<自主ゼミ>平和問題ゼミナール・レジュメ<名護市民投票の憲法的考察>
平成10年2月28日(土曜)
沖縄・名護市民投票の憲法的考察
−沖縄県名護市・海上ヘリポート建設問題−
報告者:河 野 克 純(憲法学)
(鹿児島大学大学院法学研究科M1年)
はじめに
今回は、最新の「沖縄米軍基地問題」である
名護市の海上ヘリポート建設問題との関わりで、昨年(1997年)12月21日に行われた「市民投票」を中心に取り上げる。海上ヘリポート建設問題は、現在、大変複雑な状況にあるといえる。なぜなら、今回取り上げる「市民投票」では、海上基地反対派が有効投票数の過半数を確保し、一応勝利したが、直後の24日には比嘉前市長が市民投票の結果とうらはらに受け入れ表明、即辞任した。それを受けて行われた名護市長選挙では、逆に、条件付き賛成派の擁立した候補(岸本現市長)が当選するという逆転現象が生じてしまった。このように、2つの投票では名護市民の民意が「ねじれ」ているわけである。
これをどのようにとらえればよいのか。それを考えるために、市民投票(一般的には「住民投票」と呼ばれる。)の意味について「法的」に考察していくことにしたい。
(お詫び:予告・予定されておりました報告内容と多少違っております。あらかじめご了承ください。)
1.現在までの状況の概観
口頭にて説明します。(別紙資料参照)
2.「住民投票」制度の憲法的考察
2.1.最近の住民投票の動向
最近、地方自治においては、住民が直接に意思表明を行う直接民主制的な形態が注目されてきている。そこで、「住民投票」制度が全国で行われるようになってきた。
ただし、憲法上は、95条で地方自治特別法の住民投票は別として、法律上も住民が特定の政策上の争点について直接意思を表明する住民投票制度を定めていない。そこで、今日では、住民投票付託条例を制定して、この仕組みを採用する自治体が増えてきた。名護市の例で5例目になる。
この傾向は、一面では住民自治を強め、市民の直接的な政治参加による「人民主権」実現の方向に歩を進める点で評価される。しかし、反面、住民投票や国民投票の憲法上の根拠や理論的な位置づけが必ずしも明確でないだけでなく、実際の運用や実態にまで目を向けた場合には、様々な欠陥や危険が指摘される。以下では、おもに住民投票の憲法的位置づけを試みる。
2.2.レファレンダムの一類型としての「住民投票」
<レファレンダムの諸類型>
@実施の範囲・基盤について
(a)国レベルの「国民投票」、(b)地方レベルの「住民投票」(県や市町村等での住民投票に細分化される)
A根拠規定について
(a)憲法、(b)法律、(c)条例、(d)その他(事実上のもの)など
B法的拘束力について
(a)投票結果が拘束的効力を持ちうる「裁可型・決定型」
(b)たんなる助言的効果にとどまる「諮問型・助言型」
C実施条件について
(a)憲法・法律等の規定によって当然かつ自動的に実施される「必要型・義務型」
(b)一定の手続・要件にしたがって任意に実施される「任意型」
D発案者について
(a)国の行政担当者(首相・大統領)、(b)国の議会・議員、(c)地方行政担当者(知事・市長など)、(d)地方議会・議員、(e)一定数の住民(有権者)
<日本の事例の分類>
(以下の5つの住民参加形態のうち、固有の意味でのレファレンダムは@CDである。)
@憲法95条に基づく地方自治特別法の住民投票
A地方自治法による議員・長の解職請求(80,81条)と議会の解散請求(76条)=「リコール制」
B地方自治法による条例制定・改廃請求(74条)=「イニシアティヴ(人民発案)制」
C条例に基づく住民投票
D事実上の住民投票
2.3.日本国憲法下の位置づけ
住民投票の憲法的位置づけを行う際、憲法の国民主権原理と代表制の理解、地方自治の本旨との関係の捉え方によって、立論が異なってくる。
<国民主権・代表制論からのアプローチ>
@国民主権原理をフランス流の「国民(ナシオン)主権」と解すもの。
→必然的に「国民代表制」となり、原則的に直接民主制は排斥される。
※ただ、立法裁量によって直接民主制を部分的に導入することを拒むものではない。
→日本国憲法の解釈論としても、43条の代表制を「半代表制」のように解し、代表制の補完として例外的に直接民主制の導入を容認することは可能。
A国民主権原理をフランス流の「人民(プープル)主権」と解すもの。
→ところが、現代国家では、立法について直接民主制の手続を完全に実施することは困難であるため、間接民主制を採用しつつ、同時にレファレンダム・イニシアティヴ・リコールなどの直接民主制の手法を導入することで、主権者人民による立法と執行監督を実現させようとする「半直接制」が最も適合的。
→日本国憲法の解釈論としては、公務員の選定罷免権(15条)、憲法改正の国民投票(96条)、最高裁裁判官の国民審査(79条)、地方自治特別法の住民投票(95条)という直接民主制の手続を部分的に導入しているため、この「半直接制」を採用したものと解すのが妥当。
<地方自治論からのアプローチ>
憲法92条は「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、
地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。」とする。ここに言う、「地方自治の本旨」には団体自治と住民自治が含まれることに異論はない。団体自治とは、一定の地域を基礎とする団体が国から独立して公共に事務を行うこと、あるいは、そのような団体に地方自治が委ねられることを意味する自由主義的な原則を言う。そして、94条は「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する機能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。」として団体自治の原則を示している。
住民自治とは、地方公共団体の地域内の公共の事務が当該地域内の住民の意思に基づいて行われることを意味する民主主義的な原則を言う。93条が「(1)地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。 (2)地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。」としているのは、住民自治の原則を示したものである。また、95条も、それと関わる。
※「人民主権」の立場に規定を置きつつ、地方自治の本旨としての住民自治原則を直接民主制の契機として重視し、法律や条例による住民投票を原則的に認めていくことが望ましい。(無限定ではない。)
2.4.住民投票の問題点と課題
レファレンダムの功罪については、各国で多くの議論がある。
一方では、民主主義と人民の主権を実現する最も徹底した手段、あるいは代表(間接)民主制を補完する手段、意思決定の正当性を高めるなど、その意義が高く評価されている。
しかし、多くの難点も指摘され、多方面から批判を受けている。ここでは、その批判点を挙げていく。
@レファレンダムが代表(間接)民主制と矛盾・抵触し、代表制を弱体化させるという制度論的論点。
Aレファレンダムが、本体の民主主義の機能とは異なり、政治権力者や独裁者を正当化するプレビシットとして機能する危険。
・たしかに、この危険性は現在でも変わっていない。ただし、主権者自らがイニシアティヴ制やリコール制など、責任追及手段、及び議会のコントロールと裁判所の違憲審査装置を完備することによって、防止することが求められる。特に、地方の場合は、それらの権限を利用し、責任追及機構を整備することによって、プレビシットの危険を予防することは可能である。
B情報の不足や主権者の分析能力の欠如等による世論操作・誘導の危険。
・情報の公開や住民の「知る権利」の保障が重要な意味を持つ。
C住民投票の対象事項については、原則として、国の固有の権限に含まれる事項は対象とならず、地方や住民に関係の深い事項に限られることが前提となる。
→いずれも、一面では国の固有の政策に関するものであるとはいえ、他面では、当該地方住民の利益や権利と深く関わり、国は地方に協力を求める立場であるため、地方自治体がどのように対応すればいいのかが住民投票の対象になりうる事例であったと解される。
D諮問型の住民投票の効力に関する問題。
→諸条件を考慮して住民投票の実現に踏み切った以上、その結果が地方行政上に全く反映されないのは、住民自治の趣旨に反することになり、「地方自治の本旨に適合するものであれば」行政執行権を有する長の意思は、「
→地方自治法で首長のリコールや議会の解散請求手続が定められているのは、まさに住民の意志に反する地方政治を排するためであり、住民投票の結果が尊重されない場合にはこれらの手続に移行することが可能である。事実上の拘束力というのは、このような政治責任追求手段を伴うという趣旨に解するのが妥当である。
3.名護の事例へのあてはめ
3.1.市民投票の法的拘束力の有無
<名護市民投票条例>
・正式名称:「名護市における米軍のヘリポート基地建設の是非を問う市民投票」
「
有効投票の過半数の意思を尊重して行う」→この条例は、「諮問的」な住民投票を行うことを意味=法的拘束力はありえない。
ただし、先述した「
事実上の拘束力」はあると解することができる。
(これ以降は、口頭で説明します。−
「名護市民投票の捉え方(ゼミ論集掲載)」をご覧ください。−)
3.2.市長選挙の結果との関係
4.今後の課題
参考文献
(主なもの)
他に、インターネットから数多くの情報を収集した。主なサイトを紹介すると。