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     ■ [ 2003. 12. 16 更新 ] 南台湾 高雄の4日間の旅 

  12月11日〜14日、台湾の南部都市「高雄」に行って来ました。目的は妻の食欲を回復させるた 
  めで、肥満気味の私には「ありがた迷惑」な話です。
  高雄に拠点をおいて、12日は列車で台南へ、13日は列車とバスを乗り継いで、屏東から山奥に 
  入った台湾先住民族の文化村に行って来ました。
  美しい仏教文化や自然のなかで、美味しい魚貝料理、屋台や市民の食堂などで、思いっきり中華 
  料理を堪能し、私だけがまた一回り太って帰ってきました。
高雄郊外の澄清湖で妻と
カニ・エビみんな天然で新鮮

   ■ [ 2003. 12. 9 更新 ] 遺族の会、恒例の忘年懇親会 

 12月6日13:00〜、東京の箱崎エアシティー
 ターミナルのVIPルームで全国交通事故遺族の会
 2003年忘年懇親会が開かれました。
 今年は、諸般の都合もあって、クラシック音楽会を
 併設出来なかったため、参会者は少なかったものの、 
 遠くは宮崎県や兵庫県などから、約30名の会員が
 集まりました。
 美味しい中華料理を食べながら、どうにか生き抜い
 た喜びをみんなで語り合いました。
 アトラクションは井手会長の胡弓(二胡)の演奏。
 出来映えは、イマサン位でしたが、未だ衰えぬ会長
 のチャレンジ魂に、全員が大喜び、大拍手が巻き起
 こりました。
和気あいあいの懇親会
井手会長が二胡にチャレンジ

   ■ [ 2003. 12. 5 更新 ] 二人目の孫が誕生、今度も男の子でした 

  11月27日、長男のところに男の子が誕生しました。
  予定日は、来年早々だったのですが、およそ一ヶ月、予定  
  を早めての出産でした。
  5日ほどの入院で、元気な二人になって戻ってきました。
  体重は約2600gと、やや少な目ですが、成長には影響
  はないそうです。
  細面で、目がパッチリと二重、口元はキリリ。
  どうも伝え聞く、我が家の系統が色濃い、好い男です。
  名前は「眞」と書いて、「なお」と読ませます。
  私は、この一年で二人の孫をもつ身になりました。
小さい小さい色男 

   ■ [ 2003. 11. 23 更新 ] 「全国犯罪被害者支援フォーラム」で井手会長がシンポジスト 

 「全国犯罪被害者支援フォーラム2003」が22日、 
 東京・霞が関の弁護士会館で開かれました。午後からの
 分科会「被害者の目から見た被害者支援のあり方を考え
 る」に、全国交通事故遺族の会の井手会長がシンポジス
 トとして参加して、交通事故遺族のおかれた立場から、
 捜査情報の早期開示などを訴えました。
被害者支援を訴える井手会長(左端)

   ■ [ 2003. 10. 22 更新 ] 遺族の会 秋の全国大会が開かれました。         10月19日(日)、東京エアシティーターミナル。青森から沖縄まで、およそ140名余の会        員を集めて、全国交通事故遺族の会 全国大会が開催されました。午前中は二木雄作先生の活動        報告など。そして今年新たに参加した新入会員の自己紹介がありました。        午後は6つの会場に分かれての、分科会が行われました。中でも事故から遠くなった会員のため        の「談話室」には20名近い会員が押しかけ大盛況でした。        前日の18日は、恒例となった上野公園でもビラまき。今年のテーマは「交通死者にも人権があ        る」ということで、厳正な交通捜査と、捜査情報の早期公表の実現を訴えました。
命のメッセージ展の出展物を前にした、 「井手会長」の挨拶
場を埋め尽くした会員に、新入会員が 自己紹介

    ■ [ 2003. 9. 8 更新 ] 遺族の会 関西グループの集いに参加 


 9月7日(日)大阪の天満橋、エル大阪で「全国交通事故遺族の会 関西グループの集い」
 が開かれ、本部を代表して本田理事と参加しました。
 この集いは、名古屋以西の会員による地方集会で、当日は名古屋から福岡県までの、およそ
 50名の会員が集まりました。
 午前中、「私の事故および処理体験と、遺族の会」について話す時間をいただきました。
 午後は法律相談を中心に分科会が進められ、裁判関係では、グループ討議に中西先生、個別
 相談に長谷川先生など都合5人の弁護士が参加してくださいました。
 メンタルグループでは、遺族同士の心の支え合いに、みんな元気づけられました。
 閉会後も、参加者は立ち去りがたく話し込む会員が多く見られました。結局帰宅は11時半。 
 疲労は残りましたが、充実した一日でした。
体験談と遺族の会について話す、私
応援に駆けつけてくださった弁護士の紹介

    ■ [ 2003. 9. 2 更新 ] 8月28日、転居しました 

 今年3月から、自宅の工事をしていましたが、ようやく完
 成。8月28日家族で引っ越ししました。
 前の家は、およそ30年前、公団の賃貸住宅から移った初
 めての持家で、子供もそこで生まれ、育ちました。
 そしてしな乃の、悲しい思い出の地でもあります。新居は、 
 同じ日野市内にあり、閑静な住宅地にあります。
 荷解きもまだまだ済んでいませんが、徐々に落ち着いた新
 生活が始まろうとしています。子供夫婦と、いわゆる2所
 帯住宅ということになります。
 息子たち、そしてその孫は、ここで新しい歴史を刻んでい
 くことでしょう。
 
長野から応援に駆けつけてくれた、息子の嫁のご両親、Y夫婦

    ■ [ 2003. 7. 28 更新 ] 信州大鹿村で、妻の転地治療 

 妻は5月に胃潰瘍のため、東京都府中病院に入院(ファイ  
 バースコープでの手術)して以来、拒食症のように食が進
 まず、ガリガリに痩せてしまいました。
 体調が十分に快復しないところへ、仕事からくるストレス
 が溜まったものと考えられます。
 どうしたものかと困り果てていたころ、長野県大鹿村に住
 む遺族の会の会員、Nさんのお誘いにあまえて、1週間ほ
 ど転地治療することになりました。
 大鹿村は南アルプスに抱かれた辺境の地です。しかし溢れ
 んばかりの緑と、温かい人情があります。
 7月19日から27日まで、Nさんたちとの生活、三度三
 度の食事で、わずかずつですが、しかし確実に体力を回復
 して来ました。27日迎えに行ったおり聞いた、妻の元気
 な声に驚かされました。
 秘湯「鹿塩温泉」で、お孫さんを連れたNさんご夫
 婦、と妻(左端)

    ■ [ 2003. 7. 14 更新 ] 遺族の会、拡大理事会を東京事務所で開催 
 
 
 7月13日(日)、遺族の会東京事務所で、全国の地方 
 連絡所の代表者を集めて拡大理事会が開催されました。
 仙台新潟静岡愛知三重大阪山口高知鹿
 児島の9地区から合計10名の代表者が遠路参加され、
 さしもの事務所も熱気でつつまれ、手狭な感じです。
 地区ごとの特性や、それに伴う様々な活動が報告され、
 在京理事も交えて活発な意見交換を行われました。
 また同じ仲間たちの活動が、他の地区にとってのモデル
 や励ましになって、今後ますます地域活動は活発化して
 いくでしょう。

    ■ [ 2003. 6. 10 更新 ] 山中湖とシナノキ(科の木) 


  6月9日、富士五湖のひとつ「山中湖」へ出かけました。この日、九州南部が梅雨入りした  
  とかで、薄曇りの肌寒い一日でした。
  訪れたロッジの周辺には自然の林が残されていて、シナノキの若葉が風にそよいでいます。
  そして、そこで珍しいものを見ました。昨冬、暖房用に保存しておいた薪。
  よく見るとシナノキです。何ヶ月も前に伐りだしたはずの枯れきった木肌から、なんとシナ
  ノキの新芽が、元気に吹き出していました。
  シナノキは「信濃」の語源で、しな乃命名の由来です。人のしな乃は、なぜこうした逞しい
  生命力をもたなかったのでしょうか。ひとしきり流れた涙で、私の心も梅雨入りです。
風邪にそよぐシナノキの若葉
薪から芽吹いたシナノキの新芽

    ■ [ 2003. 6. 3 更新 ] 街角の、小さな交通事故の現場から 

 6月2日、午後2時半頃、京王線の仙川駅前広場の 
 歩行者専用通路を通りかかったとき、人だかりの中
 に若い女子大生のような娘さんが(外傷はありませ
 んが)意識不明状態で倒れていました。
 その傍らで、心配そうに見守る友人らしき二人、駅
 の駐在所のお巡りさんが3人も取り囲んでいました。
 しかし、お巡りさんにも緊張感がなく、なんとなく手持ちぶさたの感。
 救急車が到着したのはそれから15分後でした。
 原因はスピードを出した自転車が接触して倒れたらしいのですが、これも交通事故。
 ノンビリした関係者と、無関心な通行人たち。身の回りに起きた交通事故の典型を
 かい間見た思いです。加害者は逃げてしまったようです。救われないのは、かわい
 そうな娘さんです。

    ■ [ 2003. 5. 13 更新 ] 2003年、遺族の会定期総会が開催されました         5月11日(日)、東京中央区のT−CATで、全国交通事故遺族の会2003年度定期総会が        全国から150名の会員を集めて開かれました。        昨年度の事業報告では、役員ばかりでなく多くの一般会員が、事故の悲惨さを訴えるために様々        な行事に参加したこと、事務所の運営などのボランティアに参加したことなどが報告されました。        今回は役員改選も行われ、新しい気持ちで新年度に踏み出しました。午後は11グループに分か        れての分科会が開かれました。        なお前日の10日(土)は、上野公園で事故防止を訴えた街頭宣伝、そして事務所での懇親会を        行いました。
上野公園で事故防止を訴える母親たち
加害者の非道ぶりを叫ぶ神奈川のHさん夫婦

    ■ [ 2003. 3. 25 更新 ] 安曇野のまだ浅い春を探訪してきました 

 3月23日〜24日、妻と、遺族の会のMさん夫婦で、長野県の安曇野に小旅行  
 を楽しみました。
 暖かな日和に恵まれましが、宿泊先の「泉郷プラザホテル安曇野」の周りはまだ
 一面の雪景色。
 温泉につかって夜の更けるまで子供を失った悲しみを語り合いました。
 翌日は碌山美術館、大王わさび園などを散策、充実の2日間でした。
 碌山美術館でポーズ
わさび園のMさん夫婦

    ■ [ 2003. 2. 15 更新 ] 3月1日、猫のコマチ(小町)逝く 

  14年間家族として暮らした猫の「コマチ」が病死しました。
  コマチは顔に腫瘍が出来たため、昨年末除去手術をしました。
  その効果もなく腫瘍は再発、最後はやせ細っての、可哀想な姿
  でした。
  痛いとも、苦しいとも言うことなく、最後まで猫のプライドを
  保ったままの悲しい別れでした。
  娘が4歳の時にもらわれてきたコマチは、娘が交通事故で死ん 
  だ後は、その代役となって、私たちの心を慰めてくれました。
  あれから10年、結局コマチは、娘よりも長生きしたことにな
  ります。
  今コマチは天国のしな乃に追いつこうと、一所懸命後天を駆け
  ているはずです。

    ■ [ 2003. 2. 24 更新 ] 熱海温泉と、河津桜の伊豆旅行  

  2月22日〜23日の二日間、全国交通事故遺族の会の有志、およそ30名で、早春の
  伊豆旅行に行ってきました。22日の宿泊は、熱海の「水葉亭」で多様な温泉三昧。
  懇親会では遠く、名古屋からの参加者などを交え、楽しい一時を過ごしました。
  「遺された親たち」の著者である佐藤光房先生も参加され、会の創立の頃の話を聞かせ
  ていただきました。
  翌日は、約20名で伊豆の河津まで脚を伸ばしました。河津では「河津桜」という早咲
  きの桜が満開。一足お先のお花見を堪能しました。案内してくれたKさんのご推薦のお
  ソバも最高でした。
  遺族だけのこうした旅行は、日頃の鬱屈した気分を転換させてくれる、大事なイベント  
  です。
10年前を述懐される、佐藤光房先生
河津川沿いの桜並木で、Iさんと

    ■ [ 2003. 2. 2 更新 ] 阿部とも子議員の出版記念パーティーに出席しました 

 1月29日、社民党の衆議院議員、阿部知子さんの新著「痛み  
 癒される社会へ」(ゆみる出版 03-3352-2313 )の発刊記念
 パーティーが、東京四谷で開かれました。
 この本は阿部さんと、池田香代子(「世界がもし100人の村
 だったら」翻訳者)など話題の人との対談集で、阿部さんの小
 児科医として、議員としての姿勢が具体的に書かれた素晴らし
 い本です。
 当日は社民党の土井党首ほか、多くの議員や、日本全国から様
 々な分野で活躍するお医者さんたち、そして阿部さんを支える
 市民サポーターが多数駆けつけ、会場は大盛況でした。

    ■ [ 2003. 1.24 更新 ] 初孫が生まれました 

 1月18日、息子夫婦に初めての子供が産まれました。
 3200グラムの元気な男の子です。
 名前は、二人が前から考えていたようで、「」(ケ
 イ)ちゃんと命名されました。
 私にとっては、初孫ということになります。
 そう考えるせいでもあるのでしょうが、私によく似た、
 見目麗しさです。
 アレアレ、早くも「爺ちゃんボケ」が始まりまってい
 ます。

    ■ [ 2002.12.20 更新 ] 2003年の年賀欠礼状 
 

   九年という歳月を、今日もまた思い返しています。娘が生まれて充実の
  九年、そして突然照明が落ちた舞台のように、暗転した生活。
   もがき苦しんでふとみれば、さらに九年の歳月を重ねていました。
   去年の命日、暴走族だった加害者が焼香に訪れ、彼が人の親になったと
  いう冷酷な事実を、不用意にも聞かせてくれました。
   その夜、タオルを口に押し込んで、どれほどの時間を泣いたことか。
   天の為せる業とはいえ、あまりの不公平さに、私はありったけの悪態を   
  並べて神を呪いました。そして今年の命日、三〇歳になった彼に、以降わ
  が家の敷居を跨がないよう命じました。帰り際、彼が落としていった小さ
  なため息は、どんな言葉の代わりだったのでしょうか。
   やがて潮のように、ジワジワと足もとから満ちてきた虚脱感が、今ちょ
  うど肩の辺りで止まっています。溺れてしまっても構わないのに、この潮
  は決して溺れさせてはくれません。
   サント・ブーヴは、「思い出は、植物に似ている」といいます。九年間
  の思い出は、ジャックの豆の木のように巨大化し、しかも年中美しい花を
  咲かせている不思議さ。それは、娘が生身の人間から、伝説上の人物に替
  わったことの証かも知れません。いま胸を掻きむしるほどに焦がれるもの、
  それは娘の肉声と表情、何よりこの手で触れることができるもの。
   今年もまた、多くの人から慰められました。来る年も、皆さまが健やか
  に過ごされることを、心からお祈りいたします。        敬 具
    二〇〇三年の賀状に代えて

    ■ [ 2002.12.16 更新 ] 恒例の音楽会と、忘年懇親会 

 遺族の会では、毎年恒例のクラシック音楽の鑑賞会と、忘年懇親会を東京港区の和彊館で開き  
 ました。今年はピアノとフルートの演奏で、映画音楽とフルートのための音楽を中心に一時間
 を楽しみました。プログラムの終わりには、中島みゆきの「時代」を合唱して、亡き家族を偲
 びました。
 懇親会では、井手会長のクラリネットなども披露され、和気あいあいの雰囲気で、おしゃべり
 を楽しみました。
 なお、2年ぶりに佐藤光房先生が見えました。すこしスリムになられましたが、お元気そうで
 安心しました。
真剣に音楽を聞き入る、会員たち
今年最後のおしゃべりに夢中

    ■ [ 2002.12.12 更新 ] 「交通事故議連」で、高速道路2人乗りバイクの解禁に反対運動 

 超党派の国会議員、約70名が加入する「交通事故問題を考える
 国会議員の会」の総会が12月11日(水曜日)16:00から、
 衆議院第一議員会館で開かれました。
 参加議員は、代理人参加も含めておよそ30名くらい、ちょっと
 寂しいという感じ。
 総会では、分離信号の長谷智喜さんの講演、「イギリスにおける
 分離信号の実状」などがありました。
 遺族の会では、事故防止WGのメンバーを中心に13人参加し、
 熱心に傍聴しました。
 今国会では、高速道路への2人乗りバイクを解禁しようとする動
 きがありました。
 事故防止と、暴走族の高速道路への侵入を理由に、遺族の会とし
 て「反対」のビラを配布し、むやみに規制緩和をしないよう訴え
 ました。
OHPを使って、イギリスの 分離信号を説明する長谷さん
後ろの席に井手会長

    ■ [ 2002.12. 9 更新 ] 事故防止ワーキングと、打ち上げ会 

 事故防止ワーキンググループ(WG)が12月7日東京事
 務所で開かれました。
 警察庁ほか自動車のメーカーなどへ事故防止を働きかける
 という目標は実現までには至りませんでしたが、遺族なら
 ではの様々な防止策が検討されてきました。
 10月の総会時には、上野公園で事故防止の街頭宣伝活動  
 を行いました。
 WGでは本年の総括と、目標の再確認、新たなテーマの検
 討などがおこなわれました。夜はWGメンバーを中心に、
 「さくら水産」で打ち上げ会を行い、一年間の努力を労り
 合いました。
      写真はWGの風景

    ■ [ 2002.11.11 更新 ] 昇仙峡へ紅葉狩りに。自治会懇親旅行会 

 地域住民自治会の役員の仕事が、8年に一度巡ってきます。
 今年最大の行事は、秋の懇親旅行でした。11月10日(日)、 
 山梨県の昇仙峡へ紅葉狩りのバス旅行に参加しました。参加者は
 36名。昇仙峡はちょうど紅葉の真っ盛りです。真っ赤に色づい
 た渓谷美を堪能しました。
 昼食は勝沼のブドウ園でバーベキュー。そしてメルシャンのワイ
 ン工場を見学して、最後は河口湖の「オルゴール館」へ。
 慌ただしい日程でしたが、天気にも恵まれ、楽しい一日でした。
勝沼のブドウ園で賑やかな昼食

    ■ [ 2002.11. 4 更新 ] 息子の結婚披露宴を、故郷の飯田で 
 
 息子、孝一郎はこの春フランスで二人だけの結婚式を挙げてきました。しかし新妻の実家の 
 強い要望もあって、この2日、故郷飯田で披露宴を開催しました。
  式場はマリエール飯田といい、私の生まれ故郷、鼎町にあります。こんな所での挙式に、何
 かの縁を感じます。
 披露宴は新妻の親戚を中心に大勢のお祝い客に囲まれて、盛大に行われました。
 私の親戚は少人数でしたが、死んだ娘のこともあり、あまり大げさに出来ない事情もあり、
 致し方ないことです。
 それでも幸せそうな息子夫婦を見て、ほっと一息です。これからも仲良くやって欲しいと、
 念ずるばかりです。
盛大な披露宴会場
招待客を若夫婦、見送って

    ■ [ 2002.10.16 更新 ] 遺族の会、秋の大会が開かれました          10月13日(日)全国交通事故遺族の会の秋の大会が開催されました。         山形・宮城から岡山・宮崎県まで、およそ180人の参加者で、広い会場も立ち見席がでる         ほどの盛況ぶりでした。         今回も、新しく入会した会員の自己紹介があり、涙を誘うことしきり。         恒例の講演は、二木雄策先生が「交通死、その後・・」というタイトルで、自らの体験を交         えながら、遺族の直面する賠償問題についてお話いただきました。         午後はグループに分かれての分科会で、メンタルケア・刑事裁判(2)・民事裁判(5)・         遺族の会の運営と、拡大事故防止WGが開かれました。         分科会に協力いただける弁護士が増え、被害者の権利回復が実現しつつあります。         なお、前日の12日(土)は、上野公園で「事故防止」を呼びかける街頭宣伝活動を行い、         夜は遠来の宿泊者を交えて懇親会をもちました。
上野公園で事故防止を呼びかける会員
懇親会の自己紹介は、しんみりと
広い会場狭く見えます
最後に声を詰まらせての、二木先生

    ■ [ 2002. 9.28 更新 ] メンタルの会と、ボランティア懇親会  


  9月26日(木)、全国交通事故遺族の会の東京事務所で、「メンタルの会」と「ボランティア  
  懇親会」が開かれました。
  メンタルの会は、遺族の会でも歴史のあるサークルで、毎月一回、同じ悲しみをもった者どうし
  が、家族の死を語ることによっていやし合う、一種の集団カウンセリングです。
  進行と指導は、武蔵野女子大の木村先生が、毎回あたってくれています。さらに今回は、茨城大
  学の学生Mさんが、被害者の実態を知ろうと、特別聴講されました。
  もう一つは、事務所で電話相談の当番を引き受けている、遺族の会のボランティア会員の懇親会
  です。メンタルの会の参加者と、ボランティアメンバーが重複することが多く、同日に開催され
  ました。電話相談対応の質を均質にするためと、「ご苦労様」の慰労が目的です。
  両会とも、男性陣の参加が少なく、元気な女性陣の圧倒された私は、早々に引き上げました。
大賑わいの「ボランティア懇親会」の昼食時風景
和室で、和やかに膝を接しての「メンタルの会

    ■ [ 2002. 9.17 更新 ] 幻のラーメン三苫軒」、年に一度の開店 

 横浜市に住む三苫さんは、毎年息子さんの命日にラーメン 
 を作って、焼香に訪れる人に振る舞っています。
 真心には全力で応えたいと腕を振るうそのラーメンは、数
 日前から仕込みに入るほどの超本格派です。
 9月16日、遺族の会の仲間たちが集まって、幻のラーメ
 ンを堪能させてもらいました。
 ラーメンは、愛と悲しみの出汁が利いていて、極め付きの
 ご馳走でした。たかがラーメン、されど命のラーメン。
三苫家でのラーメンパーティー

    ■ [ 2002. 8.22 更新 ] 後楽園で野球観戦 


 8月21日、遺族の会会員Tさんらと誘い合わせて、後楽園
 ドームに巨人vs横浜戦を見に行きました。
 内野二階席ということで、迫力はいまいちでしたが、試合の
 方は熱のこもった投手戦の末、延長戦となった10回には、
 巨人の目の覚めるような劇的なサヨナラ勝ちに終わりました。 
 野球観戦など10年ぶりになります。
 かつては、こんな時代もあったんだなあ、との感慨を味わい
 ました。
後楽園球場・ビッグエッグ

    ■ [ 2002. 8.8 更新 ] イタリアに行って来ました 
 7月27日から9日間、勤務先の永年勤続賞としてですが、
 妻と二人でイタリアに旅行しました。
 現地6日間をベネティア・フィレンツチェ・ローマをかく2
 日ずつでまわる、比較的ゆっくりした日程です。
 3都市は、いずれもイタリアの古都で、今も歴史と同居して
 いる所です。
 6つの美術館、2つの博物館をまわり、ルネッサンス絵画を 
 堪能しました。
 また古代ローマの遺跡を半日かけ、ゆっくり散策しました。
 イタリア料理にも大満足。
 終わってみれば、短い「ローマの休日」でした。
ベネティアでゴンドラに乗って
古代遺跡の迫力に呆然自失

    ■ [ 2002. 7.13 更新 ] 遺族の会、拡大理事会が開かれました  
 7月21日(日)、遺族の会東京事務所において拡大理事会が開催
 されました。これは毎月行われる理事会に、地方連絡所の責任者を
 招いて行っているもので、今回は山形・茨城・静岡・名古屋・三重・
 大阪・山口から、各地の責任者たちが遠路をいとわず参加してくれ
 ました。
 参加者からは、各地の様々な活動が報告されるとともに、活動上の
 問題点や、本部に対する各種要望などが出されました。
 また懇親会やミニ旅行など、地方ならではの交流も、それぞれの参
 考になったと思います。
拡大理事会風景

    ■ [ 2002. 7.13 更新 ] 「浜夕」の花          娘の遺品である夥しい絵画類を本にまとめようとしていたとき、この花の絵を見て、てっきり「ウ        バユリ」かと思ってしまいました。その後、この花が「ハマユウ」という優雅な名前の花だと知り        ましたが、時すでに遅し、となってしまいました。        今年の春植えたハマユウが、見事な花をつけました。その清楚な花を見て、私の不明を娘に詫びな        がら、在りし日の姿を偲びます。今年もまた、暑い夏がやってきます。

    ■ [ 2002. 6.10 更新 ] 富士山麓の小旅行  

 6月8日、9日の2日間、山梨県上九一色村にある  
 遺族の会S氏の山荘に、同じく会の仲間6人と小旅
 行をしました。
 この山荘は、息子さんの賠償金を充てて作ったもの
 で、他に子供のいないS氏にとって、ひそかな涙の
 捨て場所です。
 快晴に恵まれて、富士山の雄姿も堪能できました。
 夜は山菜の天ぷらなど、私の料理自慢を披露して、
 遅くまで語り明かしました。
9日、本栖湖から撮った富士山

    ■ [ 2002. 5.19 更新 ] 息子の孝一郎が結婚しました
 相手は同じ勤務先の礼子さんといいます。二人は 
 GWを利用して、ヨーロッパで二人だけの結婚式
 を挙げてきました。
 我が家の新しい一員となった彼女は、奇しくも信
 州は飯田の出身であり、私の高校の後輩でもあり
 ます。
 孝一郎は妹の死という異常時から抜け出し、よう
 やく幸福をつかんでくれました。
 妻は二人の写真を見ながら、サメザメと泣いてい
 ました。新婦の晴れ姿に、しな乃の花嫁姿をダブ
 らせたに違いありません。

    ■ [ 2002. 5.13 更新 ] 遺族の会、平成14年度定例総会が開催されました        5月12日、東京中央区の労働スクエアで、全国交通事故遺族の会平成14年度定例総会が開催されました。        約170名の会員が参加、大盛況でした。定例総会ということで、事業報告・決算が中心でしたが、午後は分        科会になり、私は「会について考える」に参加しました。        その他に「メンタルケア」と「裁判」の分科会がありましたが、特に裁判については、参加者も多く、応援の        弁護士も7名参加という大規模なものでした。なお前日は、上野公園で事故防止を訴える街頭行動、夜は会の        事務所で盛大な懇親会が開かれました。
       
上野公園での街頭宣伝活動
前夜の懇親会風景
会場を埋めたたくさんの参加者
悲しみを訴える遺族たち

    ■ [ 2002. 4.25 更新 ] 情報公開について法務省と懇談会を開きました 
 昨年末に「悪質運転致死傷罪」が刑法の一部に加えられ、はや
 1/3年が過ぎました。
 これまで全国で30件余の法適用(既起訴)があります。
 しかし一向に無くならない悪質運転を見るにつけ、法の効力を
 疑わざるを得ません。
 4月24日、全国交通事故遺族の会の井手会長ほか5名のメン
 バーで、法務省刑事局刑事課、および同総務課の担当者とこの
 問題について懇談会をもちました。
 その場ではまた、被害者にたいする情報公開を強く求めました。
法務省の担当者に、厳しい質問をする会員

    ■ [ 2002. 4. 6 更新 ] 春を追いかけて          冬が行ってみれば、今年は稀にみる暖冬だったようです。桜も例年より2週間も早く、3月中には東京を        駆け抜けて行ってしまいました。        3月の末には、高幡不動の駅にツバメが帰ってきました。4月3日は、気温26度の夏日を記録しました。        あまりの目まぐるしい季節の変化は、何やらこの身が追い立てられるかの気がします。        郊外のお寺で、六地蔵尊を見つけました。地蔵の後ろには、きっと悲しい思いをした「人の親」がいます。        他人に隠れて花を生ける姿が、目に映るようです。
埼玉県和光市 東林寺にて
土手に咲く、草ぼけの花



    ■ [ 2002. 2. 26 更新 ]  遺族の会、有志による韓国旅行 

       2月22日〜24日の3日間、遺族の会有志による韓国旅行が行われました。気温も思っていたほど寒くは
       なく、好天続きでした。
       今回は男女8人の小グループ。それなりに小回りが利いて、アットホームな旅でした。市内見学は昌徳宮や
       骨董品の町、仁寺洞など。それとワールドカップを間近にしたサッカー場の見学。
       なによりのお目当ては韓定食、焼き肉やサムゲタンなどの美味しく豪華な食事。そしてやはり磁器やブラン
       ド物の買い物です。遺族どおしの、ささやかな心の癒し旅行でした。
華麗な昌徳宮、世界遺産です
Wカップサッカー場の美しさ



    ■ [ 2002. 1. 18 更新 ]  自賠責審議会が開かれました  

         1月17日金融庁が入る合同4号庁舎で、第117回自動車損害賠償責任保険審議会が開催されました。
         テーマは来年度の保険料の改訂で、今年とほとんど変わらない料率で決定、答申されることになりました。
         この審議の中で井手会長は、軽微業過の減免化という刑法の改正で、結果として事故が増加するのではない
         か、という危惧を表明しました。そして被害者対策の更なる充実と、運用益などの充当を求める意見を陳べ
         ました。
自賠責審議会の風景、手前は二木先生

     ■ [ 2001.12.25 更新] 今年の年賀欠礼状           一年なんか、ホントにアッて間に過ぎてしまいます。         今年も様々なことがありましたが、私の周りでは何も起こりません。平穏と言えばひびきは良いのですが、         ようは世の流れから遠ざかっているだけのことかも知れません。         年賀状というものに背を向けてきました。親しい人にだけお送りする、年に一度だけの私の泣き声です。


   『鉄道員(ぽっぽや)』という映画は、ご覧になりましたか。映画の中
  でのワンシーン。高倉健扮する主人公の“乙松”が振り返ると、そこには
  駅長帽を被った“雪子”役の広末涼子が直立敬礼しています。笑顔で。
   浅田次朗の原作にはなかった、映画ならではのクライマックスです。
   この雪子とは、幼くして死んだ乙松の娘です。明朝死にゆく父親の前に、  
  十七歳に長じた姿を現わした、すなわち幽霊ということになります。
   我が家の娘も、雪子と同じ年齢を重ねました。いえ、健やかに成長して
  いればの、またまた詮無い愚痴話です。
   人生の激動期、華々しい舞台に登場した少年がいた一方、実習船えひめ
  丸のような凄惨な事故や、犯罪の場に遭遇した少年もいます。
   巣立ちを前にしての娘。その瞳は何を語り、その言の葉は誰の心を動か
  すのでしょうか。やがて羽ばたく先は、何色の宙なのでしょうか。
   巷では「死ぬよりも、死なれる方が辛い」と言います。私も、そう思っ
  ていました。今はこの独りよがり・傲慢さに恥じ入るばかりです。
   人生で、もっとも煌びやかな季節を共にすることがなかった娘こそが、
  やはり一番不憫なのです。ジャニス・イアンは『十七歳の頃』という曲の
  中で、「恋人の優しさだって、わたしは知らなかったの」と歌います。
   成長を止められてしまった娘は、「パパのお嫁さんになる」なんて、今
  もまだ、そんな悲しいことを言うのでしょうか。
   今年一年いただいた、ご厚情に心から感謝いたします。

    二〇〇一年の瀬に
                                 敬具




     ■ [ 2001.12.3 更新 ]  遺族の会、忘年懇親会開かれる 

         12月2日(日)東京高輪の和彊館で、全国交通事故遺族の会の忘年懇親会が開かれました。遠く宮崎県などか
         らおよそ70名の会員が集まりました。
         冒頭はこれも恒例の「クラシック音楽の集い」で、今回は西田幹さんの「ベーストロンボーン」が主役という珍
         しい音楽会でした。トロンボーンの切ない響きと、ピアソラのタンゴが絶妙な雰囲気を醸し出してくれました。
         そのあと食事会に移り、和やかな中、光陰の流れの早さを語り合いました。
         スピーチでは、鈴木共子さんから悪質交通事犯の罰則強化についての報告などもありました。この懇親会をもっ
         て、今年の行事はお終いです。今月の花は、師走の霜の中にも咲く「ネリネ」の花です。
 トロンボーンの音色に聞き入る会員 



    ■ [ 2001.11.20 更新] 犯罪被害者フォーラムで、交通事故遺族として講演しました。 
 11月19日(月)、東京都千代田区の「グランドアーク半蔵門」
 富士の間で、第6回犯罪被害者支援フォーラムが約300人の参
 加者を集めて開かれました。
 この会は、(財)犯罪被害者救援基金・日本被害者学会・全国被
 害者支援ネットワークが協賛しての「犯罪被害給付金制度発足2
 0周年記念事業実行委員会」が行ったものです。
 午後の部の冒頭、同委員会より被害者救援の功労者として、井手
 会長が記念すべき第一号で表彰されました。
 表彰式は、救援基金の那須 翔代表より、表彰状と記念品が会長
 に手渡されました。
 そのあと、私が交通事故被害者・遺族の声として、ショートタイ
 ムの講演をしました。この中では、自助団体のネットワークこそ、
 被害者救援の最有力事業として、その促進を訴え、またボランテ
 ィアの限界について触れて、会場などの支援をお願いしました。
 講演中の私です。後方は司会役 
 の大久保さん
      「安全」も改革、犯罪被害者フォーラムに首相出席        犯罪被害者に対する支援の現状と今後のあり方を考える「犯罪被害者支援フォーラム」が19日、東京都内        で開かれ、国の犯罪被害者給付金制度の発足20年周年を記念して、来賓として小泉首相が出席した。        犯罪被害者関連の会合に、政府のトップが姿を見せるのは異例で、小泉首相は「犯罪によって家族を失った        人や、いわれのない被害を受けて泣いている人たちを社会全体で支える仕組みの構築が必要。        私は構造改革の1つとして、人をいたわり、安全で安心に暮らせる社会の実現を目指しています」とあいさ        つした。        同フォーラムは今年で6回目。午後からは、今年6月の大阪教育大付属池田小事件で犠牲になった児童の父        親や、暴走族絡みの交通事故で娘を亡くした父親(私のことです)、それに父親を殺人事件で失った女性の        3人が、それぞれの気持ちを訴える。        また、欧米より20年は遅れているとされる我が国の制度や民間による支援体制について「全国犯罪被害者        の会」代表幹事の岡村勲弁護士や、「被害者サポートセンターあいち」会長の蔭山英順・名大教授らがパネ        ルディスカッションを行う。                                              (11月19日読売新聞夕刊より)
    ■ [ 2001.11. 7 更新 ] 井手会長、衆院法務委員会で厳罰化について参考人意見陳述  

 11月7日、衆議院法務委員会(保利委員長)で交通事故
 加害者の処罰強化にともなう刑法の改正について、全国交
 通事故遺族の会の井手会長が参考人意見陳述を行いました。
 今回の改正では、悪質運転には厳罰化がなされるようにな
 ったものの、軽い事故については「刑の裁量的免除」が加
 えられました。
 井手会長の意見は、この減免化に集約された形になりまし
 たが、質問に立った議員の多くは、冷ややかな反応であっ
 たように感じられます。

  国会で意見陳述する井手会長。後ろの随行者が私です。

    ■ [ 2001.10.27 更新 ] 罰則強化刑法改正、衆議院審議入り 


 尊い命の犠牲と、37万人にもおよぶ世論の後押しにより、悪質運転  
 の交通事故加害者処罰を強化するための法律が、政府提出案として衆
 議院法務委員会で審議されます。
 交通事犯の処罰の軽過ぎは、私たち遺族の気持ちを逆撫でするばかり
 か、交通事故の削減になんの効果もありません。今回の改正では、一
 方において悪質運転を処罰しながら、軽微な事故の加害者の罪を赦免
 しようという形になっています。
 この裏側をみてみると、交通事故の処理を減らそうとする法務行政の
 下心が見え見えです。
 10月24日、多くの遺族の協力を得て、国会議員への陳情を行いま
 した。また同日法務省刑事局三浦課長より、同法案の趣旨説明があり
 意見交換を行いました。
 25日は、民主党のネクスト・キャビネット 法務部門会議に招かれ
 て、井手会長・大木さんと、法案の修正について意見を陳べました。
 
 写真は、10月24日、法務省 
 で行われた刑事法制課長より、
 刑法改正案の説明を受ける会員

    ■ [ 2001.10.15 更新 ] 遺族の会の大会が開催されました           秋晴れの10月14日(日)、全国交通事故遺族の会、2001年秋の大会が、東京文京区のシビック          センターで開催されました。山形から鹿児島まで約100名を越える会員が集まりました。          午前中は全体討論会として、現在立法化に向けて国会で審議されている、悪質な交通事故加害者への処          罰の強化ばかりではなく、軽微な業務上過失犯にも厳しい処罰を科すよう求める決議文を採択しました。          残る時間は、会員の自由発言ということで、様々な人が、様々な立場と活動ぶりを披露しました。          とくに今回の大会で印象的だったことは、若い会員の参加が増えたことでしょう。          これは老人や小さな子供が犠牲者になっていることを意味しています。交通弱者すら守れないまま、今          日本はテロ撲滅の国際協力という名を借りて、海外出兵を押し進めようとしています。          なお、大会に先立つ13日(土)は、上野公園で上記趣旨の署名運動を行い、およそ30名の会員が処          罰の強化を訴えました。また夕方からは、全国からの宿泊者を交えて懇親会が事務所で開かれました。          大鍋に煮られたオデンの他、会員の手作りの料理やお土産がテーブルに並んで、夜遅くまで歓談が続き          ました。
 上野公園の署名運動でマイクを 
 握る私です
 大会で軽微業過の厳罰化を訴え 
 る大木さん

■ [ 2001.10.10 更新 ] 遺族の会の小旅行は、辰野の「茅葺きの里
  
  好天に恵まれた10月6〜7日、全国交通事故遺族の会の有志によ
  る小旅行が開催されました。
  今回は長野県の中央部、諏訪湖から流れ出た天竜川のほとりにある    
  辰野町の茅葺きの里です。男性3名、女性6名の小さなグループで
  したが、小さいなり小回りの利いたアットホームな旅でした。
  初日は付近の山でキノコ狩りや栗拾いに昔に返って大はしゃぎ。
  夜は松茸たっぷりの会席料理に舌鼓。
  翌日の昼は、蕎麦打ち体験と能の鑑賞など、盛りだくさんの内容で
  した。

    写真は松茸料理に舌鼓を打つメンバーと、蕎麦うち教室の風景

■ [ 2001. 9.10 更新 ] 遺族の会「関西グループの集い」が開かれました 
 
 9月9日、大阪府立労働センター(エル大阪)で全国交通事故遺  
 族の会、関西グループの会が開催されました。
 大阪・兵庫・京都・奈良など近畿圏のはか、三重県などからも会
 員が集まりました。大阪府立こころの健康総合センターの精神科
 医、岡田清先生のPTSDに関する講演、弁護士の金子利夫先生
 の法律相談が行われました。相談会の間には「メンタル」と「裁
 判」の分科会も併行して行われ、有意義な一日でした。
 会員の話から、いつもながら感じさせられるのは、心ない加害者
 の多さと、その全てが被害者にしわ寄せされている現実です。


 写真上は、講演中の金子弁護士
 写真下は、岡田先生を囲んだメンタルの会




        ■ [ 2001. 9. 1 更新 ]  8年目の涙、新たに  
 
 
 
 
 今年も、あの忌まわしい9月1日が巡ってきました。9月1日は関東大震災があった日で、世間では  
 「防災の日」と言われています。あの日、娘、しな乃が死んで8年が経ちます。我が家の止まったま
 まの時計は一向に動き出そうとはしません。
 8月30日、仕事の都合で箱根に行きました。暑かった夏も嘘のように涼しいなか、山アジサイの花
 を見て、森にかえった娘を思い出すことしきりです。写真は娘と登った箱根外輪山の「明星ケ岳

■ [ 2001.8. 6 更新 ] 8月4日 朝日新聞「天声人語」 
        松本祐人くん(6)、安助晃一くん(9)、金井修平くん(9)、藤本麻奈未さん(7)。青信         号で横断中に車にひかれて亡くなった子どもたちだ。遺族の手記が『子どもの命を守る分離信号』         (生活思想社)に紹介されている。         この本を著した長谷智喜さんの長男元喜くんも、自宅近くの東京・八王子の交差点で同じように         11歳の命を奪われた。         分離信号とは、交差点の歩行者信号が青のとき、横断歩道へ車を入れないようにする信号のこと         をいう。たとえば、車用の信号がすべて赤になり、歩行者が縦、横、斜めどちらへでも渡れるス         クランブル方式がそうだ。         ほかにも、歩行者用が青のときには車の右左折を禁止する、などの方法がある。全国約15万の         信号つき交差点がある。うち分離式は1200程度に過ぎない。         車の流れが悪くなる、と敬遠されているのだ。「信号の待ち時間が長くなり信号無視を誘発する         のでは」という心配も警察はしている。警察庁が管轄する財団法人・日本交通管理技術協会は昨         秋、横断歩行者の安全確保の研究に着手、6月に報告書を出した。分離信号を「有力な手法」と         位置づけ、積極的に導入するための課題をまとめた。         元喜くんの死から9年でようやくここまで来た。長谷さんは、「普及を阻害する本当の問題は、         渋滞などではなく、車優先でむしばまれた担当官や私たちの心ではないか」と振り返る。         毎年、500人の歩行者が信号のある交差点の事故で死亡する。負傷者は1万6千人を突破した。         そのうち、何の落ち度もない人が7割を超える。


        ■ [ 2001.7.25 更新 ] 軽井沢の姥百合 
 7月の上旬から、連日真夏日が続いています。東京はこのところ 
 毎日35℃以上の猛暑です。
 25日、仕事の都合で軽井沢に行って来ました。さすがに避暑地
 だけあって、木陰にはいるとその涼しさが体感できます。
 林の中にウバユリの大きな花房を見つけました。娘の遺作にもあ
 る百合です。
 この22日、遺族の会の理事会が開かれました。10月の総会が
 10月14日に決まりました。
 また秋の行楽旅行などが決まりました。



    ■ [ 2001.7.7 更新 ] オカトラノオと木いちご 

        7月の声を聞くと、梅雨を忘れたかのような猛暑が始まりました。連日の猛暑のなか、仕事の都合で、
        栃木県の粟野町というところに出かけました。ここまで来ると、気温も幾分和らいでくれます。
        峠道に「岡虎の尾」と「木莓」を見つけました。いずれも、秋の訪れを予感させてくれるものです。
        岡虎の尾は娘の遺画にもあります。木莓は、娘と奪い合って食べた思い出が、鮮烈に残っています。



        ■  [ 2001.6.6 更新 ] 井手会長自賠責問題国会で語る  

            自賠責保険制度の見直しが、衆議院で審議されています。6月5日(火)、衆議院「国土交通委員会」
               において、遺族の会の井手会長は参考人として意見を陳べました。自賠責保険の見直しは、「被害者保
        護の方向が整備された後」という確認が反故になったこと。さらには、今後の運用について、運用益の
        確保とチェック機関について適正な運営を求めました。
        その他の参考人は、自賠責審議会の倉沢会長など。質疑には、共産党の瀬古由紀子議員や、社民党の日
        森文尋議員、21クラブの森田健作議員たちが立ち、被害者に理解を示されました。
        (関連記事、井手会長の意見全文は自賠責のページに掲載しています



    ■  [ 2001.5.24 更新 ] 井手会長衆議院内閣委員会で参考人陳述  


        5月23日行われた内閣委員会で井手会長は、審議中の「道路交通法改正」についての意見陳述を
        行いました。
        参考人は井手会長のほか、日大名誉教授の長江啓泰さんと、日本てんかん協会の福井典子常務理事
        の3人です。
        井手会長は免許更新の期間延長に反対、更新時の講習強化などのほか、今回改正の目玉である欠格
        運転者への範囲拡大について、被害者の立場から、原則としての反対意見を陳述しました。
        これは障害者への人権や、利便性の機会拡大に反対するのではなく、セーフティーネットなどの条
        件整備を行政に訴えたものです。また、
        交通事犯の量刑問題など、従来からのテーマもこの場を借りて強く主張しました。参考人にたいす
        る質疑には、民主党の井上和雄議員らが立ち、被害者の実状に耳を貸してくれました。

  
陳述中の井手会長と、後ろは横路委員長



    ■ [ 2001.5.16 更新 ] ミツバチがくれた贈り物 


        5月6日のこの欄で、ミツバチの分蜂の話題を載せました。女王蜂が巣を出てからおよそ2週間、
        引き連れる働き蜂が揃うのを待っていたのでしょうか。その蜂玉は最初の頃の4倍くらいまで成長
        しました。
        この群が飛び立った後に、妙なものを見つけました。密ロウで作った蜂蜜の貯蔵巣です。
        手のひらほどのドラ焼きのような巣の中には、たっぷりの密が充満しています。蜂からの贈り物は、
        とても新鮮で甘い蜜。とっても美味しかったことは、言うまでもありません。





     ■ [ 2001.5.14 更新 ] 全国交通事故遺族の会、定期総会開催 

        5月13日東京港区の労働スクエアで、平成13年度の定期総会が全国から130人の会員を集め
        て開催されました。
        定期総会では、12年度の事業ならびに決算報告がされ、承認されました。また13年度の事業計
        画では、21世紀への飛躍ということで、会員が満足感の得られる会にするべく、積極的な活動計
        画が発表されました。
        また今年は役員の改選が行われ、新しく若い役員が加わり、パワーのある陣容で出発することにな
        りました。
        特別講演では毎日新聞の江差記者から「交通事故をなくすために」行われ、被害者に心強い理解者
        がマスコミにあることを実感しました。
        なお前日の12日は、渋谷駅前で街頭宣伝活動を行い、多くの市民から声援を送られました。








渋谷駅前での街頭宣伝でマ イクを握る私の勇姿(?)
毎日新聞、江差記者の講演
活発な分科会で意見を交わ す会員たち

    ■ [ 2001.5.6 更新 ] 日本ミツバチの分蜂とアイラトビカズラ           今年のゴールデンウィークも、何ら成すことなく終わってしまいました。わが家のベランダの床下         に数年前から日本ミツバチが巣を作っています。         蜂の数から想像すると相当大きな巣が出来ているようです。妻は死んだ娘が喜ぶからと、駆除する         ことを許さないため、嬉しい反面、羽音などで煩わしいこの頃です。         今日この群から、新しい女王蜂が分蜂を始めました。軒先に大きな蜂の群がぶら下がっています。         間もなく、群を率いてどこかに旅だって行くでしょう。         新聞に珍しい記事が出ていました。アイラトビカズラという蔓科の植物が、長崎県佐世保市の時計         (とこい)島で見つかったとのことです。国の特別天然記念物で国内では唯一、熊本県菊鹿町にし         か植生していないとされてきたそうです。時計島の調査に加わった長崎大学の中西弘樹教授(植物         生態学)は「数十万年前に九州に広く分布し、絶滅したとみられるアイラトビカズラの生き残りで         はないか。学術的にも大きな発見だ」と意義を強調しています。

    

    
分峰のため、軒先に固まった蜂の群
珍しいアイラトビカズラ




    ■  [ 2001.5.1 更新 ] キビタキ(黄鶲)とキエビネ(黄海老根) 

        春は黄色の美しい季節です。菜の花・タンポポ・山吹等など。私の勤務する会社の支店が立川にあ
        ります。この数年急速に都市化した多摩の中心都市です。
        その支社の玄関ガラスにキビタキが衝突、脳しんとうを起こして保護されました。やがて気を取り
        直して、元気に空に帰っていったそうです。同僚が送ってくれた珍しい小鳥の写真です。
        もうひとつの黄色、それはキエビネです。我が家の庭に植えてから約20年。毎年のように可憐な
        花を見せてくれます。でも増えて来ることのない、慎ましい植物です。
        この花が咲くと、初夏が訪れます。暦は5月になりました。
  
   
  
   
背広の上で目を覚ましたキビタキ
可憐な黄エビネ



    ■ [ 2001.4.28 更新 ] 平成13年度遺族の会定例総会の予定 

        平成13年度全国交通事故遺族の会定例総会が、5月13日、都内中央区の労働スクエアで開催さ
        れます。
        21世紀になって初めての総会です。今年は役員の改訂年度であり、新しく強力な役員が選出され
        ます。
        今回の講演会は、毎日新聞の江差記者が「交通事故を無くすために」よいうテーマのお話をしてい
        ただきます。午後は、恒例の分科会です。
        なお、前日の12日は、渋谷駅の忠犬ハチ公の前で、交通事故撲滅と、交通事犯の量刑の引き上げ
        を求めて、街頭宣伝活動を行います。そして、夜は宿泊者を交えた懇親会が予定されています。
        この総会にご参加を希望される方がおりましたら、私宛にメールをください。
        原則として遺族が対象ですが、交通事故を無くそうと考えられている方は、歓迎させていただきま
        す。

                     【 街頭宣伝活動 】で配布するビラです



   ■ [ 2001.4.24 更新] 東京 中央警察署でPTSD問題の講演会        4月23日(月)、午後1時半から、中央区警察署の会議室において開催された「中央警察       署犯罪戯被害者支援ネットワーク」において、妻・二美子が「被害者の痛み」と題した講演       を行いました。       これは中央署の幹部と、同区被害者支援ネットワークが開催したものです。       警察署の幹部の他、市民側からは弁護士や医者・カウンセラーなどが参加しています。今回       は全員で約50名の参加者がありました。

 妻は娘しな乃の事故死のもようから、その後
 PTSD患者としてどのような生活をおくっ
 てきたか語りました。
 また警察官や医者の不用意な言葉が、患者を
 どのように苦しめているかの実例を挙げ、今
 後の支援運動に大いに有益だったと思います。  .
   警察署の幹部を前に講演する妻

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