虚を付かれた感じがある。天羽浩一さんの論文を取り上げるが、原題が「『タイガーマスク現象』とは何か――『権利としての福祉』から『恩恵としての福祉』への逆行を読む――」(日本社会臨床学会編集『社会臨床雑誌』第19巻、第3号、2012年4月15日)で、原題が良く示していると思った。論文で例に取り上げた「タイガーマスク現象」(筆者にならって「タイガーマスク」をTMとする)について、丹念にデータを集める過程から論稿が始まる。題名から分かるように「恩恵としての福祉」から「権利としての福祉」が叫ばれている時代に、マスコミの好意に溢れている「とても暖かい気持ちにさせられた」報道に後押しされるように一部の政治家や研究者を巻き込んで全国に広がった現象である。編集委員会の「はじめに」あるように、TM現象の「風潮を批判し、児童養護施設の子どもたちは、社会に対する異議申し立ての主体なのだ、と明確に主張している」と論文の趣旨は書かれている。「タイガーマスク現象」とは梶原原作のプロレスにおける人気者「タイガーマスク」が児童養護施設に、善意から差出人不明で「ランドセル」などを送った出来事をいう。TMの出来事は新聞などのデータによると、東北大震災以後は以前の状態に戻ったという。読み取った内容にほぼ間違いはないはずだ。
児童擁護施設の施設長や職員が新聞などで取り上げられると、ランドセルを買う費用は措置費で出ているにもかかわらず「おおむね『ありがたい』という表現に尽きる」が表面上に報道は止まり「真意ははかることができない」と筆者はいう。
筆者の友人で施設長をしている人のところにもTMから送られてきた。新聞に掲載されると「『ありがたい』と言わざるをえないよね、ちょっと違うよねといいたいんだけれどね・・・」と率直にもらしている。
さらに「児童養護施設関係者からのコメントには寄付を受ける立場からの弱さを感じざるを得なかった。」とある。すぐ続けて「従来からあった弱さでもある」と書いてある。それは福祉施設について措置制度に由来するものか明らかにするのかと思うのが読者のクセである。今回、主題にしているTM現象に関係がないとして、本文と注では触れられていない。
その場の結論として「寄付文化が成熟していないので、常に『恩恵的』関係として自ら烙印してしまう傾向が児童養護施設の側にもあるという。福祉施設が措置制度に依存した結果とはいえない。
ここで、児童擁護施設であり卒園者(Leiさんのサイトから)の紹介に触れてみよう。そのサイトにいわく、「施設の子の困った問題としてすぐに『自己肯定感がない』事が上がりますが、子どもの側の問題を問うだけでなく、同級生だからこそ『持てる者と持たざる者の立場の違い』をいやというほど意識させられる心理が働く事がある」という事情も忘れずに理解して欲しい」という。
ほぼ同じ年齢の同級生がいる現場を再現しするとどうか。ここからはLeiさんのSITEそのままである。せめて「施設の子は育ちの中で、同じ年頃の一般家庭の子から恵まれる事と自己肯定感について考える機会があればと思います。一つ覚えのように「ありがとう」だけじゃなく、学校では、ヒソヒソ声でイジメられたり、乞食と言われて、それでもジッとその言葉をかみ締めるしかなかった子の心理に焦点をあててほしい、マスコミの方にも『善意の輪』ばかりじゃ説明できない施設の子の心理がある事を本当は言いたい気分です。」と実態を報告する。一般家庭の子どもに自己肯定感を共に話してもらいたいという切ない希望共に。
さらに続く。他から支援を受けた場合にも「支援に対しては立場上、感謝しか許されないとしても、社会的排除者や、社会的弱者として、常に社会から追いやられるのが根底にあるような精神性を持たないですむ環境が欲しいとい思いました。」と書く。
児童養護施設では別な所でも「中高生に関して「私たちは『かわいそう』なんだ、だから寄付されているんだと自分の境遇を改めて悲観する子もいるかもしれません。世間から見れば『かわいそうな子ども』になってしまうのかもしれない。」と「控えめ」に書いてある。子どもたちはマスコミにも、いつも笑って「ピースポーズ」をとるが、社会的位置関係が子どもに強制させている事に心配していると思う。
社会が強制して子どもたちをディスエンパワーメントの状態にしていることに対して「自己肯定感」を持てる社会に作り直す必要があるようだ。本論文を読まむと、子どもたちがそうした状況におかれている事が分かった。
善は一見すると良いことのように見えるが「善悪は権力に都合よく利用される」という。マスコミには、子どもたちが「おかれた立場」に思いを置き、不利益を解消し、「子どもたちの権利」を回復する支援者となるような期待がある。
権力が使う言葉に対しては、市民も気を付けて発言する必要があるだろう。社会で多く使われている「新しい公共」や「新しい共助」とか流行言葉については「権利としての福祉」を見極める力が大切だ。
すぐに人々は福祉に対しては「善意」とか「良いこと」に揺れるが、あえて自立が大切だ。当事者を強制して社会でディスエンパワーメントの状態になっている方が暮らしやすい面があるとすれば、その社会には「権利としての福祉」が根付いていない恐れがある。
このページの目次へもう一つは全国大学同和教育研究協議会が編集した「部落解放と大学教育」(第25号、2012年3月28日)である。同誌では特集が2本あり、「春季シンポジウム」は「法終了後10年目を迎えた都市部落の現在(いま)を考える」で岸政彦参(龍谷大学教員)さんの「変貌する『複合下層』――都市型被差別部落における貧困・高齢化・流動化――」と住田一郎(関西大学人権問題研究室委嘱研究員)さんの「法終了後、大阪の都市部落はどのように変容したのか」から構成されている。水内俊夫(大阪市立大学)さんが司会をしている。「秋季企画」は「公開シンポジウムとフィールドワーク」から「近江の渡来人と被差別民」が収録されている。井上満郎(京都産業大学)さんの「近江と渡来人」と、亀岡哲也(近江八幡市文化観光課)さんの「湖東・湖南の被差別部落の成り立ちと変遷」と井上馨(部落解放同盟滋賀県連合会草津市協議会議長)さんの「草津の被差別部落の実態と解放運動」と沖浦和光(桃山学院大学)さんの「近江の被差別民とその文化」から報告がなっている。寺木伸明(桃山学院大学)さんが司会をしている。
ある地域では、詳しく見るデータがないが、大阪市が実施した「2000年部落問題実態等調査」よりも大幅に世帯数が減少した。世帯数は報告者岸さんの予想を超えるものであった。いわゆる「流出」である。平均世帯人員が2.08人。単身の人が4割という。以下、都市部落の実態を「貧困化」「高齢化」「流動化」の3つの側面から描いている。
主な所得で見ると、全国では「給与がある世帯」が76.1%であったが、大阪市の調査によると全同和地域が68.4%と差がある。その地域では2000年の大阪市調査の段階で54.5%と辛うじて半数を超えていたのが(それでも低いという特徴があるが)2009年調査では、43.9%と4割台に下がっている。代わりにトップとなっているのが49.0%の「年金恩給」である。それと「生活保護費」が30.1%である。
この地域では世帯収入も減っており「100万円未満」が21.8%だという。それと「100万円以上、200万円未満」が30.7%という数字であり、全世帯の内、5割を超える52.5%が年収200万円未満で暮らしている。報告では、高所得者も割合を減らしているが、中間層も流出していることが分かる。
年収200万円未満だと生活保護基準に相当するが「生活保護世帯」全数335世帯の内で101世帯がある。生活保護世帯の収入別分布で「100万円未満」に対しては38.6%、「100万円以上、200万円未満」が49.5%という。あわせて88.1%の世帯が年収200万円未満で暮らしていることになると、報告者は言う。
9割の人が生活保護で収入を得ているが、1割の世帯が「生活保護」を受けていないことになる。200万円というのは大体の目安であるから、年金の状況や家賃の値段世帯構成によって変わるが、資格があるのに申請主義という方法によって制度にアクセスできないという状況は変える必要がある。
年齢構成別に見てみると、大阪市調査による「2000年同和地域全体」は60歳代が19.2%あり、70歳代以上は14.1%である。この地域の60歳代は19.2%と同じであるが70歳以上は14.4%であると、その他の同和関係の地区とほぼ同じである。
2009年の調査では同地域が60歳代は20.5%となり、70歳以上は26.8%となっている。全地域の調査は不明だが、多分高齢化は進行していると思われる。それでもこの地区のように26.8%という数字は実現しないであろう。高齢化の進行は70歳以上の人が増えているといえる。
4人に1人が70歳以上である。少し年齢のきり方を変えると65歳以上は33.9%あり、3人に1人という超高齢化が進んでいる。
報告者によると高齢化の進行は就業状態と経済的な状態は3つが相互に関係しているという。世帯主が65歳以上の世帯は「高齢世帯」というが世帯収入は「200万円未満」の所に偏っているそうだ。つまり給与所得の少なさが世帯収入の少なさに関係している。
もともとこの地域は「都市雑業層」が集って暮らしていたそうだ。日雇いであるとか、大道芸人、お笑い芸人も多い。世帯主に限れば、この地域出身者は335人の内99人しか存在しない(29.6%)。他の地域からの流入者は233人(69.6%)の大きさがある。
一般には「結婚、親の都合、親戚、友人、知人」で移り住んだのは74%がインフォーマルなルートを辿って入ってきたと報告者は言う。出身が被差別部落か一般地区かというわけ方は無意味になる。
団地では住みにくいし、住めないので、単身の高齢者だけが残る。年金が生活費に頼りにはならないし、高齢化が進めば、経済的な貧困になる。
報告者によると、この地域では「部落解放同盟(支部)・・・が非常に弱体化しています。同盟員が激減している状況があります」という。
この地域においても「世代が若くなるごとに、組織率というか加入率が数%代までへっています。」さらに「会費をちゃんと納めている同盟員に限ると、おそらくもっと減ると思います」。因果は分からないが「同和対策事業が終了すると、解放運動も弱体化している現状です」となろう。
大阪市において解放運動が弱体化したことは、すべての社会運動も落ち込んでいると実感する。差別からの解放を求め、働く人の尊厳をまもる運動(労働組合運動)も弱体化しているといって良いだろう。高齢者の尊厳を保障する運動も障害者の運動も児童の運動も、女性の解放運動も同じことが言えるだろう。互いに弱体とされてきた人々が権利を堂々と主張できる社会を創ろうという者の運動だからである。
このページの目次へ私が関心を持っている問題について、興味あるデータが示された。一つは舟木譲先生が関西学院大学人権教育室として編集したもので、「関西学院大学人権研究」(第16号、2012年3月発行)で、原題は「人権教育の現状と課題」という論文に、ふされた資料から読み取れるものである。
まず、舟木譲さんの論文を紹介する。この10年間に受講生が減少したという仮設を立てられ、それを追う論文を作られている。
データは関西学院大学教務課作成の「人権教育科目」の受講生数の推移である。毎年年度ごとに科目別に受講生数が出ているデータである。とりあえず、人権教育科目に替わったのが2009年度からである。それ以前は「総合コース」という名称で行われていたものである。
総合コースという中には「お茶と日本文化」と言う名称もあるなど、最近では[NPO問題」という題もあった。一つの専門(学部)では専門を超えるような特別の扱いであった。これは人権問題を取り扱う以上では不可欠な位置づけであった。1講座当たりの受講生は2000年度の269人から増加して行き、2002年度は178人、2004年度には241人と数えるまでに増大していった。30人という科目も、500人近くで大規模数もあった。それを平均化している。
慎重な舟木さんは、一つの大学では十分ではないとされる。他の大学の傾向を明らかにすることが確証を得てからにしたいという態度である。
また、受講生の履修登録の動向だけでは明らかにならない側面もある。大学の教師の言葉に「裏番組」という隠語があるが、大学の人権関係に講座と時間帯が同じであるような講義がある。しかも必修科目の場合は受講生数に影響する。
楽をして合格を取れる科目の方が学生に望まれる傾向が強い。責任者が替わったことによる影響もないとは言えない。また同じサークルやクラブの1人がとると、他のメンバーも取りたがるという学生には不和雷同性もある。
たまたま話題になった人がいると、その特徴を論じることで科目に選ばれる傾向も強い。このように流動的な要素が含まれている受講生数の動向から傾向を読み取ることは無理だといえる。
でも舟木室長は「人権関係の科目数が増えたのに、講座受講生が減っている」と結論ずけられる。科目数の増大は「部落差別と人権」から始まり、「在日朝鮮人」「ジェンダー」(社会のなかにいる男と女)「障害者」というところから拡がって行った。
「人権と共生」「人権問題入門」と「多分か社会と人権」「セクシュアリティと人権」にまで広がった。たしかに人権問題で扱うことは減ることはなくて増加の一途を辿っているが、「障害者問題」のなかで精神障害者の問題を扱うとしたら、わずかしか取り扱えない。問題が細分化され、ますます拡がる傾向にある。
20世紀末から期待を込めて、21世紀は「人権」の世紀とも言われた。むしろ世界の大国は「テロに立ち向かう戦争の時代」に向っている。
経済の不況もあいまって、テロと戦争に行く人は多いが、困難な課題である人権を担う多種・多様な人材が不足している。日本も先進国も高齢化社会ということで、人権を担う人は高齢者だけが多くなりがちと言えよう。
だから、受講生を増やすことが大切である。あるいは、人権を主張するなど闘わなくても全ての人に権利が保障されている社会が到来するのを待つ方が妥当なのか?
このページの目次へ2012年の3月29日に神戸市内で第32回理事会があった財団法人「木口ひょうご振興財団」では「平成21年度(2009年度)助成事業報告集」が示された。以前に「2010年12月19日」の記事で「書類選考と聞き取り調査を行なう財団法人」にも触れたが、上半期と下半期とに別れて2度公募を行っている。2011年度の上半期は2008年12月15日から2009年1月29日までであるが、下半期は2009年5月11日から2009年6月18日までとなっている。
応募件数は104件であり、5名の参考委員が書類審査、採点を行い、書類選考をパスしたのは「一般助成」では合計で79件(約76%)だ。この段階で「講習会・講演会助成」は100%の合格率である。
同財団事務局によると「一般助成」は予算総額3600万円で、1件あたり助成金上限額は100万円である。また年度全体で予算総額は400万円と少なく「講習会・講演会」1件あたりの助成金上額は20万円と少ない。
2009年度で見る限り、講習会・講演会の事業補助を通過し易いようだ。事実「一般助成」で申し込みがあったが内容により「講習会・講演会」の助成枠で助成されるものが1件あった。
聞取り調査は書類審査の段階で合格した全ての団体について行われる。現地聞取り調査を実施するものである。事務局にとっても、すべての応募団体について、貴重な財産となるというメリットがあるものである。聞き取り調査の時期は上半期では2009年の2月から4月に渡って、下半期では同年の7月から9月にかけて行われる。
ある団体が話題に上るときは、その団体に関する固有名詞が思い浮かび「あの人たちがやっているのだから活動の意義がある(あるいは活動の意義が期待できない)」とする結論に結びつくだろう。人脈だけではなくて、どんな人が参加しているのか、どんな活動をしているのか団体(小規模作業所)の状況もつぶさに分かる。
行政が把握しているのは法人格を取得した段階であるから、他のどこよりも詳しい情報が入手できるわけだ。兵庫県内では、さらにどんな設備で行っているか、どんな設備をその団体が欲しがっているか、も分かる。助成金を出す代わりに団体の生の情報が入手できる。
聞き取り調査を含めて最終審査が行われる。審査の結果、次のように決定した。最終審査の結果は「一般助成」については助成件数46件、助成額30600千円となり、「講習会・講演会」では助成件数22件、助成額4210千円と決定した。
助成件数の応募では「一般助成」では応募件数104件であったから46件というと約4割に当たる。助成額は76410千円に対して30600千円であるから予算の枠内であるし、応募した団体について約4割が満足する狭き門である。
これに対して「講習会・講演会」では助成件数22件、助成額4210千円と決定したのであるから、400万円の予算を上回っている。上半期に「一般助成」で応募したが「「講習会・講演会」に内容等で判断されて廻ったのが1件あったので、件数や助成額とも申請は100%認められた。
なお、上半期と下半期にどちらの方が認められやすいか、については事例があるので参考にして欲しい。どちらも手順には違いがないようだ。このパンフレットには「助成決定団体一覧」がある。参考にして欲しい。
このページの目次へこれは実際の勤務先である西宮市における「2010年度市民意識調査」を結果の一部を抜き出したものである。すごく大部なものであり、平成22年度(2010年度)8月1日現在の市民を対象にした市民意識調査である。配布枚数は3500枚(郵送で配布も回収も行っている)、有効回収枚数は2142枚(有効回収率61.2%)、これは類似の他市市民調査よりも高い。調査日は2010年9月1日から9月30日である。全文を関西学院大学法学部の森脇敏雅氏が分析しているが、それぞれの中項目ごとに1ページをとり「施策に向けての一言」という欄がある。忙しい人はこれを読むだけでも十分に参考になるつくりになっている。
調査票の途中で「『農』のあるくらし」という中項目がある。問19で農についての関心を持っているかどうかを訊ねたもので「1.おおいに関心がある」から「2.どちらかいえば関心がる」「3.どちらといえば関心がない」「4.まったく関心がない」までの1つの選択肢を選ばせるものである。もっとも多いのは2番目「どちらかといえば関心がある」で47.8%だ。ついで多いのは「おおいに関心がある」の23.0%となっている。1と2を合計した「関心度」は70.8%で約7割が占めている。
職業別、性・年代別には特に偏ったところはなく「年金生活者」の61.6%それを反映して「男女計70歳以上」は最低であるが「自営業」の79.1%まで散らばっている。おおむね「どちらかといえば関心がある」は50%台で「おおいに関心がある」は20%台の前半にある。
その関心の注目点だが関心がある人にさらに(2つまで)訊ねたところ、第1位が「みどりや里山環境の保全が大切だと思うから」が59.2%で最も高い。第2位は「地産地消や食の安全などに興味があるから」42.3%となっているが、男性では35.8%を占めているのに女性では47.9%と性別で開きが出ている。市民全体にはさほど順位に差はないが、男性に対して女性が高くなっている項目を並べると「健康に暮らしたいから」が、男性は24.5%で女性は31.2%であるのが「子育ての中で自然や農業体験が大切だと思うから」は男性が21.4%で女性が24.5%と違いがある。
男性の方が多い項目は「動植物に接したり、土いじりをしたりすることが好きだから」は全体では5位であるが、男性は18.8%と多く女性は12.6%と少なくなっている。また全体では第6位にある「農業や農地を守ることが必要で、そこに関わりたいから」も男性14.4%と女性6.9%と「直接関わりたい」というのが男性の方が多い。
問19で「おおいに関心がある」と「どちらといえば関心がある」と答えただけに「農のあるくらし」とは言っても、人によりどんなことに関心を持ち、実践して見たいかということで市民に尋ねた(6つのうち1つ選択)と、いう。最も多いのが「実践してみたい」では「地元の新鮮な農産物を購入すること」が55.6%と過半数の支持を得ている。過半数を超えているのを見ると「条件が(どんな条件かは分かりない)あえば実践してみたい」では「地域の身近な自然環境に触れること」50.2%のみである。
一方で「関心はあるが実践しようとは思わない」が過半数を占めているのは「農業に関わること」が51.8%と「果樹園や田んぼ等の契約オーナーになり産物を受け取ること」は51.0%と多い。この他、賛否が均衡しているのが「田植えや果樹の収穫などの農作業を体験すること」「田舎暮らしや自然環境の豊かな地域に住むこと」が来ている。
「農業応援活動(棚田や里山環境保全)や農家との交流事業に参加すること」も47.3%あり、「市民農園・貸し農園などで継続的に農作業を行うこと」は46.7%あり、この2つは「関心があるけども」非常に評判が悪い。
どうも店頭に並んだ物を購入するという消費者意識が強いようだ。市場で買い物の度に必要量だけ購入する傾向が強く産地の固定化と大量の産物を畏れて「契約オーナーになり産物を受け取ること」は嫌がる方が若干勝っている。こうした結果を見るとTPPの導入に賛否を訊ねたくなった。
森脇敏雅さんの「施策に向けての一言」では、女性全数が「農家の暮らしに接したり、農業者と交流をしたりしたい」が3.8%ともっとも低い。また「農業や農地を守るとことが必要で、そこにかかわりたいから」も農業に直接関係することは6.9%とやはり低い。
そこで森脇さんは「農業者との交流や農地を守るといった理由は必ずしも高くなく、むしろ個人的理由が高いように思われる」と控えめに結論付けている。とともに20歳代と30歳代の特徴を「子育ての中で自然や農業体験が大切だと思うから」が第3位に挙がっている(30歳代は第2位に位置している)と見えるから「子育て世代の関心が反映しているようである」と取り出している。
ただ、森脇さんは20歳代から40歳代で意欲が見られる。特に30歳代で「農業に関わること」、「地域の身近な自然環境に触れること」それに「田植えや果樹の収穫などの農作業を体験すること」や「農業応援活動(棚田や里山環境保全)や農家との交流事業に参加すること」が他の年代より高く、意欲的なように思われる、とされている。
子どもが農業や自然を好きになれば、子どもが大人になることに連れて親たちの意識も農業に親しむように変わってくるようだ。あえて変化する世代にTPPの導入を訊ねてみたい。
このページの目次へこれも「尼崎労働者安全衛生センター」の機関紙「安全センター」から引用である。機関紙のトップには「心身の不調は異常な現場への正常な反応」と題する記事がある(第114号、2012年1月20日)。文中に「一人を救う医者よりも、十人の予防をする職場のなかま」とあるように、労働組合がその役割を果たしているような話だ。2011年12月22日に行った講演会に、どうも労働組合員の参加が少なかったというリード報告である。もうひとつの記事中には「定例交流会・災害事例――ヒヤリハットの検討――」に出た話で、ゴミ収集に関わる事故というものがある。
毎年、減少傾向とはいえ、止まらないのが、ゴミ収集に関わる事故です。
ゴミ事故が起きたときI荘(尼崎市)のマンションのゴミ集積場から作業員が両手に6袋のゴミ袋を持ったところ、収集車への投入時に痛みを感じた。手袋を脱ぐと指が切れていたというものだった。
予防策としては「切れにくい皮手袋にすべきですが、その前に、こういう危ない物を放り込む市民への啓発の徹底が必要です。」と記事ではなっている。その内「啓発の徹底」の部分がゴチック体で強調されている。
人々はゴミを出すに際して、この文章によれば「啓発の徹底」が必要だという。確かに、どうせ、燃やしてしまうのだからと言って人々は危険な物を入れる傾向がある。ましてマンションのゴミ集積場は元の持ち主が分からないから酷いと、自身の経験でも言える。
それによって現場の作業員が危険を被っても、自分は安全だから、片付けられたから良かったと言っているようなものだ。そうした人々は殺伐とした気分になっている。そういう事態を「啓発の徹底」では確かに生ぬるいと言える。だから自治体は有料化と共にゴミ袋に氏名を書くような指導をするのだ。
この事例は「定例交流会・災害事例――ヒヤリハットの検討――」に出たという。ならばその会議を労働組合だけではなく、市民も参加出来るように開催場所や時間帯を変えるということも考慮のうちだ(オープン参加制度にする)。
市民に参加を呼びかけても参加しない人もいるだろう。あるいはその事例に詳しいマスコミとかNPOや市民運動なども情報を伝えることによって、少しでも事態を変えることも考える必要もあろう。
危険物をゴミに混ぜて捨てるという当該の市民は、会議に出てこないということもありうる。それらの措置を採ってから次の手立てを考えるということは、それからでも遅くないと思う。
そうして会議側が準備しても参加しようとしない市民にはどのような手立てがあるのだろか。市民も生活のためには忙しいのだ。周りの人々が当の市民に情報で伝える他には、他の道はないだろうと。寂しいものがあえる。そうして手立てを尽くした後に代議員制度(市議会・町村議会の議員)による間接民主主義がありうる。
ただ100%の市民(例えば外国籍の市民には参加しても話が分からないなど)が参加しないことがありうるので、どうしたらよいだろう。完全な市民合意などは夢の夢だと言い切ってしまってよいだろうか。
このページの目次へこれも転載である。大阪自然教室が発行している「みどりのしんぶん」(第444号、2011年12月29日)の「編集後記」に当たる箇所に「謹賀新年」という欄がある。そこに自然保護運動の1970年代からの歴史がある。編集委員会の了承を取ったので、ここに転載する。なお、転載に当たっては出展を明示することと題名・中見出しを私流に作ることと読んだ感想をコメントという形で付けるということだ。大阪自然教室編の「みどりのしんぶん」(第444号、2011年12月29日)は1月例会の「淀川中津タコあげ大会」の記事が呼びかけている表紙とともに内容は「天王山例会」で参加者の記事で埋まっている。すべてが小学生による作文で、幼児化を示している。とともに、2012年の全員によるひとつだけの一言を示している。同時に「立体凧」と「吹き流し」「デルタウイング」の図で作り方の昔ガキ大将だった大人にも親しめるように図がある。すべてを子どもたちの作文で構成するのはかなりの力量が必要だ。 以下が「西」ネームの「謹賀新年」の全文である。
新年明けましておめでとうございます。大阪自然教室は2012年度で39年目に入り、2013年の春にはいよいよ40周年を迎えることになります。
大阪自然教室は1970年代初頭の自然保護運動の高揚を背景に、学校教育や社会教育における自然保護教育の確立を目指して、そのソフト開発と「自然を大切にする子どもたちの育成」を掲げた実践活動の場として、1973年に「自然を返せ!関西市民連合」で活躍していた20才前後の若者たちによって、子どもたち対象の自然観察会としてスタートしました。当時、若者たちの同様の動きが全国各地でありました。
当初、箕面で企画を呼びかけたものの参加者はゼロ。数ヵ月、子どもの来ない観察会が続きましたが、市民運動の中で知り合った「中津コーポ・高速道路に反対する会」の子どもたちを核に、1974年4月から年会員制度がスタートしました。
石油ショック以後、反公害・自然保護などの市民運動は「現代の魔女狩り」と反撃され、運動が停滞する「冬の時代」となる中で、運動の原点に立ち返り自然破壊の現場に立って活動を続ける道を選択をしました。
と同時に、大阪自然教室も設立の目的と自然観察会というスタイルも捨て、子どもたちとも「教え育てる」という向き合うのでなく、ヤンチャな時間と空間を共有して「共に育つ」ことにスタンスを移しました。
以来、異年齢の子どもの群れにこだわり、自然を頭で理解するのでなく、五感をフル動員して仲間と一緒に創意工夫し遊べばおもしろいぞと、子どもたちとトコトン自然の中で遊んできました。特に、難しいとされる思春期の中学生を対象に「熱田」「ぶらり旅」「不自由」などの企画に心血を注ぎ、リーダーの自主的・自発的・自律的な意志に基づく自己責任で運営してきました。
活動できるリーダーが減少して何度も危機はありました。
そういう時にこそ新しい試みにチャレンジすることによって乗りこえてきましたが、何といっても大きかったのは、想いに答えてくれた子どもたちの圧倒的な支持でした。
会員時代を終えて高校生になると、今度はリーダーとなって小さい子どもたちの面倒をみることが引き継がれてきたからこそ、他からの恒常的な援助なしに38年間続けられました。
しかし、その自信もあやしくなってきています。ここ4,5年、会員数も宿泊企画への参加者も激減したまま、今年度も回復していません。
ここを自分の大切な居場所と心底から思う子どもたちとリーダーが、自らの意志で参加して活動する総和が大阪自然教室ですから、活動がその時々大きく振幅するのは当然なのですが・・・。
40周年を前にして、これまでの活動スタイルの見直しを含めて今後どうしていくか、リーダー会議において1年以上議論が続いています。将来に明るい見通しを持てず、ますます閉塞感が増している現在だからこそ、子どもたちのことはまかせておけと、ここは胸をドーンとたたきたいところなのですがね。 以上が「西」ネームの記事全文である。
この「編集後記」の上にある記事を紹介すると、「現在、大阪自然教室では会員制度や企画について大幅な検討をしています。とりあえず、現行の会員は小2から中3になっていますが、小1からに変更し、会員増につなげていきたいと思います。御協力ください。」という変更が掲載されている。
そこまで会員数の減少が運営上、問題になっているのだ。会員を小1まで広げると、増加分はわずかかも知れないが、学童保育に通っている子も、できれば兄弟姉妹で行きたいという対象は増えることが期待できる。
両親が共に働いている家庭の子どもたちが増えているという情報もあるという。子どもも、お休みの日には両親と一緒に遊園地などに行きたいという(親の気持ちだろうか)。
2013年に40周年を迎えるという。40年と言えばかつての会員で共に卒業した仲間だと集まる機会も多いだろう。
過去にリーダー?であったり、会員だったりした者達が、今現在はどのような大人になっているかを調べてみるのもおもしろい。当初、目的に掲げていたように大人になっても自然保護運動に関心を抱いているか、調べることも有効と思われる。自然保護を意識するような大人に育っただろうか?
生協に加入しているかと聞くことはあると思う。社会に発信しているNPOに参加しているかどうかも聞いてみたい。福島の原発事故以後、自然と社会についてどういう気持ちを持っているかも聞いてみたらおもしろいだろう。このようなことはすでに準備されているだろう。
ここ最近は社会を揺るがせた反公害・自然保護運動とか、健常児と障害児とが共に生きる運動を始めて数十年立つような企画が多い。1960年代は街頭における政治の季節であったから、1970年代は地域に密着した社会の季節であったろう。
地域社会のなかで潜んでいた差別などが取り上げられた年代と言えよう。現在でも実際に運動が展開されている。この間、消えた運動もあるが今も存在しているとすれば、浮ついた運動ではなくて、新しい人々の暮らしになったはずだ。
今後、人々の暮らしに寝付いた運動が生まれるかどうかは分からない。少なくとも数十年の試みが必要だろう。それは大阪自然教室が始めたように最初は20才前後の若者でも、運動の経過の中で年をとり中年になっているはずだ。見通しは率直に言えば暗い。革命が先に来るだろう。
少子化とは言え子どもがいないわけではない。親の勧めで受験教室に通っている子は多い。そんなに勉強ばかりしていて、どうするのだろうかといいたくなる。
きっと大学に行くのであろう。いまでも幼児化している大学生が多い。親と教師とが、20歳の成人式を目前にした子どもの成績表を見ながら、成績・就職について面談する。大学と学校との違いが分からない。そうした事例が多すぎる。
そうして卒業しても会社に成熟した市民とはならないような気がする。運動も起きては来ないだろう。
このページの目次へ第32回部落解放研究兵庫県集会(2011年10月29日・30日両日に豊岡市城崎に開催)に、実行委員会の代表として挨拶文を書くように依頼されたものである。ほぼ実行委員会の議論ででたことを書いているが、独自性は多少あるつもりである。私が苦手とする「挨拶文」が多少の意味はあるだろう。短いのでそのまま掲載する。
今年度はサブテーマでは「狭山の事件」ともに「東日本大震災への支援」をあえて打ち出しています。被災地では多くの人の人権が危ぶまれる事態が生じる恐れがあります。かつて神戸・淡路大震災でも、私たちが経験したところです。
この大会の2日目には震災シンポジウムを企画しています。現地に各方面で活躍されている、そして被災地に派遣された多くの人たちから話を、東日本の地域の特徴を感じたところを出してもらい、人権が危機に陥りがちの大震災に際しては「どんな課題があったのか」や「これから解放運動は何を大切にしていくのか」を、それぞれの立場から話しあってもらおうと企画をつくりました。
被差別部落に限ってもいろいろな差別事象が発生しているように受けとめることができます。さらには今、多くの現実社会では「生きにくさ」が取りざたされています。全員が堂々と自分の生き方を主張しにくい社会になっているようです。
企業内でも「働きすぎ」の正規従業員に心の病が発生しているという話も、よく耳にします。また、旧来からある被差別部落出身者に対する差別行為や障害者差別、女性差別、在日外国人への差別なども、依然として各地で続発しているのではないでしょうか。
こうした集会では、皆様周知の通り様々な議論をしてきましたが、現実社会ではなかなか「差別のない社会」は実現できるのかという疑問・不安を感じます。それでもあからさまな「人を差別する」事は確実に少なくなってきたと思います。この集会をきっかけにして将来へ希望を持ち続けたいと思います。
「部落解放研究第32回兵庫県集会」と「正式名称」ではなっていますが、「研究」だけでなく「実践」も必要なことだと思います。あえて今年を初めとして集会には「実践」は必要だよという改革にしたいものです。
このページの目次へ2011年8月27日に「全国大学人権交流会シンポジウム」で発題があった3人の人から稲垣有一さん(大阪教育大学講師)の話だけを紹介する。全体には事務局から公式の記録として公表されるが、稲垣さんもあくまで私が聞き取ったこととともにレジュメから読みとった内容で印象深かったことを紹介する。そもそも「人権」という外来語に問題があるという説を「人権教育交流会」の席上にもかかわらず、聞き手に混乱を与えられたが、その意味するところを十二分に説明された。お話が上手だなと思ったが、元小中学校にいられた教師と聞いて納得した。それにしても「人権教育関係」には再雇用した非常勤講師の多いというのが特徴だと思う。
先ほどの話にすぐ続いて人権は「権利の要求」である。人間の尊厳が損なわれているのではないか、とかある(一連の)行為が「不条理ではないか」と気付いたときに、人間として権利を与えるように「要求」する。よく言われるように憲法が定めた権利規定や国内法など、あるいは国連が定めた国際法のような「確固たる律法」ではない。
ここで限定が付く。人々は要求するが「もし、その根拠が正しければ、人権の要求も説得力のあるもの」となる人々の根拠を示していると。これまでの「人権教育」は「世界人権宣言」やその「規約」などを、(あえて私に言わせば)外部から教え込むという面に頼っていたのではないか?教師も忙しかった時代であるが、社会的差別は誰の目にも明確であったようだ。人間の尊厳は脅かされていた。要求を訴えるように後押しする。急がしすぎて「エンパワーメント(Empowerment)」余裕がなかったのであろう。
知識の外部注入ではなくて、人権に関する概念と構造を、自らの生き方のなかに生かそうとする意識ではないだろうか?その「人権意識」について稲垣さんは図を用いて次のように体系化している(図を省略し、代わりに文章で説明する)。3段階の円錐を想定して欲しい。その最上部には「人権意識」がある。最下部には「自己への信頼や、他者への理解・共感のもととなる気持ちや力」が全体を支えている。真ん中には「価値観(正・不正。自由・平等など)」と書いてある。
人権意識の土台となる「自己への信頼や(人間社会における)他者への理解・共感」があるはずだ。では、「自己への信頼」(=肯定的自己意識、最近はセルフ・エスティーム self es-teem という)どうしたら生まれるだろうか?「他者への理解・共感」(=対人間関係能力、アサティーブネス assertiveness) は、どうしたら生まれるか?
ここで「セルフ・エスティーム」や「アサティーブネス」という概念が出ている(国際理解教育センター翻訳・オーストラリアの人権テキスト『わたし、あなた、そしてみんな』1988年 ERIC刊国際理解教育センター)。さらに稲垣さんがこなれた日本語に翻訳したものだという。
それぞれが3つに土台は左右に2つある。最上部に求めたいことで構成されている。稲垣さんの翻訳をそのまま活用すると「肯定的自己意識」は土台に「自分が好きだと感じられること」と「自分を大切に思えること」があり「自分の価値を認めること」が上に乗っている。
これに対して「対人関係能力」は土台に「攻撃的でない表現で」とある。「他の人の権利を侵さないで」という言葉になっている。その上に「自分の言いたいことを表現する」がある。
人権意識の土台となる「自己への信頼や他者への理解・共感」には、優しく言うと「・大切にしてもらっている」「・関心をもってもらっている」「・誉めてもらっている」「・認められている」「・見守られている」が続く。最後には「・愛されている」がある構造になっている。こうした他者による心の働き方が自分に与える影響が大切だとする。ここには総称として「エンパワーメント(Empowerment)」に相当するだろう。
こころの栄養には、最近流行りの障害者論や貧困論に当たる「ソーシャル・インクルージョン」は、稲垣さんによると「つながり」が相当するになるだろう。あるいは「つながり」とともに二重の意味を持つ「つつみこみ」にも相当するだろうか。
語感が良いようにいずれもひらがなで3つの「つ」と総称している(この種の話には3つが多いようである)。さらに第3の「つ」は「つりあい」だという。1の「つながり」と2の「つつみこみ」合わないようであり、無理やりつけた突飛な感じがするが、「つりあい」とした意味は稲垣さんから残念ながら説明は受けなかった。
たとえば「つながれない」社会的環境要因には次のようなことがある。今の社会は「経済至上主義」の社会であるとして、「経済至上主義」とは、子どもたちに(本来それが良い価値観だと信じ込んでいる大人たちも)「早く」「キチンと」「同じように」「効率よく」「失敗することなく」などに有効な価値をみいだす主義である。
・「相互依存的自立」ではなくて「自己完結型自立」を強制する社会である。それを「自己責任の原則」というより分かりやすい。
・「自己を否定的にさせられる」社会である。ということは「負(マイナス)のアイデンティティをもたらされる」社会とか「自己の存在価値を奪われる」社会の意味でもある。
とここまで引用すると、さすがにわかりやすく説明されている。分かりやすい話を複雑にしている反省も含めてだ。言い切り型で充分伝わってくる。レジュメも分かりやすい。基本になっている「エンパワーメント」が伝わってくる。
このページの目次へこの文章は「兵庫人権啓発企業連絡会」の30周年お祝いパンフレットに寄せた原稿である。兵庫人権啓発企業連絡会は30周年を記念して『30周年記念誌――未来への飛躍――』(兵庫人権啓発企業連絡会、2011年)という記念誌を刊行している。このパンフレットも「お勧め」で取り上げたことがある。最近この種の「挨拶文」の依頼が多くなっている。兵庫人権啓発企業連絡会(旧同企連兵庫)が結成されてから30年が立つという。30周年を記念して記念誌をだされるという。私にも社団法人「ひょうご部落解放・人権研究所」の所長をしていることで記念誌に祝辞を書いて欲しいと依頼があった。題して「企業も社会の一員として」という短文を書いた。短いのでそのまま転載する。遅れたので今日の日付にする。
結成されてすでに30年を迎えられたとのこと、おめでとうございます。今さらいうまでもなく企業は社会の一員であります。
そのためには人間が伸び伸びとできるような企業体質であることが求められます。また、それぞれの人が自分の持っている労働能力を十分に発揮できるように、ハード面もソフト面も整備した上で、企業経営を行なうことが競争力を高めるためにも必要になると思います。また、多様な人材を有効に活かすことが求められます。
結成された1980年という年は、国連が定めた「国際障害者年」を翌年に控えた時期であったでしょう。国内でも企業をめぐってさまざまな差別問題が発生した時だったと推測します。
結成以来30年が経過するのですが、企業による人間への差別は解決の方向が明確でしょうか?企業が人間を差別する源になることがないように智恵を絞られることや努力を払われることを期待しています。
もとより被差別部落の出身者だけに止まらず、在日外国人や一人親世帯の親など本人が原因ではない社会的要因によって不利な立場に置かれている人たちに対して、企業は最初から予断によって門戸を閉ざすことなく公正な扱いをする義務があるでしょう。障害者と一口に言ってもひとそれぞれが多様です。もちろんすべての人間は多様性を持っています。
とくに企業は身体障害を持つ人だけではなく、知的障害や精神障害を持つ人やHIVなどの人も雇用するなど、国際的には低いとされている障害者雇用促進法に基づく法定雇用率を実現して欲しいと思います。企業が先頭に立って「共に働く関係」を実践してほしいものです。現在は先進国でも「企業の社会的責任」が言われています。またILOが「ディーセント・ワーク」を唱えています。
よりよい社会を作るために、企業がその持てる力を発揮して一層努力を傾けられることを期待しています。また、新規雇用に当たって差別しないことは当然ですが、いったん企業で雇用をした人への差別・仲間はずれや嫌がらせなどをなくす行為も広がっています。 最後になりましたが、企業は日々互いに競争をしています。互いが競争に没頭している企業を人権問題で一まとめにすることは、さぞエネルギーが必要だったことでしょう。これまでの努力が今後さらに企業に置けるいっそう人権の取り組みに発展することを期待しています。
このページの目次へ全日本自治体職員共済生活協同組合(略称:自治労共済)が発行している『自治労きょうさい』(第118号、2011年3月)に「共助の時代へ」という連載記事がある。今号で取り上げられているのは「NPO法人 横浜スポーツ&カルチャークラブ(Y.S.C.C)」である。
1986年3月、サッカー界は時代をアマチュアからプロフェッショナル(Jリーグ)への移行期にあった。もともと市民クラブを母体にして活動をしてきた「横浜サッカークラブ」は、クラブを買収した全日空あるいはJリーグの企業主導による運営に方針転換したことをきっかけに選手6名が試合をボイコットした事件があった。日本サッカー協会はその選手らに無期限出場停止処分を下した。
同年9月には市民クラブの原点に立ち返って、企業に振り回されない地域密着型のクラブを作ろうと袂を分かち、元所属の選手たちが乗り出したのがもともとの姿(横浜スポーツ&カルチャークラブ)である。1999年には運営していた全日空が業績不振になった。そこで「横浜スポーツ&カルチャークラブ」をプロ化してJリーグ入りをめざすという案がでたが、結局は白紙になりアマチュアのままになった。2002年に「NPO法人 横浜スポーツ&カルチャークラブ(Y.S.C.C)」となったそうだ。
そのいきさつを「プロ化は考えていません。それでも上(日本フットボールリーグJFL)を目指すのは、ジュニアの子に、(アマチュアのままで)働きながらも向上心を失わずに戦うトップチームの姿を見せたいから」ですと理事長の吉野次郎さんはいう。サッカーに打ち込む子ども達すべてがプロになれるわけではないと考えているようだ。「企業が支援してくれるプロチームに入れなきゃ、大好きなスポーツを辞めてしまうなんて、寂しいじゃないですか」ともいう。
NPO法人「横浜スポーツ&カルチャークラブ」は自治体と協力しあっている。財源の基本は会員からの会費であり(サポート企業からの援助は1割弱)、財政的にも自立している。企業は儲ける時もあれば、業績不振で撤退するときもある。永続性は保障されない。
NPO法人の名前で「カルチャー」とついているのは「継承されなくてはいけない」という理事長が決意を語っている。かつてジュニアに所属していた子どもが、親となって自分の子どもの手を引く姿も見られるそうだ。しかも2009年、2010年と関東リーグで連続優勝を飾るなど強いチームだ。全国の代表チームとの決勝大会に臨んだそうだ。当日はジュニアやその家族など以外にも、地域住民が多数追い応援に駆けつけたという。練習を見に来た親にも健康づくりのきっかけにとヨガ教室も2003年に始まったそうだ。
親・子・孫が、スポーツを通じて健やかに暮らす当初の目的を実現するように、ヨガだけではなく、テニス、バドミントン、バスケットボールなど「総合スポーツ文化の窓口」として地域に存在を誇っている。
企業のように行動する市民運動体が多い。ところが営利企業から分かれた市民活動を行なって地域の自治体と連携しているのは特筆すべきだと思った。
このページの目次へ最近における市民主義への政策を考える。一方にはたとえば、市民主義の大阪ボランティア協会が発行している『Volo』(第462号、2011年1.2月号)がある。 他方で、関西共同行動(中北法律事務所気付け)が発行している『関西共同行動ニュース』(第55号、2011年1月10日)がある。いまの日本の進む方向についても、どちらを信じたら良いのか分からない。
『Volo』には編集委員として早瀬昇さんが書いている。具体的に「市民活動との関わりでみれば、『かなり変わった』と言える面もある」と評価している。その具体的な例として加藤秀樹さん(構想日本)とか湯浅誠さん(NPO法人もやい事務局長)とか清水康之さん(ライフリンク代表)それに駒崎弘樹さん(フローレンス代表理事)や佐藤大吾さん(チャリティ・プラットフォーム代表理事)の名前が挙がっている。
この人たちは、いずれも民主党になってからの登用である。早瀬さんも「このように考えると、政権交代には、結果的に政治と市民活動との距離を近づける側面があるといえる」と書いている通りだ。
調整力の視点では早瀬さんは「利害の異なる人々が、対話を通じて適切な妥協点を見出していく」ことが重要だという。早瀬さんは「弱い立場にある人々の声(人権や環境など)が切り捨てられないように」するためにも「市民活動のスタイル」が「乱暴な手法」の変更を余儀なくされているという。
纐纈厚さんは『関西共同行動ニュース』の中で2010年8月27日に報告書「『平和創造国家』を目指して」を批判して、3点を取り出している。これは民主党・菅首相から諮問されたものに対しての報告書である。纐纈さんは「限りなく留めなく軍拡と戦争・紛争を念頭に据えた危険なスタンスと言える」と書いている。
中北龍太郎さんは「反安保―沖縄連帯ー反改憲 三位一体の闘いへ!」と題した巻頭言で「この亀裂の修復というアメリカの期待を担って登場したのが、管政権です」と論じておられる。さらに「管政権は、アメリカの期待に応え日米同盟深化のための諸政策を着々と実行に移しています」と論断される。
さて読者としてはどちらを信じたら良いのだろうか。IT関係の他の情報を見てみると、国内問題でも沖縄基地問題の対応や消費税や国民背番号制度の導入など、近隣である中国・北朝鮮の国々と対立するなど、どうも問題は管内閣だと思う。管内閣が続く限り早晩、憲法改正に着手すると思う。
関西共同行動の機関誌『関西共同行動ニュース』は「管政権が自民党と競い合うようにして安保強化を進めている情況は、一種の安保翼賛体制が成立したものと評価されます」という論調で一貫している。それに対して大阪ボランティア協会の雑誌『Volo』は市民の登場に新しい視点を示している。
両者に接点はなさそうに思う。ただ、早瀬さんが最初に書かれているように「新政権への期待は、すっかり色あせてしまった」と論じることからスタートしているように、思いは同じようだ。あえて「市民運動」との関わりを見ると「かなり変わった」とも言える。
問題はこれからのことだ。果たして一部の人が持ち上げるほど、寄付税制改革のように市民運動は戦争に反対の運動を展開するだろうか。大阪ボランティア協会の雑誌でも一方では『語り下ろし市民活動』などで、平和や貧困を具体的に進めていく人に触れている様子からは、戦争に対して賛同するようには見えないが。関わっている個人個人は平和の時代を楽しんでいるように見えるが、どうだろうか?
1980年代に企業の社会的責任論・NPOも流行したと思うが、レーガン大統領の減税政策と同じ道を歩んでいたと思う。今思うと、イラク、イラン敵視政策もレーガン大統領の時代に種がまかれた。大資本による新自由主義の大波に市民運動も根こそぎ持っていかれないように注意して欲しい。
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