何かあるだろうと思って牧口さんの本『雨あがりのギンヤンマたち』を開いていたら、小冊子が挟み込んであった。読んでみると「『雨あがりのギンヤンマたち』みなさまからいただいた推せん感想文」と書いてあるではないか。38ページに渡る冊子であるが、表紙に1989年4月20日の牧口さんの文章があり、秋本和伸さん(詩人)とか飛鳥井けいこ(市会議員・モンペのおばさん)とか50音順に感想文が載せてある。ひょっとしたら、私のもあるだろうと思って探したら、肩書きが「大阪府立大学助教授・ノーマライゼーション研究会会長」になっているのを発見した。短い文章なのでそのまま載せる。
あのね、と子供たちに呼びかける。自分のこと、障害があって困ったこと、うまく工夫しながら仲間と付き合ってきたことを伝える。子供たち自身に考えさせる。牧口さんのこの本は、やりとりや会場のざわめき、子供たちの表情をも、よく伝えてくれる。いいにくいことやむつかしいこともサラッと言葉にしている。大阪のしゃべくり漫才の伝統があるのかな。牧口さんの話術を楽しみながら、ドキッとさせたり、ハラハラさせたり、そして障害者がいて面白い社会を見せてくれる本です。
以上が小冊子に掲載した文章である。
直前には大久保忠代(障害者の母・医療用装具の製作・牧口さんとは『われら何を掴むか』からの仲間)という人が推薦文を寄せていて、すぐ後には大谷善那(共同通信社・記者)のお勧めの言葉がある。
たまたまその本に挟んでいた記事から紹介しよう。朝日新聞の1988年3月10日付けには「風発・リレーエッセー・学校めぐり」がある。この記事の写真が「講演中の筆者。松葉づえも重要な小道具となる。」とあって肩書きが「被災地障害者支援『ゆめ風基金』事務局長とある。いまでは電動車椅子だが当時は松葉づえ使用者だったのだろう。
同じ年には読売新聞で1988年7月3日には絵を担当した25年来の相棒吉田たろうさんと並んでいる写真がある。「雨あがりのギンヤンマたち」の本を出版したことを伝える記事である。題して「松葉づえデザイナー“子に伝える本”出版」サブテーマに「言葉にならない言葉がわかる人に」。書き出しは松葉づえに帽子姿で元気に歩き回り、障害者の立場から発言し続けるグラフィック・デザイナーの牧口一二さん(50)が『雨あがりのギンヤンマたち』(明石書店、1600円)と題する本を出した。
また少し後になるが、朝日新聞に1995年7月11日付けで「民主主義−−生きる権利−−」という連載がある。これも公演中の松葉づえ姿の写真があり、キャプションには「牧口一二は学校を回って、自分の不自由な体を子どもたちの前にさらす」とある。サブテーマには題目のほとんどは「ちがうことこそばんざい」(「ばんざい」は日本国陸軍の用語であったと指摘されていたと記憶しているが、その後「すばらしい」に変更したという)。戦後民主主義の特徴はなんでも平等、みんな同じだということらしい(筆者は「降幡賢一」という)。しかし牧口さんの話の大半は「『同じではない』ことを胸張れる日を信じて」とある。
こんな雑誌も挟んである。牧口さんは1992年(だろう)に「障害者がいるからこそ街はやさしくなれる−−堂々と他人の助けも借りて肩肘張らずに生きたいね!−−」として大谷昭宏さんの「ヒューマン・インタビューに応じている(中小企業連合会「ECCOPRESS」1993年1月)。
街頭で撮った写真には「『松葉杖ついてる僕には気づかない段差が街のあちこちにあるんです』と牧口さん。大阪府の福祉の街づくり条例制定に向けて、谷畑理事長らと車イスで街をチェックする活動も行った。やさしい街づくりのためには、机の上で考えるだけでは不十分だ。」とある。
牧口さんと筒井純子さんと2人による「デコボコ対談」に扱いがむつかしい「差別語ってなんだ?」(全障連関西ブロック編「全障連関西ブロックニュース」第109号、1994年11月25日)という「差別表現を考える」に雑誌で対談もしている。牧口さんはこう発言している。「けどな、本来、言葉ってものは自然発生的に生まれるというか、その時代を正直に反映しているもんやから、それがヒドイ差別語であっても、どんな言葉でも無くたり削ったりしたらあかんのやと思う。」に素直に基本的な立場が出ていると思う。
2003年10月15日にお亡くなりになったことを誰の連絡かは忘れてしまったが、私の手元には雑誌がある。その一つ、豊能障害者労働センターが運営している「積木屋」が発行している「積木」である(第163号、2003年11月3日)。表紙に送る言葉「こんなにも深く子どもを愛し、小さないのちを愛し、平和な世界を願ったひとりのイラストレーターがいた。2004年カレンダー『季節のモムたち』は吉田たろうさんの遺作となりました」と最高度にすばらしく書かいてもらっている。
表紙から裏表紙まで追悼の言葉が並んでいる。私がその例外である。その頃まで連載していたのであるが「宇治茶の香り」連載第19回を迎えたので、「市民事業の活動を見直す尺度」という原稿を入れたために社会の動きとは無関係に書いている。今思うと残念で仕方ない。人権のために市町村の財源を投入すべきだという主張を、田岡さんが「<福祉>から<雇用>へ・・・」と題する文章で示しているとおりだ。
牧口さんが「吉田たろうを悼んで」と書いた文章があるはずだと思って見つかったのは「そよかぜ」「第113号、2003年12月20日)の一文だけであった。原題を「水平線の向こうに何を見つめていたんだろう」という。「雨あがりのギンヤンマ」も続編の「夕やけ空のオニヤンマ」も吉田たろうさんと共著だという。最後に「その1人(牧口さんは4人を見送ったという)、たろうさんは水平線の向こうへ旅立った。まぁ少年のころから憧れていた好きなところへ行ったのだ、と思えば少しは慰められるが、身近な人の死を語るのはなんと気分が重いことか。」と正直に言ってくれたので助かる気持ちがする。
牧口一二著『雨あがりのギンヤンマたち』絵・吉田たろう明石書店、表紙に絵があり、随所に絵がある。233ページ、ISBN0021−0207−082、1988年。
このページの目次へこの文章は「気持ち良くご一緒している雰囲気」と題する文章である。近藤良一先生の最初にある「推薦の言葉」で、私の言葉とともに牧口一二さん(NPO法人ゆめ風基金の代表)の「アバウト先生のメッチャ好きとメッタ斬り」と二つが並んでいる。何で載ったのかという質問に笑って答えず、その頃に出入りしていた社会福祉法人「大阪府総合福祉協会」の廊下を歩んでいた先生の姿が忘れられない。そのまま、何も手を加えることなく掲載する。ただ、中見出しをつける。
絵心がまったくない私にとっても、読みやすく面白い本である。私は、どちらかというと言語表現に頼って科学(というほどでもないが)を教え込まれてきたが、本書を読んでいて、近藤先生と一緒に絵をみてまわり、丁寧に説明を受けている雰囲気になった。先生が笑顔で、「この人はこんなことを言いたいのかな」「少し変わってきたようにも見えるな」「ほらここでわしにはそう見えるんじゃ」など、描いた人が発言しようとしていることを感度の鋭いアンテナで受け止めている。
しかも、近藤先生は決め付けてはいない。むしろ、しまったぁという失敗の経験もたくさん出てくる。だから安心して説明を聞ける。
私も絵を描くことは個人の営みだと思っていたが、近藤先生は集団で試みていらっしゃる。集団に入るかどうか迷っている人の様子も観察している。白か黒かはっきりしようのところだったか、先生が提案したことも、各人がそれぞれ違う表現に出来上がっている。
障害者市民を含む多くの被差別の人たちと実際に付き合い身につけられた経験が、絵画「療法」として表現されている。本書には具体的な手順や方法も、手の内を明かすように分かりやすく示していらっしゃる。私も試してみたくなる。
以上で終わり。
近藤良一著「絵遊びから心の?がりへ――集団絵遊び『療法』の世界――」知書之屋本舗(株・マックス)、最初に図版あり、随所に図版あり、235ページ、ISBN4―9902195―6―2、2005年。
このページの目次へ堅田香織里・白崎朝子・野村史子・屋嘉比ふみ子編著『ベーシックインカムとジェンダー』の本は編著者の幾人かが私宛に届けてくれたものだ。この本は編著となっているが、その中心になって個人が編集したのではない。いくつかの原稿があり、完全に共同執筆になっている。副題にあるとおり「生きづらさからの解放に向けて」と題してある。
ベーシックインカム(以下BIと略す)とジェンダーは結びつきそうで結びつかない。親切な総論を見ると、ジェンダー視点から見たBIの意味を理論的に考えたそうだ。
日本のBIは近年議論が始まっただけに、アカデミズム中心であり、母子家庭を中心に当事者たちの「生きづらさからの解放」に向けて「生の声」が活かされる状況にはないと判断したと言う。そこでマイノリティが「欠落しがち」である「生の声」を活かして、この本が作成されたという。
BIは一般には「福祉給付」と混同されるが、個人に対する「無条件の基礎所得保障」であるという。ここで「福祉給付は“弱者”としての選別された者を対象としており」という理由を挙げている。市民にも本人自身にも誤解を与えている点を打ち消している。確かに社会保障制度の代替物とは、区別して論じている。
BIを語るのに多様な「おんな」の視点で語っている。これらが本書の特徴だろう。
本書の意図では、社会活動家やシングルマザーの視点、障害者やセクシュル・マイノリティは当然だろう。女子大学院生とケアワーカーも関わるとすると、女性の様々な貧困状態を語っているように思える。BIで通常議論される枠を超えるようだ。
題名も自由に付けているようだ。題名を読んでいるだけで他のBIの本を読むよりも楽しい。例えば「社会活動と『食っていくこと』のはざまで」とある。シングルマザーについては「自由と自立――BIをめぐって――」とある。中には「うっとりする時を取り戻すために」もある。どんなことが書いてあるのか?
佐々木彩さんの「うっとりする時を取り戻すために」を読んでみる。肩書きには「アーティスト・ケアワーカー」とある(英語名が多いのは編集者の意図だろうか)。
書き出しは「目が覚める。隣に横たわる人の体温がうつったのか、うっすらと寝汗を感じる。体温計をくわえる。37.10度、高温期に入って11日目の朝、息が白い。」とある。そのような小説風の書き出しで始まる。BIはどこかな。探したらあった。
<8 もしBIがあったら――気持ちの話――>と名付けているところに見つかった。そこには「『金を稼げなくても生活が立ち行かなくなることはないよ、あなたはあなたのペースで生きればいいんだよ』と、一人残らず言ってもらえる世の中だったら、人を蔑んだり妬むより先に、それぞれ状況や気持ちを聞き、話し合うことができるのかもしれない。」とある。
だれでも望むことだし、これがBIの焦点だろう。社会に対して苦労して税金を納める必要もない。財源をどう保障するかという問題で政府も苦労しているのである。苦労して働いている人とお金が十分にある人と公平感をどうするかが問題になっている時に。障害者雇用をどう実現するかの問題もなくなる。
こうした人もいる。地方政治に関わっている女性もいる。ちょうど同じ時期に贈ってもらったのだが、澤ナオミ著『女の風――女の風が町をやさしく変える――』(セキ書房、2011年、非売品)だ。
20年に渡って大阪府の地方の市(当選当時は町であった)議員活動をされてきた女性である。介護保険が始まるときに講演に呼んでもらった縁の最初である。
この本には、介護保険制度に関する市当局とのやり取りや病院の問題、障害者の市民権を実現する闘い今問題になっている「税と教育問題」などが含まれている。当然ながら「女性問題に取り組む」という章もあれば「議会改革」という章もある。同じ時期で女性問題にも触れてある本を読み興味深かった。
堅田香織里・白崎朝子・野村史子・屋嘉比ふみ子編著『ベーシックインカムとジェンダー――生きづらさからの解放に向けて――』2011年、現代書館、230ページ、ISBN978―4―7684―5672―9。
このページの目次へホームページにも使われている。このパンフレットは出版された同センターからの贈呈されたものである。
大阪府の雇用関係者に言わすと「C−STEP」という言葉が出てくる。「おおさか人材雇用開発人権センター」が長いので省略したものと受け取っていたが、どうも意味があるようだ。最初のページに「C−STEP」の意味が記されている。
それによると愛称とロゴマークが記載されている。ロゴマークは守屋賢亮さん(当時・大阪芸術短期大学部デザイン美術学科長)が作成されたものという。
C−STEPとはCはCareerを意味する「職を通じて生涯」という意味だそうだ。SはSupportで「サポート」し、TはTalentを意味し「人材や適性」を高め、EはEnhancementを著し「増進する」と意味するという。最後のPはPlazaを意味する「市場、広場」だそうである。全体を日本語で表現すると「一歩一歩踏みしめながらキャリアをきわめていく」らしい。最初に「はじめに」を読むことにより、これでやっと分かった。
■ 同和地区人材雇用開発センターの発起人会で述べられたこと他の号は第1部が「継続と発展――さらなるチャレンジへ――」という文章が来ている。このパンフレットはその名の下に第1部に「資料編」が来ている。
その中で、お名前もみつけることができ、以下のように述べられている。大阪府・大阪市という行政が関係をもっていることは1981年の7月3日の社団法人同和地区人材雇用開発センターの「設立発起人代表者名」から明らかである。このほかにも「大阪府市町村会代表」とが発起人になっている。
と同時に「関西経済団体連合会」の理事や「関西経営者協会」「大阪商工会議所」の理事というお名前は見ることができるし、いくつかの大手会社の人事部長とか財界人と行政のトップが集まる場のようだ。設立発起人の声明には当時を物語るように大手会社が「地名総監」を購入したことが批判的に記述されている。その当時で20年前になるが、1965年の政府の「同和対策審議会答申」も引用されている。
教育とあわせて大きな問題であるが「就職と教育の機会均等を完全に保障する」としてある。とくに就職については「同和問題解決の中心的課題」と明示されている。
もちろん、企業が被差別地区出身者を積極的に雇おうとしない面もあるので、その仕組みを打ち破る必要がある。同和問題という本人の仕事に関係のない企業の採用行動には問題がある。そこから資料編の後半に書かれている「地域就労支援事業」などの就職困難者に対象を広げることができるような仕組みがある。行政が行うけれどそれにもかかわらず、企業も「社会の責任論」を果たそうとしない問題がある。
その一部として最後に障害者(大阪府関係行政は「障がい者」に統一しているが、ここでは「障害者」という言葉を使う――大谷注)雇用にも企業が積極的に乗り出すことができる。さらに企業の社会的責任論(CSR)を示す会員企業の社会貢献の表彰もしている。
会員企業の表彰も2002年度から始まり(当初は過去21年間に及んだ)、今は第4期である(単年度で評価する)。その評価項目には就職困難者の就労・支援の実績評価が当然のこと入っている。さらに知的障害者を中心とする特別支援学校の生徒の雇用・就労支援の取り組みが入っている。
社団法人「おおさか人材雇用開発人権センター」『継続と発展――さらなるチャレンジへ――創立30周年記念誌――』2011年 同センター発行、A4版、99ページ、貴重な写真多い。
このページの目次へこの種のパンフレットは表紙を見るだけで、主催者がかけた思いが分かる場合が多い。表紙の表記に思いを込めているので(人によっては「込めすぎ」という場合もあるようだ)、わざわざ購入して本文を読まなくてもおおよそのことが分かる。パンフレットの特徴を示しているようだ。共同企画:東京・大阪・熊本実行委員会編『勃興する社会的企業と社会的経済――T・ジャンテ氏招聘市民国際フォーラム――』同時代社、2006年、ISBN4−88683−580−5)も同じ傾向だ。
同パンフレットは4部の構成からなっている。本文は3つの章であるが、その前に「挨拶」がある。主催者の「挨拶」は、世界では多くのところで「社会的協同組合B型」や「社会的事業所」などの名前でその存在が広がっている。ここで「社会的事業所」と名付けられている存在は「いろんな状態によって社会から差別を受けたり排除させられたり、企業の都合でリストラをされたりという、そういう様々な不利な状況にある人々が、社会的事業所で共に働くことで統合・インクルージョン」を意味している。新しい雇用システムだという。
札幌市長の「挨拶」は札幌市は「社会的事業所」はまだ使っていないそうだが「しかし、それに必要な対策といいますか、政策は、従前から取り入れてきているように考えておる」と述べている。主催者の挨拶とかさねると、障害を持った人の新しい雇用に際して、国が行なっていないときには自治体で取り組む必要があるようだ。
もう一人の「挨拶」は札幌市議会議員の肩書きである。札幌市長の「挨拶」と同じく「元気ジョブ」「元気カフェ」の札幌独自の名称をもつ(障害者にかかわって「元気」と名称が使われているが一面的であるという批判はさておいて)障害を持つ人の声を取り上げている。そこでは「自分が社会的に参加をしているいま、喜びを感じる」と言うそうだ。本物の仕事について一人前の賃金を得ることに喜びを感じることに繋がるようだ。
初めに登場した藤井敦史さんは「社会的事業所は障害者等の就労にどのような役割を持つか」と題して、現実的な問題を挙げる。様々な企業が「社会的企業」(藤井さんはこのように表現する)に乗り出している現状では、日本の場合は「なにが社会的企業なのかというのは非常に漠然としておりまして」と指摘している。
多分、今は種々提案されているが、現実の政策になれば、社会的企業という区分けは必要だろう。多少でも補助金がでることになったら、それを目的に反社会的行為を行なっている企業にも給付するということになりかねない。障害者認定でも生活保護でも(あるいは公契約条例についても)市民が不正だとして声を上げる社会の実情があるからだ。不正防止のために多数の人手がかかるという悪循環がもたらされる。
第二講の白杉滋郎さんは「滋賀県の社会的事業所制度と障害者就業・生活支援センターの役割」と題して「ねっこ共働作業所事業代表」という肩書きをつけただけに、行なっている作業は同じような仕事だが、滋賀県の「社会的事業所制度」の現実を語っている。先の藤井さんの質問に直接にはこたえず、現場事業所での「共に」を実現する過程を重視する。行政とのやり取りの産物である「事業所型作業所」で「共に」(対等性)は無視されていたが、全員雇用の社会的事業所を求め続けてきた。この辺りは制度を創るよりも運動の側面が強くなっている。連携をとる形で「障害者就業・生活支援センター」とも上手く付き合っている様子が伺われる。
第3の講座は「社会的企業の役割と大阪エル・チャレンジの就労支援」と題して、冨田一幸さん(大阪ナイス代表取締役)がある。その中で大阪府の清掃事業に「総合評価一般競争入札制度」がある。冨田さんは「エル・チャレンジ」設立の詳しい経過と「行政の福祉化」と呼ばれる総合評価制度のきっかけを話している。
確かに知的障害者の働く場として「エル・チャレンジ」は創られたが、話の端々から被差別部落出身者やホームレスなどが登場してきている。社会的差別や不利益を受けた人々の就労を求める実態に即して話を広げる上では多いに貢献している。
それぞれの主張は、一般の民間企業への雇用政策と、いわゆる「福祉的就労」に対して、第3の道として新しい「雇用」政策を(「賃金補助」を含む)要求をしていると思う。雇用から排除から存在に対して社会的にインクルージョンを求めた政策であるが、どうも社会的に広がりが欠けるようだ。
むしろ今は障害者の政策にしぼるほうが、望ましいだろう(箕面の例もあるが、まだ切羽詰った段階ではないようだ)。広がりにくいという現実があるからだ。当該関係地域の障害者団体しか興味を持たない。
私の手元に届いている機関誌類でも伺われる。障害者団体は数が少ない。NPOの一人親が多く集まっている階層はあまり興味がなさそうだし(『しんぐるまざーず・ふぉーらむ・関西』)、派遣労働に携わっている東京ユニオンは<あらゆる働き方に権利を>主張しているが、派遣法抜本改正を要求しているなど、実現したい目標については分散状態だ。それぞれが独自に主張する傾向は続くと見る。
このページの目次へ盲導犬の記事を書こうと思って、「おそど」さんの本を探していたら、この本が盲導犬ユーザーを主人公で扱っていることを思い出した。多様な人たちがかかわっている本でもある。絵本も良い。絵本についている点字もすばらしい。日本文を単に翻訳しているだけの本と違って英文も独自に読んで面白い。注日本語でも英語でも「パリの地下鉄も郊外への列車も盲導犬の交通費は無料でした。スイスでは子供料金を払いました」と盲導犬を利用する障害者にとって役に立つ。すごくお金がかかっているつくりになっている。
現在では障害者3人の旅行は珍しくなくなった。その3人が「電動車いすに乗った人と、盲導犬を連れた人、そして口話のわかる耳の不自由な人」とだけな多くある話だ。行き先はパリ、「助け合って旅にでた!」。盲導犬も話ができるし、電動車いすも会話する。となると話は大きく膨らむ。
そう、こうした人たち(人たちではないが)を主人公にした物語である。おそどさんはトラベルデザイナーとしてこれまでにも子連れツアーを行なったり、病者の世界旅行をてつだったり、障害者の地球旅行に際して役に立つなど、バリアフリーのツアー会社「(株)地球は狭いわよ」を設立されている。会社と同じ名前の本があったと思う。
シャルル・ドゴール空港に行くときも、飛行機の中では電気系統のコードを外された電動車いすは荷物室に預けられ、ウンチもおしっこもできず着いたシャルル・ドゴール空港に緑の草原の中で、盲導犬はやっとウンチもおしっこもできて先ず安心。
凱旋門に立ちよった障害者たち3人は、市内のホテルに泊まります。ホテルのフロントのところと同じページに「はみだし情報」が「車いすを使う人のホテル選びの条件は・・・」と書いてある。
ハードが整備されているだけではない。電動車いすで乗ろうとしたところ「まわりのみなさん!手を貸してください」と一行が呼びかけると「近くのたくさんのみんなが集まってくれました。そして、サヴァ(電動車いす利用者)を乗せたエリック(電動車いす)をおみこしのようにかかえて観覧車に乗せたのです」と日本文はそうなっている。皆が協力し合って本人たちが希望しているのであれば、かなえようとたとえバリアフリーでなくても、協力し合う関係があれば、多分障害者は快くなって旅を楽しむはずだ。
おそどさんの言葉が添えられている。それは「旅立つことをあきらめないで!」という。英文でも“Don't give up:Take off"と添えられている。住み込みで重度障害者たちのボランティアを経験している。イギリスには車いすの教習所がある。この絵本にはエッセンスが詰まっている。
絵だけを楽しみたい方は「エム・ナマエ」さんの絵を楽しむことができる。英文を読んでみたい人は「スネル 博子さん」の英文が役に立つ。車いすのことを英語ではどういうか、盲導犬のことをどう表現するかについてもお勧めの本である。
おそどまさこ「オラ、サヴァ、チェリオの地球冒険の旅――パリ祭」点字版、絵:エム・ナマエ、英訳:スネル・博子、
1998年、自由国民社、美しい多色刷りの絵本、文章も地図も点字付き、ISBN4―426―89301―1
医療保険について適切な解説書を探していたときに、たまたま見つかった本である。国民健保について良い解説書であるだけではない。国民皆保険を守るためには、今どのような政策が求められるのか、ある意味で人々の覚悟が必要な政策提言(いわゆる「高負担・高福祉論」や「大きな政府論」)をも含むことになっている。
これまでは職域単位(企業単位)が中心となり、市町村国保が職域単位からこぼれる人たちの受け皿となって「国民皆保険」が実現してきた。そう信じている人は多い(私もそうだ)。この間に企業が行なった雇用政策で「雇用の流動化と高齢化」だけではない、グローバル化や終身雇用制の解体、企業共同体の希薄化、といった「社会的背景」があることが指摘されている。
それらによって職域と地域とが変化している。むしろ、職域単位という共同体機能ではなくて、市町村国保によって「国民皆保険」が実現しているのだ。単なる量の移り代わりを示したものだろうと見過ごしてきたが、何の制度が支えているかという「国民皆保険」の質の大変動を示したと言われてみれば確かにそうだ。
企業単位で「企業福祉」に守られた従業員を見るのではなくて、一人一人が自立して市民社会に根ざした生活をしていることになる。日本において企業が生活を取りまとめていた時代の終焉を意味し始めているのかも。ということはさらには(書いてはいないことであるが)日本にいる人々の生活を仕切っていた企業という存在が希薄になることが始まっているようだ。
1960年代の前半は、「高齢化問題」が取りざたされたころに当たる。ちょうど「国民年金制度」と同じ頃に開始されたが(こちらは「皆年金制度」という)公的年金制度は1982年に全国民に及ぶ基礎年金制度となった。企業の勤め人対策は医療保険では変わらないが、公的年金制度は「統一化」が行なわれた。国民健康保険制度の変化をもたらした社会的背景の要因のうち高齢化を除く他の要因が同じであるとすると、年金制度も企業からの離脱が起こるのではないか?企業年金や個人年金制度が行なわれているとしても。
日本に置いて実現した「国民皆保険制度」(本書では使っている。私は「国民」という概念が嫌いなので単に『皆保険制度』といっている)が、すでに早く1961年ごろから始まっている。医療機関へのフリーアクセス権を保障していると本書では「皆保険制度」を見ている。日本では医療への「濫診・濫療」を招くとして「医療機関へのフリーアクセス」については関係者の評判が良くない。
しかし、医療アクセスの自由と皆保険制度が一体化していると思うと、両者を切り離すことは現実的ではない。とくに「今後も今の国民皆保険を堅持するには、国民健康保険制度が最後の砦として機能を果たす」と筆者は考えている。そこで低所得者に対しては「医療福祉制度(仮)」を創設する提案をしている。そこには医療サービスは「人の命にかかわるもの」だという「究極の社会保障」という位置づけがある。
筆者の思いを「最終的には国民全体で医療のために一定の負担を覚悟するということだと」述べて本書は終わっている。新連立政を実現した民主党などは「後期高齢者医療制度」を見直す方針と伝えられた。低所得者が多い高齢者はしかも「疾病リスク」が高い。その場合に「何らかの財政的な支援の仕組みが不可欠」であり、ここでもネックになるのは財源問題である。医療保険制度に高負担という覚悟を求めるのは後期高齢者医療制度が適切であろう。
その際に市町村国保を地域における保険料の格差を取り除くために都道府県単位か「広域連合」に改革するという提案をしている。被保険者が増えて保険財政的な安定するとしても被保険者が住んでいる市町村の範囲を超えるとの関係をどうするのかが問題になるだろう、としている。本書では触れていないが、介護保険では市町村の役割が大きいだけに、この両者の関係を調整する機能が必要になると思う。
結城康博著『国民健康保険』岩波ブックレット 2010年、62ページ、
「です」「ます」調で読みやすい、図表が多く使われている、ISBN978―4―00―270787―7
昔「兵庫県同和問題推進企業連絡会」(同企連)といっていたが、「同和」だけではなく「同和」を軸に広く企業内部で「人権」一般に視野を広げようとして「兵庫人権啓発企業連絡会」(兵庫人企連)と名乗るように発展した。それが1980年に設立されて、2010年12月に30周年を迎える。それを記念して作成されたパンフレットである。兵庫人企連「30周年記念式典・パーティ」も2011年2月16日に神戸で行なわれた。
これまで企業は働きたいという希望に対して人権侵害の拠点のように思われてきた。例えば「工場の入口で民主主義は立ち止まる」などという表現があるように。ところが社会の一員である営利を目的とした企業が人権侵害を進めているのだろうか?差別が多くある現実社会を反映しているのでないだろうか?の反省を込めて見直したいパンフレットだ。
多分1980年代には存在しなかったような言葉からパンフレットは始まる。兵庫人企連は「社会的責任を果たす上で、『人権尊重』を基盤とした経営がますます重要となっており、私たち兵庫人企連では、会員相互が連携し、企業の立場から同和問題をはじめ広く人権問題の解決をめざして、自主的に諸活動を行なうことを目的と」すると、立場が明確にされている。
また、ISO26000という社会的責任に関する国際規格にも触れている(このパンフレットにも掲載されている兵庫人権啓発企業連絡会の中期ビジョン《骨子》について)。もともと「兵庫県同和問題企業連絡会」は1975年に発生した「部落地名総監」を契機にして1980年に設立されたという。当時では「企業の社会的責任」という用語はなかっただろう。
なぜ同和問題や人権を問題として取り上げるのかという躊躇する当時の雰囲気があった企業内で、企業全体に説明をするだけでも30年の歴史が必要だと思う。外圧に対する自分たちが企業に人権文化を作ることを強調するのは一環している態度のようだ。もっともISOで取り決めた「企業の社会的責任関係」の項目は、グローバル企業による人権外交の外圧ともいえる。
設立時からの関係者による座談会でも「自発的な行為が、やらされていることになってしまいます」と語られているが、その通りだ。それは「企業の社会的責任」でもまったく同じだ。当然流行りもあるが。
兵庫人権啓発企業連絡会は、人権にかかわる各種の研修を企画している。まず「トップ層研修会」があることはいうまでもなく「中堅社員研修会」も行なっている。さらに「新入・若手社員研修会」もされている。このように3つの層に分けて、研修を実施している。さらに幹事会社はインドへ研修を行なうなど「現地研修会」も実行している。
人権啓発の集会にも加盟企業からの参加率は高いそうだ。兵庫県では本社がある会社は限られていると思うので、支社単位か地元にある工場で構成されている。連絡会は加盟企業1社で構成する形になっている。
となると、少人数の場合は参加を要請するにも、もともと少ない人員に加えて、多くの団体にも参加している。人員のやりくりにも問題が生じる限界があるという。だが、線引きをどうするかの新たな問題が生まれるだろう。
さらに工場や支社や支店でとりわけ人権に対して問題意識がない社員などが人とのトラブルを引き起こす事例が多いと思う。多くの非正規雇用の人々、パート雇用の人や臨時雇いの人とか派遣社員とか、人権啓発企業連絡会に正規以外の人も加わって良いと思う。
当初加盟企業は27社でスタートしたが、今は41社に増加したというが、加盟会社が順調に広がっているのは喜ばしい。各グループの会員企業と事業所名の担当者名も巻末に紹介されている。このパンフレットをきっかけにして、さらに加盟企業を拡げて欲しい。
全部で41名が紹介されているが、残念ながらその中に女性・障害者などの姿が見えないようだ。企業における人権文化の育成と名目では唱えているが、担当者は男性ばかりだと果たして企業に定着しているのだろうかと疑問になった。企業に働く男性日本人から人権尊重に変えていくのも確かに考えられるが、多様な人材を活かすには多くの問題があるだろう。
企業の人権問題に関心がある人には、東京では各社の本社を中心にして「人権啓発企業連絡会」が作られている。企業を人権侵害の拠点と見る見方に対して反省を求めるようだ。兵庫における工場や企業現場での人権啓発に関心を持っている人に有効だろう。
兵庫人権啓発企業連絡会『30周年記念誌――未来への飛躍――』
兵庫人権啓発企業連絡会、2011年、写真多し、66ページ。
これは旧知の友人から送られたパンフレットである。旧知の友人とはNPO法人 エンパワメント・プランニング協会(EPO)の錚々たる仲間を引き連れて代表をしているNさんのことである。これも浜田寿美男さんをセミナー長にして、村瀬学さんと高岡健さんを講師に呼び、さらに2007年に起こった「八尾事件」(知的障害者が歩道橋から男児を投げ落ちした事件といわれている)の関係者を集めて発言を求めるという大々的なセミナーを企画している。
八尾事件を背景に各講師が話をしていらっしゃるが、話自体は具体的な有名人やクイズがでて面白かった。私のような者には分からなかった部分もあった。
セミナーの現場であれば、その場の雰囲気に沿って発言を詳細に聞くことができたと思う。書き言葉と話し言葉はやはり全く違うものだと実感した。そうかと言って、3人の講師と数人の関係者の話は 「書き言葉」になっているというのでもなくて、一貫して「話し言葉」でテープ起こししている。
報告集というのはセミナーのいわばエッセンスを知るためにまとめられる性格である。現場での臨場感や理解力を報告集は助けてくれるものではないと思った改めてセミナーやシンポジウムでは行なわれている現場で聞くものだと思った。それをあたかも代替できるかのように思うこちらが間違いだと実感した(中にはうまく聞き取れなかったために、報告集で確かめるなんて技をする人もいる)。
話のキーワードは「わたし、あなたと世界」である。高岡健さんは第3部に掲載されている「支援者の<こころ>学――わたしとあなたと世界――」でキーワードそのものを取り上げている。第1部でも浜田さんが「『私』と『私が紡ぐ生活の物語』――理解ということの難しさ――」で話題になっている「わたし」に関して取り上げている。
村瀬さんは第2部の「むすんでひらいての『むすんで』とは何か――縄文と現代をむすぶ不思議なむすび方煮ついて――」とやや切り口を変えて人と人の「むすび方」について語ってらっしゃる。いずれもキーワードや「八尾事件」に関連しているテーマだと思った。もともと「八尾事件」に触発されたセミナーの企画だったようだ。
キーワードに使われている「あなた」に関して、関係ないけど、突然思い出した本がある。それはこのページにある『あなた自身の社会――スウェーデンの中学教科書』だ。これに関して、だれかの言うとおり日本の教科書とは違う。まず「あなた」に呼びかけて、さらに「わたし」を問題にする。さらに「社会=世界」に通じる道だ。NPOのEPO代表をしているNさんはスウェーデンに詳しい。現実に社会の中で「八尾事件」のような出来事が起きたときは、スウェーデンではどう対処しているのだろう。
話は哲学的の様相を帯びてきた。この報告集に収められた講演もそうした色眼鏡で見ると、どれもそうした傾向になる。エンパワメントを「内在する力を引き出しあう」と日本語で表現している本書の扉にも、表現にも「内在」とあるようにその傾向が伺える。
現実をめざす方向を明らかにするために個別事例を取り上げることも重要だ。でも、もう一度基本から「支援と関係性」に着目して知的障害者と支援者との関係を考えてみようとの立場もある。
このパンフレットは人と人とのつながりを基本から考えてみようと人には、手に入るものが大きいだろう。北欧の福祉社会を基礎から考え直したい人にとっても有意義だろう。お勧めしたい。
NPO法人 エンパワメント・プランニング協会(EPO)編『わたしとあなたと世界』同法人、2011年、
巻末にEPOの活動年表あり。写真多数、図版多数、133ページ。