの		旧蔵者によるもの				器種・番号
新ラベル・新原簿	旧ラベル・旧原簿	軽部ラベル			注記
新ラベル・新原簿	旧ラベル・旧原簿	品名	発掘地	時　日	注記
標C752	なし	なし			扶餘百濟古墳	広口壺5
標C755	標409	土器	公州	昭和六年八月　日	なし	平底壺2
標C756	なし	なし			公州船尾里	三足杯4
標C757	標409	百済土器	扶餘	昭和五年　月　日	なし	三足杯1
標C758	標409	なし			なし	蓋杯3

1) 軽部慈恩旧蔵資料－三足杯(1)・平底壺(2)・蓋杯(3)

軽部慈恩は早稲田大学卒業後の1927年に公州高等普通学校に赴任し，1945年に帰国するまで公州で活躍しており，戦後は日本大学に勤務した。東大に資料を寄贈した1935年頃，軽部は『考古学雑誌』に「公州に於ける百濟古墳」を分載していた。1945年の終戦時，軽部の収集資料は公州に残してきたとされているが，その後の資料の行方は明かでない。東大所蔵資料は戦前の寄贈のため現代に伝わった。本資料以外にも，戦前に日本に持ち込まれた考古資料があったかもしれない。

三足杯(1)（標C757）底部中央に軽部ラベルが貼付されており，品名「百濟土器」，発掘地「扶餘」，時日「昭和五年　月　日」と記されている。新ラベルが軽部ラベルに一部重なり，旧ラベルが軽部ラベルの横に寄り添うように貼付されている。カードは「朝鮮忠清南道公州出土」「昭和十年十月十二日軽部慈恩寄贈」とするが，「公州」は東大での誤記であろう。

たちあがり一部に欠損があるが，ほぼ完形である。口径11.5cm，最大径13.0cm，器高5.5cm，杯部高3.5cm，たちあがり高1.0～1.2cm，三足高2.6～2.9cm。胎土は精良であり，ごく僅かに黒色粒子が観察される。焼成良好で，内面一部と外面は光沢を帯びている（第2図のトーン部分）。受部に蓋口縁端部の熔着した痕跡が半周しているが，内面光沢部が熔着痕側に寄っているので，焼成時三足杯にかぶせてあった蓋が破損したのかも知れない。内外面とも黝黒色，断口は赤紫色を呈す。全体に淡黄褐色土がこびりついている。

杯部は平坦な底面から斜外方に立ち上がり，急激に内折して受部をなしてから直線的に立ち上がって丸く終わる。内面に粘土接合痕が観察される。肩部状の受部は，回転させつつ内方に折り込むように成形したらしい。たちあがり内外面は強い回転ナデが，底部外面は静止ヘラケズリ後，受部直下のみ回転ナデが，それぞれ施されている。

三足の配置は3等分ではなく，底部変曲点近くに接合している。杯部への接合後，三足の杯部へのナデツケを兼ねて三足が端部から基部に向けて面取り状にナデられているが，ナデツケた粘土は底部外面の静止ヘラケズリ・回転ナデの上に及んでいる。三足ナデツケ後の底部外面再調整は確認されない。即ち，底部外面静止ヘラケズリは三足接合以前の調整である。三足端部は内側から押されたように外へ小さく折れ，疑似獣足状になっている。

平底壺(2)（標C755）『考古圖編』第十一輯（1951）図版一七の2に掲載されている。

底部中央に軽部ラベルが貼付され，品名「土器」，発掘地「公州」，時日「昭和六年八月　日」である。新ラベルが隣接し，新ラベルを貼る合成接着剤が軽部ラベル上に付いている。胴部外面下位に旧ラベルが貼付されている。軽部の「公州に於ける百濟古墳」には，軽部が各古墳を調査した日が記されているが，その中に1931年（昭和6年）8月はない。しかし，8月の土器入手をきっかけに，9月以降調査を実施したと考えると，牛禁里，甫通里，金鶴里などがその候補に挙げられよう。ラベルの記載と「公州に於ける百濟古墳」の記述が一致しないことは残念である。

完形で欠損なく，器高9.6cm，口径8.5cm，最大径14.6cm，底径9.9～10.2cm，器厚は底部0.5～1.2cm（中央が最も高い），胴部下半0.4～0.6cm，胴部上半0.6～0.8cm，口縁部0.2～0.4cmである。胎土は精良で，黒色粒子を含む。焼成は良好で堅緻である。外面灰黒色，内面灰青色を呈し，底部以外の外面は光沢を帯びる。

平底から斜外方に角をなして立ち上がり，中程で最大径をなす算盤玉状の胴部を経て，短い口縁部が曲線的に立ち上がり，端部断面四角形状に終わる。底部外面イタ起こし未調整で平坦である。底部内面は中央が高く，周辺が低くなっており，周辺のへこんだ部分から胴部下半内面にかけて強い回転ナデが加えられている。回転台上に粘土を圧着させたり，胴部以上を積む際，回転状態で内外から押さえたことを示している。胴部最大径部は横断面が正円をなさず，所々たわんだようになっているが，胴部調整はこの最大径部あたりを境界に上半下半で異なる。胴部外面はカキメが施されているが，下半は粗く，上半は細かく，最大径部周辺はナデ消されており，〈下半粗カキメ→最大径部ナデ→上半細カキメ〉の順である。胴部内面下半は強い回転痕が観察され器壁が薄いが，上半は回転痕がやや弱く，器壁も厚く，粘土接合痕が残っている。胴部最大径部まで出来上がった時点で工程の中断があったとみてよかろう。胴部下端は回転台上に土器を載せたまま工具を差し入れて回転ヘラケズリを行ったらしく（2b），ヘラを抜いた痕跡や，横方向に張り出したバリ状の粘土がみられる。口縁部は内外から強い回転ナデによって外反させ，口縁端は未調整である。

回転台上の粘土板を底部とし，粘土積み上げと回転調整を繰り返して口縁部にいたり，胴部下端回転ヘラケズリ後，回転台から取り外したものと見られる。

蓋杯(3)（標C758）底部内面中央に旧ラベル，隣接して新ラベルが貼付されている。台帳で「土器並土器蓋」とする「土器蓋」である。カードに「土器蓋」「朝鮮忠清南道公州出土」「軽部慈恩寄贈」とする。出土時に平底壺(2)の蓋に転用されていて，以来蓋とされてきたのであろうか。

受部に若干の欠損はあるが，完形である。器高2.9cm，最大径11.8cm，口径9.4～9.8cm，たちあがり高0.8cm，底部器厚0.5～1.3cm。精良だが黒色粒子と小礫を含む胎土で，焼成は良好であるが，外面に粘土粒が付着したまま焼成されている。外面灰褐色，内面灰青色，断口灰青色である。内面と受部にピンク色の土が付着している。

底部は低平だが丸みを帯び，座りが悪い。水平な受部はやや上方に尖る。たちあがりは内傾する断面三角形状で，端部で狭い内傾面を有する。底部内面は全体に回転ナデが行われ，中央は渦巻状で，突出する。底部外面はヘラ起こし後，受部直下に強い回転ナデ，さらに全体に回転ナデを施しているが，渦巻状の稜を残しているので，ヘラ起こしに先立ってケズリが行われているかも知れない。また，外面一部に擦痕が観察される。たちあがり内外面には強い回転ナデが観察される。

2) 東京大学採集資料－三足杯(4)・広口壺(5)

三足杯(4)（標C756）底部外面中央に「公州船尾里」と注記した上に少しかぶさるように新ラベルが貼られている。底部内面中央に，新ラベル貼付に使われる合成接着剤が塗り付けられており，当初は注記を避けるため内面に新ラベルを貼ろうとしたのであろう。「船尾里」は公州郡「舟尾里」の誤りであり，注記が日本人の手になるものであると教えてくれる。

たちあがりに数カ所欠損があるが，ほぼ完存する。口径10.4cm，最大径11.7cm，器高4.7cm，杯部高2.5cm，たちあがり高0.6cm，器厚底部0.4～0.8cm，たちあがり0.2～0.4cm，三足高2.7cm。小礫を若干含むが精良な胎土で堅緻に焼成している。外面が茶褐色，内面とたちあがり内外面がやや淡い茶褐色を呈し，底部外面・受部外端・三足はやや光沢を帯びている。また，受部は外縁部とたちあがり側とで顕著に色調・光沢が異なり，蓋をかぶせた状態での焼成を推定させる。

杯部は中央が厚く周辺が薄い低平な底部から斜外方に浅く立ち上がり，巻き込むように受部をなしてから短いたちあがりが直立し，端部は内傾面をなす。底部内面に渦巻状の回転痕が観察され，周縁からたちあがり内外面にかけて強い回転ナデが加えられている。底部内面に沈線状の痕跡が幾らか見られる。底部外面静止ヘラケズリは中央より周辺が念入りであり，さらに最大径部あたりに回転ナデを加えている。

三足はほぼ3等分で，底部変曲点近くに配置している。基部が太く，先端は細く，端部が若干外方に押されて疑似獣足状になっている。三足接合後，端部から基部方向への面取りを兼ねて底部外面に粘土をナデツケており，底部外面静止ヘラケズリ・回転ヘラケズリの上にナデツケが及んでいる。三足ナデツケ後の底部外面再調整は行われていない。

広口壺(5)（標C752）『考古圖編』第九輯（1935）図版二三に「公州」出土として掲載されている。

底部外面に新ラベルが貼付され，胴部に「扶餘百濟古墳」の注記がある。『考古圖編』やカードに「公州」とするのは誤りであろう。

口縁部一部欠損するがほぼ完形である。口縁部は合成接着剤で補修しており，戦後の所行であろう。器高19.5cm，口径14.9cm，口縁基部径9.9cm，最大径16.8cm，器厚は全体に0.3～0.4cmであるが，胴部上端0.6cm，底部0.5cmを測る。精良な胎土で堅緻に焼成している。外面黝黒色で光沢を帯びるが，肩部半周程度と口縁部・胴部下半一部は剥離して淡黄色を呈する。内面灰青色。断口は灰青色を呈するようである。

胴部は丸底卵形で，下位・最大径部・上位にやや稜をなす。口縁部直下で器壁がやや厚くなり，内面で稜をなしたり粘土を下方向にナデツケたユビ痕が見られるが，外からは窺い知れない。口縁部は直線的に外傾して立ち上がり，基部がややくびれて頸部状をなした後，曲線的に外反して端部断面四角形状に終わる。口縁部は一部めくれ上がるように湾曲している。底部を除く胴部外面にカキメが見られ，内面はナデられている。胴部下位の稜より下（底部）にカキメを認めないことからみて，胴部カキメの後，平底状の原底部からタタキで狭い平底状に整え（抹角平底），さらにタタキメをナデ消したのだろう。口縁部外面に斜格子状タタキメが残るが，基部付近では強い回転ナデで消され，それ以上でも回転ナデにより不明瞭になっている。

胴部がほぼ完成した状態で，内面に張り付けるように粘土を補い，上方にタタキ伸ばしてから，回転させつつ広口にするという製作工程を想定できよう。また，口縁部がめくれ上がっているのは，成形や焼成時のものと見るよりも，乾燥時の倒置によるものとみたい。

3.若干の考察－百済土器の製作技法－

1) 三足杯の三足面取り技法

三足杯(1)・(4)では，三足面取りは底部への三足ナデツケと一連の動作であった。三足先端から基部方向に面取りし，そのまま底部にナデツケている。面取りは三足接合と関わる調整である。

参考資料(6)（神埼町野田遺跡）三足は細かい面取りで円柱状をなす。面取り状のケズリは端部→基部の方向であるが，基部で切り換えすようにそのまま底部外面にナデツケている。端部は未調整で，疑似獣足状の端部外反はない。

第2表三足杯の三足ナデツケ技法
	曲線技法	折線技法
実例	図（工事中）	図（工事中）
	三足杯1	参考資料6
	疑似獣足状三足	円柱状三足
技法の特徴	調整の軌跡が曲線状	調整の軌跡が折線状
技法の特徴	面取りはナデに近い	面取りはケズリに近い
粘土乾燥度	比較的低い	比較的高い

参考資料(6)は，三足面取りと三足ナデツケが一連の動作である点で三足杯(1)・(4)に共通するが，動作の軌跡が異なる。三足杯(1)・(4)は面取りからナデツケへなめらかに移行する「曲線技法」，参考資料(6)は角をなして移行する「折線技法」である。曲線技法では疑似獣足状三足が，折線技法では円柱状三足が作り出されている。技法と形状が相関するとすれば，技法・形状の違いは，三足として接合される粘土部品の乾燥度の差に由来するとみるべきであろう。曲線技法・疑似獣足状三足は比較的乾燥度の低く，可塑性に富む粘土部品を用い，三足が外方向に押されて疑似獣足状となるのもそのような可塑性と無関係ではなかろう。折線技法・円柱状三足は比較的乾燥度の高い，可塑性をやや失った粘土部品を用いているのであろう。疑似獣足状三足・円柱状三足のほか，角錐状三足も存在するが，資料実見の機会に恵まれていないので，本稿では言及しない。

2) 三足杯の底部外面調整

三足杯(1)・(4)，参考資料(6)はともに三足ナデツケ痕を消しておらず，容易に観察できた。即ち，三足接合後底部外面は再調整されず，三足接合以前の底部外面最終調整を知りうる。三足ナデツケの範囲と遺存状況を確認することで，三足接合前の底部外面調整を特定する途が開かれ，三足杯と蓋杯・高杯との杯部対比が可能となる。三足接合前に三足杯専用の外面調整を行った可能性も検証できよう。

三足杯(1)・(4)では，三足接合前に静止ヘラケズリされていた。即ち，静止ヘラケズリは三足接合後に三足を避けて調整するために選択された訳ではない。百済土器蓋杯には他地域に比べて静止ヘラケズリされた例が多いという〔酒井1993〕。なお，参考資料(6)の底部外面調整は回転ナデである。三足接合後底部外面再調整の有無や，静止ヘラケズリについて，多くの未実見資料にまで敷衍することは控え，実見と再論の機会を待ちたい。

3) 三足杯の窯詰め

三足杯(1)・(4)は，内面が外面ほど光沢を帯びていないこと，色調の違い，受部への蓋口縁端部片の熔着などから，杯身上に蓋を伏せた状態で焼いたと考えられる。これは須恵器蓋杯の窯詰めにも見られるが，所謂伽耶地域出土の蓋が倒立状態で焼成されたと推定されることと対照的である。いくつかの例を挙げよう。

参考資料(7)（大垣市遊塚古墳）金海系と考えられる〔定森1982〕。内外面が自然釉に覆われているが，平坦なつまみ上面に自然釉が認められず，赤褐色を呈していることは，焼成時につまみで何かの上に倒立していたことを示している。

参考資料(8)（高霊池山洞古墳群）内面に自然釉が掛かっており，倒置焼成であることが分かる。つまみの粗砂粒状の付着物は，つまみ中央が突出した高霊地域の蓋を倒置するための措置ではなかろうか。

参考資料(9)（昌寧桂南里1号墳）昌寧地域の蓋に多い「昌寧型つまみ」は，高杯の脚部が小型化した如き形状であるが，つまみ頂部のみ色調が異なったり剥離した例もあるので，焼成時に倒立する足の役割を果たしたことが推定できる。

以上，所謂伽耶地域の地域色を代表する金海・昌寧・高霊の各地域の蓋の倒置焼成の可能性を指摘した。三足杯(1)・(4)の窯詰めの特徴は，これらと対比することでその意義が明かとなろう。漢江流域・錦江流域の百済土器蓋にはつまみの有無両様があり，栄山江流域の蓋にはつまみがなく，所謂伽耶地域ではつまみのないものが一般的である〔酒井1993ほか〕が，窯詰め法の違いとも関わるかも知れない。また，こうした窯詰め法の違いは，陶質土器の地域性や時期差に関わるかも知れない。

4) 広口壺の口縁部タタキメ

口縁部タタキメは，百済土器に限らず所謂伽耶土器などにかなりみられるが，外反口縁の土器が多く，口縁部成形に関わる痕跡と見られる。既に何人かの研究者の着目するところとなってはいるが，あまり報告されていない。しかし口縁部タタキメの拓影を示した報告書も存在する。

参考資料(10)（ソウル夢村土城）拓影では口縁部までタタキが行われた後，回転ナデで絞りこんだことが窺われるが，本文では言及されていない〔金元龍ほか1989〕。

参考資料(11)（扶余松菊里遺跡）『松菊里IV』は口縁部タタキメに言及し，その工程上の意味を記した希有な報告書である。原文を訳載する〔權五榮1991〕。

「底部外面を含む外面全体に縦方向の粗い平行タタキが行われている。口縁部直下にも残るこのタタキメは，頸部でのみ見られないが，これは初めからタタキを行わなかったためというよりは，土器を回転させつつ頸部と口縁部を折り返して外反させるとき，指で消されたものと見られる。」

製作工程の復元を念頭に置いてタタキメを観察していることが窺われ，百済土器製作技法の好資料を提供している。報告者は参考資料(11)の口縁部はタタキ後絞り込んだと考えている。肩部まで成形された後，内面に新たに補った粘土紐をタタキ伸ばしたと思われる広口壺(5)との比較には適例といえないが，このように製作工程を意識した報告・考察が増えれば，遠からず広口壺(5)の類例も知られるようになるだろう。

5) 広口壺の底部タタキ成形

広口壺(5)の底部は一部が平坦面をなしている。このような平面を作り出すタタキ技法は，百済土器にはいくつか例がある。

参考資料(12)（益山笠店里4号墳）大まかにみると〈胴部縦位平行タタキ→底部タタキ〉という須恵器などにも通有の工程であるが，さらに底部に特殊なタタキを行って平底を作り出していることが分かる。参考資料(11)でもそうであったが，底部のみの拓影を示すこと自体，底部タタキメに対する認識の深さを物語っている。

須恵器のタタキメについては横山浩一が工程と絡めて解明し，さらに朝鮮半島の陶質土器にも同様な工程が想定できることを述べ，さらに朝鮮半島の底部タタキ成形土器に平底が多いことにも触れている〔横山1990〕。朝鮮半島の中でも百済土器に平底に近いタタキ成形土器が多いように感じられ，その背景にはこの地域の技術的な特殊性が予想される。

4.おわりに

わずか5点の資料から，成形・調整・乾燥・焼成にわたり考察を試みたが，調子に乗って話を広げすぎたかも知れない。しかし，朝鮮考古学における土器製作技法の研究や，それに立脚した工人論が，これから発展しつつある分野であり，特に装飾の乏しい百済土器こそ，そのような研究に好適な資料となりうると考え，忘れられかけた資料を再び世に送り出した。考察のいくつかは，既に一部の研究者にとって，当たり前の事実として受けとめられていることらしく，今更大袈裟に考察しても失笑を買うだけかも知れない。類例の検索が不充分で，東大所蔵資料の考古学上の位置づけに触れられなかったが，百済古墳文化の研究に資するところがあれば，幸いである。

（1993年9月30日）

東京大学考古学研究室所蔵百済土器（(1)～(5)）の実測・撮影に当たっては，藤本強，今村啓爾，安斎正人，大塚達朗，田口みどりの諸先生・諸氏にご配慮とご助言を賜り，周藤芳幸，新美倫子，小寺律，犬木努，李相均，鮫島和大，田多井用章，李準浩，石山道子，松浦史浩の各氏のご協力を頂いた。

野田遺跡出土三足杯（参考資料(6)）の実測と本稿への実測図掲載についても，蒲原宏行，廣瀬雄一，早乙女雅博，伊藤嘉章の各氏のご配慮とご協力があった。

本稿作成に当たっては，安在晧氏から所謂伽耶地域蓋の倒置焼成について，金斗喆氏から陶質土器のタタキメの特徴について，それぞれご指導を頂いたほか，權五榮，金榮珉，金宰賢，金炯燮，朴升圭，朴天秀，徐五善，申敬澈，沈奉謹，李東注，李尚律，李相憲，李柱憲，全玉年，鄭漢徳，河仁秀，咸舜燮，洪潽植，東潮，井上繭子，井上洋一，岡内三眞，小田富士雄，風間栄一，片岡宏二，亀田修一，岸本圭，早乙女雅博，酒井清治，定森秀夫，重藤輝行，島津義昭，白石太一郎，清喜裕二，高久健二，高橋克壽，武末純一，田中清美，田中聡一，寺井誠，永島暉臣慎，中島達也，中園聡，中山清隆，西谷正，野上丈助，原裕司，古谷毅，水野敏典，宮川禎一，宮田剛，村上恭通，屋山洋，余語琢磨，吉井秀夫の諸先生・諸氏を始め，多くの方々からさまざまなご助言とご協力を得ることができた。

以上，記して感謝いたします。

なお，学史に関わる記述を含むため，本文中の人名は全て敬称を略した。

【参考文献】

權五榮 1991「松菊里IV」国立博物館古蹟調査報告第23冊
金元龍・任孝宰・朴淳發・崔鍾澤 1989『夢村土城－西南地区発掘調査報告』ソウル大學校博物館
朴天秀 1990「5～6世紀代昌寧地域陶質土器の研究」慶北大學校文学碩士学位論文
李殷昌・梁道榮・金龍星・張定男 1991『昌寧桂城里古墳群－桂南1・4号墳－』嶺南大学校博物館学術調査報告第9冊
趙由典・崔孟植・尹根一 1989『益山笠店里古墳発掘調査報告書』文化財研究所
蒲原宏行・多々良友博・藤井伸幸 1985「佐賀平野の初期須恵器・陶質土器」古文化談叢第15集，9-38頁
軽部慈恩 1933～1936「公州に於ける百濟古墳」考古学雑誌第23巻7号～第26巻4号
酒井清治 1993「韓国出土の須恵器類似品」古文化談叢第30集（中），899-913頁
定森秀夫 1981「韓国慶尚南道昌寧地域出土陶質土器の検討－陶質土器に関する一私見－」古代文化第33巻第4号，1-34頁
定森秀夫 1982「韓国慶尚南道釜山・金海地域出土陶質土器の検討－陶質土器に関する一私見－」平安博物館研究紀要第7輯，63-97頁
定森秀夫 1989「韓国ソウル地域出土三国時代土器について」『生産と流通の考古学』443-466頁
定森秀夫・白井克也 1992「韓国慶尚北道高霊池山洞古墳群出土遺物－東京大学工学部建築史研究室所蔵資料の紹介－」京都文化博物館研究紀要朱雀第5集，109-126頁
定森秀夫・吉井秀夫・内田好昭 1990「韓国慶尚南道晋州水精峯2号墳・玉峯7号墳出土遺物－東京大学工学部建築史研究室所蔵資料の紹介－」京都文化博物館研究紀要朱雀第3集，71-105頁
佐藤浩司 1989「古墳時代須恵器蓋坏の研究(3)－製作技法と法量変化からみた須恵器生産の画期について－」北九州市教育文化財団埋蔵文化財調査室研究紀要第3号，23-41頁
横山浩一 1980「須恵器の叩き目」史淵第117輯，127-155頁

【図版・図表の目次と出典】

図版1 軽部旧蔵資料三足杯(1)〔筆者撮影〕
図版2 軽部旧蔵資料平底壺(2)・蓋杯(3)〔筆者撮影〕
図版3 東大採集資料三足杯(4)〔筆者撮影〕
図版4 東大採集資料広口壺(5)〔筆者撮影〕
第1図本稿関係地図〔筆者作成〕
第1表東大所蔵百済土器のラベルと注記〔筆者作成〕
第2図軽部旧蔵資料三足杯(1)〔筆者作成〕
第3図軽部旧蔵資料平底壺(2)〔筆者作成〕
第4図軽部旧蔵資料蓋杯(3)〔筆者作成〕
第5図東大採集資料三足杯(4)〔筆者作成〕
第6図広口壺(5) 注記〔筆者撮影〕
第7図東大採集資料広口壺(5)〔筆者作成〕
第8図参考資料(6)と三足面取り・ナデツケ〔筆者作成〕
第2表三足杯の三足ナデツケ技法〔筆者作成〕
第9図参考資料(7)・(8)・(9)と倒脚つまみ

参考資料(7)〔定森1982：第15図〕（筆者再トレース。観察は東京国立博物館「日本出土の舶載陶磁」の展示によった）
参考資料(8)〔定森・白井1992：第5図2上〕（筆者再トレース。原図は実測を筆者が，拓本・トレースを定森が担当した）
参考資料(9)〔李殷昌ほか1991：図面15(5)〕（筆者再トレース。未見）

第10図参考資料(10)・(11)と口縁部タタキメ

参考資料(10)〔金元龍ほか1989：図面24(4)〕（筆者再トレース。未見）
参考資料(11)〔權五榮1991：図面7(1)〕（筆者再トレース。未見）

第11図参考資料(12)と平底タタキ〔趙由典ほか1989：図43〕（筆者再トレース。未見）