原爆はなぜ投下されたのか

(7.25平和問題ゼミ・レジュメ) 雨 宮 敬 亮 

T.原爆の被害

@内務省(45.9.6帝国議会)
広  島 長  崎
死 者 約7万人 約2万人
傷 者 約13万人 約5万人
約20万人 約7万人

A原水爆被害白書(日本原水協)
50年までの広島原爆による死亡者数は20万人前後
長崎で12万2千人
※資料T(1),(2)参照

U.原爆はなぜ落とされたか

(1)トルーマンの声明
 ・・・できるかぎり非戦闘員の殺傷を避けたいと思ったからである。・・・(しかし)この原爆攻撃はやがて来たるべき事態についての警告にすぎない。
われわれは戦争の苦しみを早く打ち切るために、また数千万人のアメリカの若者の生命を救うために原子爆弾を使用した。
(『恐怖、戦争、爆弾』)
 ※資料U(1)参照
   コンプトン(マサチューセッツ工大技術研究所長)
   マーシャル(参謀総長)
   スチムソン(陸軍長官)

(2)トルーマン声明への疑問
 戦争継続の場合の大きな人的被害を避けるためと言うが、原爆投下がなくても終戦は間近く、米軍の被害見積もりは過大
○レイヒ大統領府武官長「効果的な海上封鎖とそれまでの通常兵器による連続爆撃の成功とで日本はすでに敗北し、降伏にふみきろうとしていた。
※資料U(2)参照

(3)原爆投下回避の主張、必要がなかったという主張
 マッカーサー元帥の見解(61.3.22 シャーマー教授への回答)
戦争終結の段階で、連合国の側にぬぐいがたい政治の失敗があった。・・・私は原子爆弾の使用について相談を受けなかった。もし相談を受けていたとすれば、それは不要である。日本はすでに降伏の準備をしている、との見解を表明していたであろう。(『炎の日から20年』)
 ハルゼー太平洋艦隊司令官(ニューヨーク ヘラルド トリビューン 46.9 西嶋訳)
最初の原子爆弾はいわば不必要な実験であった。これを投下するのは誤りだった。あのような兵器を必要もないのになぜ世界に明らかにするのであろうか。
※資料U(3)

(4)真の背景はどこにあったか
 原爆が戦後の世界政治において政治的武器としての威力を十分に発揮しうるためには、まず軍事的武器として使用されることが、すなわち、人口の集中した都市にたいしてどのような威力と破壊力を及ぼすものであるかを実際に示しておくことが換言するならば、戦争の終わらないうちに投下することが必要であったことは、見やすい道理であろう。(西嶋 『原爆はなぜ投下されたか』)
資料U(4)参照

(5)科学者たちの意見
シカゴ冶金研究所の8科学者の大統領宛て嘆願書
原爆の使用、特に都市に対するものは、次に列挙する条件を備えた場合のみ、行政長官たる閣下がこれを許可せられるようここに謹んで嘆願致します。
@日本人にその本国において平和発展をはかることができる旨を保障する条件を示して降伏する機会を与える。
A降伏を拒否するる場合には新しい武器を使うぞという確固たる警告を与える。
B原爆使用の責任を連合諸国と分け合う。
資料U(5)参照

(6)投下命令
目標都市の選定
@軍事的性格を多分に持っている。
Aまだ空爆によって損害を受けていない。
B威力を限定的に決定できるようなていどの広さ。
統合参謀本部からマッカーサー、ミニッツあて(7.3)
「今後、京都、広島、小倉、新潟は絶対に爆撃するな」(「もはや高地なし」)
スパーツ戦略航空軍司令官あて陸軍省訓令(7.24)
1.第二十空軍第五〇九混成連隊は、天候が許すかぎりなるべく早く、広島、小倉、新潟、長崎のうちの一つに第一特殊爆弾を投下するものとする。この爆発効果を観測し記録するため、陸軍省から出る軍人と民間の専門家を運ぶため、爆弾を運ぶ飛行機のほかに同行する飛行機若干を準備する。この同行する観測機は、爆弾の投下点から数マイル離れた位置にあるようにすること。
2.爆撃計画要員の準備が済み次第、上記諸目標に対する新たな爆弾が交付される。このリスト以外の目標は別な訓令をもってしめす。
3.日本に対するこの武器の使用方についての情報は、陸軍長官と米国大統領の許可がないかぎり口外することを禁ずる。前もって特別な許可がないかぎり、現地指揮官によってこの件に関し声明を発するとか情報を出すとかの行為を禁ずる。いかなるニュースも許可を得るため、陸軍省に送付するものとする。
4.前述の命令は、陸軍長官と陸軍参謀総長の命令と承認をもって貴官に発せられたものである。この命令の写し各一部を、貴官自らマッカーサー将軍とミニッツ提督に手渡されたい。(『トルーマン回顧録』)
在グアム第二十航空司令部作戦命令書13号(8.2)
攻撃日 8月6日
攻撃目標 広島市中心部と工業地域
 予備第2目標 小倉造兵廠ならびに同市中心部
 予備第3目標 長崎市中心部
特別指令  目視投下のみ
投下高度  8000b〜9000b
飛行速度 時速500`b
※上記以外の友軍は1機たりとも、攻撃前4時間、攻撃後6時間は攻撃目標より50マイル以内に入るべからず。(西嶋友厚 『原爆はなぜ投下されたか』)

(7)なぜ投下を急いだのか
'45.2  ヤルタ会談
   4  ルーズベルト死去
     トルーマン大統領・・・・対ソ強硬姿勢
   5.8 ドイツ降伏
    16 ロスアラモスで原爆実験成功
    26 ポツダム宣言←ポツダム会談
    29 ソ連が対日参戦要請文書を求める
    30 鈴木首相が黙殺声明
8.2 グアム司令部から部隊へ指令書
    6 広島へ投下
8 ソ連対日参戦
9 長崎へ投下
性急な投下命令への疑問
 トルーマンの釈明(陸軍航空部隊の歴史編者ケイト教授へ)
  (7.24命令は)軍の機構を・・・動かし始めるため・・・。最後の決定はポツダムから帰る途中大西洋の中央から(8月2日に)出した。
     ↑
     食い違い
     ↓
 トルーマン回顧録     
  (7.24)に基づき・・・第一原爆投下の手配は進行していた。すなわち、私は決断を下しのである。私はまたスチムソンに、我々の最後通告に対し日本側が受諾の返答をしたということを伝えるまで、その命令は生きていると訓令を出していた。
※8月2日、巡洋艦オーガスタ号からの発信、ルメイの受信の記録は見つかっていない。
ソ連に対する考慮が優先したのではないか。 関連資料U(7)参照(4)トルーマン・バーンズ・アインシュタイン・チャーチルの項

V.三度目の被爆→三度許すまじ原爆を

(1)第五福竜丸の被爆  アメリカのビキニ環礁での水爆実験3.1〜5.14
'54.3.1 3:50AM(日本時間)・・・水面上での実験
   166°58′E ,11°53′N 投縄後漂泊中
    乗組員の話 西方に異様な閃光
          7〜8分後鈍い爆音
          7時〜正午に白い粉末
  3.14 帰港
    乗組員の身体症状−紅斑、浮腫、水疱、びらん、脱毛     
    検査結果 外部放射線被爆量 総量500〜700ラド
                  少ない人で170〜220ラド
         白血球、血小板の減少
         精子の激減
    同時期の帰港船約600隻のマグロ457トン廃棄
  9.23 久保山愛吉さん(39、無線長)死亡
読売新聞の特ダネ



国際的反響



みたび許すまじ原爆を




アメリカ上下院合同原子力委員会
 コール委員長「日本人は漁業以外の目的で付近にいたことも考えられる。」
 ヒンショウ委員「数ヶ月前に予告していたのだから非難される理由はない。アメリカの腕のよい医師の診察を受けていたら(死ななかったはず。)」

(2)湧き起こった原水爆反対の声  資料V(2)
  背景 '49 原爆報道検閲廃止
      '51 講和条約
  三度目の被爆→国民的怒り→杉並の婦人達の原水爆反対署名運動→国内
              ↓安井郁法大教授の助言              →国外
      '54.8 原水爆禁止世界大会
         9 原水爆禁止日本協議会
           (労働団体、革新政党、青年・婦人団体等加盟)
国際的には科学者を中心とした運動
'50 ストックホルム・アピール
'51 ベルリン・アピール 四大国ジュネーブ会議
'55 ウィーン・アピール
   ラッセル・アインシュタイン宣言

 '56 原水爆被爆者団体協議会←第二回原水禁長崎大会

(3)原水禁運動の分裂
 '61 第七回大会
  大会決議案をめぐる対立   ┐
  いっさいの植民地主義反対 ── 政治的に高度なスローガンは運動の幅を狭める
  軍事同盟反対、外国軍隊の撤退要求
  民社、同盟脱退、核禁会議結成
 '62 第八回大会予備会議での対立
  11団体「あらゆる国の核実験反対」を入れよ→大会宣言には入ったが
  総評、社会党退場、12月に別大会
 '63 第九回大会
  「いかなる国の核実験にも反対」、部分核停条約をめぐって対立
  総評、社会党、ソ連は別大会を
 '64 第十回大会国際会議(7.30〜8.2)
  「日本原水協は中国派の一部指導者に操られ、いまや中国原水協になりさがった。」・・・ソ連
    ↓
  分裂、65原水爆禁止日本国民会議(原水協)・・・総、社、日本のこえ派、ソ連
  10月 中国の核実験−「自国を守るため。日米の中国敵視政策をフルシチョフは軽視した。

W.原爆はなぜ投下されたか(まとめ)

 @早期終戦、人命救助のため
 A実験、製造に注ぎ込んだ20億ドルを無視できない
 B有色人種だったから。アジア民族主義への脅迫
 C軍事的理由よりも政治的理由(目標は広島、長崎でなくモスクワ) 資料U(4)
 ※投下当時の政治、軍事、経済状況 資料W
  戦力の消耗←海上封鎖、戦略爆撃
   松根油、ベニヤの補助タンク、一弾入魂一発必中
  短期養成の航空兵、乙種合格の中年兵、中等学校生徒の動員→国民義勇戦闘隊
  水槽と火叩きの防空体制
  上層部での和平工作
  ↑ 米英派
  ↓ ソ連派
  主戦派

原爆はなぜ投下されたか(資料)

  水槽と火叩きの防空体制
  上層部での和平工作
  ↑ 米英派
  ↓ ソ連派
  主戦派


原爆はなぜ投下されたか(資料)