リンクさせて戴いているweb site も増えてきました。本ページで私が立てている見出しにあわせて、グループにまとめました。
もっともすべてのweb site が一人一人の人としての権利を尊重し、実現できる新しい市民社会をめざしています。私はそうした意図を持ったところとリンクを張ってきたつもりです。
主にとりあげられているテーマを私の見出しに当てはめただけのことです。サイトで取り上げられている内容も、いくつかの領域に関係しています。グループ分けはたんに情報の入り口と考えてください。
web siteは世界を駆けめぐる情報のネットワークでしょう。でも、どこに活動拠点をおいているかによって、運動スタイルや考え方はもちろん、表現方法にも多少、違いがでてきているようです。リンクしているwebの表示を、関西地方に拠点を置いているsiteと、外国や関西以外の地域から発信されているsiteとに、分けてみました。皆様にとって、多様な情報へのアクセスがより容易になれば良いと願っています。
介護保険施設から高齢者への「抑制」とか「拘束」をなくしていくことを目的にした施設の研究会。厚生労働省や自治体、マスコミなど外部から廃止を強制されるのでは、本当はおかしい。施設の経営者や従事者たちが他人任せにはできないと、これまでのケアを見直し、仕事方法や技術、器具、設備などを工夫し水準を高め改善にむけて自主的に取り組む場を作った。先進的な施設だけではなく、できるだけ広く大阪の福祉の水準を底上げしていく広場を目指している。
エフ・エー、FAという市民活動団体NPOである。ホームページに“For All”とあるが、法人格取得以前は、住みなれた地域で心豊かな老いを迎えたいと理念を掲げた「ふれあい阿倍野」であった。一緒に話しているだけで楽しくなる女性たちが、きわめて旺盛な活動を活き活きと繰り広げている。介護保険の事業にも「家族・個人や公的機関だけではない、第3の組織で新しい地域社会を作っていく」と「はなまる介護サービス」に乗り出した。高齢者が自立するためには法定給付以外のサービスも必要だと、有償ボランティア「ふれあい活動」も両輪として実施している。web site も細やかな心配りと華やかさに満ちている。
介護サービスに対する利用者の疑問や不満、苦情などをきちんと聞き取り、提供者に伝えて、双方の情報や意思疎通をスムースにして、より良いサービスに向けて透明な関係を作るための市民組織。あくまで当事者のエンパワーメントを基本にした権利の主張・擁護・救済活動を行う。オンブズマンを養成する講座の企画運営や利用者からの声を集めたり、制度や社会システム改革に向けたシンクタンク機能などを構想している。官民を問わず事業者に対して、サービスの質への不満をあくまで市民の力で解決に結びつけ、行政任せにしない自立した考え方が特徴。
これまで私の「お気に入り」でこっそりと見ていた内科と整形外科医のページ。私のかかりつけ医師になってもらった縁で、ぜひ多くの皆さんにアクセスして欲しい。桜井ドクターが自らひげ面の笑顔で待合室にでて患者を招き入れるクリニックの姿がページにも表現されている。地域の市民が信頼して相談できるお医者さん。
これは旧労働省が関係している財団法人である。かつて介護保険法が登場したとき、法律解説を書かしていただいたことがある。御茶ノ水に事務所があったときには、たびたびお邪魔した。介護労働関係で調べることがあれば、出版物が有意義だ。久しぶりにホームぺ−ジを覗いてみた。研修プログラムも盛況らしくてご同慶の至りだ。ヘルパー制度で「登録」型というのがあった。スタッフが原則に忠実に労働法違反だから何とか改善しないといけないと述べていた。定義があいまいなままで現場(主として大企業)の要請によって通用している非正規雇用労働者の増大に対しては危機感を持っているスタッフが多かったと思う。いまはどうだろう。
障害者や高齢者などがあたり前に暮らせる市民社会をつくろうと、主に東京で活動している人たちが作っている非営利市民活動組織。介護保険制度や福祉制度への相談や不満、苦情などに誠実に対応している。彩り鮮やかな画面に情報の在り処が満載。欲を言えば「福祉」の枠から市民社会の大空にもっと飛躍してほしいなぁ。
これまで「市民運動不毛の地」とレッテルを貼られていた愛媛県松山市で、活発な市民たちが作成しているNPO情報。「いくし」とは松山市生石町にある痴呆症高齢者のグループホームの名称。福祉の後進県とも言われていたが、日本の各地で地殻変動が起きている証でもある。暗い福祉をふっ飛ばせとばかりに、国内は北海道と手を結んで北欧にまで実際に飛んでいく派手な活動を繰り広げている。web site の中身は「超まじめ」(もっと遊んで楽しんで欲しいと注文をつけたいほど)。
2012年に「HIV・エイズの正しい知識の普及啓発及びまん延防止事業(個別施策層への普及啓発)」の一環として[HIVと人権・情報センター関西支部」は非常に面白い。それらの手で完成された。エイズに関係するイベント情報や最新のニュースなどを発信しているブログやツイッターもあり、画面にキャラクターも登場(「大阪の現状を何とかせなアカン」と頑張る「アイやん」と情報屋「なうっち」)。行政のwebsiteとは違って興味深い。セックスについて話し合うきっかけにしたいという。オープンに先立ち、心斎橋・天王寺・難波でアウトリーチを行ったという。
かつて20世紀後半に大和川病院を追いつめたセンターが、トップに柔らかい写真が代わり、精神障害者が自らの人権を守り創るとして創造的な仕組みを作った。入院患者さんの声を聞きとげようと試みた事例など、材料は豊富だ。地域で共に生きようと集団を取り上げているほか、周囲の仲間たちの自発的な動きを紹介している。病院への追求を継続している。その時々に各種の団体で行なわれている催しとともに、入院患者の声や電話相談など精神医療を現在受けている人の声が充満している。
この財団法人の創設時1990年(平成2年)頃には、箕面市の障害者雇用政策にいろいろと関わったことがある。当時から障害者の自立のためには福祉政策ではなく一般雇用という道だけではなく社会的な支援をした雇用政策が重要だと、市当局も関係者も私も考えていた。当時は財政に余裕があったので、箕面市独自で走ろうとした。地域での仕事を望む障害者たちと支援を行なうスタッフたちの熱心さで、地域で大いに成果を上げてくれた。今もさまざまに社会的な工夫が行なわれている様子がweb siteから分かる。さらに現場で障害者たちとスタッフたちがともに、努力する中から社会的な仕組みを政策提言している。就労の場や政策の場でも「共に」を実現していることを読み取ってほしい。
1999年に結成された障害者の団体。障害を理由に職業に就けない法律や制度(欠格条項)が作られているために、障害があるという理由だけで職業に就くことからも排除される。この欠格条項をなくすために、障害のあるなしや障害の分野を問わず、さまざまな人たちが不合理だと批判して立ち上がった。バリアフリー特集で記憶に止まっている『障害者白書』平成7(1995)年版でバリアフリーの中で「制度的な障壁」で「各種の資格制度では、欠格事由が設けられており、障害のあることが欠格事由になっているものも少なくない」と公的に指摘された。すでに様々なパンフレットを発刊している。web site上では「法律の調べ方」もあり、また会員にはメールマガジンも発行している。多くの人は「○○の仕事は障害者には無理だ」という反応するだろうが、そうした固定観念が結果として障害者の職業を奪っている。
2007年11月にNPO法人格組織としてスタートした。大阪市の真ん中、中央区常盤町に事務所を開設するとともに、2006年に開設したカフェ「手話楽々」を通じて、自分たちが気楽に集まる場作りとともに、地域の人々にもろう者と触れ合ってもらおう、ろう者が抱えている課題を知ってもらおうと、企画している。以前の名称「草の根ろうあ者こんだん会」は、ろうあ者自身が「反差別・反戦」を高く掲げ、社会的な活動を地道に行ってきた。1984年に大阪で結成され、全国に現場からの会員をもつネットワーク。障害者作業所といわれる「デフ・ワークス」を1997年に設立し、ろう者の自立を目指すために自分たちの働く場などを自らの力で運営してきた。みんなで集まってわいわいと手話るのが好きなメンバーたち。日本手話を通じて仲間作りを行い、聴者中心の社会のあり方を改革してきた。NPO法人格の取得にともない2008年01月から旧来の「草の根」に変えて、機関誌「デフサポートおおさか」を発行し始めて、社会に発信をしている。
1995年01月17日5時46分に発生した阪神・淡路大震災をきっかけとして1995年05月に設立。その後NPO法人を取得。阪神・淡路大震災で被災した障害者市民を支援するだけではなく、今後も各地で起こる危険性がある自然災害に際して、ほんとうに必要なところに支援する必要があると考え、とりあえず、10年間で10億円の基金を広く市民の手で積み立て、自分たちが必要だと考える支援を行い会う意図から基金を作った。また、障害者市民などがいつも「災害弱者」として保護(と言う名の「管理」)される関係を押し付けている社会に対して、自分たちが主体であると具体的な活動を広げてきた。自然災害の発生は続き、残念ながら支援を必要とする障害者市民は増えた。日本国内だけではなく、災害に直面した諸外国の障害者市民の救援活動も行ってきた。2005年からはたんに災害救援だけではなく、防災の視点から新しい地域社会を創ろうと呼びかけている
知的障害者市民を力づけ、支援者を支援する趣旨で2002年に創設された市民組織。知的障害者市民との関係を考えるセミナーや出版活動を通じて、知的障害者市民との「支援のあり方」を探る活動を行う。かつてノーマライゼーション研究会の事務局を担当してもらった野嶋スマ子さんが代表で、設立者には私が80年代以来、ノーマライゼーションや市民の権利について教えていただき、お世話になってきた友人たちが、ずらっと並んでいる。web site は、透明感のあるさわやかな色合いで統一されており、新たに登場した障害者市民が自分たちで権利を確立していく活動のみずみずしさが感じられる。これまでの到達水準を軽やかに超えた、学問的であるとともに現実的な展開を期待したい。
大阪府の北摂、箕面に本拠を構えるオンラインショップのweb site。80年代前半から、地域で自分らしく生活していこうと、障害のある市民とない市民とがともに力を出し合って創ってきた。障害のある市民も当たり前に自分の人生を営みたいという極めて普通の夢を、実際にわが手に掴み取るために、多くの知恵や工夫をしてきた。地域の支援も獲得するために、アイディア豊かな(あるいは切羽詰った)開発を、いつも試みている仲間たちの姿がうかがえるsite。多種多様なグッズを販売しているお店、私の表現では「社会企業家」でもある。スタッフたちとは飲み仲間であるが、それ以上に刺激を交わしているつながりでもある。ぜひ、多くの商品を吟味して購入してほしい。
子どもや障害・病いを持っている人と、絵画をとおして良い関係を作る試みを40年にわたって続けてこられた近藤良一さんが、豊かな蓄積を惜しみなく披露されている。障害を持っている子どもが地域の保育所・学校に通い、ともに学び、ともに生きていく関係をつくる(統合保育・教育)運動で、20年以上の付き合い。だれもが人として当たり前に生きていく人権の尊重が土台にドーンと据えられている。はじめて絵画療法を試みる人へのノウハウや技法から、描かれた絵画から密やかなメッセージを読み取り、込められている心の扉を少し開き、自己解放を支援する方法まで、40あまりのメニューで絵画や写真がふんだんに使われていて、興味が尽きない。
最新の情報技術と経営能力を発揮して障害者の多様な就労を支援する事業体の活動紹介と社会へのアッピール。チャレンジドというとおり、竹中ナミさんの活動スタイルが全編に躍動している
95年1月の阪神大震災のとき、障害者市民の支援に立ちあがった障害者市民を主体にした活動体。障害者市民が防災計画はもとより救援対策・復興施策のなかで取り残されている現実に直面して、「人を助けるのはやはり人だ」と日常生活における支援ネットを張りめぐらせようと意欲的に活動している。NPO法人を取得し、生活支援コーディネートをはじめ、具体的な送迎サービスをはじめ権利擁護活動にも取り組んでいる。私も少しはお手伝いをしているが、実態に即したするどい刺激や有益なヒントをそれ以上にいただいている。
新しいweb siteである。かつて札幌市の雪深い場所にあった小規模作業所時代にお世話になったことがある。いまも機関誌「草の実」を毎号届けていただいている。社会福祉法人になった今、障害者の当たり前の権利を実現するために、さまざまな事業が行なわれている。しかも、いわゆる「福祉」の枠に囚われない活動に手を広げている。多様な障害のある人たちの就労・雇用政策をあくまで現場に根付いて展開している様子が分かる。法人が行なっている多彩な活動が画面を通して見ることができる。
埼玉の地において、2000年からこれまで「障害者の職場参加を考える会」を継続していた人たちが、新しく立ちあげたNPO法人。越谷市役所で障害者たちの働く場を設けている。さらに働く場を地域に広げようという運動を行なっている。個々の障害者が働く場を求めることも大切だが、障害者と共に働く街を創ろうという訴えが新鮮に響く。あくまでも地域社会を障害者と共に働きあう街に作り変えていこうと目的を明確にしているNPO法人だ。
1974年にアメリカ・オレゴンで知的障害者たちの会議の準備会席上、一人の障害者市民メンバーが「智恵遅れ、障害者」「ハンディキャップ」という言葉使いに反対して「私はまず人間として扱われたいのだ」と発言(ジョセフ・P・シャピロ著秋山愛子訳『哀れみはいらない――全米障害者運動の軌跡』99年、現代書館 284頁)。普通の人間として世界大会に参加した東京の障害者市民たちが自己主張しているサイト。誰もが読めるように、とりあえず、ひらがなで多くを表現している。英語版で世界に発信し「せかいのなかまたち」のリンク先には、アメリカ、カナダ、イギリスもある。日本でも94年から全国の障害者市民たちが集まり活気がある大会を毎年開いている。はじめは「ピープルファーストはなしあおう会」としてスタートしたが、2002年にNPO法人格をとって名称を変更した。
スウェーデンを訪問し、お返しに当事者団体を日本によび、一世を風靡した『ユニーク自立埼玉』(千書房)を著した自立障害者運動のさきがけ、八木下浩一さんが80年にはじめた「埼玉社会福祉研究会」が前身(今となったら古き時代を感じる名称)。「地域で障害者市民も含めてすべての市民が共に生きる」というスローガンを実現すべく、埼玉の障害者市民の元気さをネットワークしているサイト。「障害者電子資料館」のページには埼玉の審議会資料や県とのねちっこい交渉内容が掲載されていて、障害者市民の地域に根ざした時代をつくる意気込みが伺える。紙媒体・機関誌「SSTK通信」からも、埼玉の風土に根ざしながら、新しい共生の風土を作ろうという障害者市民の社会作りの情熱があふれ出ている。
溌剌とした障害者市民と支援者(やや疲れ気味の人も)とが、小規模作業所や送迎サービスなどを行っている札幌の組織。毎年2月に西区を雪中デモして関西からの招待者を震え上がらせ、雪国でバリアフリーを実現するための苦労を、身に沁みて実感させるお茶目な人たち。いつもわいわいがやがやと賑やかな仕事振りやアフター5の気分が高揚した酒席の雰囲気そのままに、web siteも色とりどりの華やかさ。実業(非営利と言えども、もっと多くの収入が欲しいね)とともに、障害者市民の主張・判断・社会参画をエンパワーメントし、権利の実現・救済の支援、政策確立など幅広い活動に積極的。私にとって一緒に遊ぶ仲間でもある。2008年に「共生・協働ネット」を作ったが、ライフのほうがとおりが良いようだ。ブックレットも発刊を始めた。
2004年09月19日に東大阪市内で結成大会を開いた知的障害者市民たちの手による自主的な全国組織のweb site 。文字の大きさも変更できるし、ふりがなつき版もすぐに表示できるsite。各地の知的障害者たちが、1994年に大阪市内に集まり「全国知的障害者交流集会」を開き、その後、毎年、障害者市民たちの手による運営で全国大会を開催している。第5回目からは「ピープルファースト大会」の名称を使っている。各地の地域組織を全国組織にするために、2000年の東京大会から時間をかけて議論を積み重ねてきた。参加者のよりいっそうの広がりと主体的な活動による社会の改革を担うことを期待する。
臨床心理学と生命倫理学の接する領域がご専門の玉井さんのページ。先端医療がもっている問題性について、とくに出世前診断・着床前診断などを中心に意見を展開されている。先端医療と人間の生活との関係を本格的に議論する上で必要な多くの情報が盛り込まれている。site内には「障害児とワーキングマザーネットワーク」のページもあり、働く母親への有益な情報提供とともに、さまざまな情報を集めていらっしゃる。
障害を持っていても地域の学校で普通に生活することは、至極当然だと、かたくなに門戸を閉ざしている文部省や教育委員会、教師集団にたいし、積極的に自分たちの意思を表明している。教育で悩んでいる親子を励ます情報が盛りだくさん。障害児の一部を認定して例外的に普通学校で学ぶことを容認する代わりに、養護学校という分離教育を固定しようとする学校教育法「改正」に対して、すべての子どもが地域の学校で共に学ぶ「原則統合」に向けて、積極的な取り組みをしている。
DPIは1981年、国際障害者年にシンガポールで世界の障害者市民たちの手で結成された世界組織。その日本会議は86年に障害の種別を問わず、すべての障害者市民の草の根の結集軸として運動を繰り広げてきた(機関紙「われら自身の声」)。障害者市民の権利確立にむけた世界の動きが分かるとともに、日本各地、各種の運動も報告されていて有意義。取り上げるテーマのためか、やや硬い文章やページが多い。付き合うと結構柔らかい人たち。多種多様な個性、持ち味をもっと発揮してほしいな。
障害者市民の差別状態を見据えて権利確立・救済を目指して活動している団体。権利を市民の運動で一つづつ明確にしながら土台を着実に積み上げる正確な線を描き、新しい社会の構図を示す。車椅子で全国を走り回る1級建築士である代表理事の川内 美彦さんの個性が発揮されているsite。 2000年9月に「障害をもつ人の権利カタログ」の中間案を発表。精神医療ユーザーのページも含まれている。
これまでにも障害児・者の権利確立や救済に活発な活動をしてきた「障害児・者人権ネットワーク」の弁護士たちが、主体になって2000年6月に発足した。日本では障害者は福祉の対象とされ、働く障害者の問題はどこも正面から取り上げられてこなかった。各地で働く障害者の職場の現実について生の声や相談を受けとめ、法律面から助言するための情報が満載。働く障害者の権利を確立しようという生真面目な弁護士たちのページ。
情報の分野で障害者や高齢者などが使いやすい製品を企画したり、ユーザーが評価するなど、ユニバーサルデザインを専門にしている会社のページ。ホームページづくりもいろいろなユーザーがいることを意識して「見る人にやさしい」視点でガイドラインを設けて実践している。
障害者が最新のコンピュータを使いこなして生活を豊かにするための技術情報が得られる。障害者の活動する分野が広がっていくことが期待できる
スウェーデンの知的『しょうがい』を持つ人たちによる素敵なロックグループEKOの活動をはじめ、知的障害者市民たちによるノーマライゼーションの現段階を地球の裏側から伝えてくれる。障害をもつ市民と音楽との関係について、楽しい情報が盛り込まれており、この分野で大きな働きをしている大滝昌之さんの特徴がでている。スウェーデンの情報も手に入るが、日本との固い絆を大切にして日本語表示が嬉しい
東京にある出版社。利益を度外視して私の本を3冊も刊行してくれている。社長はもとよりスタッフたちとは、もっとも長い人でほぼ20年の付き合い(お互いに昔は元気だった)。『福祉労働』という季刊誌もだしていて、私を育ててくれた恩人たちでもある。地味な編集ではあるが、図書一覧検索などは当然として、スタッフたちのよもやま話しが面白い。
2009年に設立された新しいNPO法人。代表理事に熊沢誠(「研究会」職場の人権)丹羽雅雄(弁護士)冨永猛(自治労大阪)さらに大野進(全港湾大阪)で担っている組織。この方たちのお名前と所属を聞くと、組織の傾向が分かるかも。働くことと人権が大きな危機にある現在の日本で、働くことを軸に立て直そうとするNPO法人。労働に関する相談を受け付けているのはもちろん、外国から働くことを求めて(あるいは騙されて)来日した外国人の労働についても、共に悩み共に解決にむかって努力している。今の社会(とりわけ働くことに関して)女性の権利実現が妨げられている問題も取りあげている。同じように、障害・病気を持たざるをえない人々の働く権利を保障することも企画している。今はとりあえず健常で正社員であってもマイノリティであるという視点で、自分たちで「労働と人権」を共に実現できるように支援する拠点である。
2011年政府の公益法人改革によって法人格が「社団法人」から「一般社団法人」と変わった点と共に、2011年8月1日に事務所が「〒650−0003神戸市中央区山本道4丁目22番25号」に移った。同じ住所には部落解放同盟の兵庫県連合会事務所が1階にある「兵庫人権会館」したものである。今でも大きな支柱であるが、それだけに研究所の独立性が問われている。1980年に神戸市に本拠を置いた「兵庫部落解放研究所」として設立され、機関誌である『ひょうご部落解放』は1981年に創刊されたそうだ。今の勤め先である諸先輩たちが所長をしていた縁で、私も関わっている。被差別部落出身舎の解放を目的としている。歴史を掘り起こすとともに、現在大きな課題になった人権問題、外国人、女性、子ども、障害者、ホームレスなど日本で多様な被差別の状態に置かれがちな人々が、互いの人権を尊重できる社会を作ろうと共に取り組んでいる。兵庫県の人権を確立するために各種の催し場にもなっている。様々な被差別と闘う人々の現状を示すとともに、研究所の真面目さが表現されるweb siteになっている。
労働現場も冬景色である。雇われる人と雇う人との冷め切ったきずなを結びなおして、あたためようという集団のwebsiteである。官民問わず、フリーターや派遣、請負など非正規雇用が広がっている労働現場である。安定した労働関係からも社会保障制度からも落ちこぼれている人たちが多くなっている。2006年に組織された社会保険労務士や弁護士が多く参加しているこの団体は、専門知識をフルに活用して、不安定な位置に置かれていている労働者たちや中小企業の経営者たちを支援している。
労働組合名とその地方組織名が名称に入っている日本では珍しい社会福祉法人のホームページ。1960年代末に当時の全電通近畿地方本部の片山甚市さんやその仲間たちが組合内外にカンパを呼びかけて創設した。今流行の労働組合の社会貢献とか社会的責任を具体化した先駆け。母体となる全電通近畿は組織再編と名称変更で存在していないが、当初掲げた理念と思想、政策を堅持する方針を明確にするために、名称は以前のまま。知的障がい児者市民の施設と特別養護老人ホームなどを運営している。このホームページは発祥の施設である「愛の家」(大阪府岬町)の「工房みさき」にできたIT部が事業団本部から請け負った初仕事であり、担当スタッフとともに、作業の大半を施設の利用者である知的障がい者市民が作成したという(事業団機関紙「愛&ハート」第114号、2005年02月10日付け)。仕事振りを確認の上、だれもが当たり前の労働を実現できるように、多くの事業を発注して協力してほしい。
30年前から障害児との共同保育を行っている保育所聖愛園をはじめ、夜間保育「あすなろ」や学童保育、地域の子育てセンターなどを行い、自立した市民の活動支援の拠点である社会福祉法人。大阪市東淀川区は淡路という地域にとことんこだわって、そこで暮らしている人々が求めている多様な子どもたちの支援をつぎつぎと事業化してきた。館長の枝本さんとは「障害児とともに」の共同保育を実施・普及・振り返り作業をしていくなかで、つきあってきた仲である。すべての子ども市民・成人市民の自立と共生、そして自治という、矛盾しながらも相互に関係している取り組みを追い求めている。枝本さんやスタッフたちのいつもの慎重・刺激的かつ現実から学ぶ発言が、もっとホームページにあふれてくると、面白い。子育てについていろいろな悩みの相談にも応じている。
(財)大阪府総合福祉協会という硬い組織のページ。地域に密着して『みどりの風』で人権の視点から福祉の風通しを良くしようとしている論文が掲載されている。生きがいワーカーズ活動支援センター 大阪地域医療ケア研究会 、福祉サービス第三者評価システム推進支援会議などを含む興味深い情報が多くある。
99年11月に「大阪社会労働運動史」第8巻を完成させ、10数年にわたった運動史編纂の大業を成し遂げた団体。歴史的に大阪の地というのは、市民の社会運動が全国に先駆けて大衆的に広がっていたことを明らかにした。関係資料の収集だけではなくこれからの時代をどう創るかについて歴史の読み取り方についてもヒントになる。2008年に橋下大阪府新知事の『財政再建優先』という方針のもとで、いろいろな反対運動があったが結局2008年7月31日に廃止。引き続いて、蔵書の数万点にも及ぶ産業・労働・社会などの資料を活用しようと会員制図書館として資料提供などで活躍することになった。
神奈川県湘南地方で地域に密着して人々の権利擁護活動をしているオンブズマン組織。高山直樹さんや大石剛一郎さんなど、旧知の方々が関わっていらっしゃる。障がい者や高齢者、子どもたちの権利を実現しようとして立ち上げられ、2001年にNPO法人格を取得された。web site トップで、障がい者、高齢者などの権利実現や侵害からの救済に関する「オンブズマン宣言」が明記してある。社会サービスについて個々人の権利を実現する中から、ノーマライゼーション社会の実現をめざしている。成年後見制度をはじめ、市民を対象にした権利擁護セミナーの開催、調査研究報告や、神奈川県各地におけるオンブズマン活動についても情報が入手できる。
最近になってスタッフと付合いができたから、この農園のホームページを見るようになった。このページには「市民主権」という題があるが、人から市民を経て動物にまで飛ぶとは、叱られそうであるが、社会の中で人が生きようとすれば、自然については人も自然の中で生きている。循環というか自然との付合いが、新しい社会のあり方にも求められているのだ。東電の福島原発事故以来に、新しい生活のあり方を模索するために学んだことである。生き物社会をよく見ると、人間の社会でも多く起きている出来事に出くわす。大人たちによる子どもたちに対する見定めからいじめまで起きている。それは自然なことだ・仕方ないと諦めることなく、自然の一部である人間の力で理想の社会を作るエネルギーに変えたい。このページには自然と人とのふれあいを示すブログが沢山あり、私のは読みきれないほどだ。
最近同会の憲章が1項目目が変わったことを私のホームページでは取り上げてきた。これまでは関西各地で市民による「共に生きる産直の運動」であったが、それに尽きるものではない。市民といえば共同消費の生協(法人格を得るために生協も取得している)や、使い勝手の良い消費者像をイメージするが、単に人に迷惑をかけ、必要な負担もするトータルな存在だ。内・外国の生産者や製造者を集団としてまとめるだけではなく、消費者として生産や製造にも乗り出しているが、政治にも消費者の意見を表明している。まして自然と人間の関わりや福祉などの営みについて政治がかかわる問題には、どうしても政治的に動いてしまうという特性があるようだ。よつ葉グループには各団体のホームページが多い。
実情を言ってしまうと、前の「しんぐるまざあずふぉーらむ・関西」の事務局長だった女性の方が、大阪市の難波区に「サロン」を開設された。女性のための街かど相談室ここ・からサロンの機関紙を「通信」という。たまたま送ってきた機関誌に、楽しいひと時を過ごす韓国語の教室や点訳講座などもあり、B4版1枚に両面でびっしりと印刷されているが、私の手元にまでも届いている。
日本で一人親世帯に「貧困率」が多いのは国際比較をしてみると分かる。たまたま会議で一緒になった方が所属していられた関係で話を交わすようになった。昔から私を知っているそうだ。機関誌「しんぐるまあざずふぉーらむ・関西」で毎号読み応えがある記事を掲載している。転載を依頼したこともあった。かつての「母子家庭」というよりも「しんぐるまざあずふぉーらむ」(略してsmfという)が親しみが湧くというわけでもないだろうが、自分たちのwebsiteに「ふぉーらむ」と名づけた。各地に「しんぐるまざあずふぉーらむ」達が集まって来ているグループがあるそうだ。各地のグループは行政に向けて要求をするとともに、独自に楽しい企画を立て(「おしゃべり会」という)、みんなが寄り集まる場になっているそうだ。一人親世帯の子どもも親しみやすい彩り鮮やかなエンピツのトップページから入るようになっている。
介護保険創設期に仲間と共に取材を受けたことがきっかけ。通産省認可により1970年に組織化され、2002年に現名称となった。2012年4月1日に関西情報センターになった。よく見ると関西財界を構成する主要な企業のトップを主要なメンバーとして役員にずらっと並べている。実際に本人を呼ぼうとすれば役員会だけでも日程調整に手間がかかるだろう。ホームページを見てこの財団は大きな仕事をしているのだなぁと思う。取材を受けてから市民感覚溢れる専従のスタッフたちと個人的に親しくなって久しい。情報というだけに関係情報に富んでいる。関西名産やお土産リンクなどを紹介するポータルサイト「きりんず」というネットワークを作っているのも、他ではなかなか出来ない面白い試みだ。
山崎の戦いで有名な地はかつては油商売で販売を独占していたが、今は酒で有名な所である。そこに立地するメーカーのwebである。たまたまこの美術館が発行している「通信」を読み転載したのがきっかけである。それによって美術館に勤める学芸員の展示の工夫を知った。それを通して学芸員と事務長とも知り合った。建物や庭や展示物である民藝品の美しさを知ることになった。民藝品に美を発見するのは、どうも人々の美意識の大きな変革を意味しているようだと思った。それまで美とされてきたのは、人々の生活で役にたたないものが大半だった。民藝品は人々に使われて(ある意味で酷使されて)いるうちに、人手が加わる。そうしたものが美しいとされる(労働の成果だという側面もある)。今の時期は山々の紅葉が美しいホームページだ。建物が庭と合致している山荘だけに四季折々の風景を楽しむことができる。美しく広大な庭の維持に苦労している人も登場してほしい。
自治労関係の地方自治を議論し、京都で推進しているセンターの役割を果たしているホームページ。実は私もこのセンターが開催している集会や研究会に出席している。さらには出版物にも掲載してもらっているだけに、このセンターの行方が気になる。本当に自治体が市民の自治によって運営されているかを注目している。市民の自主的な動きを尊重するようでいて、どうも民間企業も行政を頼りにしていて官僚が支配力を強めているとの疑いが消えない。ホームページも律儀に作られているが、遊びも欲しい。
代表の田村太郎さんや研究員の人と、ひょんなことから、知り合ったばかり。人の多様性を認め合い、尊重しあい、互いが共生できる社会づくりを目標にしている。話しているうちに、田村さんとは共通の知人が多いことに気がついた。市民主権、企業の社会的責任(CSR)、障害者や外国人、被差別部落の人たち、野宿者たちが、自分を主張できるように、取り組んでいる。だれもが自分を発揮できる社会を実現しようと改革を進めるために、さまざまな活動をされている。
1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに、兵庫の地域では新しい市民の活動が広がった。この財団は設立こそ1998年と震災からやや遅れた。しかし、障害者市民をはじめ社会で困っている立場に追い詰められている市民が、日常生活を取りもどすことは後回しになっている現状をなんとか財政的にも支援しようと、この財団が設立された。回復・復興支援だけではなく、いろいろな市民が、自分らしくのびのびと暮らせる地域をより積極的に作り出すための支援も、行っている。兵庫の地域において、だれもが気兼ねない暮らしができる地域を自分たちで作ろうと試みている市民を、支え・結び合う関係を財団活動を通じて、実現しようとしている。HPにはこの財団の助成事業の紹介やお役立ちリンクなど、自主的な事業を支援する情報が満載である。透明で市民社会に役立つ事業を行う基本的な視点にたち、堅実で安定した事業運営を行っている財団である。
以前から多少の関わりがあり、題字が緑色の機関誌「みどりのしんぶん」で、企画に参加した子どもたちの活き活きした作文をいつも読ませてもらっている。ちなみに、清書は手書きで、絵もふんだんにあり、暖かみがある紙面である。子どもたちが自然のなかで遊びに熱中できるように、工夫を凝らしている組織。web siteも子どもたちの笑顔や真剣な表情が写っている写真が盛りだくさん。リーダーや子どもたちが力と知恵を出しあい、楽しく遊びながら、自然と人間の関わりを新しく発見し、自然とはもちろん、ともだち同士や人と人との付き合い方も広げている。
大阪を拠点にフルートの演奏活動をしているグループ。1996年に結成。松本直美さんを代表に、メンバーには「マダムチーム」や「ちびっこ」(コンサートを聴いた人には分かる)を含む多種多様な人々が参加している。しっとりした気持ちを大切にしている落ち着いた(ラングサムの言葉どおり「ゆっくり」を体現、「まったり」かな)グループ。芸術と縁のないガサツな私との取り合わせは不似合いだが、知人が参加しているため。websiteも、のびやかで静かな雰囲気を醸し出している。福祉施設や保育所をはじめ、どんなところにでも出かけて、演歌からオペラ、童謡などを演奏する。多様な市民とほっとするゆとりを共有し、ともに楽しむ多彩な活動を行っている。
webで次々とつながる。こういうこともあるんだと、びっくり。とある豊中市民から、このsiteのことを教えてもらった。多様で面白い市民活動をしていらっしゃることが、トップの行事一覧でわかる。これまで「日本のNPO活動がそれぞれ専門分野に分かれて、相互の連携が不足している」と批判してきた私には、ぴったりだ。しかも、このNPO法人の役員は、豊中の市民活動を担ってこられ、私ともいろいろなところで関わりもあり、良く存じ上げている方(一緒に飲み食いした仲)たちである。地域社会をどうやったら面白くできるかを、いつも仕掛けていらっしゃる人たちだ。しかも、私のwebsiteで最近よくやっている他の機関紙類からの転載を「情報リサイクルBOX」として、始めているではないか。豊中の市民活動には、私も関係がある。それだけではなく、ぜひ、全国の多くの方々にも読んでほしい記事が盛りだくさん。
研究会の機関誌『季刊市政研究』に、私もときどき執筆させていただいている。介護保険法については連載したうえ、ブックレットまで出版してもらった。1962年に発足し、市民主体の分権確立と日本社会の民主主義変革の運動を基礎にして、大阪市を中心とした自治体で具体的に改革を追求してきた長い歴史を持っている。多種・多彩・多様な人々に執筆を呼びかけて編集している『季刊市政研究』は、自治と分権、市民同士のつながりについての基本的な論点を示すとともに、最先端の問題がどこにあるかを示している。担当者の性格を反映してか、ホームページはきわめてまじめな内容で、機関誌とともに安心してお勧めできる。
乳幼児発達研究所時代からのお付き合い。大阪を本拠として、現場や地域に根ざして被差別部落の子どもたちや障がい児、外国から来た子どもたちなどの差別の状況を、きめ細かく具体的に、ていねいに明らかにして、社会が取り組むように訴えてきた。チャイルドラインなど、子どもたちや家庭のSOSを受け止める活動をつうじて、さまざまな状態にある子どもたちの人権を実現・回復する活動に取り組んでいる。子どもが一個の人格として社会参画できる条件作りを支援し、子どもとおとなが創り出す素敵なパートナーシップ社会を目指す。所長をはじめスタッフたちのまじめさが、そのまま表現されているページ。URLは機関誌『はらっぱ』を示しているが、のびのび個性が発揮できる「はらっぱ」を、子どもたちとともに創り出そうという願いが込められている。2004年05月にリニューアルした。
全国組織もあるが、大阪では10年前から活動している団体。私も研究会で話をするように依頼されたこともある。私が関わっている活動にも積極的に参加していただいている方々も。高齢社会をもっと住みやすく明るくなるように自分たちで改善していこうと思いたった女性たちが、張り切って創り上げている活動組織。自立心旺盛な人たちで、その上に、勉強熱心で研究意欲にあふれている熱気が、web から伝わってくる。
私の古くからの友人である澤井さんが、ご自分の専門である地方自治と地方財政について、現場で仕事をしている人たちと市民と情報を共有しようという意図から作られたsite。地方の時代を語り、作り出すために必要な全国の自治体情報が詰まっている。生真面目な性格がそのまま目次から本文まで表現され、硬くて難しい文章や多数のデータで疲れそうになるが、じっくり噛み砕いていくと、ほのぼのした味わいが楽しめるはず。地域の自立・自治を市民の手で作り出すためにたいそう役立つ。
大阪を拠点にボランティアの新しいあり方を全国に発信。ええかげんなように見えて実は緻密に計算された(かのように?巧みに人を巻き込む)大阪的市民活動のエッセンスで、NPOの可能性と楽しみ方を広げてくれる
友人・須田春海さんのブログである。1980年代にいろいろな新鮮な場所と人たちの集まりに誘ってくれた古くからの友人。市民運動全国センターを主催している。難病と判定され2009年10月からは自宅療養中である。かつて朝日新聞、北海道新聞にお勤めだった須田禎一さんがお書きになったマスコミについての本(たとえば『独弦のペン、交響のペン』1969年勁草書房、『葡萄に歯は疼くとも』1970年田畑書房、『ペンの自由を支えるために』1971年評論社、『新聞月報』1973年評論社など)を愛読した体験から、親しく付き合ってもらった。今も「須田春海さん・難病療養支援基金」を募集中である。
地方自治についての総合的な情報発信を行なっているホームページ。設立当初は自治労東京都本部の研究組織としていたが、その後、地方自治について市民の視点から積極的な発言を行なっている。リンク先には地方自治総合研究所をはじめ自治労に関連がある各地の自治研センターなどもある。自治は地域特性、市民の意識・運動の蓄積であるだけに、各地の実情を読み取ることもできる。一般に「地方」とはみなされないであろう東京に根をはって、地域で暮らしている市民の運動を地道に追求している重要な意義もある。ユニークな問題提起をしている機関誌『とうきょうの自治』以上に、興味深い内容を示している。
大阪市の経済振興と各種国際交流の促進を目的にして1996年04月に虹橋経済開発区の上海国際貿易センター6階に設置された、大阪市経済局の上海事務所のsite。本来の趣旨にそう「上海進出日本系企業」へのアクセスはもとより、現在の中国、とくに上海の経済・社会状況を明確に示している「上海華東ニュース」や上海経済の現状を伝える「経済開発区」は、最新の経済動向を見るうえで有意義。経済進出の目的を持っていない市民にとっても、 トップページにある「上海だより」「看(見る)・吃(食べる)・玩(遊ぶ)! 」(上海の確度の高い生情報で旅行にも便利)など、行政機関のsiteではあるが、普通の人々が日本と中国の良い関係を楽しみながら創っていく意欲に満ちている。
ひょんな縁で知ったソウルにある茶房「SA RANG BANG 舎(←私のPCではこうなる)廊房」のweb site。切り盛りするのは、名刺に「夢は幸せな家庭を築くこと」と記してある笑顔が素敵で物静かな雰囲気の田辺薫さん(神奈川出身)と、お連れ合いで大きな希望を抱いているビョン キュチャン さん。2002年に両国で開催されたワールドカップに関連して共同通信記事で日本にも紹介されたお二人。仁寺洞にある古い建物の二階の事務所を、ご自分たちが手づくりでソウルの家庭的な茶房に改装され、2004年01月28日にオープン。チマチョゴリやアンティークな箪笥・屏風に囲まれて、色々な効能をもった伝統茶(お菓子つき)を楽しむ落ち着く場。地元にある安くて庶民的な旅館やおいしい食べ物屋さんの情報も得られる。日韓の市民が人として当たり前にふれあえる関係を大切にされている。ソウルの空港やホテルで手に入る観光用の「ソウルあいマップ」日本語版 第4号(2004.7.31)に「仁寺洞のホッとする癒しスポット」として地図とともに大きく紹介されている。 マップを手にしてぜひ訪れてほしい。
石川県の静かな町で、私の知人である松中祥子さん姉妹が草木染と手織りを協力して創っている工房のページ。激しい意欲を包んでいる柔らかい色合いと暖かい肌触りのページは、感受性豊かな彼女たちの作品とも共通する。作品のギャラリーはもちろん、体験や教室も開いている。ゆったりとした時間をおいしいコーヒーをたしなむカフェも開設したとのこと。北陸に旅行したときは、ぜひ立ち寄ってほしい場所。工房近くの生き物たちも登場している。ふんわりした色合いで、眼も心もほっと休まると同時に豊かな暮らしを彩るページ。
岐阜に本拠を構えられ、各地の生活に根ざして人と人の関係性を深く考察されている藤田敬一さんのweb site 。京都でのつきあいの味わいがにじみ出る「おいでやす!まいど!」の暖かい言葉が、ホームページ訪問者を迎えてくれる。私に(多分、他の人にも)大きな衝撃を与えた『同和はこわい考』の著者として、読者の発言にていねいに応答されている「同和はこわい考」通信はもとより、編集責任を勤めていらっしゃる『月刊こぺる』のページもある。なにより連載コラム「川向こうから」は人との出会いや阪神タイガースまで日々に感じたことを、几帳面に記していらっしゃる。物事をいい加減に見過ごす怠惰な私にも、そうかぁ、なるほど、こんなこともきちんと考える必要があるなぁと、刺激を与えてくれる貴重な指摘が盛りだくさん。
NPO法を成立させたこれから、日本でNPOを着実に気持ち良く運営していくためのノウハウがいっぱい詰まっている