1997年9月20日:1版
1998年4月30日:2版
以前から存在だけは知られていたものの、その実態はまったくの闇に包まれて いた「パロ魔道師ギルド」。最近になって、その活動が徐々に表へ出てくるに つれ、その実態が明らかになってきましたが、まだまだ判らない部分が多く残 っています。そこで、グイン・サーガ中の記述からうかがいしれる「パロ魔道 師ギルド」の実態についてまとめてみました。
三千年の血筋を誇るパロ聖王家。このパロ聖王家はもともと魔道師の家柄でし た。カナン帝国がこの世界に覇を唱えていたころ、パロは魔道師の帝国、闇王 国パロスとして誕生しました。ことにパロス初代の王パロスは、ヤヌスと直接 言葉を交わし、世界中のどこにでも自由自在に姿をあらわすことができるほど の、世界最大の大魔道師であった、といわれています[1,2]。すなわち、パロ聖 王家こそが「魔道師ギルド」の源であり、いまだに「パロ魔道師ギルド」の忠 誠の対象となっている所以であるのです[3]。
この闇王国パロスの時代には、魔道師こそが人々の支配者であり、最大の権力 者でした。しかしながら、これは同時に、魔道師たちが国王よりも力をもつ、 という事態をまねきかねず、パロの国家を乱しかねない大問題となっていきま した[4]。
この弊害を案じたのが、かの有名な謎めいた科学者アレクサンドロスでした[4,5]。 彼はアルカンドロス大王に進言し、大王の命を受けて魔道師たちの制圧にのり だし、魔道師たちとの間に激烈な権力争いを繰り広げました。彼は当時の科学 の粋を結集し、自らの技に酔いしれる魔道師たちの隙をつき、彼らの最大の弱 点であったその団結力の弱さを利用して、当時の大魔道師たちを一人一人従え ていきました。その結果、彼らのうちの何人かは敗れ、何人かはアレクサンド ロスに協力を誓わされ、また賢者ロカンドラスのようにパロを捨てて遠く去っ ていくものもいました。そうして残された力の弱い魔道師たちは民衆の支持を 失い、アルカンドロス大王とアレクサンドロスの庇護のもとに生きることを選 択したのです[6]。
彼らの魔道を認める条件として、アレクサンドロスは、魔道師を国家に従属さ せ、魔道が権力争いに使用されることを防止するため[5,7]の「魔道12ヶ条」、 いわゆる「ヤヌスの十二条」[8]を制定し、その禁忌を一つでも犯した魔道師 は永久追放にする、という条件のもとに、パロに魔道師ギルド(魔道師の塔) が誕生しました。
それにより、パロのみならず全世界の魔道師は、白魔道師だけでなく、ドール の黒魔道師であっても、この「魔道師の塔」に籍をおかなければならず、魔道 師になりたいと望むものは全ていったんパロに来て、「魔道師の塔」に入って 正規の手続きを踏んだうえで試験を受け、魔道師ギルドの発行する証明書を手 にいれなくてはならない、またこのパロの魔道師ギルドの発行した魔道師の証 明書を提出できぬものは、全ての魔道関係の店舗でその魔道に必要な薬草やさ まざまな道具を品も手にいれることができず、魔道関係の店を開くこともでき ない、と規定されました。もし、魔道師の証明書のないものが魔道を用いたり、 魔道師と名乗ったとしたら、それはギルドのおきて破りとして、ただちに全ギ ルドメンバーからの制裁を受けることとなったのです[9]。
ただし、このアレクサンドロスによる「ヤヌスの十二条」は規定上は全世界の 魔道師に対して適用されるものでしたが、実際にはその効力は中原内にとどま り、例えばキタイの魔道師たちに「ヤヌスの十二条」が実際に適用されること はなかったようです[10]。
ちなみに、アレクサンドロスが「ヤヌスの十二条」を制定した当時は白魔道、 黒魔道という呼び名はありませんでしたが[11]、次第に「ヤヌスの十二条」に 従う魔道師を「白魔道師」、従わない魔道師を「黒魔道師」と呼ぶようになっ ていきました。おそらく、「魔道師の塔(パロ魔道師ギルド)」に代表される、 「ヤヌスの十二条」にしたがう魔道師たちが自分たちを「白魔道師」、自分た ちの魔道を「白魔道」と呼ぶようになり、それに対応して「ヤヌスの十二条」 にしたがわない魔道師を「黒魔道師」と呼び、その魔道を「黒魔道」と呼ぶよ うになったものと思われます[12]。
このように、成立当時は全世界的な組織をめざし、少なくとも中原一帯を支配 していたと思われる「魔道師の塔」でしたが、次第にその様相は変わってきて います。
現在の「魔道師の塔」は、カロン大導師をその頂点にいただく組織であって、 「パロ魔道師ギルド」と同義であるようです[13]。パロ国内でこそ、魔道師の 9割ほどが「魔道師ギルド」に属するという高い組織率を誇っていますが、例 えば、ケイロニア、サイロンの《まじない小路》にはギルドはなく、あちこち からギルドに属さない魔道師たちが集まっててんでに商売をしていますし[14]、 中原各地に小さな魔道師ギルドがいくつも存在しています[15]。
ちなみに、基本的に白魔道師の存在しないというキタイ[12]にも、キタイの王 ヤンダル・ゾッグを頂点とする黒魔道師の組織らしい「キタイ魔道師ギルド」 や、その下部組織である「ホータン魔道師ギルド」が存在するようですし[16]、 その対抗組織としてグラチウスが中心となった「暗黒魔道師連合」も組織され つつあるようです[17]。
とはいうものの、「パロ魔道師ギルド」はまだ、中原にはかなりの影響力をも っています。「パロ魔道師ギルド」とその他の中原に散在する「魔道師ギルド」 とは「中原魔道師ギルド連合」を形成しており、「パロ魔道師ギルド」はその 中の最大の組織である、と見られています[18]。その影響力の大きさを示すか のように、「パロ魔道師ギルド」の代表カロン大導師は、同時に「中原魔道師 ギルド」の管理の役も担っています[19]。
この「中原魔道師ギルド連合」は白魔道師の連合であるようですが、それは例 えば、黒魔道に対して白魔道として正義を標榜するというような、統一された 一つの目的をもっている、というわけではなく、その傘下のギルドはそれぞれ が独自の利益を追求しています[18]。しかしながら、「中原魔道師ギルド連合」 は現在、黒魔道師の連合組織ともいうべき「キタイ魔道師ギルド」、あるいは 「暗黒魔道師連合」を仮想敵としてとらえはじめており[18](その実体につい てはまだ把握しきっていないようですが)、今後その性質を変えていくかも知 れません。
さて、成立当初は中原全体を支配していたらしい「魔道師の塔(パロ魔道師ギ ルド)」がどのようにして、今のような形態に変化したのかはさだかではあり ませんが、おそらくは、次第にその影響力の及ぶ範囲を減じていき、サイロン 《まじない小路》がギルド外魔道師のメッカとして成立し、中原各地に小規模 のギルドが独立して成立するようになり、「パロ魔道師ギルド」の影響力はパ ロ国内にのみ及ぼされるようになった、という経緯をたどってきたのではない か、と思われます。現在、「パロ魔道師ギルド」の長であるカロン大導師が 「中原魔道師ギルド連合」の要職にある[19]、というのも、「パロ魔道師ギル ド」が中原最大のギルドである、という理由よりも、そういった歴史的な経緯 があってのことかもしれません。
現在、中原のほとんどの国では魔道師を重用してはいません。例えば、ケイロ ニアでは政治に魔道はまったく用いませんし[20](グインがケイロニア王にな ったのちには、占い師、祈祷師などとして魔道士を使っています[21])、モン ゴールでかつてボノー、ガユスという魔道士を受け入れていたのも魔道師とし てではなく、あくまで軍師としてのことでした[20]。クムではパロほどではな いにせよ、比較的魔道を施政、人心掌握に取り入れており、クムの魔道師の元 締としての魔道伯という地位も設けていますが[22]、それでも魔道師に国政を 左右されることを恐れてパロほどには魔道師を重用しなかったようです[20]。
そんななか、パロ聖王家そのものが魔道師の総元締ともいうべきパロだけが、 魔道を正式に国家を運営する力の一部として公式に認め、積極的に用いていま す。そのパロでも一応「魔道師の塔」の上には最終的には国王がたち、魔道に よって政治が恣意的に乱されることのないよう、注意を払ってはいますが[23]、 しかしながら、「パロ魔道師ギルド(魔道師の塔)」は独自の論理で動くため に、必ずしもパロ聖王家の意志に沿ったものではない行動をとることもありま した。そのような「パロ魔道師ギルド」への抑えとして置かれたのが、「魔道 士の塔」です[24]。この王室に直属する「魔道士の塔」に属する魔道士は、王 立学問所で養成されていました[25]。
ここで、よく混同してしまいがちなのが「魔道師」と「魔道士」ですが、両者 は明らかに異なります。「魔道師」とは魔道師ギルドにより、営業免許を与え られて、魔道をなりわいとし、人に魔道を教える師の資格をもつものであり、 一方「魔道士」とは魔道をもって国に仕えるものであり、魔道師が国に正式に 所属して雇われたものをさします[24,26]。例えば、ヴァレリウスはパロの宰相 となる前、クリスタルの魔道師ギルドで免許をもらった「魔道師の塔に所属す る魔道師」でしたが、あくまでもリーナス伯の陪臣という立場であったため、 「魔道士の塔に所属する魔道士」ではありませんでした[26,27]。一方、ナリス に個人的に仕えている魔道士アルノーなどは「魔道士の塔に所属する魔道士」 です[28]。また、パロの魔道士は「魔道士の塔」に所属して、王宮の御用をつ とめることになります[29]。
この「魔道士の塔」がいつごろからおかれるようになったのかは不明です。し かし、これに関しては、次のような推測があります。それは、もともとはパロ 聖王は魔道師としての血筋をひく、パロ魔道師ギルドの頂点に立つ存在として、 ギルドを直接統率していましたが、時を経るにしたがって、パロ聖王は魔道師 としての側面を失っていき、パロ魔道師ギルドと距離ができはじめたために、 パロ聖王家は、パロ魔道師ギルドを直接統率するかわりに、王立学問所で王室 直属の魔道士を養成し、パロ魔道師ギルド内に、聖王の意志を反映する組織 「魔道士の塔」をつくりあげ、その「魔道士の塔」を通してパロ魔道師ギルド の操縦を行うようになったのではなったのではないか、というものです。
さて、このように「魔道士の塔」はパロ王室に仕えていると同時に、「パロ魔 道師ギルド」にも所属します[28]。したがって、「魔道士の塔」の魔道士も、 魔道師ギルドの命令には基本的に従うことになりますが、前述のように、「魔 道士の塔」が魔道師ギルドへの抑えとしておかれたという事情から、両者はま ったく相反する目的のために行動することもあったと思われます。その例であ ると思われるのが「死の婚礼」でのナリス暗殺未遂事件です。
「死の婚礼」において、ナリスの影武者は何者かがすり替えた「ダルブラの毒」 の塗られた剣により暗殺されました。当時、この犯行を企てたのが何者である か明らかにはなりませんでしたが、最近になってこれは「魔道師ギルド」が魔 道師ヴァレリウスに命じて実行させたものであることが明らかになりました[30, 31]。しかしながら、この暗殺計画を阻止すべく、ナリスの影武者を用意したの は、その魔道師ギルドに所属しているはずの「魔道士の塔」の魔道士たちでし た。これに関しては、ナリスに個人的に忠誠を誓うものたちが「魔道士の塔」 の意志とは関係なく行ったものではないか、という可能性もありますが、この 影武者計画に参加した魔道士は見習の魔道士も含めてかなりの人数にのぼって おり、またこの計画のなされたのが他ならぬ「魔道士の塔」そのものの中での ことであった、ということから、「魔道士の塔」がこの計画を知らなかったと は考えにくいところです[32]。したがって、少なくともこの時点では、「魔道 士の塔」は必ずしも「パロ魔道師ギルド」の意志を反映しない組織であって、 「パロ魔道師ギルド」に充分に対抗しうる勢力を誇っていた、と考えるのが妥 当であると思われます。
また、「魔道師の塔」と「魔道士の塔」、名前が似ていることから、両者が同 じものではないのか、という意見がありましたが、もし両者が同じものだとす ると、「パロ魔道師ギルド」の代表たるカロン大導師はここ百年間、「魔道師 の塔」から外出していないことから[33]、「パロ魔道師ギルド」の意志に反す る行為であるナリスの暗殺阻止計画がまさにカロン大導師のお膝元で行われた ことになってしまうために、これは考えにくいことです。また、「パロのワル ツ」でスカールを古代機械へ導いたナリスがスカールに向かって「魔道士の塔 は私の支配下にある」といっていますが[34]、これが「魔道師の塔(パロ魔道 師ギルド)」でないことは明らかです。したがって、「魔道師の塔」と「魔道 士の塔」とはやはり別物であると思われます。
さて、「死の婚礼」のときには拮抗する勢力であった「パロ魔道師ギルド」と 「魔道士の塔」ですが、その後、その関係は著しく変質していきます。そのき っかけとなったのが、「パロのワルツ」の舞踏会の夜、スカールとレムスが会 談したときに、レムスに憑依したカル=モルの言葉でした[35]。それまでの魔 道師ギルドは、独特の論理、倫理、目的をもって動いていたとはいえ、世界生 成の秘密を解き明かし、大宇宙の存在全て、万物の黄金律を明らかにし、その 摂理の運行に支障あらば取りのけるという、いわば森羅万象の調和と正しい運 行のための調整者として、魔道学の研鑽、整備を主体として行う、比較的温和 な秘密結社に過ぎませんでした[35,36]。しかし、カル=モルの言葉によって、 ロカンドラス、グラチウス、そしてアグリッパがそれぞれに意志をもち、世界 の運行に関わる存在として再び浮上してきたことにより、魔道師ギルドに大再 編成が行われ、徹底的に組織の見直しがなされました[35]。その影響をもっと も受けたのが「魔道士の塔」でした。王室に直属し、黒竜戦役のころにはナリ スを全面的にバックアップしていた「魔道士の塔」でしたが[34,37]、その「魔 道士の塔」の魔道士の行動にも著しく制限が加えられるようになり、王室の一 員であるナリスのために働くことも難しくなりました[38]。また、かつて「魔 道士の塔」の魔道士であったロルカが「魔道士の塔」を離れてカロン大導師つ きになるなど[39]、本来、王室にあるべき魔道士の人事権も完全に「パロ魔道 師ギルド」側にうつっているようです[40]。すなわち、いま現在、王室直属と して「パロ魔道師ギルド」に対する抑えであったはずの「魔道士の塔」はその 機能をほとんど失ってしまっていると考えられます。
「パロ魔道師ギルド」と「魔道士の塔」はこれまでも長い歴史のなかで、その 力関係は微妙に変化し続けていたと思われますが、ここへ来て急速に「パロ魔 道師ギルド」がその力を強化したことに対して、やや不自然なものを感じる、 という意見もあります。そうした意見の中で注目されているものの一つがかの 「黒竜戦役」です。パロに忠誠を誓う魔道師ギルドが存在し、魔道による情報 網が発達しているはずのパロに対して、なぜモンゴールが奇襲をかけることが できたのか。これには当のモンゴールの中にすら疑問を感じるものがいるほど ですが[41]、もしかしたら、その奇襲成功の影には、パロ王室の力を弱めるこ とによって逆に自らの勢力を強めようとする、パロ魔道師ギルドの意志が存在 したのではないか、という疑惑があります。いまのところ、これは憶測でしか ありませんが、今後「パロ魔道師ギルド」の実態がさらに明らかになれば、同 時にその疑惑にも答えが得られるかも知れません。
[1]「異形の明日」p.262
[2]「異形の明日」p.263
[3]「ドールの時代」p.252
[4]「闇の中の怨霊」p.126
[5]「ドールの時代」p.181
[6]「闇の中の怨霊」p.127
[7]「闇の中の怨霊」p.138
[8]「サイロンの悪霊」p.178
[9]「闇の中の怨霊」p.128
[10]「魔王の国の戦士」p.249
[11]「闇の中の怨霊」p.129
[12]「魔王の国の戦士」p.248
[13]「ドールの時代」p.250
[14]「異形の明日」p.100
[15]「鬼面の塔」p.213
[16]「覇王の道」p.229
[17]「鬼面の塔」p.227
[18]「ドールの時代」p.268
[19]「ドールの時代」p.257
[20]「闇の中の怨霊」p.134
[21]「七人の魔道師」p.34
[22]「ガルムの報酬」p.160
[23]「闇の中の怨霊」p.125
[24]「グイン・サーガ・ハンドブック」p.115-6
[25]「十六歳の肖像」p.16
[26]「運命の一日」p.220
[27]「ドールの時代」p.212
[28]「ヤヌスの戦い」p.231
[29]「死の婚礼」p.90
[30]「ドールの時代」p.90
[31]「緋の陥穽」p.168
[32]「死の婚礼」p.79-86
[33]「ドールの時代」p.251
[34]「パロのワルツ」p.239
[35]「闇の微笑」p.197
[36]「パロのワルツ」p.211
[37]「死の婚礼」p.20
[38]「緋の陥穽」p.187
[39]「ドールの時代」p.249
[40]「ドールの時代」p.284
[41]「死の婚礼」p.105