悪質運転の厳罰化へ、刑法改正される
神奈川の鈴木さん・千葉の井上さんの子供たち。その掛け替えのない尊い命の犠牲と、38万人にもおよぶ
署名という世論の後押しにより、悪質運転による事故加害者への処罰を強化するための法律が、政府提出案
として今国会に諮られました。
交通事犯の処罰の軽過ぎは、すべて業務上過失罪という、刑法の出自にあることは言うまでもありません。
車がまだほとんど無い時代に出来た法律で、元々が交通事故を処罰するために作られたものではないことが
最大の問題です。「交通事故は起こそうとして起きたものものではない」という考え方が行政の根本にあり
ます。しかし道路交通法が指し示す法律を守って慎重に運転すれば、おおかたの事故は防ぐことができます。
逆を言えば、道交法という法律を守らなかったが故に、事故を起こしたとも考えられるのです。
中でも飲酒や無免許、さらに暴走行為など、確信的に犯意をもって行った法律違反、および結果としてもた
らされた事故は、一般の事故と明確に区別されなければならないと考えます。
処罰が厳しく行われないため、私たち遺族の気持ちは癒されることがありません。かたや加害者は反省のチ
ャンスを奪われて、再犯・累犯を重ねることになり、すなわち交通事故の撲滅・削減になんの効果もないこ
とになります。
今回の刑法の一部改正案は、この悪質運転を傷害や殺人などの凶悪犯罪のカテゴリー(208条)に納め、
悪質交通事犯はまさに犯罪的であることを天下に認めた形になっています。この点では大きく評価したいと
思います。
さて、悪質運転致死傷罪と認定されるものは、飲酒・薬物の飲用、制御できない高速運転、割り込みや幅寄
せなどの運転妨害と、意図的な信号無視だけに限定されています。
私たちのセンスとしては、当然加えられて然るべき無免許・ひき逃げ・暴走行為などが含まれていないこと
がちょっと残念なところです。
無車検・無保険で走り回る車もまた悪質です。また弱者を保護するという行政の究極的目的から考えれば、
真っ先に悪質運転に挙げられるべき、区分された歩道や横断歩道上での事故など、肝心のことが抜け落ちて
いるような気がします。
ところで今回の刑法改正案には思わぬ付録がついています。すなわち、「負傷の程度が軽い事故は、検事の
裁量によって処罰を免除できる」とした項目が、従来の業務上過失のカテゴリー(211条)に追加された
のです。法務省はこの趣旨として、「検事の裁量に任されていた起訴権に、法的な判断基準を設けるのため」
であると説明しています。実際問題として、すでに検事の裁量権とやらによって、起訴率は11%台まで低
落している事実があります。
つまりこんな基準があろうが無かろうが、軽い事故はほとんど起訴猶予という、実質的に無罪扱いされてい
ます。そんなところから本改正の真の狙いは別のところに、すなわち事故処理の減量化にあるのではないか
と疑わざるを得ないのです。
当の法務省が作成した国会議員向けのPRペーパーにも、はっきりと「捜査に関する事務処理の効率化」を
法制定のメリットとして謳っています。負傷事故のうち、最も軽い、底辺の罪を免除すれば、刑事処分の全
体的地盤沈下は避けられないと思います。
警察官の事故捜査意欲を著しくそぎ、結果として、被害者の不利益に直結することも考えられます。
10月14日、全国交通事故遺族の会秋の全国大会では、全体会議のテーマとしてこの問題を取り上げまし
た。そしてより完璧な法律づくりを求めて、大会決議文を採択しました。
その翌週から数次にわたり、井手会長自らが陣頭指揮に立って国会などへ陳情活動を繰り広げました。10
月24日は、一般の会員からも応援を得て、衆・参議院の全法務委員にたいし陳情のローラー作戦を行いま
した。25日は、民主党のネクスト・キャビネット法務部門会議(江田五月議長)の会合に招かれて、井手
会長の他、が法案の修正を求める意見を陳べました。
11月9日、同案は衆議院法務委員会で採択されました。こんな私たちの声が届いたのでしょうか、採択に
は下記付帯決議がついています。この案が提出されて以来、私たちの主張してきたことの多くが、この決議
には含まれていました。
法務委員会の採決を受けで、同日衆議院本会議で、同法案は採決可決され、参議院に送られました。
第2ラウンドとなった参議院では、27日の法務委員会で、被害者であり法改正の提唱者として井上郁美さ
んが参考人としての陳述を行いました。
そして28日の本会議で、この法案は全会一致採択されました。衆議院での付帯決議は、さらに充実した形
で追認されましたので全文を掲載します。
【 附帯決議文全文 】
政府は、本法の施行に当たり、次の事項について格段の配慮をすべきである。
1、危険運転致死傷罪の創設が、悪質・危険な運転を行った者に対する罰則強化であることにかんがみ、そ
の運用に当たっては、濫用されることのないよう留意するとともに、同罪に該当しない交通事犯一般に
ついても事案の悪質性、危険性等の情状に応じた適切な処断が行われるよう努めること。
2、本法が四輪以上の自動車の運転者に対象を限定していることについては、自動二輪車による事故の実態
を踏まえて、その運転者をも本法の対象とする必要性につき引き続き検討すること。
3、刑の裁量的免除規定については、事件の取扱いに際し、被害者の感情に適切な配慮を払うとともに、軽
傷事犯についても適正な捜査の遂行に遺憾なきを期すること。
4、交通事犯の被害者等に対する情報提供、精神的ケアなど被害者保護策について更なる充実に努めること。
5、悪質・危険な運転行為を行った者について、運転免許にかかる欠格期間の在り方等を含め更に幅広く検
討を進めること。
6、飲酒運転等の悪質・危険な運転が引き起こす結果の重大さ、悲惨さにかんがみ、これらの運転が許され
ないことについて国民の意識の一層の向上を図り、事故の未然防止に努めること。
7、本改正と併せて交通事故防止対策の観点から、道路交通環境の整備、交通安全教育の徹底等交通安全施
策を一層強力に推進すること。
今回の刑法改正については、やや私たちの認識とはズレを残していますが、市民、いや被害者の声が届いた
画期的な事例として諸手を挙げて歓迎したいと思います。
ところで刑法改正が果たされたから、これでお終いということはありません。
むしろこれからが本番かも知れません。この法案が厳格に守られ、処罰の強化が、交通事故の減少や被害者
の救済に繋がるものにならなければ本物ではありません。
また軽微業過の減免措置が、起訴率のさらなる低下に導かれ、交通事故の無処罰化にならないように、私た
ちは今後とも注視していきたいと思っています。 |
■ 悪質交通事故厳罰化へ 刑法改正案が可決、成立
悪質な交通犯罪の刑を重くする刑法改正案が、28日の参院本会議で全会一致で可決、成立した。新たに「危険運転致死
傷罪」が設けられ、たとえば酒や薬物を飲んで車を運転して人を死なせた場合は、1年以上の有期懲役(最高15年)が
科される。現在の業務上過失致死傷罪の法定刑(懲役5年以下)に比べ大幅な厳罰化で、年内に施行される。
6月には道路交通法の悪質運転に関する法定刑も引き上げられており、運転者に一層の自戒を求めるものとなった。
今回の刑法改正は、人の生命や身体に被害が出た場合が対象となる。交通事故を一律に「過失犯」として処理してきたの
を改め、酒酔い運転や著しいスピード違反を「故意による行為」ととらえ直し、暴行や傷害と同種の罪に位置づけた。
一方で、制裁にメリハリをつける狙いから、けがの程度が軽いときは「情状で刑を免除できる」との規定も盛り込んだ。
6月の道路交通法改正では、結果のいかんにかかわらず、酒に酔って車を運転するなどの行為そのものの法定刑が引き上
げられた。
来年6月までに施行される。警察庁はさらに、危険運転で死亡事故を起こした運転手の行政処分を厳しくすることも検討。
現行の免許停止処分を免許取り消し処分に変更し、5年間は再取得できないようにする案が浮上している。
一連の厳罰化のきっかけとなったのは「今の法律では、加害者への制裁が軽すぎる」と訴えた被害者の遺族らの署名運動
だった。業務上過失致死傷罪は重大な交通事故が相次いだことを背景に、68年に最高刑が禁固3年から懲役5年に引き
上げられたが、その後の見直しはなかった。(11月28日 朝日新聞)
■ [ 2000.07.16 更新 ] 悪質な交通犯罪は殺人に相当
2000年7月13日(木曜日)
朝日新聞「
論壇」より
高木光徳(たかぎ みつのり)元検察官
悪質な交通犯罪についての判決が相次いでいる。いずれも、刑法211条の業務上過失致死罪を適用したが、
被害者の遺族のみならず広く国民の間で量刑が軽すぎるとの批判が高まっている。
私は1962年に検事事務官から副検事になり、86年に定年退職するまでの間、大半を東京や横浜の地方
・区検察庁で交通事犯を担当した。その経験から、この問題について意見を述べたい。
東京世田谷区の東名高速道路で酒酔い運転の大型トラックが乗用車に追突、幼児2人が死亡した事件では、
東京地裁が6月8日、求刑の懲役5年に対して被告に懲役4年の判決を言い渡した。
検察側は量刑不当として控訴した。また、神奈川県座間市で、無免許、酒気帯びで一般道路を時速100キ
ロで暴走した乗用車に大学生が2人はねられて死亡した事件については、7月4日に横浜地裁相模原支部が、
求刑通り懲役5年6月(業務上過失と無免許運転の罪の最高刑を合わせた)の判決を下した。
俗に交通3悪といわれる無免許、酒酔い、法外な速度違反に起因する事故について、わが国の法実務の取り
扱い、量刑は極めて寛大である。
被害者、遺族の受けた苦痛を考えると胸が痛む。検察庁、裁判所は「現行法上やむを得ない」というが、果
たしてどうであろうか。
業務上過失犯に適用される刑法211条の科刑の上限は確かに5年である。
しかし、これは過失犯に対するものである。事故発生前にすでに危険の発生が予想される交通3悪に起因す
る事犯を単純に過失犯として認定していいものか、真剣に検討すべき時期にきている。
そもそも、現行法規が制定された明治40年ごろは、自動車など一般の手のとどかないものであり、自動車
事故はまったく予想されていなかった。
211条は、医療行為などの危険業務や新興の重工業などにかかわる災害に対応して規定されたという歴史
的背景を認識する必要がある。
どだい現在のような自動車事犯、とくに、交通3悪にみられる故意犯的な無謀で悪質な犯罪に適用するのに
は無理がある。
こうした事犯に対しては、「死刑または無期もしくは3年以上の懲役」と定めた刑法199条の殺人罪を適
用するべきである。
検察庁、裁判所がそれをためらう理由として、犯罪構成要件の基本である犯意の立証が困難であることが挙
げられる。しかし、自動車による悪質事件の場合は、交通事故の発生ではなく、無免許や酒酔い運転の開始を
行為着手時点と認定すれば、犯意(故意もしくは未必の故意)の存在は十分に立証が可能であると考える。
その重要な根拠として運転免許制度の存在を指摘することができる。
自動車の運転は人的物的に重大な被害を及ぼす可能性がある。だからこそ、運転資格を厳格に規定した制度
になっている。
適正な操縦を担保するため、運転技術の習得、車両構造や法規の学科の修得を義務づけ、そのうえで、運転
技術の能力を確認して、仮免許を与える。
さらには免許交付、免許更新のさいには、とくに交通3悪について厳重に注意し、3悪を犯すような運転は
絶対にしないことを周知徹底させている。
これらの悪質運転をすれば、事故の発生につながる具体的な危険が存在するからである。このような事情を
考慮に入れても、なお悪質な交通事犯に対して刑法199条の適用をためらうというのであれば、立法府にお
いて法改正もしくは新しい特別立法の措置をとるべきであろう。
この種の悪質交通事犯は依然としてあとをたたず、かえって増加の傾向にある。
加害者の経済的理由で被害者が十分な賠償をうけられない例や、満足な教育をはばまれている交通遺児の問
題など、交通事故をとりまく状況は逼迫しており、一刻もゆるがせにはできない。
関係者の英断をのぞむ。(投稿) |

交通事故加害者の処罰の軽さ 
道路交通法を守って、慎重な運転を心がければ交通事故はほとんど起こり得ません。すなわち、「交通事故を起こし
た」という場合、何らかのかたちで道路交通法または刑法などに違反していることが考えられます。
ですから交通事故を起こした者は、しかるべき法的処罰を受けます。
処罰は、行政罰と刑事罰に分かれます。その他に、被害者が加害者に損害賠償を請求する民事罰がありますが、これに
ついてはひとまず置きましょう。
行政罰とは、警察行政が行う処罰で、一般的に軽い罪に対して科せられます。反則金・免許効力の停廃止などがそれ
に当たります。
一方刑事罰は、正規の手続きで検察庁から裁判所に送致され、裁判所が決める処罰です。罰金刑・懲役刑など、言葉
もちょっと重くなります。むろん重大な事故加害者は、行政・刑事のダブル処罰を受けることになります。
ところで交通事故を起こした加害者が、どのくらい検察庁から裁判所に送られるかというと、この起訴率は毎年のよ
うに低下し続け、最近では15%程度までになっています。
事故を起こしても15%の加害者しか送検されない、つまり刑事処分を受けないということになります。
また書類送検されるとしても、その約80%が略式起訴で50万円以下の罰金刑ということになります。すると正式
な裁判にかけられる加害者は、100人の内、たった3人くらいということになります。
さてこの3人がどう処分されているか、私には正確に分かりませんが、おそらく80%以上が、執行猶予つきの判決
をもらうことになるでしょう。普通、交通事故を起こして人を死なしてしまった場合、多くの人は「厚遇刑務所」とい
われる交通刑務所に入れられると考えます。実際は毎年数百人程度の、新たな入所者を入れ替えているに過ぎません。
無免許常習者や、酒酔い運転の累犯者が、いとも容易く交通刑務所に送られるのに対し、業務上過失の交通事故加
害者が刑務所に行くケースは、非常に少ないのです。
今日本では毎年百万件の事故が起きています。この半分、約50万人の加害者からみると、現在の刑事罰というの
ものは、実質的に存在しないといっても過言ではありません。
起訴率の低下、処罰の軽減化を指して「緩刑化傾向」と呼びます。実質的に刑事罰が存在しないということは、交
通事故を起こしても罪を問わないということです。
この背景には、増えすぎた車と運転者、さらには交通事故に、司法行政が対処しきれなくなったからに他ありません。
関係者は、保険など保障制度が充実したからだと言いますが、その裏では、誰もが加害者にも被害者にも成りうる
交通社会を「見限った」というのが本音でしょう。
罪に対して科せられる罰は、制裁的な意味と、見せしめ的な意味を持っています。
制裁的な意味とは、加害者本人に更生のチャンスを与えるということです。見せしめ的というのは、第3者に「罪を
犯せば、こう処分される」と警告して、犯罪の発生を抑制することにあります。
さて、「交通事故を起こしてもほとんど刑事処分されない、そしてされたとしてもごく稀」ということに市民の多く
が気づいたらどうなるでしょう。
交通事故は犯罪ではないということが分かれば、みんなの気持ちから、交通事故を無くそうという部分が抜け落ちて
しまいます。
アメリカやヨーロッパなど車先進国といわれている国に比較して、子供や老人などの歩行者が多く犠牲になっている
のが、我が国の特徴です。すなわち交通弱者といわれる人たちにしわ寄せが来ているのです。
処罰と事故量に、整然とした相関関係があるかどうか分かりません。しかし現状の処罰制度が、加害者の累犯防止に
なっていないことは確実です。
半年ほど前、台湾に旅行する機会がありました。そのときのニュースに、歩行者を死なしてしまった車の運転手が、
ネットフェンスに手錠で繋がれた姿で、テレビに執拗に映し出されているのを興味深く見ました。
日本では人権ということで、とても実現しそうもない光景です。しかし、人が死ぬような事故の加害者は、その死
に値する分、人権も制限されなければなりません。
これは被害者や遺族の心情を思ってもらえば、容易に理解できるでしょう。そしてこの人権の制限こそ、加害者に
本当の反省を強い、周りの人への抑制効果になるのだと、思います。
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