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2003 Winter 4 志賀高原ツアー 1
表万座スキー場〜草津・白根火山ゴンドラ
☆☆
2003・12・25(木) 快晴
表万座スキー場トップ930〜草津・本白根第2リフト1200〜1230(戻り)〜表万座1330〜ゲレンデ下1430
のん気なツアーに出かけました。先週末の積雪以降、ずっと快晴が続いて、そのチャンス逃したくなかったもので出かけました。実質片道1時間のツアーでしたよ。終わってしまえば簡単なものです。
表万座は、下には雪がありますが、急斜面はまだ雪が足りません。草津白根山へ続くリフトは運休中で、その左側のリフトで頂上にいきます。それでも標高2050mありますから、山頂2164mまで100mちょいです。気楽なものです。それでもこの志賀高原の稜線というのは、西の万座側は風は強いし、這い松だらけで、それもまた完全に埋まっていない這い松で、上に乗ると、ぼこっと腰まで落とし穴のように、落ち込んでしまうこともたびたび。西側の斜面というのは、どこでもそうだけど、風が強くて雪が吹き飛ばされているんです。だから反対の東側に行かないとダメですね。
右に妙高、杉の原や池の平のスキー場が見えます。その左が黒姫。その間の奥が火打でしょう。
それよく知らなくて、最初の1時間半くらいは、なんだか苦労しました。松の樹林も密生していて、その幹のそばが、やっぱりぼこっと潜ってしまうのです。それで途中でようやく気がついて、稜線越えて東側(草津側)にでました。すると樹林もなくて、雪一面。それに適度にクラストしていて、まあなんと歩き易いことでしょう。本白根の池を横に見て、さらに「から釜」のなかを通って、その向こうにようやく草津のリフトが見えてきました。ゴンドラを上がって、手前に登ってくる最終リフトです。でもこれやはり営業していません。まだこの急斜面に雪が付いていないからです。
こんなのどかな樹林が続きます。
本来はここも下って草津に入って、さらに志賀高原の方までとも思っていたのですが、なんだか最初の西側で苦労して、ようやくここの景色のいいところに出たのが12時で、これで本日OKということにします。スキー場のリフト使うという安易なことしていると、午前中に3時間くらいしか行動できませんねえ。のん気なツアーになってしまいます。
草津スキー場の本白根第二リフトトップから。下に見えるのが白根山のゴンドラ。営業前のリフト管理小屋には、2003・5月のカレンダーが掛けられたままでしたね。昨シーズンのままです。
それでも志賀高原きたのは初めてだったし、表万座から草津へと、スキー場つなげたので良しとしましょう。帰りはわずかに1時間で元に戻りました。ルートがちゃんと分かっていると、実にあっけなく簡単なものなのです。まあ山ってそういうものですが。つまらないところで苦労するものです。それに帰りは、先の西側の強烈な風は、風速30mくらいになっていました。正面向けませんし、息ができません。東側に隠れたまま、運休中のリフト上部から、ゲレンデに合流して、下まで滑ります。
次回はもうちょっと真面目なツアーしたいです。ああそうだ、今日は中部日本は大快晴で、後立山から、先週末過ごした黒姫、妙高、さらに苗場山、谷川岳、日光白根など、全部よく見渡せました。
2003 Winter 2
飛越新道(岐阜県神岡町)〜北ノ俣岳避難小屋(2040m)
☆☆☆
2003・12・13(土) 曇り
飛越トンネル600〜1842m分岐1130〜寺地山1430〜北ノ俣岳避難小屋1800
12・14(日) 曇り
避難小屋出発600〜下山・寺地山800〜飛越トンネル1330
このルートは、最短で黒部に向うグッドコースのはずです。雪もけっこう降って来て、それではいざ実践ということにしましょう。
例年に比べてまだ雪は少ないのでしょう。林道の積雪は15cmくらいですが、まだ冬季閉鎖になっていなくて、岐阜神岡の山之村の和佐府から飛越トンネルに向ってドンドン車は進みます。この道夜間に通ると、神岡の手前から一気に高度を上げて、町の明かりがとってもきれいですよ。地元のクルマ連中も、遊びで飛越まで入っているようで、4WDのわだち跡などあって、私のバンでもその後追いかけながら、峠のトンネル直前まで入れました。ここで高度1450m。助かりますね。昨年の12月1日の記録では、すでにこの林道閉鎖されていますから、今年はやはり雪少ないのでしょう。午前2時到着。仮眠。
12月13日。朝6時出発。最初からスキーつけて入りますが、この急登では無理があるんでしょうか。横向きのカニ登りでゆっくり行きます。天気はどんよりしていますね。目の前の峠に登りついて1690mですか、もう一つの峠にでます。夏ならここまで30分ですが、今日は2時間かかっていますね。なんだこのペースは? という感じです。ここで積雪50cmでしょうか。
のんびりしていたわけでもないのですが、ふわふわ雪に付き、真っ直ぐ登れません。カニ登りがけっこう続きますね。でも避難小屋まで入れればということで、それなりにゆっくりと。1842mの分岐に出たのが1130分。ここは神岡旧道との合流です。その指導票も雪に覆われていますね。積雪1mくらい。この辺りは平坦地で、気分も落ち着きます。時々わずかに日が出て、ちょっと励みになりますよ。ただここから寺地山までがまた長いんです。
松の葉っぱにすっかり埋もれてしまった1842mの神岡旧道との分岐点。
登り下りを繰り返しながら寺地山に向います。鏡池まで30分とか書いてあるのですが、2時間くらいかかっていますね。夏の4倍か? 1330分到着。さらにここから登りで、寺地山に向います。もっと雪があれば、山頂トラバースできるようですが、いきなり下の笹の中に突っ込んだりすると、これがスボッと雪が抜けていやですよ。最後の急登からさんちょうへ。1996m。この新道は1996年に整備されたようです。山頂の標識も、夏より1mくらい低い感じですよ。1430分。
やはり7月と比べると、明らかに寂しい感じの山頂道標でした。
明るいうちに避難小屋に入れればいいと思ったのですが、その先もなかなかはかどらず。樹林帯の細い急坂下りで、新雪もぐりというのは、スキーの場合どうすればいいんでしょう。どうしようもなくて、下りも横向きカニ下りです。これじゃスキー外した方が早いのだが、それでも外しません。さて一旦鞍部に下って上り返せば目的地なのです。ガスっていて目的地は見えません。だんだん夕方が迫ってくるのですが、1600頃に、平坦地に到着しました。北ノ平というところだったでしょうか。ところがです。夏にはトーテンポールのように、はっきりと大きな立派な道標があるのですが、それが発見できないのです。遠くにそれらしいもの見かけて近寄っても、それはただの樹林だったりする。樹林を抜け出て広いところにでたものの、辺りが薄暗くなって、道標探せないことには小屋へいく、下り斜面が見つけられないのです。適当に下ってしまうと、これ間違った場合にはひどいことになる。ちょっと焦ってきました。しょうがないから、北ノ俣に続く広大な斜面を少し登って、上から発見しようと思ったのですが。
寺地山にいく途中に「小屋が見える」の楽しい道標あり。今回天気が悪くてこんな写真ばっかりです。夏で1・35分で小屋ですか?はあ。
一旦上に出て、小屋があるらしい樹林目指して下って、それで見てみようと。すると5mほどガレ、その向かいに、小屋の斜めの屋根がライトの先に見えてきました。1730分過ぎて、けっこう暗くなっています。さてそこに近づくために、一旦トラバースして回り込もうと思うのですが、なにせ脛までザクザク潜って、動くにも面倒くさい。回り込もうと思ってその場を離れると、小屋の屋根を見失かねない。そういうわけで、その涸れた沢を横断しようと突っ込みました。沢のなかでこけてスキーはずれるし、ついにスキー外してザックも置いて、ピッケルだして対岸を登って、小屋を探しに行きます。ところが上りついた向こうにもう一本沢があるのです???。小屋は一体どこに? 仕方なくさっき見つけた方向へ、ツボ足ラッセル始めます。すると30歩くらい進んだところに小屋が出てきました。暗い樹林帯で30歩移動するだけで、見えない物が見えてくる。どうも、小屋の裏口の方から、接近していたみたいです。私?雪の中で、遭難しかけたのでしょうか?そうなんです。冗談いってる場合じゃありません。
暗がりで、ぼやっと見えるだけでは信用できなくて、ちゃんと小屋の入り口までいって中開けてみました。間違いないこれ、小屋です。というわけで、また30歩戻ってザックとスキー担いで小屋に到着。今回の山行の目的は、この北ノ俣の避難小屋に積雪期にちゃんと入ることだけになってしまいました。
尾根の平坦地は、樹林も雪だらけで、静かにのんびりしています。
これで安心です。寒いですが、温度計はマイナス7度。この小屋には温度計も、柱時計も備わっているのです。ここで積雪1m。昨年の同時期の記録よりも、やはり雪は少ないです。後は、飯その他。目的達成の疲労感だけでした。1800分。本日のろのろと、12時間行動しました。雪だらけのアウターの上下が、凍り付いてバリバリでさっさと脱ぎます。考えてみれば、この上下は20年以上も前のもので、いい加減に買い換えないと、これ原因で凍えてしまいます。古い装備はドンドン捨てましょう。最悪でツェルトもっていたのが、よかったですが。
ところでこの小屋は、すぐそこのトーテムポールの平地から小さなガレが何本か流れていて、その間の尾根(平坦地)に立っているんですね。だから上から真っ直ぐに目指そうと思うと、ガレ、ガレ、ガレをドンドン横断しないとたどり着けないわけですよ(通常無理)。ということで、正しく北ノ平から入り込まないといけないわけで(夏でここから3分)、冬になると小屋の発見がこんなに難しいとは思っていませんでした。4月には屋根まで埋まるそうで(あと4m積もると屋根まで埋まる)そうなったら、どうやって小屋発見するんだ。山頂にいくよりむずかしいぞ。小屋に到達できるだけで立派なもんです。昨年熊に追いかけられて、この小屋に入った人もいたようですが、それでも小屋に入れればもうたいしたものです。
14日。翌日は晴れの予報でしたが、そんなもの山には通用せずに、相変わらずの曇り。山見えません。それと昨日から10cmくらいの降雪。さっさと諦めて、下山します。600分。バリバリに凍りついたアウター上下着込んだときに、「私、冬の小屋生活の素人?」情けなくなりました。さて小屋から正規の道で、戻ります。小屋の前もなんだか急坂ですよ。
寺地山までは、シールつけたままいきます。どうせあの山また登り返さないとならないですから。寺地山の下りで一人とすれ違い。どこにも山好きな人います。
ドンドンと下りたいのですが、のろのろとか進まず、1842mの分岐はまったく気づかす、というのも、登ってきたスキーヤーのトレースが頼りで、下山もとても楽になりました。最後のほうでちょっと日も出てきて、ようやく楽しい気分になってきて、下山も6時間半かかって、1330分にクルマデポに戻った次第です。
初滑り・八方尾根
☆☆☆
2003・12・10(水) 快晴・ガス
八方尾根ゴンドラ・その上リフト一つ830〜八方池山荘1000〜八方池1200〜下山・ゴンドラ駅1300
月曜、火曜に雪が降って、八方スキー場も水曜日にオープンするというようなことで、それに晴れもこの日だけらしくて、我慢できずに出発。スキー場の積雪情報もHPだけじゃ、なかなか信用できなくて、数日待っていたら、また融けちゃうのかなあと心配でしたもんで。
ところが、ゴンドラとリフト1個乗り継いでそこは、なんと積雪1メートル越えていました。二日でそれだけ積もったということでしょうか。ゲレンデボーダーがけっこうきています。最終リフトは運休中で(これって、スキーシーズンに営業するんでしょうか?)そこ登るのが急坂で大変なのです。
天狗平、その右に白馬鑓、さらに杓子岳、さらに白馬岳。
830分に出発。正直新雪は潜ります。板はいてもすねまで潜って、ジグ切ってなんだか、のそのそ上がっていきます。それにシーズン最初で、手袋が厚すぎるだの、インナーが暑いだの、ロッテフェラーのバネが緩いだの、何だか立ち止まったことが多いですねえ、しょうがないけど。ちょっとすると、キャラピラ圧雪車がリフトに沿って登ってくるんです。引かれないように、右にずれますが、なんだか競争みたいになって、でも上の緩傾斜帯になったら、一気に抜かれました。1個のリフトに沿って登るだけで、1時間半もかかってしまいます。でも本日快晴でそれも許しましょう。
五竜岳。左に鹿島槍。
最終リフトの終点が八方池山荘で、そこでテラスの雪下ろししてました。1000分、いよいよ夏の登山道に沿って上がって行きます。9月にきたばっかりですから、よく覚えていますよ。柵とロープが張ってあるんですが、それがもう埋もれていますよ。積雪1メートルあります。でもこの尾根上にでると、すこしクラストしていて、さっきよりも潜りません。それに、右に、白馬、杓子、鑓。唐松沢から杓子へも緩い流れが上がっています。それに左に、五龍と鹿島槍。その景色堪能できただけで、もう大満足です。
八方尾根上から振り返った八方山荘。積雪1mあります。
登っていくと、ケルンが順番に出てきますが、でも夏のイメージと違いますねえ。それに時々ガスに巻かれると、この尾根広くてちょっと方向見失いそう。大きなケルンもガスで巻かれてしまった遭難碑ですから、先人の碑に感謝します。
八方ケルンまでくると、不帰と唐松の本峰が見えてきます。雪の景色はやはり圧倒的です。そこで休んでさらに前進してまもなく八方池2100m。。池といっても今はただの平地ですが。ここで1200分。なんだかちょうどこの頃から、ガスなのです。午後も晴れるとはいっても、2000m越えると天気予報は当たりません。
ガスってしまうと、山はつまらないし、下りも心配だし、それに一回大休憩すると、なんだか寒いですよ。誰もいなくて静かなのはいいですが。
八方池からの丸山。その右に唐松岳。さらに不帰岳T、U、V峰。その右がキレット。
ということで、今日はここまでにします。平日だし、仕事も気にかかるしね。
とにかくいよいよ、シーズンオンで、たくさんの雪降ってくださいね。そう下りで数回転んだのですが、転ぶと新雪の深さを実感します。お尻がぼこっとへこんで立ち上がれないんです。それと山荘下でツボ足登山者いました。スキー跡登っているんですが、股まで潜っているんです。こんな時間にどこ行くんでしょう。スキーシーズンは楽しいです。
金木戸川・双六渓谷
☆☆
2003・11・8(土) 曇り
双六ゲート600〜金木戸川・小倉谷出合800〜(戻って)北俣川の林道最終1130=1200〜双六ゲート戻り1330(マウンテンバイク)
日帰りで冠松の真似しようとしたというか、マウンテンバイクで金木戸川を走って見ることにしました。元もとの話は長い物があります。
林道上部から覗き込んだ金木戸川 トロがエメラルドグリーンできれいでした。
飛越トンネルからの神岡新道から北ノ俣岳にいったのはこの7月。ところがこの辺は複雑で、寺地山下の旧道に入り込んでしまうと、略奪地点を経て、間違うと金木戸側支流の北俣川に下ってしまうと、自分に注意していたのです。仮に道間違うと2万5千の「下之本」に収まり切れないゴルジュに飲み込まれてしまうと思ったのです。
その後冠松もこの金木戸側にかつて入っていたこと分かりました。まさに規模は黒部並みでしょうか。
なだらかな山容に、長ったらしい谷が食い入っているのは、黒部も双六も南アの遠山川も大井川もその支流の寸又川も知らないところはたくさんあります。そこへ楽チンにいくためのチャリ使用の冷やかし山行でした。
谷の朝はもう遅くて、6時にならないと明るくなりませんねえ。双六部落から先、双六ダムを越えて、さらに5キロくらいまでクルマで入れましたね。丁度素掘りのトンネル手前まで入れます。そこからゲート乗り越えて入ります。
30分くらいで中俣川出合のダム。こんなとこにダム作って、雪崩でやられないのかと思いますが、いまだにあるということはやられていないからです。通過して本流を遡ります。素掘りのトンネルって、もう文化遺産のような気がしますよ。冬になるとツララの連続だろうなあと。前の釜トンがそうでしたが、もう新しくなりましたよねえ。
素掘りのトンネルっていうのは、こういうものです。(金木戸川・中俣川合流で)
それに冬用のトンネル歩道もありますよ。これって黒部にもあるんですが、積雪期のダム保全用の歩道なのです。ちょうど雪崩れるところにトンネル掘って、明り取りの小窓も付いていますよ。そうだ、鹿島槍赤岩尾根いくときに、お化け堰堤に新設された地下トンネルもこんなですねえ。閉所恐怖症になりそうです。
冬用の雪避け歩道
本流は突き当りがダム取水口でした。そのちょっと先が小倉谷の出合ですねえ。トロの先で合流していましたよ。林道はここまでで引き返しにしました。
本流の小倉谷出合。トロの先で合流しています。左本流、右小倉谷。
実はこの林道の左の尾根は、黒部五郎岳から続いているなだらかな尾根なんですね。これって積雪期下山に利用できるんでしょうか。失敗するとひどいことになりますが。
中俣出合まで戻って、支流の北俣川方面に向います。そうですよね、この谷の付き当たりにあるのが、北ノ俣岳ですよね、名前が同じですよ。北俣、中俣出合まではスムーズにいけますが、そこから林道も急です。その先でチャリデポして歩いて先へ。たまにチャリ長時間乗ると、尻が痛いんだよなあ。
ちょっと霞んでいますが遠くに北ノ俣岳。2600が見えます。
1時間歩くと、廃道になったような林道が北俣横断して、左に神岡旧道への谷を分けて、いよいよ遠くに北ノ俣岳、赤木岳が見えてきました。主稜線が見えて初めて、谷走っている意味感じますねえ、でも山の色は秋の殺風景な色。まだ雪はありません。そこで昼飯。静かなところですよ。砂防のための林道工事は、この辺りは戦後らしいですねえ。
中俣出合にある最初の取水
さて下山。やはり1時間かかって、チャリデポへ。中俣にも林道が付いていましたが、すぐ先の取水で終わっていました。ここからぶっ飛び下山で、わずか40分でゲートに付きます。中俣・本流出合の素掘りトンネルなどは、なんか歴史感じさせる二股でした。冬はこの一帯どうなっているんでしょう。北ア西側のなだらかな山容と谷は、わくわくさせるものがあります。なんか田舎の文化遺産の見学山行みたいでした。
付録
南ア・三峰(みぶ)川源流
2003・11・9(日)雨・曇り
三峰川最終ゲート1300〜林道終了(取水口・標高1500)1500〜戻り1540(マウンテンバイク)
前日は神岡で宿泊して、休みの日曜に雨が降ったからといって、さっさと帰京しないのが鉄則なのです。どこか一箇所寄り道するのが、実はいいことですよ。伊那から三峰川いきます。これ天竜川の一大支流で、源流は仙丈岳ですよ。ここに三軒岩小屋沢とか岳沢とか有名な沢があります。でも塩見岳の近く迂回したり、伊那で天竜川に合流するゆらゆらヨタヨタ南アの北部流れている川ですねえ。
最終ゲートも実に山奥にあります。高遠から美和ダム通って、さらに延々と奥に入ります。途中丸山谷がありますが、過去にここ遡って、三峰川源流に入ったことありますが(伝付峠から南アに入るようなもので、下流が長いから省略)、先人はうまい道を見つけるもんです。そこから7キロでダム、さらに5キロでゲートでした。やはり乗り越えて奥へ。
三峰川の流れ。上部で取水されて流れは少ない。標高1400付近
なんとそこから10キロも道は続いているんですよ。南に流れている本流が東向きになり、さらに北向きになって仙丈方面へ。U字型になっています。5キロ先の曲がりから、塩見岳に向う新道ができていました。すごいとこからの登山道ですよ。後で地図見て唖然としました。さらに道は進んで、また5キロ先に取水がありました。これが先のダムへ送水されているんですね、標高1500です。そこのへんちくりんな堰堤が平成4年とあります。道はこの10年間荒れているようで、ここが砂防の最終でしょう。まだまだ谷は延々と奥へ。こんな谷を遡るなど、もうマニアックな世界です。そうだカモシカが「キーン」と鳴いていて、大井川源流のとき聞いたあの声思い出しました。彼ら急斜面を登るの上手ですよ。
三峰川の最終堰堤(標高1500)
そもそも天竜川など諏訪湖から流れ出しているだけで、源流が町の中だと思ってバカにしていましたが、この三峰といい、遠山川といい、侮れる川ではないこと再認識しましたよ。ところで、このマウンテンは新規購入ものでした。マウンテンとはいっても市街地専用の物が多くて、砂利専門はけっこう高いものですね、やはり。
前穂・パノラマコースと明神岳東稜ひょうたん池
☆☆☆☆
2003・10・25(土) 晴れ 上高地8・00〜明神・山のひだや9・00〜奥又白谷・パノラマコース分岐12・00〜前穂北尾根・屏風の頭下14・30=1500〜下山・徳沢1730〜明神1830
10・26(日) 晴れ 明神9・00〜明神岳東稜・ひょうたん池11・30=1200〜下山・明神1400
爺ちゃんの金婚式が明神の「山のひだや」でありました。10年位前に今頃の季節にここにきて、それ以来夏にも来て、それでここでお祝いだということです。それで出席。なのだが、ついでに山登ろうということで、季節外れの紅葉でもOKということで、未明に東京を出発して前穂のパノラマコースと行こうという事にしました。
徳沢の林道から 下又白の奥に明神岳(左)と前穂高(右)懐かしい風景です。
上高地から宿泊先に荷物を置いて、奥又白に入ります。堰堤の脇の林道から、登山道に入って行きますねえ。目前の前穂がだんだん大きくなってきます。そうそう、林道が下又白を横切ったときに、前穂の三本槍(頂上)とその左に明神岳がとってもよく見えました。この辺りの地形は複雑怪奇で大好きです。氷河がずたずたにU字渓谷を作って、それうまく利用すると、けっこう面白く登降できそうだと、最近気がついたわけですよ。それに下又白も10年以上も前に9月に1回経験があって、それも思い出しました。
さらに「落葉松」とかいてカラマツと読むんですねえ。ということは、この辺りで黄色く色づいているのは、皆カラマツなのです。落葉しますよ。風が吹くと、雪のようにそのとがった葉っぱが落ちてきて、歩いている口の中にも入ってきてしまうんですよ。降雪以上に始末がわるい。
山が黄色に色づいているのは「落葉松」=カラマツです。緑色のままの松は「五葉松」だということでした。
登り出して、途中いつものようにちょっと昼寝をして、奥又白本谷分岐からパノラマコースに入っていきます。奥又白の大きい谷から慶応尾根に上がる小さな谷に入って行きますが、谷を登っていくというのはいつでも楽しいことですよ。慶応尾根なんていう大島亮吉年代の尾根に登ると、尾根沿いにも冬用の赤布があったりして、何だか大クラシックルートと合流したみたいで感激ですねえ。
パノラマコース(慶応尾根へ向う途中)から。スカイライン中央左のコルが又白池のあたり。そのから3本の谷が下流へ。中又白谷(左)、松高ルンゼ(中)、奥又本谷(右=雪が一番積もっている谷)
その尾根を越して向こうの谷のトラバースに入ると、日影には雪が残っています。二日目前に雪が降ったようです。そのまま谷に入って、北尾根末端に上り詰めました。U字渓谷を3つ横切ったということになりますよ。さてここから屏風の頭まで30分くらいらしいのですが、雪も少しあるし、踏まれていないわけで、5分くらい登って邪魔な木の枝がなくなったところで辞めました。
北尾根末端最低コルから。涸沢と(左から)奥穂、涸沢岳、北穂。まもなく本格的な雪の季節です。
なにしろここは素晴らしい大展望。目の前が北穂と大キレットですねえ。その左に涸沢岳と奥穂。もちろん涸沢のカールもとても素晴らしく見えます。
槍方面を見ると、右に横尾右俣カールとキレットの下の本谷カール。
それにこの一帯はすべて雪。二日前にたくさん降ったわけです。右の方は横尾谷の右俣とその奥に槍も見えますよ。槍はこの夏ライブカメラで毎日見ていましたから、何だか見慣れた風景なのですが、でもナマで見るとさらにいいのはもちろんのことでしたね。パノラマコースとは良くぞ名づけた名前です。槍穂の稜線はここから見るのが最高の景色なのでしょう。30分くらいここに滞在して、15時下山します。標識に書いてあった通り、2時間半で徳沢。さらに1時間で明神でした。徳沢で真っ暗になりました。
26日。今日も快晴です。出発までの5時間でどこかに散歩いくことになって、明神岳のひょうたん池(2300M)に行くことにしました。池といってもここから標高差で800M。宿の隣にある入園料に250円もかかる、明神池とはわけが違います。これまで上高地から横尾に歩く間に、明神岳はもう何十回と見ています。でも見てるだけで何だか分からなかった山。目の前に見える大きな山が明神5峰(2700M)ちょっと角度を変えると4峰辺りも見えたりして、その向こうに多分3,2、と続いて主峰(2900M)が一番奥にあるようです。でも5峰まで標高差200Mだから、高さの変化はそうないわけですよ。ちなみに5峰のずっと近くに見えるのは2263M峰で独立標高点があるというわけです。その5峰〜2263M峰の間に入っているのがワサビ沢ですね。
ちなみにひょうたん池は主峰の東稜2300Mにあって、下宮川谷から宮川尾根に出て、その向こうの上宮川谷をトラバースしながら東稜末端の長七の頭下にある池にでますよ。パノラマコースにしても、ひょうたん池にしても、ルートが複雑なのは、前穂東側一帯のカール地形のせいです。すべての谷がU字渓谷。それだけに魅力的なのです。それにこのひょうたん池のある辺りは、明神から見上げると、手に取るようにしっかり見渡せるのです。
今は休業中となっている明神の養魚場の裏から入ります。明神を9時に出発。赤テープが点けてありますから、ルートを間違えることはそうないでしょう。ゴロタ河原から山道になって、視界が開けてくると宮川尾根を越える辺りでした。ここまで1時間ちょっと。それ以降はしっかり見渡せる目的地に向かって、宮川谷上部のカールをやはりトラバース気味に登っていきます。明神岳4峰末端にあったのは、有名らしい遭難碑でしたね。岩壁基部の踏み跡登って、そこから右にガレに出て、登りついたコルがひょうたん池です。又白の池のように、たまり水なのに、一向に干上がらない不思議な池ですよ。サンショウウオがここには住んでいるそうです。見たときにはおたまじゃくしのように見えたんですよ。で帰ってから宿のオヤジと話していると、どうやらサンショウウオだったようですね。頭が石にはまって出られなくなったと書いたのは芥川でしたかねえ(うわあ、井伏でした)、変なこと思い出しました。池から水がちょろちょろ流れ出ているんですよ、それなのに干上がらない。この日は一部凍っていました。実は20年以上も前に冬に、ここに来たこともあったのですが、そのときは雪で埋まっていたし、ガスっていたし、もう覚えていません。
ひょうたん池から明神へ続く尾根と前穂(右)
さてここから前穂頂上の三本槍が見えますよ。前穂頂上のギザギザはそういうようです。それに続いているのは、1尾根でしょうか? もちろん東稜に続いて明神主峰。昨日徳沢の林道から、見えたこの景色が、標高800Mも近くに迫って大きく見えるっていうことです。
それに尾根の向こう側の足元には下又白谷。茶臼の頭下には菱型岩壁があるようなのですが、標高が低すぎて魅力的には見えませんねえ。しかし私が気になったのは、このひょうたん池から明神東稜を少し登って、下又白谷上部をトラバースすると簡単に又白池にいけるんじゃないかということです。下又白は下部はとんでもない滝4個があって手に負えないのですが、上部がただのガレで簡単に登降できるし、そこから又白池までは平らで道があるんですよ。小屋のオヤジが嘉門次がウエストンを案内したときのコースに、ひょうたん池から奥又白とあるそうで、今時誰もこんな踏み跡というかトラバースしないようですが、これそんなに難しくないらしいようです。興味深々ですねえ。
この二日間の同行者はこちらの方でした。
さて池に30分ほどいて、12時に下山します。予定の2時前に明神に到着。この日もとても充実しました。
大菩薩・黒岳(1978M)の紅葉
☆
最寄は山梨県大月市
2003・10・18(土) 曇り 大峠800〜黒岳930〜桃沢の頭1030〜大峠1200
紅葉の時期にどうしても一回くらい山に行きたかったよね。膝が少し痛くてもねえ。それで近くて標高が高くて簡単にいけるところ探して、大菩薩にしました。クルマで1600Mの大峠までいけて、そこから1時間半登れば山頂です。・・・でもねえ、
ローカル色豊かな道標です。
1、本当に山が燃えるような紅葉というのがあるのか?
感動するような紅葉というのは、私見たことないんです。下界で桜が満開でも、そう驚かない性質なんですが、ということは紅葉でも同じことなんでしょうか。自分がよく分かりません。無い物ねだりの自分を探しているってことでしょうか。
2、場所が悪いというのは、あるような。杉とか松とかの針葉樹があると、紅葉に緑が混じってしまってきれいじゃありませんよね。広葉樹だけの森を探さないとダメでしょうか。
3、寒いところじゃないとダメ。下界の紅葉と言うのは山よりもきれいじゃないです。それは空気も汚れているし、急激に気温が下がらないからと聞いたことがあります。つまり奥秩父や南アルプスの紅葉よりも、やっぱり北アルプスにいかないと、きれいな紅葉はないのでしょうか。
赤く色づいていた葉っぱはいくつかはあったのですが・・・
改めて今回気がついたことは、大菩薩も2000Mの山頂まで樹林で覆われて景色がよく見えないという当たり前のことでした。それと自分が登っている山が下から見えないんですよね。秩父だとよくこういうことあります。南アルプスでもあります。山の形がずんぐりしているからでしょうか。特徴がないからでしょうか。そういえば秩父では金峰山は遠くから分かったとしても、雲取山とか大菩薩は遠くから分かったためしがありません。黒岳にしてもしかりでした。自分が登った山の形が分からないというのは、どうしてでしょう。
久しぶりに挫折してしまった山行となりました。
南アルプス・大井川源流と塩見岳・荒川中岳・3泊4日の旅
☆☆☆☆
2003・9・17 晴れ 鳥倉林道ゲート700〜三伏峠1000〜塩見岳1530〜大井川源流西俣北俣下降2300M1730
9・18 晴れ 出発520〜中俣出合800〜小西俣出合遡行900〜魚無沢出合遡1230〜魚無沢2150M1400
9.19 晴れ 出発520〜荒川中岳稜線900〜中岳1000〜高山裏1300〜小河内岳避難小屋1600
9・20 ガス・曇り 出発510〜三伏峠730・810〜鳥倉林道950〜ゲート1030
秋休みを利用しての長期になってしまった山行。
1 鳥倉林道(長野・飯田から)を利用すると南アルプスの稜線(三伏峠)にわずかに3時間で到達することを最近知って、それなら実践してみようと思ったこと。
2、先週の唐松小屋泊まりの混雑に嫌気がさしてテント泊もいいだろうとおもったこと。
3、南アルプスには長いこといっていないために、縦走などは20年ぶりで、ではこの機会にと思ったこと。
4、3000Mの稜線から、無雪期なのに谷に下降してみるというふざけたことをやってみたかったこと。
5、南アの黒部渓谷といえば大井川源流になると、思い出したこと。
以上の理由でこの山行することにしました。
9・17(水)晴れ
私の知らない20年の間に南アルプスも進化しました。飯田からこの鳥倉林道を利用すると、クルマで1700Mまでいけて、さらに1800Mまでは林道の続き。日本一高い峠の三伏峠2600Mまでわずかに800Mです。これは近くて便利。それでも大鹿村から林道入る道の案内が少しだけでけっこう戸惑って、カーナビの200Mスケール(2万分の1)を見ながらどうにか現地へ。本当にここは標高が高い。小渋川を見下ろすくらいの高さにありますねえ。
鳥倉林道から登山道へ
懐かしい三伏峠への道。伊那側から三伏に上がるのは30年ぶりですよ、高校生以来。なんかドキドキしながら、それに到達までの距離が1/10づつ表示されていて、登っていて励みになりました。本当に3時間で稜線に。これは近い。
南アのいいところというか、悪いところは、標高が2700Mくらいまで樹林帯なんですよ。当然だけど。だから2600Mの峠に出ても視界はゼロ。でも今でもうっすら覚えている三伏の「国立公園」の古い大きな掲示板ありましたね。当時もありました。そんなわけで、視界が広がったのが、すぐ横の三伏山という小高い山に出たときでしたよ。塩見岳しっかり見えましたね。南アの3000Mは下界からなかなか見えないもんで、山の形を忘れてしまいましたね。「ああいう形が塩見かと」でも、よくよく見ると、南アの3000Mは、皆こういうずんぐりした薬師岳のような、「牛が寝そべっている」感じがしますねえ、改めて。
でも三伏で一人いた登山者が戸惑っていました。塩見小屋はすでに9・15で営業終了、幕営も禁止。ということはこの先には8時間歩いた熊ノ平しかないわけで、午前11時頃に登りついたこの人は、往復するわけにも行かずに、どうやらここで宿泊。まるで「塩見には登るな」といっているようなもの。9月になると南アは皆こうです、愛想がないのは相変わらず。
さて樹林帯のなかをノソノソと進みます。大してはかどらないけれどねえ。本谷山は頂上にでて、権右衛門山は大きく巻いて、そして閉店の用意をしている塩見小屋通って、ここから山頂まで1時間、樹林帯を出て頂上見えました。この日だけは1時間に一人くらいの登山者とすれ違いましたよ。巻いている時に広いとこで休んでいると、上から降りてきた人に「ガサガサしているから熊かと思った」といわれましたね、そんな簡単に熊がいるかあ?
本谷山辺りからの塩見岳
頂上へ続く200Mは、岩稜帯だったね「こんなだったっけか?」と。やっぱり「3000Mある山は侮れないなあ」と見直し。頂上は西峰と東峰の二つ。時間も午後3時半。
さてここから計画通りに大井川西俣北俣に下降します。ガスって視界が悪いのですが、切れた瞬間によく地形見ておいて、主稜線と北俣岳の鞍部から降りることに決めました。「まあ1時間も下降すれば、水くらい流れているだろう」と。山頂から15分降りたとこ辺りからですね。いよいよツボ足で「ドロップ・イン!」
上部の急傾斜草付きもまあ、どうにか。100Mくらい下にすでに河原っぽいの見えますよ。こういうところは草付きよりも、河原っぽい岩の方が安心しますねえ。すでにガスで視界は100Mくらい。ドンドン下ります。大井川の源流ってこうなんだと思い出しました。2Mくらいもあるゴロタ岩が沢の上にドンドン積み重なっていて、そこを流れが、ドカン、ドカンと波打って流れている。というわけで滝はないんですよ。(いや、まだこの辺は水ないですがね)。2600Mくらいから少し流れが出てきて一安心。なるべく傾斜が緩くなるところまで行こうと、それと日暮れの時間と相談して、午後5時に2350M着。水辺のアザミがきれいだし、カモシカが3頭もいて、あの草付き駆け上がっていくし、あれって「キーン」と太くて高い声で鳴きますねえ。谷を下降したものの、明日の天気はどうかとか、もう通常の小屋山行と違って、開き直っています。ツェルト張って傾斜地に宿泊。
9・18(木)快晴
朝3時半頃に目が覚めたら、テントが意外と明るい。「どうして」と顔出すと、月明かりでしたよ。快晴の中での下弦の月。そういえば一月前に針ノ木行ったときも月を見たけど、あれから1ヶ月かあ、早いなあと。満天の星空ですね。朝飯しっかり食って、520に出発。この時間に急に明るくなりました。秋の夕暮れは「つるべ落としだ」といいますが、朝日は逆に「つるべ引き上げだ」みたいに、急に20分ほどで明るくなります。
さて前日に続いてドンドン下降。1時間で水量も増えて、水の中をジャブジャブという感じになったもので、渓流シューズに履き替えますねえ。1箇所だけ高巻き下りありましたが、1787Mで中俣と合流。なんだか3時間くらいかかりましたねえ。傾斜が緩くなると距離が伸びますから。それにしても、北俣に滝ゼロというのは、ガイドの通りでよかったね。
小西俣の流れ
さて中俣というのは、三伏峠に上がる沢。こちらは水量が実に豊富です。こっちは魚いるみたいですが。下ってきた北俣と合流すると渡渉するにも気を使うくらいの水量。「それにしても山奥だア。このままじゃ、下山できないぞお」と。それから少しして小西俣の出合。ここは堰堤になっていて無人の管理棟ありますね。とにかく天気がいいのだけが幸いだね。小西俣に入って進みます。ここは河原でなかなか標高上がりませんねえ。やはり3時間くらいかかって、ついに目標の魚無沢出合です。途中に真正面に見えたのが小河内でしょうねえ。
この出合で正午、昼飯。今日はどうしようかいろいろ考えますよ。でもまあ一応流れが切れたところで考えようとね。でも1時間半登った午後2時2150Mで流れが伏流になりました。出合から250M程度でしたね。さてどうするのか?3時間くらいで稜線についても水がないし、それに何だか疲れて「早いけど、ここで今日はOK」かと。一人で寂しいけど一応のんびりした雰囲気作りましたね。ウイスキー飲みながら地図付録のガイド読みましたが、どうも荒川中岳とか小河内岳に避難小屋できたらしいですねえ。といっても南アのことだから、そんなに信用はしていないけど。カギかかっているなんてことも、ありえそうでねえ。
魚無沢に入ってまもなく、源流はこんな感じでドンドン続きます。
流れの対岸にその小河内岳の小屋の赤い屋根が見えますよ。ぞっとするくらいに遠いねえ。それに背中の方角だし。明日中に正面を登って背中に回りこむってこと?「げ〜」って感じ。夕方まで快晴で、荒川岳の夕陽にきれいでした。さて暗くなって、午後7時くらいですか、もう寝ていたのに、何だかポツポツと。あせりました。今日は沢の中の河原ですよ。雨きたらテントたたんで起き上がらなくては、明らかに流れが入り込んでくるところですから。でもまたうとうとするとやんだみたいです、ラッキーでした。
9・19(金)快晴
前日と同じように520出発。さてどのくらいで稜線に出ることやら。朝から登山靴でいきます。出発時にガスっていた山も、30分もすると雲が全部消えて快晴「ありえねえ〜」くらいの好条件ですよ。こんなことってあるんだ。1時間半くらいで二股2500Mくらいですかね。今日は高度が稼げます。
魚無沢の上部二股。左は東岳コルへ、右は中岳直下へ。右いきます。
谷が急になってきました。やっぱり傾斜の緩いほう、本流をいきますよ。右へね。東岳(悪沢岳)の本峰も見えますね。でも荒川って標高高い割りに水があるらしいというのは本当で、ここでも2700Mくらいで支流から水が流れ込んでいました。助かります。その上部がガラ場でやはり急で、岩よりも薄い這い松帯選んで登りましたね。出たところは中岳の直下でした。
ガラ場上部から振り返った荒川東岳。中岳コルからちょっと登りますねえ。
登山客一人いましたね9時。。この時点ですでに東岳往復諦めていましたよ。何しろ片道で1時間半かかる。20歳のときは、夜にこんなとこ簡単に往復したものですが、もうすっかりダメ。例の避難小屋ありました。管理人もいました。宿泊3600円、寝具1000円、カレー1000円、カップ面500円などです。東海フォレスト経営。避難小屋とはいっても、その気になれば空身での宿泊もOKだね。管理人若いし、フォレストの社員みたいだね。最近の南アは、ほとんどすべて東海フォレストに丸投げされています。最南端の光岳から熊ノ平まで。三伏小屋と塩見小屋だけ除いてね。荒川小屋も赤石小屋もそうらしい。「今から三伏までくだれるか?」。「さあ、コースタイムでは8時間ですから」と。励ましてくれないんだよ、若いアンちゃんだから。
でも山行の主要部は完成。三伏から南北の3000Mを周回して、しかも源流あるいて大成功です。そうだ魚無沢にも確かにガイドの通りに滝はゼロでしたよ。水がゴロタ岩をビュンビュン飛んで流れているって感じ。ずっと前に赤石沢いったこともありましたが、やはり沢の構造は同じでしたね。大井川源流というのは、そういうところです。黒部の穏やかさとは違うねえ。
荒川中岳、前岳通過して、さて高山裏にいきますが、これ唖然としました。眼下はるかにその避難小屋見えるんです。ここから600Mも下降。北アだと蓮華の大下りで400M。天狗の大下りで300Mでしょ、ここ無名の下りなのに600M。南アというのは、そういうとこです、知ってますよ、でも目の前に出てくると愕然としますね、やはり。
前岳カールの急降下で正面に小さく高山裏幕営地
前岳の古い北面のカールの岩ざれを直下降していきます。長いですよ、さらに樹林に入っての巻き道も。高山裏直前に水場があって安心。この幕営地は好きですねえ。道にそって階段状にいくつもテント場が整地されています。午後1時。疲れました。避難小屋はすでに無人。振り返ると荒川雄大です。でもなんだか中岳は北岳に少し似ています。
続けて前進。目前に大きく見えるのは小河内岳です。2800Mもあるのに、知られていませんねえ。南アでは2800Mもあっても、無視されてしまうのです。でも本日は無視できない。とにかく大きく立ちはだかって邪魔しています。もう昔のこと言いたくないですが「こんなの稜線のコブだろう」と、朝飯も食わずに簡単に通過できた頃が懐かしい。
途中の大日影山辺りは、大崩壊しています。南アはどこも西面が大崩壊ですよ。日本を横断する構造線の影響らいいです。荒川前岳など頂上の2M横まで崩壊していて、まもなく頂上もなくなるでしょう。三伏峠脇も実に崩壊が激しくて、5年前に稜線登山道は廃道になりました。大日影から見える三伏脇の斜面は、あれ雪が付いたらヒマラヤ並みの崩壊ですよ。驚くくらいに、本当に。こうしてどうにか小河内岳へ。そうして直下の避難小屋へ。万が一管理人がいたらビール飲もうと思っていましたが、8月末に下山とのこと。がっくし。でも鉄骨の立派な小屋でした。雑記帳もあって、「この小屋に宿泊が目的」という人もいて、まあ今日は寒くて、水もないけど、励みになりましたね。夕方からガスです。
9月20日(土)ガス
ガスだけど雨なくて助かりました。お湯だけ飲んで下山です。食料尽きた。力入りませんが、2時間で三伏、助かり。ジュースとカップ面頼んだら、ご飯に卵付きででてきましたよ。4代目、大正時代からの小屋のオヤジさんでした。この人も麓の大鹿村の旅館経営者。大鹿村というのは、裕福な村なんですよ、改めてね。1500人だけど。集落は点在していて。伊那の良質な材木のおかげですよね。江戸時代も、明治からは財閥が入ったし。土曜だから5パーティほどとその後すれ違いましたが、曇りから午後は雨で大変です。でも9月になってようやく山はお天気らしいです。そう三日間よく晴れてくれました。
下山はもう元気になって、ちょっと頑張り。なんと三伏峠から鳥倉林道まで800Mを歩きやすい道で1時間40分で下りましたよ。ここはやはり南アへの最短ルートなのです。実に爽快な山行でした。三伏小屋も夏の個室棟兼冬季小屋建設中で、紅葉はOKで10月15日まで営業。その後冬も快適らしいなあ。
唐松岳〜不帰〜白馬岳
☆☆☆
2003・9・13 晴れ 黒菱1300〜リフト上1330〜唐松小屋1600
9.14 ガス・晴れ 小屋800〜不帰〜キレット1030〜天狗小屋1200〜鑓〜杓子〜白馬村営小屋1400〜白馬尻1630〜猿倉1730
台風一過の気温36度のフェーン現象と睡眠不足などで、晴れた山検索しながら午後1時というとんでもなく遅い時間に黒菱到着。ここは八方尾根のリフト上1600Mのところで、車でもいけるしゴンドラでもいけるというところです。ガスの切れ目から青空少し見えたりしてとにかく唐松岳目指して出発。下界よりも山なら涼しいだろうというわけです。
八方池からの不帰3,2,1峰(左から)
リフト2個乗り継いで1800M。ここ八方尾根もハイウェー並みです。いくつものケルンとか池とか名所旧跡楽しみながら、あっという間に稜線間近の丸山ケルン到着。不帰が晴れてよく見えます。逆行で写真撮りませんでしたが、鹿島槍はまったく女性のオッパイ二つに見えますよ。それに本日から夏山登り方4WDに変更したために、実に速くて自分でも信じられないくらいで禁止のドーピングやっている見たいでした。ハイカーたちも八方池までは大勢ですねえ。そうえいば最初のケルンは昭和12年の遭難とか、次は逗子開成高校の碑とかでしたね。リフト上から2時間半で小屋でした。ところがガスになり、夜は風と雨。小屋は満員で大混雑でした。
不帰1峰から2峰を振り返る。この2峰の急な尾根が夏の不帰の核心部
翌日、下界や他の山は晴れているようなのですが、ここだけガスで心配は募って、仕方なく八方尾根100M下山したところで、ガス切れ出して不帰しっかり見えてきたために登り返して縦走決めました。1時間のロス。
唐松山頂はガスのなか大賑わいで、アッサリ通過して不帰に入ります。ここは初めてになりますね。2峰の下りだけが問題だと思って、確かにそこは岩ギザギザで、それなのに元気なオバサンパーティもいますよ。「アングル橋」というのがあって、アングルってだんだと思ったら、直角ですか?アングルハーケンというのもありますねえ。クサリの急降下とトラバースとアングルハシゴとかけっこう気使いますねえ。その後は1峰巻いてキレットです。ここはけっこう標高も低くて、雪渓が残った沢が近くに見えますね。小屋の昼飯弁当1300円でしたか、かみ締めて食いました。腹減ったあ。
天狗平の黒部側は穏やかです。
ここから天狗の大くだりを登り返し。でもそれほど辛くないですよ。砂ザクザク。登りきると少しで天狗小屋でした。小屋でジュース。唐松小屋より売店の物価は安いです。
さてここで大雪渓ルートから下山か、鑓温泉経由をするかと思いましたが、時間的には同じくらいだということで、白馬目指します。ここから見ると鑓は砂がザクザクで白っぽく見えるんですよ。遠目に見た杓子と間違いそうです。鑓へはすぐいけましたが、杓子方面は黒部側のトラバースの連続です。それにしても、黒部側はなだらかですよねえ。白馬側や稜線は痩せていていやです。それに鑓からは黒部側へ急降下で、この辺残雪期といっても、難しそうですよ。
杓子巻いていくと、大雪渓への最低コルにでます。でも夏はここからトラバースしてはいけないということで、村営小屋まで登り返して大雪渓にはいります。大雪渓も上から見ると、急なとこ下っていますよねえ。夏だからいいようなものの、残雪期気軽に入れますか?岩ゴロゴロで歩きにくいですよ。ねぶか平では、こんなところで堰堤工事していますねえ。土方っぽいのが、くわえ煙草で歩いていて、いい加減にせい! 姫川建設だよ。
白馬大雪渓のクレバス。登山道はもちろん迂回しています。
その下から雪渓に入って、途中クレバスあって、ようやく白馬尻。今年6月に来たときには尻まで雪渓たくさんありましたが、もう全く無し。3ヶ月も立ってんだからなあ。あの時建築中の宿泊小屋は完成してました。ここでそば食って、猿倉に下山しました。
唐松も白馬も長野側は急に切れていて魅力的ですよ。でも南股から入ってみるとか、下からの偵察もちゃんとやらないと、難しいところだと思いましたねえ。