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今年2月に機内で採集

  2004.10.23
▼生活の改善は、シャッターを切ることからはじめる。その3

▼2004年10月11日の夜、奥さんが好きな「英語でシャベラNight」というNHK(教育?)の番組をみていた。この番組は、わりあい気に入って、ちょっと前からそこそこ見ている(そこそこ見る、というのはザッピングしていて、番組をやっていたら、とりあえず終わるまで見る、というレベル)。

これに釈由美子というタレントが出ている。

釈由美子のデビュー当時はほんとうに凄かった。釈由美子のデビューは97年、というから、私が初めてみたのも、多分、その頃になるだろう。「スットンキョウ30+」とでも言えばいいのか……。こんなやつはみたことがないってぐらい壊れていた。まともな会話が成立しないのみならず、昔の経験を話始めるのだが、これが異常な話ばっかり。

「家が燃えた」とか、「スキーウェア着て、スキー持って道ばたに立ってると、そのうち適当な車が止まって新潟のスキー場に連れて行ってくれる(釈の出身地は東京である)」とかとか……。こんなことをいくら書きつらねても、当時のあの変さ加減は決して表現できない。

こいつはすごいヤツが現れたと思った。はっきり言えば私は、おもしろい、めずらしい、へんな動物を発見したぐらいの感覚で釈由美子を見ていた。

釈由美子の仕事の舞台が俳優業に移るにつれて、釈由美子は私の視界からは消えていった。私は素の釈由美子自体に興味があったので、「スカイハイ」や「修羅雪姫」などをみることはなかった。

月日は流れて、「英語でシャベラNight」だ。「英語でシャベラNight」で釈由美子は私の視界に再び入ってきた。がしかし、再び見る釈由美子からは、あの、強烈な変さ加減はほとんど消えていた。

変ど・こ・ろ・かっ!! すごく一所懸命英語を勉強しているその姿勢が、そのエネルギーが画面からふつふつとこちら側に伝わってくる(いや、電波系の人じゃないよ、私は)。しかも、ここ半年ぐらいで釈由美子の英語力は私を飛び越えて、いやその遥か上に行ってしまった。

私は自分が恥ずかしかった。

はっきりいって、私は釈由美子を莫迦にしていた。釈由美子のことを「おもしろい見世物」ぐらいに考えて釈由美子の存在を自分より下に見ていた。それがどうだろうか。
今では、簡単に自分の方が下になっているのだ。いや簡単に、などというのは失礼だ。私がぼーと生活している間に釈由美子は努力したに違いないのである。

私も勉強しよう。いや、英語はどうでもよいが、自分のやりたいことについて努力しよう。と、釈由美子に気づかされたこの一週間。この決意が鈍らないように、釈由美子の写真集を何冊か買って、いつもパラパラめくるのがいいかもわからんね。

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