考古学のおやつ/合同学会印象記

九州考古学会・嶺南考古学会第2回合同考古学大会

出典：白井克也「合同学会印象記」『九州考古学』第71号：福岡・九州考古学会（1996），109-111頁

合同学会で統一テーマを設定するようになった初回の報告。全体に，研究テーマや問題意識・方法論を共有したことを手放しで評価する内容となっている。

本稿発表後，李煕濬氏から，新羅の外位制に関する発言についてはニュアンスを正しく伝えていない旨の指摘があった。（18/Apr/2002）

李煕濬氏「洛東江以東地方4・5世紀古墳資料の定型性とその解釈」
田中良之氏「埋葬人骨による日韓古墳時代の比較」
金斗喆氏「韓国と日本の馬具－両国間の編年調律－」
宇野愼敏氏「日本出土装身具から見た日韓交流」
文献

1996年7月27・28日に啓明大学校博物館で開催された九州考古学会・嶺南考古学会第2回合同学会「4・5世紀の日韓考古学」のうち，初日の研究発表の印象を述べてみたい。

李煕濬氏「洛東江以東地方4・5世紀古墳資料の定型性とその解釈」

慶州のみ新羅とし，そのほかの嶺南地方（慶尚南北道）を加耶とする説を，李氏は古墳文化の定型性を根拠に否定する。

李氏の議論の特徴は，嶺南地方各地域の古墳群間に何かのシステムが機能していた可能性を追究し，そのためのモデル構築などを試みる点である。個別の古墳群のめざましい発掘調査成果に幻惑されがちな現状に照らすと，李氏の論理展開は新鮮に映る。新羅の地方支配に関する論議は日本での前方後円墳体制の論議とも無関係ではなく，日本の考古学者も看過できぬものがあろう。

李氏の結論は，一部の遺物や地域については朴普鉉氏〔1987・1988・1990・1992〕や金龍星氏〔1990〕らが提示していた。李氏の研究はこれらを洛東江以東地域全土の古墳や副葬品に敷衍した点で画期的である。

朴氏，金氏らの研究が日本であまり言及されず，また，東潮氏が出字形立飾の冠の分布から論じた慶州を頂点とする権力関係〔1989〕にも，日本の古墳時代研究者が加耶に触れる際あまり考慮してこなかっただけに，李氏の説が日韓の合同学会の場で表明された意義は大きい。というのも，加耶を広くみる説での加耶の領域は，かつてその実在が信じられていたミマナ（任那）の領域に似通っており，これを日本の古墳時代研究者が半ば無批判に受け入れてきたことは，いずれ再検討を要するものだったからである。

ところで，質疑応答で李氏は「外位制」を喩えに用いたが，4・5世紀の新羅の地方支配を形容するには不適切ではあるまいか。この点を若干説明する。新羅位階制は，慶州六部人に与えられる京位と，外方人に与えられる外位からなり，文武王14年（674）に外位が廃された。統一途上で確認される点で，外位制の歴史的意義は興味深い研究課題である。位階制（および外位制）の確立は『三国史記』法興王7年（520）の「律令」記事に求めるのが通説であり，金石文史料で傍証されている。『蔚珍鳳坪碑』（524）では外方人に外位が与えられているが，『迎日冷水碑』（503）では外位が未成立で，京位も六部全体に貫徹してはいなかった。『鳳坪碑』では外方人を力役徴発したり，罪科を処罰できるようになっており，両碑の違いは，この間に六部人と外方人の身分格差が明確化した，すなわち外位の成立が地方支配の変化を伴ったと理解される〔李成市1993〕。李煕濬氏もいうように，新羅古墳もこのころ以降は慶州以外に大古墳（梁山夫婦塚が最後であろう）が絶え，横穴式石室を主体部とする群集墳の様相を示す。4・5世紀の地方支配と外位制は相容れず，喩えに用いることはできない。なお，『冷水碑』『鳳坪碑』とも六部人が「教」を下す共同主体となっている。これも日本の畿内政権を考える上で興味深い事例であろう。

田中良之氏「埋葬人骨による日韓古墳時代の比較」

日本の古墳被葬者の親族関係に関する田中氏の研究〔1995〕は周知のことであろう。その方法と論理が，通訳を介してとはいえ現地語で，しかも金海礼安里古墳群について展開されたこと自体，大きな意義といえよう。

田中氏は，考古学的事実から古墳群を小群に分かち，小群の構成原理について仮説を立て，人骨の分析により検証していった結果，礼安里古墳群における親族原理に同時期の日本のそれと似通った部分があることを論じている。もちろん，田中氏の真意は日本との類似性を強調することではない。司会の武末純一氏が最後に「人骨も考古資料」と念押ししたように，墳墓研究における人骨の資料的価値と，その利用のための方法論を提示することにあった。

人骨の利用に限らず，墳墓から社会復元を試みる際，埋葬形態や埋葬行為の復元が解釈に先行すべきであるが，かかる検討が韓国において充分であるか，疑問がなくはない。事実と解釈のけじめが不分明な報告・研究に接した経験は，筆者だけのものではあるまい。また，韓国では儒教的な価値観や親族観が古墳解釈を規定している場合があるが，田中氏が著書で述べるように，現代の常識を過去に投影させることは必ずしも有効ではない。

なお韓国の古墳の埋葬プロセスについては金宰賢氏の業績がある〔1994a・b〕。

金斗喆氏「韓国と日本の馬具－両国間の編年調律－」

金氏は馬具を中心に両地域間の編年を論じた。相対編年を確立した後に実年代を与えるという基本的な方法は首肯できる。しかし実際の行論は，おもに型式学的な相対編年を展開しているものの，政治史（文献史）から定めた嶺南地方の古墳の実年代観を基準に日本の古墳の実年代観を補正するという色彩が強い。結果的に日本の古墳の年代を下げるが，嶺南地方の古墳の年代が金氏の想定より遡る可能性も残る。また，型式差の年数差への換算も，馬具の使用・伝世期間や日本への技術移転の問題があり，俄かには肯んじえない。

久留米市権現塚古墳出土新羅土器〔立石編1995〕が，金官加耶投降（532）以後・漢江流域進出（552）以前の新羅土器と磐井の乱（527）直後の須恵器の同一古墳共存事例に加わるなど，対馬での新羅土器と須恵器の共伴例から設定された並行関係〔小田1988〕は有効性を失っていない。特に6世紀の新羅土器と須恵器の並行関係は相対編年・実年代ともほぼ一致しており，5世紀後半に編年される日本の古墳を6世紀前半には下げえない。磐井の滅んだ後に埼玉古墳群の造営が始まると考える考古学者は日本にはいまい。

金氏は日本列島での馬具や須恵器の動向についても，朝鮮半島の政治史を偏重する傾向がある。日本で加耶系馬具が550年頃途絶えるという説を金氏は批判し，日本の実年代論への不信を表明するが，この時期は馬具のみならず陶質土器なども一時的に流入が途絶え，その要因は畿内政権による地方支配の進展に求められる（別稿で詳論予定）。朝鮮半島情勢のみが日本出土馬具の動向を規定したとは考えにくい。

しかし，金氏の所論は断片的な反論のみでは片づけられない。4・5世紀の日本の実年代の根拠は必ずしも盤石ではあるまい。理化学的年代の一事例が前後数百年の実年代観に連動し，古墳の出現年代が遡ると中期古墳の実年代が連動するというのは解釈の一種であって，すべてではない。実年代の定点間を等分しても各時期の実年代を定めえぬことは常識のはずであるが，「連動」は形を変えた「等分」癖であり，この癖は日韓の交差編年の努力によって解消していくべきであろう。

宇野愼敏氏「日本出土装身具から見た日韓交流」

宇野氏の所論は，4種装身具を一貫した視点で詳細に型式分類した点に特徴がある。手工業製品の議論において重要な技術的側面にはあまり触れていないが，研究上の制約もあり，致し方あるまい。宇野氏は日本の4種装身具に導入時期・系譜の差があることを指摘し，セットから解放された4種装身具は身分秩序を示さず，宝物的であるとした。これは重要な指摘であるが，それでもなお，畿内政権の政治的な下賜品とみねばならないのだろうか。宇野氏自身，質疑応答ですべてを中央政権経由とみるわけではないと述べている。むしろ，畿内政権の規制外の品であった可能性も選択肢としてありうるのではないか。

なお，宇野氏は加耶を広くとる日本での従来説に立つが，義城，星州，大邱，昌寧，梁山を新羅とみなせば地域性がより明瞭になるであろう。また，このため手薄になる加耶の事例として陜川玉田古墳群の耳飾も挙げて欲しかった。三木ますみ氏の地域性に関する質問は，この辺りを含意するのだろうか。

ともあれ，宇野氏の所論は日本の古墳時代装身具研究の一到達点を示すものであろう。詳細な型式学的検討によって，朝鮮半島系文物の日本側での主体的な取捨選択を証明しえた点を評価すべきであろう。

以上，個人的な印象に偏ったが，各発表について述べた。今回の意義を一言でいうと，彼我の研究者が自らの歴史観を提示しあうだけでなく，問題意識や方法論を共有する時代に到達しうることを示した点であろう。実際にかかる時代が訪れたなら，日本の朝鮮考古学者といった中間的な立場は，その存在意義を厳しく問われるのだろうか。

文献

東潮(1989)冠・履・馬具の系譜と製作地．国際シンポジウム藤ノ木古墳の謎，東京：朝日新聞社
金宰賢(1994a)韓国東海市湫岩洞古墳群の埋葬プロセス．古文化談叢，33：205-221
金宰賢(1994b)韓国古墳にみられる埋葬形態．平成6年度九州史学会大会公開講演・研究発表要旨：39
金龍星(1990)慶山・大邱地域三国時代古墳の階層化と地域集団．嶺南考古學，6：29-58
李成市(1993)朝鮮史における国家形成の諸段階．歴史評論，514：87-100
小田富士雄(1988)対馬・北部九州発見の新羅土器．古文化談叢，19：73-86
朴普鉉(1987)樹枝形立華飾冠の系統．嶺南考古學，4：13-33
朴普鉉(1988)冠帽前立飾を通してみた積石木槨墳時代社会組織．古代研究，1：23-42
朴普鉉(1990)洛東江東岸地域高塚古墳の地域性．郷土文化，5：35-58
朴普鉉(1992)積石木槨墳類型の様相．嶺南考古學，10：53-67
田中良之(1995)古墳時代親族構造の研究．東京：柏書房
立石雅文編(1995)史跡御塚・権現塚古墳．久留米：久留米市教育委員会