

利尻富士 「母さん遅いねえ。私、もう一時間も昼寝していたん だよ」。利尻岳の山頂で、娘は生意気な口を利いた。 夫と一緒に山に行くと、大抵この調子で、夫は先に 登って山頂で寝ころんでいる。 海抜ゼロメートルから1800メートル強の山頂まで はきつい。 女二人の冒険であった。登山道入口で、日本百名水の ひとつと言われる甘露泉の水を水筒に詰めて、利尻島 の最高部を目指して歩き始めた。 快晴。昨日島巡りをした礼文島が向こうに望める。 スカシユリの傍で、頬杖をついて得意げの顔をした娘 の写真を撮った。 花気違いの娘は、次々と出現する高山植物の花を見て 歩くのに夢中だった。 レブンアツモリ草は見ること能わず。利尻岳は、長官 小屋までは花もない。 針葉樹林帯を抜け、落葉灌木の間を、ひた上りに登っ た。小屋の前での娘の写真は、童女のようにあどけな く写っている。そこからが本格的な登りだった。 笹原がえぐれてVの字の溝となった道を、足を傷めぬ ように注意して歩く。 やがて尾根にでると、頂上は目の前に屹立している。 急勾配とガレ地に足を取られている私を後目に、娘は 身軽に登っていく。 それでも花はいちいち立ち止まって見ている。小一時 間遅れて到着の私を、娘は保護者ぶって迎えたのだ。 娘と登る予定だった山は、本州・九州にまだ十数山残 っている。 今や永久に残ったままだ。 | 泣かない子 人が一生に流す涙の量は決まっているという。 私はほとんど泣かない子であった。悔しくて泣くのが 精々で、他は大抵の場合堪えた。 気の強い子、強情な子で通っていた。多分、優しさが 足りなかったのだ。 自分のためになんぞ、泣ける筈がない。 本を読むようになってからは、非情で過酷な運命に生 きる人、死に追い込まれる人への涙は、流した。 しかし総じて、涙の少ない少女時代だった。 もっとたっぷりと泣いて、一生分の涙の全てを、小さ い頃に流してしまっておけばよかった。そう思う。 頑固で強情で、やるといったら最後まで音を上げず、 泣き言も言わずやってしまう人間は、むしろ悲しい。 「知・情・意、共に優れているが、時に知・意が強くな る」。小学校六年の担任が、通知表に書いた言葉だ。 「やっぱりおまえは優しさが足りないんだね」。母が ため息じりに、ポツンと言った。 だから妙に覚えている。勉強ばかりさせた技楽面のよ うな顔をした教師だった。 どうして小さい頃、持った涙を使い果たしてしまわな かったのか。 悔やんでも詮無いが、悔やまれてならない。 今夜もひどく泣いた。 一昨夜も、身を震わせて泣いた。 泣いたところで、二度と会えぬ娘故、いや二度と娘の 目を見、声を聞くことが絶対にあり得ぬからこそ、消耗 するまで、泣くのだ。 泣くだけのひ日々。 |
花盗人 草や花が好きだった。物心ついた頃から好きだった。 殊に清楚な野草に心惹かれる。草や花を見ることで、 生の喜びが実感できる。生きているって、素敵だと。 冬のお茶の花・赤まんまの群落・春田の畦の、サギ ゴケ・ジシバリ・スカンポ・ギシギシ。 ゲンゲ畑のうっとりする甘い蜜の香りと、土と雑草 の泥臭さ。 梅雨の頃、所在なさに眺めた垣根のヤブカラシ。 高尾山で発見したシャガの大群落。友達の家に遊び に行っては、よく草花を無心した。根を分けてもらっ てきては、小さな庭に植える。世話をする。 ヤグルマギクの種を蒔いた。向日葵も育てた。 土をいじって遊んでいた私を見て、「女の植木屋に なれるんじゃないの」と母が言った。 土のむせ返る香り、その立ち昇る香りが好きだ。 移植ゴテでサクッと掘り返すたびに、新しい土の香り が胸一杯に広がる。 野草の標本も作った。が、名前が分からない。 私の手元には図鑑がなかった。理科の先生に聞いて も知らない、と言えわれた。 大人になってから夢中になって草花の名前を覚えた。 ひとつ覚えると、十の幸せが得られた。世界がいっ ぺんに拡がった気がした。 娘を育てた頃は、ほとんどの名を教えてやることが できた。 娘は花博士と呼ばれた。私以上に花や草に夢中にな った。どこに何が咲いているかもよく知っていた。可 愛い野草を何時も摘んで来た。 「草って、とてもいい匂い」。娘の遺した言葉。 | 紙魚 立川の駅ビルに大きな書店が入っている。 よく二人でそこに行った。自転車で。私は自分が読み たい本のコーナーへ。娘は児童本のコーナーへ。 一時間ぐらいは、すぐに過ぎてしまう。 何冊か本が選べると、私は娘が居そうなところを探して 回る。 大抵娘は立ち読みをしている腕に何冊も抱えながら。 買って、手元においた方がよい本か、どうかをみる。 何度も読み返す価値があるかどうかをみて、「これは図 書館で借りれば」、などとアドバイスする。 買いたての本の袋をそれぞれに提げて、フルーツパー ラーに寄る。アイスクリームを嘗めながら、娘はもう一 冊目を読み終えてしまう。 「母さん、この本の・・・」すぐに興奮して私に喋り 始める。 私は自分の本を読みさして、娘の話を聞く。 生き生きと登場人物の性格や、事件の粗筋を語ってい る娘の顔を、肯きながら見つめている。 これも至福の日々の一こま。娘の目は輝き、頬がポー と上気して、私はうっとりと娘の声に聞き惚れる。 彼女の薦めてくれた本で、つまらなかった本は一冊も 無い。 五歳の頃には、子供用文庫本を自在に読んでいた。 娘の頭の中には、楽しく、悲しく、怪しい話が沢山詰 まっていた。 「母さんへ、日野市図書館から電話があり、頼んでお いた本が入りましたから、どうぞとのことです。よろし く。しな乃」。これが娘が私に遺した、最期のメモだ。 |