エスニック

カニバリズム

 ゆうたに下の歯に続いて上の歯も生え出した。そうやら歯グキがムズムズするらしく服でも何でも歯ごたえのありそうなものは手当たり次第に口にするようになる。しかもいっちょまえに、歯同士がぶつかる感触が楽しいらしく立派な歯ぎしりもする。
 かなりその頃になると知恵も付き出すので、人見知りをするようになったり、甘え方を覚えたりするのだが、歯茎がムズムズして気持ち悪いのでグズっているのを迂闊に抱き上げたりするとガブッとやられるのである。
 これが痛いの何の。いつもの事ながら赤ん坊は手加減ってものがないので、服上からでもヤツらの薄くて鋭い歯は簡単に血マメのような傷を残してくれる。肩にはいくつもミツバチに刺されたような跡ができることになるのだ。

 始末に悪いことには、言葉を憶えだす頃に下品な言葉を大声で叫ぶのと同じようだが、噛まれて「ッツ!」という反応が楽しくて、「コラッ!」と睨むと満足げな顔でニヤニヤしており、またガバッと肩口にしがみついてくるのである。
 一方、噛む対象を選べるようになると、手に掴んだものをむやみに口にすることはかなり減ってきた。一通り身の回りのものを口にして、どのあたりが食べれるのかどうかが分かってきたのだろうとは思うが、それでも時折「そんなものを…」なんてものを食べていたりする。

 聞くところによるとどこも同じようだが、子どもはおもちゃよりも大人がふだん使うもの、例えば電話機やリモコンなどが好きである。ゆうたは最近洗濯用ハンガー(洗濯バサミのついているやつ)がお気に入りだ。持ち上げるとシャンシャン音がするのが好きなようで、おまけに噛んでも金属系のものより冷たく硬い感じがしないので噛み心地もいいらしい。
 そんなある日、今まで届かなかった洋服ダンスの上のポトスの葉に手が届いた。さすがにこれは食いそうだなと思ったが、もとより植物である。食おうと思えば食えるだろう。ポトスに毒があるとは聞いたことが無いので、食うに任せて放っておいた。
 おまけにちゅまはお出かけなので叱られる心配も無い。

 なにかで目にしたのだが、人間の味覚で最初から備わっているのは「ニガ味」に関してだそうだ。自然界に存在する「毒」の多くはニガイらしく、これを口にすれば不快なものと感知してペッと吐き出すのが反射ってモノらしい。「良薬は口に苦し」なんて言うが、つまりはそれだけ反応が強いってことの表われだとも言えるようだ。
 ともかく、普段まるで好き嫌いをしないゆうたは、もしかして味覚に異常でもあるんではないかと思い、何か反応するかどうか期待して見ていた。ところが、一口食べた後もモグモグしながら遊んでいる。しばらくすると二口目に突入した。
 「ふーん、マズくないんだ」
 試しに私も一口、ゆうたの手から拝借する。確かにマズくない、というか味が殆ど無いのである。おまけに噛みきった葉片は口の中でまとわり付いて飲み込みにくい。なるほどこれなら毒でなくても食物にはしまい。食感ひとつとってもキャベツやレタスがいかにウマイかが判る。
 とりあえず、我が家の食卓にポトスが上がらないことが確認できたので、ゆうたの口からポトスの葉、2片を取りだしニガ味の検査に戻る。

 何かニガいものはないかと探したら、インスタントコーヒーが目に付いた。
 これだ。
 私は数粒を指先に取り、ゆうたのもとに急ぐ。すると余程未練があったのか、再びポトスゲットに挑戦中だった。しかも、先程とはくらべものにならないくらい手が楽に届き太い蔓をワシ掴みしている…。
 しまった、と思ったが時すでに遅し。
 最近とみに破壊力を増した右手で思いきり蔓を引き寄せると、ポトスは鉢ごとタンスの上から転がり落ちた。

 落ちた先の足元は、どうやら踏み台にしたらしいことが判明したが、先程まで閉まっていた一番下の引出しが開いており、こぼれた土の半分近くを吸いこんだのである…。

 「あれ?また洗濯してるの?」

 帰って来たちゅまの第一声である。




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